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7章 普通の勇者とハーレム勇者

過去話 〜穂花と孝志〜 穂花視点

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♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


~穂花視点~


「──こんにちわっ!松本先輩っ!」

「んあ?──橘さんか。こんにちわ」

「はいっ!それでは失礼しますっ!」

「あ……うん」

挨拶だけ交わして一目散に逃げ出してしまった。だって孝志さんを直視できないんだもん好き過ぎて。こんな私がどう思われるかなんて考える余裕もないよ。

そもそも弱気な私に好きな人と沢山お話する勇気があるはずもないし……こうやって挨拶をするだけで我ながら驚異的な躍進だと思う。


「はぁ……はぁ、はぁ~~」

曲がり角を曲がった所で胸を押さえる。
この高鳴りも何回目なのか解らない……私の心臓が全然慣れてくれないんだもん。
孝志さんを近くに感じるだけで気持ちが昂り、幸福感に浸ってしまう。
それだけで勝手に満足する私の気持ち。


「こんなんじゃ、いつまで経っても絶対に前へなんて進めないよぉ~……ひぐっ」

それは嫌だ。
孝志さんともっともっと仲良くなりたいのに、いざ目の前に立つと全く動けない……そう考えると情けなくて涙が出て来た。
もし仮に、孝志さんが他の女性と一緒に歩いてる所を見かけたら?

想像するだけで怖いよ。
だからそうならない為に、いっぱいいっぱいアピールしなきゃダメなのに言葉で気持ちを伝える事が出来ない。
いつも挨拶をするだけで逃げ出しちゃうよ……


「うぅ……ぐすっ」

「もぉ~、また泣いてるの?」

「……え?ひ、弘子ちゃん?」

孝志さんの妹……そして私の親友である松本弘子ちゃん。弘子ちゃんはしゃがみ込んで泣く私にハンカチを差し出してくれた。
そして、私と同じ様にしゃがんで話を聞いてくれる。兄妹揃って本当に優しい。


「兄のどこが良いの?」

「悉く全てが好き」

「悉くって……ま、まぁ拗らせれてヤンデレ化しない様にね──よっと!」

「きゃっ!?ひ、弘子ちゃん!?」

弘子ちゃんは泣きべそをかく私を抱き抱え、そのまま起こしてくれた。
互いの頬っぺたが触れるかという位に接近したから変に動揺してしまう。


「あ、ありがとう」

「元気出してね」

「う、うん」

少し乱暴なやり方に見えるかも知れないけど、弘子ちゃんはいつも勇気をくれる。
孝志さんの良いところを見て育ったからかな……?要所要所で凄く優しいっ!本当に困った時こそ頼りになる存在だよっ!

そんな弘子ちゃんに、私は最初不純な動機で近付いた。孝志さんの妹だからと言う理由で──今にして思えば最低だったよ。

だけど今は違う。
きっと孝志さんが居なくても、私は弘子ちゃんと友達になれたと思っている。

そう……孝志さんが居なくても……


孝志さんが……居ない!?


「うわ~んっ!!」

「急にどうした穂花!?メンヘラか!?」

「違うよ」

「そっか──って急に落ち着くなしっ!」

急にメンヘラとか言い出すとわね。
ちょっとトチ狂った所もあるけど、弘子ちゃんは初めて出来た大事な友達だ。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


~弘子視点~


「う~ん~まさかアレ程ウチの兄が好きとはね……ジィ~……」

弘子はソファーで寛ぐ孝志を見詰める。

そこで漫画を読んでいる孝志──しかし、寝転がってる訳ではなく、割とキッチリした姿勢で座っている。


「意外にこういう所は嫌いじゃないけど」


──弘子はそう呟いた。

そうなのだ……松本孝志は家族の前でも何故か隙を見せようとしない。
一人で居る時以外は寝転んだりしないし、下品な姿も絶対に見せようとしない。穂花がいる時だけでなく、一緒に暮らしてる妹、母、祖父の前でもそれは同じなのだ。
無駄に品性ある暮らしを送っており、それはアルマスも不思議に思っていた。

