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三章『私の神様』
(四)
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「めーーーっ!!」
玩具の笛のような甲高い鳴き声をあげながら、一体の鬼火が弾丸のような速度で飛来してきた。小さな隕石と化した鬼火が、ヒノの横っ面にズドンと激突する。
「ぎゃッ!?」
ヒノは色気の欠片もない悲鳴をあげ、その場に倒れ込んだ。
突然の出来事に唖然とするすず。その周囲に、他の鬼火たちも続々と集まってくる。
「すずちゃんをいじめるなー!」「「「いじめるなー!」」」
「ぼうりょくはんたーい!」「「「はんたーい!」」」
十体は集まってきただろうか。鬼火たちは声をそろえてヒノに抗議する。さらに、体を膨らませた鬼火たちは組み体操のように積み上がり、すずをかばうようにして盾を作っていた。
「なによ、この火の玉は! あっち行きなさいよっ!」
ヒノは自分に突進してくる鬼火たちを払いのけようとするが、屋敷中から鬼火たちが結集してきているのか、その数は増す一方だ。このままでは鬼火たちが興奮して、ヒノを火だるまにしかねない。すずは鬼火たちを止めようとした。
しかし、その前に――シャリンと清らかな鈴の音と、人間のものらしき足音が、すずの背後から舞い込んでくる。
「なんの騒ぎだ?」
揉みつ揉まれつしていたヒノと鬼火たちが、ピタリと動きを止める。彼らがわーわー騒いでいる中でも、その声はよく通った。
声の主はすずをかばうように前へ出ると、
「こらこら、お前たち。客人に飛びついてはいけないよ」
と、鬼火たちをいさめる。「ぴえっ」「ごめんなさい」と、なにやら怯えだす鬼火たち。
すずは最初、誰の声か分からなかった。ビリビリと障子を震わせる感じは確かにあるけれど、漂う雰囲気はいつになく甘ったるい。例えるなら、こっくりとほろ苦くなるまで煮詰めた砂糖のような――とにかく、妙に胸がそわそわする声だ。
「あ、貴方は……!」
「初めまして、お嬢ちゃん。俺は大神。この屋敷の主だ」
声の主が人の姿をした大神だと判明したのと同時に、
(だっ、誰だぁ――ッ!?)
と、すずは心の中で叫んだ。
未だかつてない糖度をはらんだ大神の声は、すずにとって違和感満載だ。おおらかで飾らない普段の彼は、一体どこへ行ってしまったのか。
「だれ、あのひと」「しってるけど、しらないひと」「そわそわぁ」「ぞわぞわぁ」
すずのもとへ集まった鬼火たちもみな、炎に包まれた体をぷるぷる震わせている。大神の急激すぎる変わりように、薄気味悪さを覚えているようだ。
「っ、なにがお嬢ちゃんよ、白々しいっ!」
しばらく呆気にとられていたヒノは、慌てて我に返り、大神を睨みつける。なにやら大神に対してかなり深い恨みを抱いているようだったが、しかし、大神は
「なんのことだ? 俺はお前の顔に覚えがないんだが……」
と困ったような表情で首をかしげた。
「とぼけないでよ! あんたは覚えてなくても、私は覚えてるわ!」
「落ち着いてくれ、嬢ちゃん。俺は本当にお前に会ったことがないんだ。誰かと間違えていないか?」
「間違えるわけないでしょ! その顔、忘れようったって忘れられないもの!」
すずには、大神が実際にどんな顔をしているのか分からない。しかし、女中たちの間で彼が『二度見せずにはいられない美貌』だと言われていることは知っている。
(すごく印象的なお顔なんだろうな、大神様……)
と、すずはほんの少し残念な気持ちで考える。
「髪の色も目の色も、眼帯も、全く同じ! あんたのせいで私の人生がめちゃくちゃだわ! どうしてくれるのよ、責任取りなさいよ!!」
ヒノは床板を踏みならしながら、大神に詰め寄る。あろうことか、ヒノは大神の着物を掴もうと、手を伸ばしてくる。一体の鬼火が「あぶないっ」と叫んだが、
「大神様に気やすく触れることは許されません。お下がりを」
と、彼の部下である薊が止めに入る。こちらも普段の甘やかな雰囲気とは違い、ぴしっと襟を正したような毅然とした印象の声だ。
「ひぃぃっ! が、骸骨が喋ってるっ!?」
「失敬な! 骸骨ではありませぬ!」
薊に腕をつかまれたヒノが、びっくりして飛び退く。比較的人間寄りの見た目をした薊だが、顔の半分は骨が丸見えなので、ヒノにとっては恐ろしく見えたようだ。
骸骨呼ばわりされた薊は憤慨するが、
「許してやれ、薊。その子はきっと、あやかしを見たことがないんだ」
と、大神にいさめられて、不機嫌そうな表情を浮かべたまま黙り込む。
