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二章『お忍びでえと』
(一)
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深夜、大神屋敷の最上階にて。主の大神と、薬師の薊が向かい合って話していた。
「昼間、すず殿の目を診させてもらいましたが……やはり、所見は当初と変わらず酷いままです」
「視力も戻ってないか?」
「ええ」
当初からすずを診察していた薊だったが、すずの眼の病態はかなり重篤なものだった。
眼球は表面が真っ白に濁ってしまっていて、まるで濃霧に覆われた風景のように、瞳の色や輪郭すら認識できないほど。彼女が常にまぶたを伏せているのも、自力でまぶたを開けることができないからだったようで、目を動かす筋肉もほとんど機能していない有様だ。
薊の報告を聞いた大神は、ふうむと鼻を鳴らす。
「となると、あの親子の物の怪はやっぱりハズレだったってことか」
「ハズレ? すず殿に呪いをかけた物の怪ではなかった、ということですか」
「そういうこと。真っ先にすずを狙ってきたみたいだから、もしやあいつらが、って思ったんだがなあ」
物の怪には、目をつけた獲物をいつでも襲えるよう、目印として呪いをかけておくという習性がある。つまり、呪いをかけているからには、物の怪の側から必ずすずを襲いに来るはずなのだ。すずの呪いを解くには、彼女を狙ってやってくる物の怪を片っ端から討伐していくのが一番手っ取り早い。
「すずに呪いをかけたのは、少なくともあの親子よりも格上の物の怪だ。多分、生まれてから百年……いや、数百年以上は経過している、そこそこの大物だろう」
大物と言われる上位の物の怪を倒すのは、神でも骨が折れる大仕事だ。下手をしたら、この山を焦土に変えるような戦いに発展することもありえる。そんなとんでもない化け物から、すずは呪いをかけられているのだ。大神は彼女の身の上が可哀想でならなかった。
「すず殿の良質な霊力は、物の怪たちにとっても魅力的な餌……ということなのでしょうか」
「そういうこった。すずにしてみりゃ、たまたま授かっただけのものに群がられて、迷惑千万だろうけどな」
相手は大神が想定していた以上に厄介なもののようだ。全く面倒で嫌になる。
しかし、すずに屋敷の使用人として働いてもらい、霊力も分けてもらっている以上、こちらも彼女のために全力を尽くさなければなるまい。
愛しのすずを救えるのなら、上位の物の怪だろうと斬るのみだ。
「おうおう、お館様~! 帰ってきたぞ~!」
「村の偵察してきたよ~」
そこへ、部屋の窓から彼に向けて声をかける者がいた。そんな奇妙なところから声をかけられるのは、屋敷のあやかしの中でもかなり限られている。
「おう、青梅と紅梅か。お疲れさん」
大神の視線の先──窓枠には、二人の鬼の子たちが立っていた。青い肌をした少女の鬼・青梅と、赤い肌をした少年の鬼・紅梅だ。
「どうでしたか? ふもとの天候は」
大神の傍に控えていた薊が、彼らに聞く。二人の鬼はまとっていた蓑についた雪を払い落としつつ、首を横に振って答えた。
「他の村はかなり雪が溶けてたわ。でも、あの村の周りだけは駄目。全然雪がおさまってなかった」
「あの村ってのは、すずって小娘がいた村のことな」
鬼の子たちの報告を聞いた大神は「おかしいなあ」と眉間に皺を寄せ、首をぐりぐりひねる。
「他の村の雪が溶けてるなら、俺の神力は現世にちゃんと届いてるってことだよな。すずのいた村だけが、何らかの理由で阻害されてるってことか……? しかし、雪の神の力も借りてるのに雪がやまないなんて、どういうこった」
北国島の守り神たる大神は、神通力で天候を操ることを得意としている。雨が降らない地に雨雲を呼ぶことができるし、日照りがなければ雲を払って太陽の光を届けることができる。
今回はそこに加え、雪を司る神の力も借りたのだ。どれほどの大雪であろうと、強制的に雪をやませることができるはずだった。なのに、結果はこれだ。
二柱の神の力を阻害するなんて、あの村に一体なにが起こっているのか――大神が考えていると、鬼の子たちが「それと、これ」と言いながら、彼にあるものを差し出した。
