大神様のお気に入り

茶柱まちこ

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一章『大神屋敷』

(一)

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 農耕と狩猟が息づく、厳寒の『北国島ほっこくとう』。
 華やかな西洋文化が広がる新都、『東国島とうごくとう』。
 古来の風雅な文化が根付く古都、『西国島さいごくとう』。 
 国内でも飛び抜けて外交が盛んな港を擁する『南国島なんごくとう』。
 照日ノ国てるひのくには、東西南北に浮かぶ四つの島で成り立っている。島はそれぞれ『大神おおがみ』、『烏神からすがみ』、『狐神きつねがみ』、『蛇神へびがみ』という四島よんとう守護神しゅごしんと呼ばれる神たちによって守られ、その庇護の下、人間とあやかしが領域を分けて生活していた。
 
 さて、北国島の霊峰・鉈切山なたぎりやまは、照日ノ国でも有数の豪雪地帯と言われている。 
 雲より高い鉈切山の中腹より上には『大神屋敷おおがみやしき』と呼ばれる茅葺かやぶき屋根の屋敷があった。決して豪華絢爛とは言えない質素な見た目だったが、吹雪程度ではビクともしない頑丈な作りで、あやかしたちにとっては厳しい冬を乗り越えるための仮の宿だった。

「おかおのいろ、もどった?」「ううん、まっしろ」「もしかして、もともとまっしろ?」「ありえる」

 そんな大神屋敷の一室では、幼い子供の声が囁きあっている。
 しかし、ここには一人たりとも子供はいない。いるのは、鮮やかな緋色の炎をまとった生き物たちだ。ちょうど大福餅のような形状の体からは、小さな手足がちょこんと生えていて、まるで丸々と太った蛙のようである。

「ゆきんこかな」「でもにんげんのにおい」「かわいいねえ」「おもちみたい」「ねんねんころりん」

 くすくす笑いながら囁き合うのは、鬼火と呼ばれるあやかしだ。
 彼らが覗き込んでいるのは、本来ここに存在しえない、人間の少女――すずだった。彼女は今、鹿や熊などの毛皮にくるまって、穏やかに寝息を立てている。
 鬼火たちがすずを見ながらきゃっきゃと話していると、そこへ部屋の襖が開く音が割り込んだ。

「こら、お前ら。病人が寝てるんだから、静かにしな」

 鴨居をくぐって部屋に入ってきた大男は、鬼火たちに向かって人差し指を立てながら注意すると、すずの傍らに腰を下ろした。
 彼はふもとの神社に閉じ込められていたすずをここへ連れ帰ってきた張本人である。
 ――否、『張本人』ではなく、『張本神』というべきか。
 彼は、人間の体に狼の頭をのせたような、奇妙な姿をしていた。
 頭頂部にはピンと尖った三角の耳が生えており、たっぷりの毛に覆われた尻尾はくるんと巻いている。右目には眼帯をしており、左目は稲穂の海を思わせる黄金色の瞳が覗いている。がっしりとした筋肉質の体を、ふかふかの濃紺の獣毛が覆っており、その上からさらに着物をまとっているので、着ぶくれ具合が凄まじかった。

「おやかたさまだあ」「このこ、へいき?」「しなない? だいじょうぶ?」

 すずの首筋や腕の中、脇の下や膝の上に潜っていた鬼火たちが、キノコでも生えてくるようにひょこひょこと顔を出す。
 男は紺色の毛並みに覆われた手をすずの額にあてがう。

「うん、大丈夫。魂の火は消えてないし、体温も戻ってきてる。なんとか間に合ったみたいだな」

 お疲れさん、と男が言うと、鬼火たちは安堵の表情を浮かべ、互いに微笑み合った。

「おんなのこ、たすかった」「よかったねえ、よかったねえ」「いいこ、いいこ」
 
 彼らが必死に温めていた少女は、つい先刻まで凍え死ぬ一歩手前だった。総出で温めた甲斐あって、彼女の回復を喜ぶ鬼火たち。
 男はふと、すずの前髪を払い、その下の額をまじまじと見た。