「お嬢ちゃん、それは恐らく俺を騙った偽物だ。きっと、悪い物の怪に騙されてしまったんだろう」
「物の怪ですって?」
自分が間違っているとでも言うつもりか、と言わんばかりに、きゅっと眉をつり上げるヒノ。大神はそんな彼女の目線の高さに合わせるようにかがんで、ゆっくりと話しかけた。
「よく思い出してくれ。俺と同じ姿をしたその男、眼帯はどちらの目にしていた?」
「…………あっ」
ヒノは何かに気づいたようだった。大神は重ねて問いかける。
「俺は右目にしているが、そいつは左目にしていたんじゃないのか?」
「して、た……」
ヒノの声は、途端に覇気を失う。目の前の男に対して、あらぬ嫌疑を向けていたことに気づいたらしい。とても気まずそうに視線をあちこちさ迷わせている。
「すまない……俺が至らなかったせいで、お前に苦労をかけてしまったんだな」
そう言うと、大神は実に紳士的な所作でヒノの両手を握る。さらに、誰もが二度見するその顔を急接近させ、ヒノに熱っぽい視線を送った。
「ひあっ!」と上擦るヒノの声。人間離れした美貌の男に、子猫を撫でるような声で囁かれては、無理もない。ヒノは動揺のあまり、口を金魚のようにパクパクさせている。
「可哀想に……こんなにやつれてしまって。よほどつらい目に遭ってきたんだな」
「あ、あ、わっ……」
普段の大神からは想像もつかない、異国の王族のようにうやうやしい所作。そして、体温が伝わってしまうほどの急接近。
薊と鬼火たちは、古くさい恋愛譚のようなその光景を、顎が外れそうなほど大きく開口しながら見ていた。
「許せとは言わない。物の怪の被害を食い止められなかった責任は俺にある。本当に、申し訳なかった……」
「い、いえっ、あのっ……」
高揚して上擦ったヒノの声と、大神の甘い声が、すずの頭の中で反響する。すずは毛虫に触った時のような、非常に不愉快な気分になった。なんだか、大神にドキドキしている時の自分と、今の姉の様子が、やけにそっくりな気がするのだ。
「おやかたさま、きらきらだ」「おうじさまだ」「いいおこえ」「おいろけだ」「おんなたらし」「すけこましだ」
井戸端の主婦のように囁き合っている周囲の鬼火たちからも、ジュッ、ボッ、と炎がくすぶるような音が聞こえてくる。
「まったく、ご自身の顔をよく理解しておられる……」
薊の声も、やれやれとため息交じりだ。
周囲が氷点下まで冷え切った目で茶番を見ているとも知らず、ヒノは
「あの、いえ……っ! ごめんなさい……私のほうこそ、勘違いでつい取り乱してしまって……」
と、態度を変えた。
「構わない。混乱することは誰にでもある、気にするな」
ヒノを上手いこと丸め込んでしまった大神は、甘ったるい声音のまま、彼女に柔らかく微笑みかける。その笑顔が決め手となったのか、ヒノは妹への恨みも忘れ、すっかり大神に釘付けになった。
「よければ、わけを聞かせてくれないか? お前、どうしてここへ来た? ここは人間には来られない場所のはずだが……」
「わ、分かりません。私、村を追い出されて、気づいたらここに迷い込んでしまって……」
「追い出された?」
「はい。嫁いだ先の家で、旦那様やお姑様に虐められて、捨てられてしまったんです」
ヒノはわざとらしく目に涙を浮かべ、袖で口元を覆いながら語り始めた。
「私、一生懸命働きました。でも、どんなに働いても、旦那様は私を役立たずだと仰るんです……! さらにはあらぬ疑いまでかけて……お姑様も、お義姉様も、私のことをひどく虐めてきました」
「なんてむごいことを……」
「でも、よかった。別れた妹とこんなところで再会できたんですもの。それだけで幸せだわ」
心にもないことをさらりと言い放つヒノに、すずは思わず、うげっ、と言いそうになった。さすがは息をするように嘘をつく姉だ。すずが呆れてものも言えないでいる間に、ヒノはさらに嘘を重ねていく。
「妹だって? それは本当か?」
「はい。その子は私の大切な妹です。ひと月前に村の人たちの取り決めで、生贄にされてしまって……私はずっと反対していたのに、村のみんなは全然聞いてくれなかったんです。それで、死んでしまったと思っていたから、その子を見て驚いてしまって……」
親身にヒノの話に耳を傾ける大神。その背後で、すずは完全なる仏頂面であった。いい加減、茶番にもしらけきった鬼火たちが、
「うそつきだ」「うそはっぴゃく」「まっかっか」
と呟く。
あまりにお粗末な嘘に耐えかねて、すずは「なにが大切な妹だ」と言おうとした。が、ここで事態は思わぬ方向に進む。
「そうだったのか。お前は妹を最期まで慈しんでいたんだな。こんなにも優しい心を持っているのに……物の怪に惑わされて、怒りを駆り立てられてしまって、だからあんなに取り乱していたんだな」