「すずのにおいがしたから、回収してきた」
「村はずれの畜舎の中から見つけてきたの」
二人の手にあったのは、風呂敷の包みだった。大神はそれを受け取り、結び目を開けてみる。風呂敷の中から出てきたのは、無惨に壊された三味線だった。
「これは……酷いですね」
薊が三味線を覗き込みながら言う。よほど強い力が加わったのか、三味線は中棹から下棹にかけて、粉々になっていた。
そういえば、と、大神はふと思い出す。ここに来る前、すずは瞽女として生きるために修行をしていたらしい。ならば、彼女のにおいがするこの三味線は、大事な仕事道具だったのではないか。なぜ、それがこんなにも酷い壊れ方をしているのか。
薊や鬼たちも、大神と同じ疑問を抱いたらしい。
「この棹のへし折れ方は……故意に折られたのでしょうか」
「うっかり踏んじゃったとかはないの? あの子、目が見えてないし」
「うっかり踏んだくらいでこんな壊れ方するかよ」
「……そうよねえ。やっぱり故意かも」
鬼の子たちは、顔を顰めながら、自分たちが見てきた状況をさらに詳細に話し出す。
「すずの奴、相当酷い目にあってたみたいだぜ。三味線の他にも、ぼろぼろの服とか、使い古しの針箱があったんだ。多分、畜舎の中で生活させられてたんじゃないか」
「服の中に藁を詰めて、寒さを凌いでたみたいなの。畜舎自体もほとんど壊れかけで、風がびゅうびゅう入ってきて、信じられないくらい寒かった」
あんな場所で生活していては、いつ凍え死んでいてもおかしくなかった。盲目の少女に対して、なんて残酷な仕打ちをするのだ、と鬼の子たちは憤っている。
大神は彼らの報告を苦々しい表情で受け止めると、
「分かった。偵察ご苦労だったな。三味線は俺が預かる」
と、粉々に折れた三味線に触れた。
その瞬間──大神の顔つきが、一気に険しいものになる。
「……お館様?」
大神の異変に、薊が心配そうに声をかける。しかし、彼は大神の表情をまともに見た途端、ぞくりと寒気を覚えた。
「んッだよ、これ……」
大神のとてつもなく低い声が、いやに響いて聞こえる。決して大きくない声なのに、障子も床もびりびりと揺れて、鬼の子たちも思わずお互いにしがみついてしまったほどだ。
目が血走り、鋭い牙はむき出しになり、こめかみには青筋が立ち──大神の形相は、憤怒に駆られた猛獣そのものだった。
*
濃紺の空が徐々に東雲色に明るんでいく早朝──吹雪くことも多い鉈切山周辺は本日、珍しく快晴だった。
大神屋敷の女中たちは今日も仕事だと朝の身支度に勤しんでいる。その中に混ざるすずもまた、自身の身支度に奮闘していた。
巫女装束の着付けはもう慣れたものだ。迷いなく緋袴の紐を結び、手早く身につけていくものの──問題は、その次の段だ。
お銀からもらった手鏡を正面に置き、顔全体に白粉をはたいた後、梅花の口紅を筆に取る。すずは、紅を引く作業がやや苦手だった。指で唇の線を確かめながらやっているものの、筆を持つ手がぷるぷる震えているせいで、輪郭ががたがたになってしまう。一目見ただけでも化粧の不慣れさがうかがえた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」「ぼかしちゃえ、ぼかしちゃえ」「おゆびでぽんぽん」
傍らで見守る鬼火たちが、化粧に四苦八苦しているすずを励ます。
すずは助言されたとおり、がたがたになった紅の輪郭を指で叩いてぼかし、なんとか整えた。
「これでいいろっか? 鬼火さん、変なとこない?」
立ち上がったすずの周りに鬼火たちが集まり、彼女の身だしなみを確認していく。
「まえ、よーし」「うしろ、よーし」「かみのけ、よーし」「おめかし、よーし」「いじょうなーし!」
鬼火からのお墨付きをもらったところで、すずはふん! と気合いの鼻息を鳴らした。
「ようし、今日もしっかと働くぞ!」
「おつとめ、おつとめ!」「えいえい、おー!」
鬼火たちに誘導してもらいつつ、すずは今日も大神の部屋の前に立つ。襖の奥から、いつもの沈香の香りを感じて、すずの胸はどくどくと高鳴りはじめた。
(ううう、緊張する……! いや、変なふうに考えるっけ余計緊張するんだ。大神様の毛づくろいも、もういっぺことしてきたねっか。特別なことなんかなんもねえ! 田舎言葉だけ注意すればいいんだ!)