「ひえ、いたそう」「おっきいあざ」「やなかんじ」「おやかたさま、これなあに?」

 すずの生々しい痣を見ながら、鬼火たちが男に尋ねる。

「呪いの痕跡だよ。女の子の顔にこんなモンつけるなんて、ろくなことしやがらねえ」

 少女の額にある痣は、およそ人間にできるものとは思えないほど禍々しい見た目だった。干ばつでひび割れた地面のような形をしていて、よどんだ赤黒い色彩がなんとも不気味だ。
 明らかに尋常ではないすずの痣に、男は指先をあてがい、目を閉じて意識を集中させる。 

(……だめだ。術者が上手く割り出せねえ。誰がこんな酷い痣をつけやがったんだ)

 男はすずに呪いをかけた存在を割り出しそうとしたが、感じたのは不吉な邪気の気配だけだ。
 例えるなら、様々な色の絵の具を混ぜて、一色にしてしまったような──濁りきった泥のような状態の絵の具が、混ぜる前は果たして何色と何色だったのか分からない、そんな状態だ。
 男にわかったことはただ一つ。この呪いは、こんなか弱そうな少女が背負うには、あまりに重すぎる代物だということだった。

「可哀想に。皮膚を通り越して、視機能しきのうまで完全に侵されちまってる」

 こんな目では、確かに光を見ることも叶うまい。先刻、すずが嘆いていたとおりだ。
 男はすずを慰めるようにそっと額を撫でてやる。すると、寝ていたはずの彼女が「むうう……」とうめきながら身じろいだ。

「んふ、ふあふあだあ……」

 起こしてしまったかと思い、男は慌てて手を引っ込めようとする。しかし、すずの手がそれよりも先に絡みついてきた。なにやら柔らかな獣毛に覆われた手が心地いいらしく、捉えた手にすりすり頬を寄せている。

「お、おい、すず? あんまりされるとくすぐったいんだが……」

 寝ぼけているすずの肩を叩くと、彼女は「おや?」といった感じで一瞬動きを止めた後、目を閉じたままぐりぐりと首を捻っていた。状況を把握しかねているのだろうか。

「ここは……?」
「大丈夫か? お前は――」
「!?」

 男が冷静に話しかけようとすると、次の瞬間、すずは目の前にいる男の顔面に頭突きを食らわせる勢いで、がばっと身を起こした。

「もこもこの動物が喋ったあああ!?」

 少女が叫んだまさかの内容に、男もぎょっと目を丸くする。
 彼女の肩や脇などにいた鬼火たちは、いきなり起き上がった弾みで「きゃー」と転がり落ちてしまった。団子のように弾力性がある彼らの体は、あちこちの床をぽいんぽいんと跳ね回る。

「お、落ち着け! 今、状況を――わふっ?」
「すげえ、すげえ! 浄土では動物も喋るんだなあ!」

 初めて隠世に来て混乱しているであろうすずに対し、男は色々と事情を説明しなければと慌てたのだが――想定外なことに、彼女は喋る獣を恐れるどころか、その頬を両手で包んでもにゅもにゅと揉み始めた。

「お、おい、お前……」
「おら、こんげおっきな動物を抱っこしてみたかったんだあ! 村のわんこにはみーんな嫌われてたっけなあ……今まで頑張ってきてよかったあ! 神様がおらに冥土のお土産くだすったんだあ~!」
「冥土の土産、っておい! 話を聞いて――」
「それにしても、おっきい子だなあ。熊か? よしよし、いいこいいこ~」

 いや、熊だったら呑気に撫で回している場合ではないだろう。
 男はそう言いたかったが、撫でているすずの手をうっかり噛んでしまったら可哀想なので、「グウウ……」と黙らざるを得ない。

「へへへ、おりこうさんだなあ。どこを撫でたらいいんろっかねえ、ここかなあ?」
 
 すずはその辺で犬や猫に遭遇したときのように、大喜びで毛並みを撫でている。首や顎、額や耳などをふわふわ触られるうちに、男も次第に心地よくなってきて、とろりと目を細めた。