なんとここで、大神は姉の思惑どおりに同情しはじめてしまったのだ。大神にも何か考えがあるのだろうと、あえて口を挟まずにいたすずだが、まさか、姉の嘘を本気で信じているのだろうかと不安になってくる。
「ええ。ずっと、悪い夢を見ていたようでした。本当は私、妹を虐めたくなんてなかったんです。でも、すっかり貴方の偽物に騙されていたものですから……大神様の言うとおりにしないと祟られると思って、怖くて、逆らえなくて……!」
大神が嘘を信じたことに安堵したのか、ヒノは途端に饒舌になる。大神はそれもまた頷きながらじっくり聞くものだから、すずは悲しくなった。
「祟られる? お前はずっと、俺の偽物に脅されていたのか?」
「はい。だから、村のみんなにも、お前みたいな悪女は置いておけないって、勘違いされて……っ」
もう支離滅裂だ。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、すずは腹を立てる力まで削がれていくような気がした。
「大神様、どうかお慈悲をください。このままでは凍えてしまいます。私も妹と同じように、このお屋敷で働かせてくださいませんか」
「!?」
姉の懇願に、すずは「はあ!?」と声を上げそうになった。
それだけは絶対にごめんだ。隠世に来てようやく姉の意地悪から解放されたのに、また影で虐められるなんて悲惨すぎる。意識が遠のいていくようだった。
「この子だけでは至らないこともたくさんあったでしょう? 私はこの子よりもっとお役に立てますわ。きっとあなたにもお気に召していただけるはず……」
姉の声が妙に色気づいていて、気味が悪いったらない。風も吹いていないのに、すずの全身に寒気が走り抜ける。
頼む、それだけは絶対に断ってくれ、とすずは大神に全力で祈った。
「ほう。例えば何をしてくれる?」
「え? それは……お食事のお世話やお洗濯もできます。一通りの家事でしたら問題ありません。この子にはできないことも多いでしょう? せいぜい裁縫くらいしか役に立てないでしょうから……」
「ふむ。……いらないな!」
「え?」
それまで肯定的に相槌を打っていた大神は、ここでいきなり、ヒノの申し出をばっさり切り捨てた。しかも、満面の笑みで。
「今、お前が挙げた家事は、すずも全てやってくれた。それに、うちには他にも優秀な女中が大勢いる」
「そんな……じゃあ、なんでもします! 私にできることなら、なんでもしますから……!」
「そうは言っても、人手はどこも不足してないからなあ。新しい働き手なんて、本当にいらないんだよ」
「じゃあ、その、夜のお仕事でも……」
「いやいや、冗談だろ。そんなものを雇ったら、屋敷の風紀が乱れちまう。子供も大勢いるんだ、ますます必要ない」
ヒノがどんなに必死に申し出ても、大神はことごとく断る。にこにこと人当たりのいい表情を浮かべているにもかかわらず、断り方は非常に冷淡で容赦がない。
「お、お願いします! 私、本当に住む場所もなくなってしまったんです! こんな雪山に放り出されて、死にたくありません!」
ヒノが泣きそうな声で懇願すると、大神は「あははは!」と声を立てて笑った。
笑って――嘲笑った。
「すずを死に追いやろうとしたお前に、慈悲を乞う資格があると思ってるのか? 笑わせんなよ、俗物が」
「!?」
豹変した大神を真正面から見ていたヒノは、恐怖に顔を引きつらせていた。彼女の視線が、先ほどまでとは別の意味で釘付けになっている。
「ど、どうして……私が、そんなこと、するわけ……!」
「なら、なんで生きているすずに向かって怒鳴り散らしたりしたんだ? 普通、大切な妹が生きていたら喜ばないか?」
「!? 貴方、さっきの話を聞いて……!」
不安になっていたすずは、それを聞いてふっと胸をなで下ろした。彼女が考えていたとおり、大神は姉妹のやり取りをしっかり聞いていたのだ。まあ、ヒノは我を忘れて叫んでいたし、最上階まで聞こえるような声量だったのだから、当然だ。むしろ、聞いてくださいと言っているようなものである。
「だいたい、嫁ぎ先で人の和を散々乱して追い払われた奴が、この屋敷のあやかしたちと円満にやっていけるわけないだろ?」
「なっ!?」
ヒノの顔が、真っ青を通り越して真っ白になる
「なんで知ってるのか、って? そりゃそうだよ。俺、神様だもん。現世のことだってしっかり見てるに決まってるじゃん」
ヒノの顔中に冷や汗が浮かび上がり、呼吸はひゅうひゅうと荒くなっている。
しかし、大神はまだまだ攻め手を緩めない。この程度では手ぬるいとばかりに、ヒノの両手をぎっちり掴んで離さないまま、糾弾を続ける。