すずは自分を鼓舞し、二、三度深く呼吸をしてから、部屋の襖を開けた。
「おはようございます、大神様。朝の毛づくろいをしにまいりました」
うるさくならない程度に中に向かって呼びかけると、奥の方からすかさず大神の返事が返ってくる。
「おう、すず。おはようさん」
獣人姿の大神から発されるのは、周囲にビリビリと響き渡るような、はつらつとした低い声。すずは彼の声を聞いた瞬間に、どくん、とひときわ大きく心臓が跳ねるのを感じた。まるで心臓がなにかにぎゅっ、と抱きしめられたようで、胸が弾けてしまいそうだ。
(うわああああ……やっぱり大神様の声、聞けば聞くほど素敵だあ……)
大神に拾われてから、はや二週間──すずの心には、なんとも初々しい恋の春風が訪れていた。人は恋をすると、その人のことが常に頭から離れなくなると言うが、本当にそのとおりだなあとすずは納得していた。
大神に声をかけられる度に胸はきゅんとときめき、大神のことを考えるだけでふわふわの真綿みたいな気持ちになり、果てには大神のまとっている沈香の香りを感じただけでうっとりしてしまう。好物を食べていれば「大神様の好きなものはなんだろう」と考え、綺麗な唄声を出せる時は「大神様にも聞いてもらいたいな」と頭によぎってしまう。すでに重症と言わざるを得まい。
「寒かっただろ。悪いな、朝早くから来てもらって」
「いいえ! なんてことありませんよ」
朝はすずにとって、大神とゆっくり語らうことのできる時間だ。それを思えば、鉈切山の凍てつくような寒風などなんのことはない。体の内側から真っ赤な恋の風が吹き荒れていて、寒さなどたちまち消えてしまう。すずが抱いているのは、そういった猛烈な恋心なのだ。
「そうか。すずは若いから、寒さにもきっと強いんだなあ」
「薊先生の薬湯のおかげです。それに、ここのあやかしさんたちも、温かい方ばかりですし」
「おお、嬉しいこと言ってくれるねえ。館の主として誇らしい限りだ」
大神はからから笑って、すずを部屋に招き入れる。のしっ、のしっ、という特徴的な重みのある足音は、獣の神に似つかわしい厳かな風格が感じられた。
「起き抜けに鏡を見たら吃驚したぜ。もう毛があちこち爆発してんの」
「そんなに酷いんですか?」
「そりゃあもう」
盲目のすずには分からなかったが、今朝の大神の毛並みは乱れに乱れていた。大爆発した毛皮の上から寝間着を着ているものだから、いつにも増して着膨れ具合が凄まじい。まるで湖の底から採れる、巨大なマリモのようだ。
「胸元の毛なんて特にすげえぞ。触る?」
大神がほら、とすずに向かって胸を突き出してくる。しかし、すずは手と頭をぶんぶん振りながら遠慮した。
「い、いいえっ! そんなこと、おら……じゃなくて、私にはとても……」
「そうか? この前なんかぎゅーしたじゃん」
「! そ、それは大神様からしたことですっ!」
あの小さくて愛らしい子狼の姿なら、可愛い動物だと思って触ることができるが、筋骨隆々のたくましい獣人姿となればそうはいかない。すずの感覚としては、殿方の胸筋を撫でにいくようなものなので、そんなはしたない行為など、尊い大神相手にできるわけがなかった。
「ふーん。そんなもんかね。じゃ、いつもの頼むぜ。昨日は結構力を使っちまってな。もう毛がぼさぼさなんだ」
言って、大神は小さな子狼に姿を変えた。きゃんきゃんと吠える大神の声を頼りに、すずは小さくなった大神を抱き上げ、正座した膝の上に乗せる。
「うわあ、本当にぼさぼさですね。尻尾が箒みたい……」
すずは櫛を使って、大神の毛並みを整えていく。埋もれた毛玉を取り除きつつ、引っ張らないよう慎重に。
毛づくろいの間、大神はぴすぴすと鼻を鳴らしてご満悦だった。櫛で梳いていく感覚が、皮膚にも丁度いい刺激になっているようで、気持ちよさそうに目を細めている。
「よし、背中と尻尾はこんなものでいいですかね。次はお腹側ですよ」
すずがそう言えば、大神はごろんと転がって、お腹を無防備に見せる。顎から胸へ撫でるように触れていくと、確かに彼の言ったとおり、胸元の毛並みが大爆発しているのがわかった。ここは特に念入りに、とすずは毛並みの表面から少しずつ櫛を通していく。時折絡まった毛が櫛の歯に引っかかるが、無理に引っ張らないよう、優しく丁寧にほどいていく。
手間と時間をかけてじっくり整えていくと、大神の全身の毛並みはうっとりするほどなめらかな手触りに戻り、まっさらな朝日に反射して、ほのかに虹色の光を放ち始める。
「うーん……柔らかくって手が離せない……」
前日に薊が鋏で整えていたこともあり、今や彼は極上の撫で心地となっている。もふもふの毛に指が沈み込んで、すずはあまりの感触の良さにとろけてしまいそうだった。
「きゅう~」
すずに撫でられている大神も、腹を見せたままだらんと脱力している。耳は後ろにぺたんと伏せられていて、のびのびと寛いでいた。