「ふ、ふへ、すずぅ、そこは、ふへへっ、んふへへへぇ」

 しまいに、男はなんとも腑抜けた笑顔を浮かべて、陥落してしまう。仰向けに転がり、腹を撫でろと催促するその姿は、まさしく飼い犬であった。

「あはは、おめさんはわんこだったがか! こんげ撫でさせてくれる子だっけ、きっと飼い主に大事にされてたんろうなあ」

 すずは男が倒れたのに調子をよくして、ますます彼を撫で回す。開いた衿から溢れんばかりに飛び出ているもこもこの毛並みを揉むように撫でると、男はきゃふんきゃふんと嬉しそうな声を上げた。

「おやかたさま、たのしそう?」「ごまんえつ」「わおーん」「こっちもなでてー」「あつくない、あつくない」

 なにやら楽しそうに盛り上がる二人を見て、転がっていた鬼火たちも興味津々とばかりに周辺に集まってくる。中にはすずの背中に飛び乗り、自分も撫でろと催促する個体もいた。
 部屋の空気が一気に賑やかになってきたところで、

「いや、違う違う違う!」

 と、すずを引き剥がし、正気に戻る男。

「すず、状況を説明させてくれ! 俺は犬じゃない!」
「えっ?」

 すずはぽかんと口を開け、ようやく手を止めた。止めたというか、固まった。
 
「あれ? その声、もしかして……大神、様?」
「そう。俺は大神だ」

 男――大神が頷くと、すずの顔は見ていても変化がわかるほど、一気に青ざめた。

「う、うわああああああああああ!? お、おお、おおお大神様あ!?」
「おお、いい叫び声だなあ。思ったより元気そうだ」

 一時はどうなるかと思っていた大神は、目の前ですずがあたふたしている様子に安堵した。しかし、彼女のほうはそれどころではないようで、
 
「な、なななな、なんでえ!? お、大神様、ええええ!?」

 と、見事に動転していた。
 目の前に神様がいると知れば、その反応もむべなるかな。しかも、すずはつい先ほどまで、様をつけて呼ぶような相手を犬扱いしてしまっている。
 
「すみませんすみませんすみません!! おらは大神様に対してなんて失礼なことを~っ!」

 と言いながら何度も頭を下げ、ひいひい萎縮していた。
 
「んはは、全然気にしてないぜ。むしろ気持ちよかったぞ」

 神様の自分を、ここまで景気よく撫でてくれる人間はなかなかいない。大神としてはむしろ嬉しかったし、状況が許すならいつまでも撫でられていたいと思ったくらいだ。
 すずはしばらく謝り続けていたが、落ち着きを取り戻したところで、
 
「お、おら、死んだんじゃないんですか……?」

 と、おそるおそる尋ねてくる。
 自分の頬をつねったり、床や毛皮などの感触を念入りに確かめたりしているのを見るに、混乱はおさまっていないようだ。
 
「現世では死んだも当然だろうな。まあ、実際はこの隠世でこっそり生き延びてるんだが」
「かくりよ?」

 大神はどこから説明したものか、と思案する。

「んーと、ここは『隠世』って呼ばれる世界でな。すずたち人間が住む『現世うつしよ』とは別の世界なんだ。人間の世界からは隠れて見えないから、『かく』。ようは神様やあやかしが住む異界のことだな。普通、人間は隠世には入って来られないんだが、すずは俺が特別に招いて連れてきた」
「ということは……おら、神様の世界に招待されたんですか!?」
「そういうこった。神隠しって言ってもいいかもな」
「はー、そういんでしたか。この状況で言っていいものか分かりませんが、なんだか光栄な気分ですねえ」

 驚きと感動と少しの照れくささが入り混じった、どこかきらきらした表情を見せるすず。そんなすずを見て、大神は

(神隠しって、人間なら普通怖がるもんだけどな……)