「俺の偽物に上手いこと乗せられた、ってのは本当なんだろう。だが、村人を利用してすずを虐いたげたのは、お前の意志じゃねえか。操られたわけでもなんでもねえ」
「あ、あ……っ」
「自分の行いを神の前で懺悔するならまだしも、よくもまあ、欺こうなんて考えたもんだ。神に嘘をついたツケは高くつくぜ?」
大神はそう言って、ヒノの手を投げ捨てるように解放すると、踵を返してすずのほうへ近づく。
「あと、お前はずいぶんとすずを下に見ているようだけど」
「ひゃ!?」
今度はすずが声を上げた。
大神はすずの肩に腕を回すと、自分の方へぐいっと抱き寄せた。
「すずはお前よりもよほど優秀な使用人だぞ。一生懸命働くし、親切で気が利くし、三味線も唄もできる。あやかしとも仲良くしてくれるし、子供の遊び相手もしてくれる。俺もあやかしどもも、みーんなこいつがお気に入りなのさ」
すずを抱き寄せている大神の腕には、やたら力がこもっている。こんな空気では押しのけることもできないし、恥ずかしさに任せて叫ぶこともできない。すずの顔は、瞬く間にぎゅんぎゅん赤みを帯びていく。
ヒノは妹が大事そうに抱えられているのを、信じられないと言いたげな目で見ていた。
「そ、んな……っ! その子は、呪われているんですよ! 物の怪のせいで目が見えなくて、村でも周りに迷惑ばかりかけていたんです! きっと、ここでも同じ……」
「だから? しみったれた村での話なんか知るかよ。目が見えなくて難儀しているなら、俺らが助ければいい」
大神は、なおもすずを貶めようとするヒノを一蹴し、鋭い目つきで睨みつける。
「すずはこの屋敷の宝だ。俺たちの宝を泣かせたお前に、くれてやる居場所なんざねえ」
きっぱりと言い切った大神の声は、冬の冷たい空気に響き渡った。すずの肌にも、毅然とした響きがピリピリと伝わる。
気がつけば、すずの目には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
「っふざけんなぁ!」
ヒノは再び、張り裂けんばかりの怒鳴り声を上げた。
「なにが神様よ! どうしてそいつのことは助けるくせに、私のことは誰も助けてくれないの!? 両親が死んだのも、私が不幸になったのも!! 全部、全部、全部、そいつが生まれてきたからなのよ!!」
自分の味方が一人もいないと知り、ヤケを起こしているのだろう。ヒノは胸にあらん限りの恨みを、やたらめったらにぶつけ出した。
「死んでしまえばいいのに! お前なんか地獄に落ちろ!! 村の奴らも、ここの化け物も! 全員、呪われればいいんだ!!」
途端、すずは肩に添えられた大神の手から、とてつもない熱を感じる。いや、手だけではない。すずの体に直接触れていない場所からも、じわじわ蝕むような熱を大神から感じた。
すずは熱の正体が本能でわかった──これは、大神の激情だ。彼の内側から漏れ出てきた、怒りの炎だ。
「いい加減にしろよ。お前は今、誰を敵に回したか分かっているのか? あ?」
「え──ひぃッ!?」
彼女はあたりを見回して、ようやく気づいた──自分の周囲はいつの間にか、ひしめかんばかりの多数のあやかしたちに埋め尽くされていたことに。
巨体の鬼が、一つ目の子供が、河童の子が、青白い顔の女が──様々な異形が、みな一様にヒノをじっと睨んでいたことに。
「言っただろう。ここのあやかしどもは、みーんなすずのことがお気に入りだって。なあ、お前ら。すずを虐めたこの性悪女、お前らならどう料理する?」
あやかしたちの手には包丁やのこぎり、五寸釘にはさみなど、なにやら物騒な道具ばかりが握られている。
そこかしこで刃物の先がギラギラ光っているのを目にして、ヒノの背筋は一瞬で凍りついた。
「だってよ、どうする? おれなら魚みたいに捌いて、つみれにしてやるところだが」
いち早く前に出たのは、丸太のように太い腕を持った鬼だった。鋭く光る包丁を取り出しながら、ヒノをギロリと睨んでいる。
すると、それを皮切りに、ヒノの背後から、眼前から、右から、左から、様々な意見が飛び交った。
「僕なら爪で八つ裂きにしてあげるよ!」と、化け猫の子供。
「いやいや、わしが石臼で挽いてやろう」と、やせ細った老人。
「うんにゃ、ちいとずつ皮を剥いでやるべ」と、鋭い牙の鬼。
「生きたまま手足を千切るのはどうだ?」と、牛頭の大男。
「目玉をくりぬいてあげましょうよ」と、爪を伸ばした女。
「地獄を見せるなら釜ゆでじゃろう」と、鍋を手にした老婆。
「拙者は鼻を削ぐに一票」と、血だらけの落ち武者。