大神相手にするわけにはいかないが、もし許されるのなら、すずはこのふかふかな胸元に顔を埋めてしまいたかった。そのまま頬擦りまでできたら、どんなに幸せだろうか……先日の夜に感じたあの包まれるような癒しの感触を思い出すだけで、すずはたまらない。
しかし、時間が過ぎるのはあっという間で、すずもそろそろ次の仕事の時間となってしまった。名残を惜しみながら、大神は膝の上からころんと転がり、人間の姿に戻る。
「んん~っ! 回復ぅ~!」
気持ちよさそうに伸びをしながら、大神は首や肩をぽきぽき鳴らし、体を起こした。
「いやあ、極楽だったぁ。ありがとうな、すず。これで今日も頑張れそうだ」
「お役に立ててなによりです」
村では役立たずと罵られ、お荷物以下の扱いを受けてきた自分が、今や神様の毛づくろい役としておつとめしているなんて、不思議な縁もあったものだ。しかも、その神様からお礼を言われて、おまけに整えた毛並みは毛づくろい役の特権でもふもふし放題……あまりに幸せすぎる。
「そうだ。これ、すずにあげようと思ってたんだ。この前、機織りの神にもらったんだけどさ」
大神は部屋の奥に一旦引っ込むと、一枚の着物を持ってきて、すずに差し出した。藍色の糸で織られた生地に、可愛らしい草花の柄を染め抜いた着物だ。
「普段着用の着物はまだ少ないだろ? これはすずが着るといい。木綿だから暖かいぞ」
「え、ええっ? 私みたいな田舎娘が、こんな立派なお着物なんて着ても……」
「んなことねえよ。この柄はきっとすずに似合うし、寸法からしてもお前にぴったりだと思うぞ」
「うう、でも……」
「お前が着なきゃ、屋敷で他に着られる奴がいねえんだよ。それに、大事に着てくれる奴が持っててくれれば、機織りの神も喜ぶと思う」
「ううう……では、ありがたく頂戴いたします……」
すずがおどおどしながら着物を受け取ると、大神は「おう!」と満足そうに笑った。
しかし、すずはあまりにも恐れ多くて、嬉しそうに笑うふりをすることもできない。
触れただけで分かる──この柔らかな肌触りは、自分が村で着ていたボロボロの着物とは全く違う、上物だ。こんな高級品を、貧乏人の自分が普段着として身につけるなんて、許されるのか。
「ほ、本当に、私なんかがもらっていいんですかねえ……?」
「いいんだって。俺がすずにあげたくて渡してるんだから。これも報酬だと思って受け取ってくれよ」
「でも、毛づくろいの報酬なら、もういっぺこともらってますし……」
そう、すずが大神から報酬を貰うのは、これが一回目ではない──どういうわけか、すずはほぼ毎日、大神から何かを押し付けられている。昨日は縁起物の根付、一昨日は砂糖菓子、その前は普段着用の可愛い帯で、さらにその前は魔除けのお守り。もらいすぎというほどもらいまくっていたので、そろそろ本気で断らなければと思っていたところである。
「もしかして、俺が贈ったものはあんまり気に入ってなかった……?」
大神がきゅーんと切なげな声を出す。今は人型なので隠れているが、獣人姿で尻尾があれば、間違いなく垂れていたことだろう。すずはしょんぼりと落ち込む子犬のような大神の姿を想像してしまって、「うっ」と言葉に詰まる。
「い、いいえ、違うんです! 全然! すごくありがたいって思ってます!」
「そうか? じゃあ、それなら問題ないよな!」
「うう、はい……」
分かっている。ここでは施しを遠慮し続けることの方がむしろ失礼だと、さすがのすずも気づいていた。しかし、卑しい身分の自分などが、神様という尊い存在から、こんなにも手厚い施しを受けてもいいものか──そんな罪悪感も同時に覚えてしまうのだ。
それに、こんなにも贈り物を、それも押しつけるようにされてしまうと、変に大神のことを意識しすぎてしまいそうになる。
「では、おら……私はこれで失礼します」
すずは丁寧に頭を下げて、そそくさと部屋を出ていく。
廊下を駆けるように行きながら、すずは頭の中でぐるぐると考えていた。恋の風はびゅんびゅんと猛威を奮っていて、もはや台風のようだ。肩につかまる鬼火たちは、そんなすずの心境を知ってか知らずか、
「おやかたさま、すずちゃんのこと、すきすき?」「きっとすきすき!」「おかお、にこにこしてた」「さいきん、おせおせだねえ」「きゃ~っ!」
などと無邪気にはしゃいでいる。恋の台風はさらに勢いを増し、すずの中でごうごうと暴れた。
(いや! いやいやいや、ありえねえ! 大神様から贈り物をされてるからって調子に乗るな、この芋娘!! あんげ尊いお方が、こんげ小娘なんぞ相手にするかあ!! 舞い上がるんでねえ、絶対に舞い上がるんでねえぞ、すず! 日頃のお礼だ、それ以外に特別な意味なんてあるわけがねえ! ねえったらねえんだあ~っ!!)