 と、不思議に思った。 
 現世の人間は、人里から子供などが忽然と消えたりすると、神やあやかしが気に入った子供を連れて行ってしまったのだと解釈するのだそうだ。だから、それを『神隠し』と呼んで恐れている……と大神は聞いていたのだが。

(なんつーか、変わった子だな)

 現世とは違う場所に来たことを怖がらず、隠世に来たと知ってわくわくしだすのは、大抵の場合子供だ。このくらいの年齢の少女なら、大人たちのように怖がるだろうと大神は思っていた。

(まあ、喋る獣を大喜びで撫でてくる時点で、怖がったりするわけがないか)

 痩せっぽちで小柄な見た目に反し、ずいぶん肝が据わっているようだ。天晴れだと褒めてやりたくなる。
  
「にしても、たまげたぜ。ふもとの神社の近くをたまたま通りかかったら、中から人間のにおいがしてくるじゃん。んで、拝殿を覗いてみたら、人間の女の子が縛られて転がされてるときたもんだ」
 
 大神は光景を目にしたとき、この時代にまだ人身御供ひとみごくうなんてことをする人間がいたのか――と、辟易した。他の島では文明開化だの、新時代だのと声高に謳っているのに対して、自分が管轄するこの北国島の、なんとまあ古くさいこと。
 もっとも、北国島は厳しい気候のせいで、外国船どころか国内の船でもなかなか近づけないので、他の島よりも文明発達が遅れがちな傾向にある。が、こんな誰も得をしない因習がまだ残っているのかと思うと、悲しくなってくる。

「まだそんな前時代的なことしてるのな。お前の村」
「はあ。昔から人間はそうして心を鎮めてきたもんですから、なかなか風習が抜けないんでしょうかねえ」

 いやいや、お前がその反応をするのかよ。と、大神は言ってしまいそうになる。その風習の犠牲となった当事者だというのに、すずはまるで他人事のようにけろりとしていた。

(……今生には未練がない、か。本当にそう思っているみたいだ)

 彼女は自分が生贄になることに、なんの感慨も抱いていない。自分の人生が終わることになんの抵抗感も抱かず、ただありのままに受け入れているようだった。
 
「ところで大神様。おらの願いは、叶えてもらえるのですか?」

 ここで、すずは初めて不安そうな表情を見せた。
 ──彼女の願いは、来世で明るい目をもらうこと。ただそれだけを願ってやってきた、というすずの言葉には、彼女の切々たる思いが滲んでいる。

「それは……」
「この体はどうしてもらっても構いません。次の世に明るい目を授かって生まれてこられるなら、今ここで食べてもらってもいいです」

 そう言いながら、すずはその場に立ち上がり、着物を脱ごうとする。包帯まみれの上半身が顕になったのを見て、大神は

「待て待て早まるな! 食べたりなんかしねえから、俺の話を一旦最後まで聞け!」
 
 と律儀に目を逸らしながらすずを止める。
 大神がそう言うのであれば、とすずは着物を元に戻し、またその場にちょこんと正座した。

「なあ、すず。その額の痣はどうした?」
「これですか? おらがまだ赤ん坊だった時に、物の怪につけられたんじゃないかって言われてて……」
「それは誰に言われた?」
「村の神主さんです。そん時に、一緒にいた両親が亡くなってしもうて……遺体の状況からしても、きっと物の怪に襲われたったんだろうて」
「そうか」

 物の怪とは、怨霊や悪霊のことだ。人や獣の情念から生まれた化け物として恐れられ、生きとし生けるものに襲いかかるのである。
 
「俺もそう思う。お前の額の痣は、物の怪が残した呪いの痕跡だ。そして、お前の盲目もその呪いが大きな原因だろう。呪いを解除しない限り、すずは生まれ変わったとしても盲目になる可能性が高い」
「そう、なんですか……」
 