恐ろしい会話をし出すあやかしたちの視線は、全てヒノに注がれている。ヒノはあまりの恐怖に白目をむき、後ろへひっくり返って気絶した。
玩具の笛のような甲高い鳴き声をあげながら、一体の鬼火が弾丸のような速度で飛来してきた。小さな隕石と化した鬼火が、ヒノの横っ面にズドンと激突する。
「ぎゃッ!?」
ヒノは色気の欠片もない悲鳴をあげ、その場に倒れ込んだ。
突然の出来事に唖然とするすず。その周囲に、他の鬼火たちも続々と集まってくる。
「すずちゃんをいじめるなー!」「「「いじめるなー!」」」
「ぼうりょくはんたーい!」「「「はんたーい!」」」
十体は集まってきただろうか。鬼火たちは声をそろえてヒノに抗議する。さらに、体を膨らませた鬼火たちは組み体操のように積み上がり、すずをかばうようにして盾を作っていた。
「なによ、この火の玉は! あっち行きなさいよっ!」
ヒノは自分に突進してくる鬼火たちを払いのけようとするが、屋敷中から鬼火たちが結集してきているのか、その数は増す一方だ。このままでは鬼火たちが興奮して、ヒノを火だるまにしかねない。すずは鬼火たちを止めようとした。
しかし、その前に――シャリンと清らかな鈴の音と、人間のものらしき足音が、すずの背後から舞い込んでくる。
「なんの騒ぎだ?」
揉みつ揉まれつしていたヒノと鬼火たちが、ピタリと動きを止める。彼らがわーわー騒いでいる中でも、その声はよく通った。
声の主はすずをかばうように前へ出ると、
「こらこら、お前たち。客人に飛びついてはいけないよ」
と、鬼火たちをいさめる。「ぴえっ」「ごめんなさい」と、なにやら怯えだす鬼火たち。
すずは最初、誰の声か分からなかった。ビリビリと障子を震わせる感じは確かにあるけれど、漂う雰囲気はいつになく甘ったるい。例えるなら、こっくりとほろ苦くなるまで煮詰めた砂糖のような――とにかく、妙に胸がそわそわする声だ。
「あ、貴方は……!」
「初めまして、お嬢ちゃん。俺は大神。この屋敷の主だ」
声の主が人の姿をした大神だと判明したのと同時に、
(だっ、誰だぁ――ッ!?)
と、すずは心の中で叫んだ。
未だかつてない糖度をはらんだ大神の声は、すずにとって違和感満載だ。おおらかで飾らない普段の彼は、一体どこへ行ってしまったのか。
「だれ、あのひと」「しってるけど、しらないひと」「そわそわぁ」「ぞわぞわぁ」
すずのもとへ集まった鬼火たちもみな、炎に包まれた体をぷるぷる震わせている。大神の急激すぎる変わりように、薄気味悪さを覚えているようだ。
「っ、なにがお嬢ちゃんよ、白々しいっ!」
しばらく呆気にとられていたヒノは、慌てて我に返り、大神を睨みつける。なにやら大神に対してかなり深い恨みを抱いているようだったが、しかし、大神は
「なんのことだ? 俺はお前の顔に覚えがないんだが……」
と困ったような表情で首をかしげた。
「とぼけないでよ! あんたは覚えてなくても、私は覚えてるわ!」
「落ち着いてくれ、嬢ちゃん。俺は本当にお前に会ったことがないんだ。誰かと間違えていないか?」
「間違えるわけないでしょ! その顔、忘れようったって忘れられないもの!」
すずには、大神が実際にどんな顔をしているのか分からない。しかし、女中たちの間で彼が『二度見せずにはいられない美貌』だと言われていることは知っている。
(すごく印象的なお顔なんだろうな、大神様……)
と、すずはほんの少し残念な気持ちで考える。
「髪の色も目の色も、眼帯も、全く同じ! あんたのせいで私の人生がめちゃくちゃだわ! どうしてくれるのよ、責任取りなさいよ!!」
ヒノは床板を踏みならしながら、大神に詰め寄る。あろうことか、ヒノは大神の着物を掴もうと、手を伸ばしてくる。一体の鬼火が「あぶないっ」と叫んだが、
「大神様に気やすく触れることは許されません。お下がりを」
と、彼の部下である薊が止めに入る。こちらも普段の甘やかな雰囲気とは違い、ぴしっと襟を正したような毅然とした印象の声だ。
「ひぃぃっ! が、骸骨が喋ってるっ!?」
「失敬な! 骸骨ではありませぬ!」
薊に腕をつかまれたヒノが、びっくりして飛び退く。比較的人間寄りの見た目をした薊だが、顔の半分は骨が丸見えなので、ヒノにとっては恐ろしく見えたようだ。
骸骨呼ばわりされた薊は憤慨するが、
「許してやれ、薊。その子はきっと、あやかしを見たことがないんだ」
と、大神にいさめられて、不機嫌そうな表情を浮かべたまま黙り込む。
「お嬢ちゃん、それは恐らく俺を騙った偽物だ。きっと、悪い物の怪に騙されてしまったんだろう」
「物の怪ですって?」
自分が間違っているとでも言うつもりか、と言わんばかりに、きゅっと眉をつり上げるヒノ。大神はそんな彼女の目線の高さに合わせるようにかがんで、ゆっくりと話しかけた。