本来なら想いを寄せるだけでもおこがましいと言うのに、大神もそうであれば……と期待してしまうなんて、身の程知らずにもほどがある。
早いこと切り替えなければ、いよいよ台風が竜巻に化けてしまう。すずは脇を締めて腕を大きく振り、競歩のような素早い歩みで大神の部屋から遠ざかった。
「昼間、すず殿の目を診させてもらいましたが……やはり、所見は当初と変わらず酷いままです」
「視力も戻ってないか?」
「ええ」
当初からすずを診察していた薊だったが、すずの眼の病態はかなり重篤なものだった。
眼球は表面が真っ白に濁ってしまっていて、まるで濃霧に覆われた風景のように、瞳の色や輪郭すら認識できないほど。彼女が常にまぶたを伏せているのも、自力でまぶたを開けることができないからだったようで、目を動かす筋肉もほとんど機能していない有様だ。
薊の報告を聞いた大神は、ふうむと鼻を鳴らす。
「となると、あの親子の物の怪はやっぱりハズレだったってことか」
「ハズレ? すず殿に呪いをかけた物の怪ではなかった、ということですか」
「そういうこと。真っ先にすずを狙ってきたみたいだから、もしやあいつらが、って思ったんだがなあ」
物の怪には、目をつけた獲物をいつでも襲えるよう、目印として呪いをかけておくという習性がある。つまり、呪いをかけているからには、物の怪の側から必ずすずを襲いに来るはずなのだ。すずの呪いを解くには、彼女を狙ってやってくる物の怪を片っ端から討伐していくのが一番手っ取り早い。
「すずに呪いをかけたのは、少なくともあの親子よりも格上の物の怪だ。多分、生まれてから百年……いや、数百年以上は経過している、そこそこの大物だろう」
大物と言われる上位の物の怪を倒すのは、神でも骨が折れる大仕事だ。下手をしたら、この山を焦土に変えるような戦いに発展することもありえる。そんなとんでもない化け物から、すずは呪いをかけられているのだ。大神は彼女の身の上が可哀想でならなかった。
「すず殿の良質な霊力は、物の怪たちにとっても魅力的な餌……ということなのでしょうか」
「そういうこった。すずにしてみりゃ、たまたま授かっただけのものに群がられて、迷惑千万だろうけどな」
相手は大神が想定していた以上に厄介なもののようだ。全く面倒で嫌になる。
しかし、すずに屋敷の使用人として働いてもらい、霊力も分けてもらっている以上、こちらも彼女のために全力を尽くさなければなるまい。
愛しのすずを救えるのなら、上位の物の怪だろうと斬るのみだ。
「おうおう、お館様~! 帰ってきたぞ~!」
「村の偵察してきたよ~」
そこへ、部屋の窓から彼に向けて声をかける者がいた。そんな奇妙なところから声をかけられるのは、屋敷のあやかしの中でもかなり限られている。
「おう、青梅と紅梅か。お疲れさん」
大神の視線の先──窓枠には、二人の鬼の子たちが立っていた。青い肌をした少女の鬼・青梅と、赤い肌をした少年の鬼・紅梅だ。
「どうでしたか? ふもとの天候は」
大神の傍に控えていた薊が、彼らに聞く。二人の鬼はまとっていた蓑についた雪を払い落としつつ、首を横に振って答えた。
「他の村はかなり雪が溶けてたわ。でも、あの村の周りだけは駄目。全然雪がおさまってなかった」
「あの村ってのは、すずって小娘がいた村のことな」
鬼の子たちの報告を聞いた大神は「おかしいなあ」と眉間に皺を寄せ、首をぐりぐりひねる。
「他の村の雪が溶けてるなら、俺の神力は現世にちゃんと届いてるってことだよな。すずのいた村だけが、何らかの理由で阻害されてるってことか……? しかし、雪の神の力も借りてるのに雪がやまないなんて、どういうこった」
北国島の守り神たる大神は、神通力で天候を操ることを得意としている。雨が降らない地に雨雲を呼ぶことができるし、日照りがなければ雲を払って太陽の光を届けることができる。
今回はそこに加え、雪を司る神の力も借りたのだ。どれほどの大雪であろうと、強制的に雪をやませることができるはずだった。なのに、結果はこれだ。
二柱の神の力を阻害するなんて、あの村に一体なにが起こっているのか――大神が考えていると、鬼の子たちが「それと、これ」と言いながら、彼にあるものを差し出した。
「すずのにおいがしたから、回収してきた」