そして弘子は、他の友達からそれぞれの兄の醜態を聴かされる。なのに自身の兄である孝志はどれも当て嵌らず、そこに弘子は好感を抱いていた。


「ん……弘子っ!どこ見てんのよぉっ!?」

「うぜ」


──こういう風に孝志はアホっぽい言動を頻繁に口にする。しかし、弘子は孝志のこういう所がユーモアに溢れてて大好きなのだ。
また、今の様にふざけてキレる事があっても、自身が傷付く酷い台詞を言われた試しがない。

後は凄まじく空気が読める。
落ち込んでる時は無言でプリンを買って来てくれたり、それとなく話を聞いてくれたりもする。
本人には口が裂けても言えない事だが、弘子にとってこれ以上ないほど誇れる自慢の兄なのだ。

だというのに、かつて家に連れて来た弘子の友達と来たら──


『弘子のお兄さんって、普通って感じだね』

『そうそう!毒にも薬にもならないし』

『存在が空気的な!』


その三人を家に呼ぶことは二度と無かった。孝志の良さはずっと一緒に居る人間にしか分からない。それなのに勝手なことを言ったのが許せなかったのだ。


「べつに見てないし」

「いや観てたね!俺は背中にも目が付いてるんだよ!」

「いや妖怪かよ」

「おっ!突っ込むね~!」

「うっぜぇ」

「まぁそう言うなや。冷蔵庫にアイスあるから食って良いぞ」

「……今日は暑くないし、要らない」

「マジで美味いから、絶対に、マジで死ぬほど美味いからマジでガチで本当に」

「そこまで言うなら食べてあげる」

「ならサッサと食えや」

「二重人格なの?」

す、素直になれない、嬉しいのに……ただ辛うじて兄ちゃんのボケになら突っ込める。
兄に反抗したくなる年頃なんだろうけど、私の方が嫌われないか心配だ。

冷凍庫を開けると、コンビニのソフトクリームが置いてあった。それを頬張りながら兄ちゃんの隣に座る。
ソファーはこれしかないし、し、しし、仕方なく隣に座っただけっ……!

……でもなんか、兄ちゃんの近くに居るとやっぱり落ち着くなぁ~


「なぁ弘子」

「なに?」

「……お前の友達の穂花さんって、どんな人なの?」

「ぶふぁっ!」

「うお汚ね……ほらティッシュ」

「う、うん」

まさか兄ちゃんが穂花の名前を口にするとは……思わずアイスを吹き出してしまった。そしてそれを無言で拭いてくれる兄ちゃん……ほんとごめんよ。


「ほら、水」

水まで……あ、ありがとね。


「……オレンジジュースが良い」

そしていちいち突っ掛かる私……ほんとに信じられない。どうしてありがとうが素直に言えないのよぉっ!


「ふっ、そういうと思って用意しといたぞ?」

「……うざっ」

私のこと分かってくれてるっ!
嬉しい嬉しいっ!それと全然うざくないよっ!松本弘子とかいう女のいう事は間に受けないでねっ!

あ、そうだ!
穂花について聞かないと……あの子、兄ちゃんの事が好きだから、話題に出たのを話せば喜ぶと思う。
兄ちゃんに惚れるなんて……穂花ってばセンスあるよ、うんうん。


「それで?穂花がどうしたの?」

「いや、ちょっとな……キモがらず聞いて欲しいんだけどさ……橘穂花さんってどんな人なの?」

「はぁ?どうしてそんなこと聞くの?」

「いや、何というか……少し気になってな?」

「………!」

やったね穂花!
諦めず挨拶を続けてたのが印を結んだのかなっ!?兄ちゃんが異性を気にするなんて凄いよっ!

よしっ!此処は親友としてフォローしよう!