「よく思い出してくれ。俺と同じ姿をしたその男、眼帯はどちらの目にしていた?」
「…………あっ」
ヒノは何かに気づいたようだった。大神は重ねて問いかける。
「俺は右目にしているが、そいつは左目にしていたんじゃないのか?」
「して、た……」
ヒノの声は、途端に覇気を失う。目の前の男に対して、あらぬ嫌疑を向けていたことに気づいたらしい。とても気まずそうに視線をあちこちさ迷わせている。
「すまない……俺が至らなかったせいで、お前に苦労をかけてしまったんだな」
そう言うと、大神は実に紳士的な所作でヒノの両手を握る。さらに、誰もが二度見するその顔を急接近させ、ヒノに熱っぽい視線を送った。
「ひあっ!」と上擦るヒノの声。人間離れした美貌の男に、子猫を撫でるような声で囁かれては、無理もない。ヒノは動揺のあまり、口を金魚のようにパクパクさせている。
「可哀想に……こんなにやつれてしまって。よほどつらい目に遭ってきたんだな」
「あ、あ、わっ……」
普段の大神からは想像もつかない、異国の王族のようにうやうやしい所作。そして、体温が伝わってしまうほどの急接近。
薊と鬼火たちは、古くさい恋愛譚のようなその光景を、顎が外れそうなほど大きく開口しながら見ていた。
「許せとは言わない。物の怪の被害を食い止められなかった責任は俺にある。本当に、申し訳なかった……」
「い、いえっ、あのっ……」
高揚して上擦ったヒノの声と、大神の甘い声が、すずの頭の中で反響する。すずは毛虫に触った時のような、非常に不愉快な気分になった。なんだか、大神にドキドキしている時の自分と、今の姉の様子が、やけにそっくりな気がするのだ。
「おやかたさま、きらきらだ」「おうじさまだ」「いいおこえ」「おいろけだ」「おんなたらし」「すけこましだ」
井戸端の主婦のように囁き合っている周囲の鬼火たちからも、ジュッ、ボッ、と炎がくすぶるような音が聞こえてくる。
「まったく、ご自身の顔をよく理解しておられる……」
薊の声も、やれやれとため息交じりだ。
周囲が氷点下まで冷え切った目で茶番を見ているとも知らず、ヒノは
「あの、いえ……っ! ごめんなさい……私のほうこそ、勘違いでつい取り乱してしまって……」
と、態度を変えた。
「構わない。混乱することは誰にでもある、気にするな」
ヒノを上手いこと丸め込んでしまった大神は、甘ったるい声音のまま、彼女に柔らかく微笑みかける。その笑顔が決め手となったのか、ヒノは妹への恨みも忘れ、すっかり大神に釘付けになった。
「よければ、わけを聞かせてくれないか? お前、どうしてここへ来た? ここは人間には来られない場所のはずだが……」
「わ、分かりません。私、村を追い出されて、気づいたらここに迷い込んでしまって……」
「追い出された?」
「はい。嫁いだ先の家で、旦那様やお姑様に虐められて、捨てられてしまったんです」
ヒノはわざとらしく目に涙を浮かべ、袖で口元を覆いながら語り始めた。
「私、一生懸命働きました。でも、どんなに働いても、旦那様は私を役立たずだと仰るんです……! さらにはあらぬ疑いまでかけて……お姑様も、お義姉様も、私のことをひどく虐めてきました」
「なんてむごいことを……」
「でも、よかった。別れた妹とこんなところで再会できたんですもの。それだけで幸せだわ」
心にもないことをさらりと言い放つヒノに、すずは思わず、うげっ、と言いそうになった。さすがは息をするように嘘をつく姉だ。すずが呆れてものも言えないでいる間に、ヒノはさらに嘘を重ねていく。
「妹だって? それは本当か?」
「はい。その子は私の大切な妹です。ひと月前に村の人たちの取り決めで、生贄にされてしまって……私はずっと反対していたのに、村のみんなは全然聞いてくれなかったんです。それで、死んでしまったと思っていたから、その子を見て驚いてしまって……」
親身にヒノの話に耳を傾ける大神。その背後で、すずは完全なる仏頂面であった。いい加減、茶番にもしらけきった鬼火たちが、
「うそつきだ」「うそはっぴゃく」「まっかっか」
と呟く。
あまりにお粗末な嘘に耐えかねて、すずは「なにが大切な妹だ」と言おうとした。が、ここで事態は思わぬ方向に進む。
「そうだったのか。お前は妹を最期まで慈しんでいたんだな。こんなにも優しい心を持っているのに……物の怪に惑わされて、怒りを駆り立てられてしまって、だからあんなに取り乱していたんだな」
なんとここで、大神は姉の思惑どおりに同情しはじめてしまったのだ。大神にも何か考えがあるのだろうと、あえて口を挟まずにいたすずだが、まさか、姉の嘘を本気で信じているのだろうかと不安になってくる。