「村はずれの畜舎の中から見つけてきたの」
二人の手にあったのは、風呂敷の包みだった。大神はそれを受け取り、結び目を開けてみる。風呂敷の中から出てきたのは、無惨に壊された三味線だった。
「これは……酷いですね」
薊が三味線を覗き込みながら言う。よほど強い力が加わったのか、三味線は中棹から下棹にかけて、粉々になっていた。
そういえば、と、大神はふと思い出す。ここに来る前、すずは瞽女として生きるために修行をしていたらしい。ならば、彼女のにおいがするこの三味線は、大事な仕事道具だったのではないか。なぜ、それがこんなにも酷い壊れ方をしているのか。
薊や鬼たちも、大神と同じ疑問を抱いたらしい。
「この棹のへし折れ方は……故意に折られたのでしょうか」
「うっかり踏んじゃったとかはないの? あの子、目が見えてないし」
「うっかり踏んだくらいでこんな壊れ方するかよ」
「……そうよねえ。やっぱり故意かも」
鬼の子たちは、顔を顰めながら、自分たちが見てきた状況をさらに詳細に話し出す。
「すずの奴、相当酷い目にあってたみたいだぜ。三味線の他にも、ぼろぼろの服とか、使い古しの針箱があったんだ。多分、畜舎の中で生活させられてたんじゃないか」
「服の中に藁を詰めて、寒さを凌いでたみたいなの。畜舎自体もほとんど壊れかけで、風がびゅうびゅう入ってきて、信じられないくらい寒かった」
あんな場所で生活していては、いつ凍え死んでいてもおかしくなかった。盲目の少女に対して、なんて残酷な仕打ちをするのだ、と鬼の子たちは憤っている。
大神は彼らの報告を苦々しい表情で受け止めると、
「分かった。偵察ご苦労だったな。三味線は俺が預かる」
と、粉々に折れた三味線に触れた。
その瞬間──大神の顔つきが、一気に険しいものになる。
「……お館様?」
大神の異変に、薊が心配そうに声をかける。しかし、彼は大神の表情をまともに見た途端、ぞくりと寒気を覚えた。
「んッだよ、これ……」
大神のとてつもなく低い声が、いやに響いて聞こえる。決して大きくない声なのに、障子も床もびりびりと揺れて、鬼の子たちも思わずお互いにしがみついてしまったほどだ。
目が血走り、鋭い牙はむき出しになり、こめかみには青筋が立ち──大神の形相は、憤怒に駆られた猛獣そのものだった。
*
濃紺の空が徐々に東雲色に明るんでいく早朝──吹雪くことも多い鉈切山周辺は本日、珍しく快晴だった。
大神屋敷の女中たちは今日も仕事だと朝の身支度に勤しんでいる。その中に混ざるすずもまた、自身の身支度に奮闘していた。
巫女装束の着付けはもう慣れたものだ。迷いなく緋袴の紐を結び、手早く身につけていくものの──問題は、その次の段だ。
お銀からもらった手鏡を正面に置き、顔全体に白粉をはたいた後、梅花の口紅を筆に取る。すずは、紅を引く作業がやや苦手だった。指で唇の線を確かめながらやっているものの、筆を持つ手がぷるぷる震えているせいで、輪郭ががたがたになってしまう。一目見ただけでも化粧の不慣れさがうかがえた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」「ぼかしちゃえ、ぼかしちゃえ」「おゆびでぽんぽん」
傍らで見守る鬼火たちが、化粧に四苦八苦しているすずを励ます。
すずは助言されたとおり、がたがたになった紅の輪郭を指で叩いてぼかし、なんとか整えた。
「これでいいろっか? 鬼火さん、変なとこない?」
立ち上がったすずの周りに鬼火たちが集まり、彼女の身だしなみを確認していく。
「まえ、よーし」「うしろ、よーし」「かみのけ、よーし」「おめかし、よーし」「いじょうなーし!」
鬼火からのお墨付きをもらったところで、すずはふん! と気合いの鼻息を鳴らした。
「ようし、今日もしっかと働くぞ!」
「おつとめ、おつとめ!」「えいえい、おー!」
鬼火たちに誘導してもらいつつ、すずは今日も大神の部屋の前に立つ。襖の奥から、いつもの沈香の香りを感じて、すずの胸はどくどくと高鳴りはじめた。
(ううう、緊張する……! いや、変なふうに考えるっけ余計緊張するんだ。大神様の毛づくろいも、もういっぺことしてきたねっか。特別なことなんかなんもねえ! 田舎言葉だけ注意すればいいんだ!)