「……穂花は良い子だよ」

「知ってるよ。それに物静かで大人しいしな」

「ほ、惚れた?」

どうなんだろう……?
でも、もし惚れてたらそれはそれでモヤモヤする……相手が穂花だから許せるけど。


「いや、そんなんじゃなくて……最近良く会うんだよ。だから変に思われてないか心配でな」

「ふぅ~ん」

やっぱり挨拶作戦大成功だ。
ずっと挨拶しか出来ないって落ち込んでたけど、逆にそれが心象に良かったのかも……これだけ気にしてるんだからそれは間違いないよね?
大人しい子が好きだから兄ちゃん……まぁそう穂花にアドバイスしたの私だけどさ。


「変に思われてないよ別に」

「なら良いんだけど」

「これからも家に連れて来るから……穂花なら別にいいでしょ?」

「ん?誰を連れて来ても良いぞ?いちいち俺の事は気にすんなや。俺の所為でお前の交友関係が狭くなるの嫌だからな」

「……わたしの勝手だし」

めちゃくちゃ優しい。こんなことを平気で言える兄ちゃんの所為でクラスの男子がガキっぽく見えるんだよ。逆にどうして穂花しか惚れないのよっ!


「お前近くない?」

あ……いつの間にか兄ちゃんに近寄り過ぎてたみたい。そんな嫌そうな顔しなくて良いのに……なんだよもぉ~


「………うるさい、別に良いでしょ?」

「………まぁ良いけど」

「ねぇ、兄ちゃん」

「あん?」

「もし彼女が出来ても……相手してよね」

「どうした急に?──いやまぁ兄妹だからな。これからも一緒に居るんじゃないのか?」

「うん……そうだね」

いずれ恋人が出来て結婚もするだろう。
それが穂花なのか、それとも別の誰かなのか、それは分からない。
でも兄ちゃんが一緒に居てくれるならそれで良い。きっとこの兄は私を見捨てたりしないだろうから──


「──とうっ!」

「あいたっ!……背中に乗るな!」

「自力で退かしてみなよ?」

「もう漫画に集中したいから静かにしな?」

「じゃあ乗っかってても良い?」

「…………5分だけな?」

「うん!」


兄ちゃん……いつもありがとう。
甘えられる時はこうして存分に甘えよう。どうせ普段は恥ずかしくてこんなこと出来ないし。
さっき私の交友関係を気にしてくれたの……凄く嬉しかったからね。


「ただし、五分で10万な?」

「………いや高ーよっ!」

「孝志だけに?ハハハハッ!」

「…………」

「………なんとか言えや」

「つまんないんだよッッ!!!」

「ふぁっ!?」


──────────


手応えがあったと思ったのに──

──結局その後、穂花と兄ちゃんは何も進展なく、あっという間に1年の月日が流れた。
いろいろ手助けしたのに穂花は肝心の所でいつも立ち止まってしまう。
兄ちゃん彼女出来ても知らないよ?


それにしても、今日の私はいつも以上に酷かった。


「兄ちゃんに悪いことしたなぁ……」

今朝、兄ちゃんのケチャップを台無しにしたのに、あろう事か私は逆ギレしちゃった。
兄ちゃんは優しいから気にしてないだろうけど、私の気が済まない。

ちょっと奮発して良いケチャップを買おう!
だから色んな所を周って値段の高いケチャップを買った。今月はあまりお小遣いは無かったけど、兄ちゃんの為なら痛くも痒くもない。

うん、折角だし、オムライスを作るのも悪くないね。出来栄えに自信は無いけど、いいケチャップを使うから大丈夫な筈……多分だけど。

それより、今日は帰りが遅いな。
いつもバイトじゃない日は速攻で帰って来るのに……早く兄ちゃんの喜ぶ顔が見たい。
それから今日学校であった面白い話を聴いて貰おう。



──弘子はベランダから顔を出し玄関の方を見た。




「兄ちゃん……早く帰って来ないかな」

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