 すずにとって、盲目であることはよほど重い枷になっているらしい。死んでも盲目の運命から解放されないと知り、すずは落胆していた。
 加えて、呪いにかけられた人間は、人間社会では忌み嫌われる傾向にある。すずの痩せ細った体に多数の傷跡がある理由も、それだけで察せられた。

「これだけきつい呪いがかかっているのを見ると、すずが物の怪を引き寄せやすい体質なのは間違いないな。相手もよほどお前に執着していると見える」

 すずは、苦虫を噛み潰したような顔をする。当たり前だ。物の怪に執着されていると聞いて、気分を悪くしない人間などいない。無意識なのか、すずは自分の腕をしきりにさすっていた。 
 しかし、そんなすずに向かって、大神は口角を吊り上げ、牙を見せながら笑う。 
 
「でも、安心しな。俺がその呪いを解除してやる」
「……! 本当ですか!?」

 大神が断言すると、すずは曇天のような表情から一転、雲ひとつない快晴の空のように明るく輝いた。

「呪いを解除するには、呪いをかけた物の怪を討たなきゃならない。解決まで時間がかかるかもしれないし、かなり長丁場になる可能性もあるけど、それまで頑張れるか?」
「はいっ!」

 すずは瞼の隙間に涙を溜めながら、深く深く頭を下げた。

「ありがとうございます、大神様……! なんとお礼を申し上げたらいいか……」
「よせやい。困ってる人間を助けるのは、神様として当然だろ」

 自分はただ、神としての責務を全うしているだけだ。大袈裟だと言いながら、大神は顔を伏せているすずの肩をぽんぽん叩く。

「つーわけで、俺から一つ提案。お前、生贄になる代わりに、ここで俺の世話人として働かないか?」
「ほへっ?」

 すずはまたぽかんと口を開けた。
 死ぬばかりと思っていたところへ、予想外の提案をされて戸惑っているのだろう。
 
「だ、だども、おらは盲目ですし、なんの取り柄もありませんよ? 大神様のお役に立てるとはとても……」

 確かに、盲目の彼女にできることは限られているだろう。自分自身のことはある程度できたとしても、他者の世話となれば話は別だし、不安も大きいことだろう。
 しかし、問題ない――これまでのやり取りで、大神はある仕事をすずに任せたいと思っていたのだ。

「心配すんなよ、すずにお願いしたいのは俺の毛づくろいだから」
「……毛づくろい??」
「おう。あんなに撫でるのが上手い奴は初めてだったなあ」

 先ほどすずに撫でられた感覚を思い出すと、尻尾がぱたぱた揺れてしまう。あれを毎日してもらえるなら、どんなにきつい仕事でも頑張れそうだと、大神はうっとりしていた。

「そんげお好きなんですか? 毛づくろい」
「もちろん! 毛づくろいが嫌いな獣なんていないし、毛づくろいでその日の調子が決まると言っても過言じゃない。お前の村の雪も止めなきゃならないし、呪いの調査も進めなきゃならねえ俺としては、疲れを労って調子を整えてくれる役が欲しいわけよ。毛づくろいが上手い奴ってのは貴重だし、ついでに俺個人としては、毛づくろいが上手い女を嫁にしたいと思ってるくらいだ」
「はあ……」

 ついつい熱を入れて語ってしまった大神は、少し引き気味のすずに気づくと、「おっとすまねえ」と軽く咳払いをした。

「で、どう? 引き受けてくれたらものすごく助かるんだけど」
「はい、もちろんです。それで大神様のお役に立てるのでしたら、おらも精一杯やらせて頂きます」
「本当か! やりい、念願の毛づくろい役を確保し――ッだあッ!?」

 喜び勇んで跳び上がった大神は、次の瞬間、ドゴォン!! と建物のはりに勢いよく頭突きをしていた。
 同時に、建物全体が軽く揺れるほどの衝撃が起こり、すずの体もぽんっと軽く浮き上がる。
 
「だ、大丈夫ですか、大神様!?」
「いッッてえぇぇ……」

 たんこぶのできた頭をすずに撫でられながら、大神は自分の情けなさに撃沈した。
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