すずは自分を鼓舞し、二、三度深く呼吸をしてから、部屋の襖を開けた。
「おはようございます、大神様。朝の毛づくろいをしにまいりました」
うるさくならない程度に中に向かって呼びかけると、奥の方からすかさず大神の返事が返ってくる。
「おう、すず。おはようさん」
獣人姿の大神から発されるのは、周囲にビリビリと響き渡るような、はつらつとした低い声。すずは彼の声を聞いた瞬間に、どくん、とひときわ大きく心臓が跳ねるのを感じた。まるで心臓がなにかにぎゅっ、と抱きしめられたようで、胸が弾けてしまいそうだ。
(うわああああ……やっぱり大神様の声、聞けば聞くほど素敵だあ……)
大神に拾われてから、はや二週間──すずの心には、なんとも初々しい恋の春風が訪れていた。人は恋をすると、その人のことが常に頭から離れなくなると言うが、本当にそのとおりだなあとすずは納得していた。
大神に声をかけられる度に胸はきゅんとときめき、大神のことを考えるだけでふわふわの真綿みたいな気持ちになり、果てには大神のまとっている沈香の香りを感じただけでうっとりしてしまう。好物を食べていれば「大神様の好きなものはなんだろう」と考え、綺麗な唄声を出せる時は「大神様にも聞いてもらいたいな」と頭によぎってしまう。すでに重症と言わざるを得まい。
「寒かっただろ。悪いな、朝早くから来てもらって」
「いいえ! なんてことありませんよ」
朝はすずにとって、大神とゆっくり語らうことのできる時間だ。それを思えば、鉈切山の凍てつくような寒風などなんのことはない。体の内側から真っ赤な恋の風が吹き荒れていて、寒さなどたちまち消えてしまう。すずが抱いているのは、そういった猛烈な恋心なのだ。
「そうか。すずは若いから、寒さにもきっと強いんだなあ」
「薊先生の薬湯のおかげです。それに、ここのあやかしさんたちも、温かい方ばかりですし」
「おお、嬉しいこと言ってくれるねえ。館の主として誇らしい限りだ」
大神はからから笑って、すずを部屋に招き入れる。のしっ、のしっ、という特徴的な重みのある足音は、獣の神に似つかわしい厳かな風格が感じられた。
「起き抜けに鏡を見たら吃驚したぜ。もう毛があちこち爆発してんの」
「そんなに酷いんですか?」
「そりゃあもう」
盲目のすずには分からなかったが、今朝の大神の毛並みは乱れに乱れていた。大爆発した毛皮の上から寝間着を着ているものだから、いつにも増して着膨れ具合が凄まじい。まるで湖の底から採れる、巨大なマリモのようだ。
「胸元の毛なんて特にすげえぞ。触る?」
大神がほら、とすずに向かって胸を突き出してくる。しかし、すずは手と頭をぶんぶん振りながら遠慮した。
「い、いいえっ! そんなこと、おら……じゃなくて、私にはとても……」
「そうか? この前なんかぎゅーしたじゃん」
「! そ、それは大神様からしたことですっ!」
あの小さくて愛らしい子狼の姿なら、可愛い動物だと思って触ることができるが、筋骨隆々のたくましい獣人姿となればそうはいかない。すずの感覚としては、殿方の胸筋を撫でにいくようなものなので、そんなはしたない行為など、尊い大神相手にできるわけがなかった。
「ふーん。そんなもんかね。じゃ、いつもの頼むぜ。昨日は結構力を使っちまってな。もう毛がぼさぼさなんだ」
言って、大神は小さな子狼に姿を変えた。きゃんきゃんと吠える大神の声を頼りに、すずは小さくなった大神を抱き上げ、正座した膝の上に乗せる。
「うわあ、本当にぼさぼさですね。尻尾が箒みたい……」
すずは櫛を使って、大神の毛並みを整えていく。埋もれた毛玉を取り除きつつ、引っ張らないよう慎重に。
毛づくろいの間、大神はぴすぴすと鼻を鳴らしてご満悦だった。櫛で梳いていく感覚が、皮膚にも丁度いい刺激になっているようで、気持ちよさそうに目を細めている。
「よし、背中と尻尾はこんなものでいいですかね。次はお腹側ですよ」
すずがそう言えば、大神はごろんと転がって、お腹を無防備に見せる。顎から胸へ撫でるように触れていくと、確かに彼の言ったとおり、胸元の毛並みが大爆発しているのがわかった。ここは特に念入りに、とすずは毛並みの表面から少しずつ櫛を通していく。時折絡まった毛が櫛の歯に引っかかるが、無理に引っ張らないよう、優しく丁寧にほどいていく。
手間と時間をかけてじっくり整えていくと、大神の全身の毛並みはうっとりするほどなめらかな手触りに戻り、まっさらな朝日に反射して、ほのかに虹色の光を放ち始める。
「うーん……柔らかくって手が離せない……」
前日に薊が鋏で整えていたこともあり、今や彼は極上の撫で心地となっている。もふもふの毛に指が沈み込んで、すずはあまりの感触の良さにとろけてしまいそうだった。
「きゅう~」
すずに撫でられている大神も、腹を見せたままだらんと脱力している。耳は後ろにぺたんと伏せられていて、のびのびと寛いでいた。
大神相手にするわけにはいかないが、もし許されるのなら、すずはこのふかふかな胸元に顔を埋めてしまいたかった。そのまま頬擦りまでできたら、どんなに幸せだろうか……先日の夜に感じたあの包まれるような癒しの感触を思い出すだけで、すずはたまらない。