「ええ。ずっと、悪い夢を見ていたようでした。本当は私、妹を虐めたくなんてなかったんです。でも、すっかり貴方の偽物に騙されていたものですから……大神様の言うとおりにしないと祟られると思って、怖くて、逆らえなくて……!」
大神が嘘を信じたことに安堵したのか、ヒノは途端に饒舌になる。大神はそれもまた頷きながらじっくり聞くものだから、すずは悲しくなった。
「祟られる? お前はずっと、俺の偽物に脅されていたのか?」
「はい。だから、村のみんなにも、お前みたいな悪女は置いておけないって、勘違いされて……っ」
もう支離滅裂だ。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、すずは腹を立てる力まで削がれていくような気がした。
「大神様、どうかお慈悲をください。このままでは凍えてしまいます。私も妹と同じように、このお屋敷で働かせてくださいませんか」
「!?」
姉の懇願に、すずは「はあ!?」と声を上げそうになった。
それだけは絶対にごめんだ。隠世に来てようやく姉の意地悪から解放されたのに、また影で虐められるなんて悲惨すぎる。意識が遠のいていくようだった。
「この子だけでは至らないこともたくさんあったでしょう? 私はこの子よりもっとお役に立てますわ。きっとあなたにもお気に召していただけるはず……」
姉の声が妙に色気づいていて、気味が悪いったらない。風も吹いていないのに、すずの全身に寒気が走り抜ける。
頼む、それだけは絶対に断ってくれ、とすずは大神に全力で祈った。
「ほう。例えば何をしてくれる?」
「え? それは……お食事のお世話やお洗濯もできます。一通りの家事でしたら問題ありません。この子にはできないことも多いでしょう? せいぜい裁縫くらいしか役に立てないでしょうから……」
「ふむ。……いらないな!」
「え?」
それまで肯定的に相槌を打っていた大神は、ここでいきなり、ヒノの申し出をばっさり切り捨てた。しかも、満面の笑みで。
「今、お前が挙げた家事は、すずも全てやってくれた。それに、うちには他にも優秀な女中が大勢いる」
「そんな……じゃあ、なんでもします! 私にできることなら、なんでもしますから……!」
「そうは言っても、人手はどこも不足してないからなあ。新しい働き手なんて、本当にいらないんだよ」
「じゃあ、その、夜のお仕事でも……」
「いやいや、冗談だろ。そんなものを雇ったら、屋敷の風紀が乱れちまう。子供も大勢いるんだ、ますます必要ない」
ヒノがどんなに必死に申し出ても、大神はことごとく断る。にこにこと人当たりのいい表情を浮かべているにもかかわらず、断り方は非常に冷淡で容赦がない。
「お、お願いします! 私、本当に住む場所もなくなってしまったんです! こんな雪山に放り出されて、死にたくありません!」
ヒノが泣きそうな声で懇願すると、大神は「あははは!」と声を立てて笑った。
笑って――嘲笑った。
「すずを死に追いやろうとしたお前に、慈悲を乞う資格があると思ってるのか? 笑わせんなよ、俗物が」
「!?」
豹変した大神を真正面から見ていたヒノは、恐怖に顔を引きつらせていた。彼女の視線が、先ほどまでとは別の意味で釘付けになっている。
「ど、どうして……私が、そんなこと、するわけ……!」
「なら、なんで生きているすずに向かって怒鳴り散らしたりしたんだ? 普通、大切な妹が生きていたら喜ばないか?」
「!? 貴方、さっきの話を聞いて……!」
不安になっていたすずは、それを聞いてふっと胸をなで下ろした。彼女が考えていたとおり、大神は姉妹のやり取りをしっかり聞いていたのだ。まあ、ヒノは我を忘れて叫んでいたし、最上階まで聞こえるような声量だったのだから、当然だ。むしろ、聞いてくださいと言っているようなものである。
「だいたい、嫁ぎ先で人の和を散々乱して追い払われた奴が、この屋敷のあやかしたちと円満にやっていけるわけないだろ?」
「なっ!?」
ヒノの顔が、真っ青を通り越して真っ白になる
「なんで知ってるのか、って? そりゃそうだよ。俺、神様だもん。現世のことだってしっかり見てるに決まってるじゃん」
ヒノの顔中に冷や汗が浮かび上がり、呼吸はひゅうひゅうと荒くなっている。
しかし、大神はまだまだ攻め手を緩めない。この程度では手ぬるいとばかりに、ヒノの両手をぎっちり掴んで離さないまま、糾弾を続ける。
「俺の偽物に上手いこと乗せられた、ってのは本当なんだろう。だが、村人を利用してすずを虐いたげたのは、お前の意志じゃねえか。操られたわけでもなんでもねえ」