しかし、時間が過ぎるのはあっという間で、すずもそろそろ次の仕事の時間となってしまった。名残を惜しみながら、大神は膝の上からころんと転がり、人間の姿に戻る。
「んん~っ! 回復ぅ~!」
気持ちよさそうに伸びをしながら、大神は首や肩をぽきぽき鳴らし、体を起こした。
「いやあ、極楽だったぁ。ありがとうな、すず。これで今日も頑張れそうだ」
「お役に立ててなによりです」
村では役立たずと罵られ、お荷物以下の扱いを受けてきた自分が、今や神様の毛づくろい役としておつとめしているなんて、不思議な縁もあったものだ。しかも、その神様からお礼を言われて、おまけに整えた毛並みは毛づくろい役の特権でもふもふし放題……あまりに幸せすぎる。
「そうだ。これ、すずにあげようと思ってたんだ。この前、機織りの神にもらったんだけどさ」
大神は部屋の奥に一旦引っ込むと、一枚の着物を持ってきて、すずに差し出した。藍色の糸で織られた生地に、可愛らしい草花の柄を染め抜いた着物だ。
「普段着用の着物はまだ少ないだろ? これはすずが着るといい。木綿だから暖かいぞ」
「え、ええっ? 私みたいな田舎娘が、こんな立派なお着物なんて着ても……」
「んなことねえよ。この柄はきっとすずに似合うし、寸法からしてもお前にぴったりだと思うぞ」
「うう、でも……」
「お前が着なきゃ、屋敷で他に着られる奴がいねえんだよ。それに、大事に着てくれる奴が持っててくれれば、機織りの神も喜ぶと思う」
「ううう……では、ありがたく頂戴いたします……」
すずがおどおどしながら着物を受け取ると、大神は「おう!」と満足そうに笑った。
しかし、すずはあまりにも恐れ多くて、嬉しそうに笑うふりをすることもできない。
触れただけで分かる──この柔らかな肌触りは、自分が村で着ていたボロボロの着物とは全く違う、上物だ。こんな高級品を、貧乏人の自分が普段着として身につけるなんて、許されるのか。
「ほ、本当に、私なんかがもらっていいんですかねえ……?」
「いいんだって。俺がすずにあげたくて渡してるんだから。これも報酬だと思って受け取ってくれよ」
「でも、毛づくろいの報酬なら、もういっぺこともらってますし……」
そう、すずが大神から報酬を貰うのは、これが一回目ではない──どういうわけか、すずはほぼ毎日、大神から何かを押し付けられている。昨日は縁起物の根付、一昨日は砂糖菓子、その前は普段着用の可愛い帯で、さらにその前は魔除けのお守り。もらいすぎというほどもらいまくっていたので、そろそろ本気で断らなければと思っていたところである。
「もしかして、俺が贈ったものはあんまり気に入ってなかった……?」
大神がきゅーんと切なげな声を出す。今は人型なので隠れているが、獣人姿で尻尾があれば、間違いなく垂れていたことだろう。すずはしょんぼりと落ち込む子犬のような大神の姿を想像してしまって、「うっ」と言葉に詰まる。
「い、いいえ、違うんです! 全然! すごくありがたいって思ってます!」
「そうか? じゃあ、それなら問題ないよな!」
「うう、はい……」
分かっている。ここでは施しを遠慮し続けることの方がむしろ失礼だと、さすがのすずも気づいていた。しかし、卑しい身分の自分などが、神様という尊い存在から、こんなにも手厚い施しを受けてもいいものか──そんな罪悪感も同時に覚えてしまうのだ。
それに、こんなにも贈り物を、それも押しつけるようにされてしまうと、変に大神のことを意識しすぎてしまいそうになる。
「では、おら……私はこれで失礼します」
すずは丁寧に頭を下げて、そそくさと部屋を出ていく。
廊下を駆けるように行きながら、すずは頭の中でぐるぐると考えていた。恋の風はびゅんびゅんと猛威を奮っていて、もはや台風のようだ。肩につかまる鬼火たちは、そんなすずの心境を知ってか知らずか、
「おやかたさま、すずちゃんのこと、すきすき?」「きっとすきすき!」「おかお、にこにこしてた」「さいきん、おせおせだねえ」「きゃ~っ!」
などと無邪気にはしゃいでいる。恋の台風はさらに勢いを増し、すずの中でごうごうと暴れた。
(いや! いやいやいや、ありえねえ! 大神様から贈り物をされてるからって調子に乗るな、この芋娘!! あんげ尊いお方が、こんげ小娘なんぞ相手にするかあ!! 舞い上がるんでねえ、絶対に舞い上がるんでねえぞ、すず! 日頃のお礼だ、それ以外に特別な意味なんてあるわけがねえ! ねえったらねえんだあ~っ!!)
本来なら想いを寄せるだけでもおこがましいと言うのに、大神もそうであれば……と期待してしまうなんて、身の程知らずにもほどがある。
早いこと切り替えなければ、いよいよ台風が竜巻に化けてしまう。すずは脇を締めて腕を大きく振り、競歩のような素早い歩みで大神の部屋から遠ざかった。
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