「あ、あ……っ」
「自分の行いを神の前で懺悔するならまだしも、よくもまあ、欺こうなんて考えたもんだ。神に嘘をついたツケは高くつくぜ?」
大神はそう言って、ヒノの手を投げ捨てるように解放すると、踵を返してすずのほうへ近づく。
「あと、お前はずいぶんとすずを下に見ているようだけど」
「ひゃ!?」
今度はすずが声を上げた。
大神はすずの肩に腕を回すと、自分の方へぐいっと抱き寄せた。
「すずはお前よりもよほど優秀な使用人だぞ。一生懸命働くし、親切で気が利くし、三味線も唄もできる。あやかしとも仲良くしてくれるし、子供の遊び相手もしてくれる。俺もあやかしどもも、みーんなこいつがお気に入りなのさ」
すずを抱き寄せている大神の腕には、やたら力がこもっている。こんな空気では押しのけることもできないし、恥ずかしさに任せて叫ぶこともできない。すずの顔は、瞬く間にぎゅんぎゅん赤みを帯びていく。
ヒノは妹が大事そうに抱えられているのを、信じられないと言いたげな目で見ていた。
「そ、んな……っ! その子は、呪われているんですよ! 物の怪のせいで目が見えなくて、村でも周りに迷惑ばかりかけていたんです! きっと、ここでも同じ……」
「だから? しみったれた村での話なんか知るかよ。目が見えなくて難儀しているなら、俺らが助ければいい」
大神は、なおもすずを貶めようとするヒノを一蹴し、鋭い目つきで睨みつける。
「すずはこの屋敷の宝だ。俺たちの宝を泣かせたお前に、くれてやる居場所なんざねえ」
きっぱりと言い切った大神の声は、冬の冷たい空気に響き渡った。すずの肌にも、毅然とした響きがピリピリと伝わる。
気がつけば、すずの目には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
「っふざけんなぁ!」
ヒノは再び、張り裂けんばかりの怒鳴り声を上げた。
「なにが神様よ! どうしてそいつのことは助けるくせに、私のことは誰も助けてくれないの!? 両親が死んだのも、私が不幸になったのも!! 全部、全部、全部、そいつが生まれてきたからなのよ!!」
自分の味方が一人もいないと知り、ヤケを起こしているのだろう。ヒノは胸にあらん限りの恨みを、やたらめったらにぶつけ出した。
「死んでしまえばいいのに! お前なんか地獄に落ちろ!! 村の奴らも、ここの化け物も! 全員、呪われればいいんだ!!」
途端、すずは肩に添えられた大神の手から、とてつもない熱を感じる。いや、手だけではない。すずの体に直接触れていない場所からも、じわじわ蝕むような熱を大神から感じた。
すずは熱の正体が本能でわかった──これは、大神の激情だ。彼の内側から漏れ出てきた、怒りの炎だ。
「いい加減にしろよ。お前は今、誰を敵に回したか分かっているのか? あ?」
「え──ひぃッ!?」
彼女はあたりを見回して、ようやく気づいた──自分の周囲はいつの間にか、ひしめかんばかりの多数のあやかしたちに埋め尽くされていたことに。
巨体の鬼が、一つ目の子供が、河童の子が、青白い顔の女が──様々な異形が、みな一様にヒノをじっと睨んでいたことに。
「言っただろう。ここのあやかしどもは、みーんなすずのことがお気に入りだって。なあ、お前ら。すずを虐めたこの性悪女、お前らならどう料理する?」
あやかしたちの手には包丁やのこぎり、五寸釘にはさみなど、なにやら物騒な道具ばかりが握られている。
そこかしこで刃物の先がギラギラ光っているのを目にして、ヒノの背筋は一瞬で凍りついた。
「だってよ、どうする? おれなら魚みたいに捌いて、つみれにしてやるところだが」
いち早く前に出たのは、丸太のように太い腕を持った鬼だった。鋭く光る包丁を取り出しながら、ヒノをギロリと睨んでいる。
すると、それを皮切りに、ヒノの背後から、眼前から、右から、左から、様々な意見が飛び交った。
「僕なら爪で八つ裂きにしてあげるよ!」と、化け猫の子供。
「いやいや、わしが石臼で挽いてやろう」と、やせ細った老人。
「うんにゃ、ちいとずつ皮を剥いでやるべ」と、鋭い牙の鬼。
「生きたまま手足を千切るのはどうだ?」と、牛頭の大男。
「目玉をくりぬいてあげましょうよ」と、爪を伸ばした女。
「地獄を見せるなら釜ゆでじゃろう」と、鍋を手にした老婆。
「拙者は鼻を削ぐに一票」と、血だらけの落ち武者。
恐ろしい会話をし出すあやかしたちの視線は、全てヒノに注がれている。ヒノはあまりの恐怖に白目をむき、後ろへひっくり返って気絶した。
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