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6章 勇者と、魔族と、王女様

みっちゃんの話②

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「あっ、松本くん……少し揉めてたみたいだけど、大丈夫だったかな?」

「いえ、大丈夫ですよ、気にしないで下さい……ところで如何されまし──ッ!?おふっ!?」

中岸さんのところに来たのは良いけど、なんだこの地獄みたいな雰囲気は……?
主に奥本から発せられる負のオーラが凄まじい。あの橘ですら苦虫を噛み潰したような苦い表情を浮かべてる位だから相当だぞ。
さっきまでアッシュ達とふざけて遊んでたのに、この温度差は一体なんだ?俺は何かを試されてるのか?


「あの……僕達より、中岸さん達の方がとっても大変そうですね……」

「うん……いつも大変なの……」

「いつも?」

「うん、いつも……」

橘に聞こえない位の小さな声で中岸さんはボソッと呟いた。普段どう大変なのか想像付くから中岸さんが不憫で仕方ない。もう雄星なんかと別れて仕舞えば楽になれるのに……でもこれに関しては他人の俺が口出しすべき事ではないか。

中岸さんには悪いけど、なるべく早く此処を立ち去りたい。なのでさっさと要件を確認するとしよう。


「それで中岸さん……どうしましたか?」

「えっとね……その……」

中岸さんは少し躊躇してるようだ。
って事はそんなに聞きにくい事なのか……
やだなぁ~……怖いなぁ~……


「あのね……えっと……みっちゃんって名前に聞き覚えあるかな?」

「……え?」


……何を聞かれても上手く言い返すぞ、と……俺は意気込んでいた。それなのに今の俺は思考が停止し、頭が真っ白になっている。


──それ程までに俺は驚いていた。本当に思い掛けない人物の名前を耳にしたからだ。
聞き間違いじゃない……中岸さんは確かに呼んでいた……『みっちゃん』の名前を──!!
自分と弘子以外の口からは二度と聞けないと諦めてた大切な想い出の人……幼馴染の『みっちゃん』だ。

それを何年も経ってから、それもこの異世界で聴くことになるとは思ってもなかった。
あ、でも別人だったらどうしよう?もう少し細かく聴いてみないと──!!


「えーと、中岸さん……そのみっちゃんって、行違学童のみっちゃんですよね?」

「う、うん……やっぱり知り合いなんだね」

「おおっ!」

やっぱりあの『みっちゃん』で間違いなかった!やったマジか!

だけど何で中岸さんがあの子を知ってるんだ?
いや知り合いだからで間違いないだろうけど、だとしたら世の中って本当に狭いな!


「……ぅそ……な……なん……で……?」

──美咲の消え入りそうな声は、孝志どころか由梨にすら届かず、二人は会話を続けて行く。


「その……みっちゃんは元気でしたか?」

「うん、元気と言うか……今は元気じゃないと言うか……」

「え……?もしかしてまた虐められてるんですか……?」

孝志の表情が一瞬で険しくなったので、由梨は慌てて否定する。


「ううん、虐められてるとこなんて見た事無いよ。普通に楽しく学校生活を送ってるよ」

「そ、そうでしたか……もしかしてですが、みっちゃんって同じ高校に通ってたりします?」

一応、これを勝手に喋っていいのか分からず、本人に確認を取ろうと由梨は美咲の方を見る。しかし、彼女は俯き小刻みに震え表情が読み取れなかった。

「え………あ、うん」

なので仕方なく由梨は肯定する。
美咲の様子が異常なので心配だったが、今話してるのは孝志なので彼とのやり取りを優先する事にした。


「……そ、そうだったんですか……まさか同じ学校…………それでその、みっちゃんの事を僕に聴いてきたって事は、あの子が僕のことを話したんですよね?……やっぱり怒ってました?」

「怒る……?どうして……?」

由梨はどうして怒られると思ったのか訳が分からず、不思議そうに尋ねた。

そして孝志の口から『みっちゃん』の名前が出る度に、美咲は体を震わせる。
背中は汗がびっしりで顔も真っ青なのだが、顔を伏せているので誰にも気付かれる事は無かった。


──もうここまで話を聞いたら否定のしようがない。
『たっくん』と彼の妹しか知らない『みっちゃん』の名前を聴いた以上、孝志が『たっくん』なのは覆らない。

何処でどう間違えてたっくんをいじめっ子達と間違えたのか、美咲には分からなかった。
だが恩人の孝志に冷たく当たり、自分を見捨てた雄星に擦り寄って行ったのは紛れもない事実なのだ。
孝志がみっちゃんとの想い出を語る度に、美咲は強く胸を締め付けられていた……息も出来ない程に……


──孝志は由梨の疑問に答えるため口を開く。そして次に発した孝志の言葉は更に美咲の心を打ちのめす。


「……実は、お父さんが死んじゃって……あの子には何も言わずに引っ越してしまったんですよ。ようやく落ち着いて逢いに行った時には、みっちゃん既に学童を辞めた後だったんで」

孝志は記憶を思い起こしながら語る。
今でこそ異常な精神力だが、当時は今と全然違い、父の死は孝志にとって耐え難いものだった。


「だからずっと後悔してたんです。引っ越すなら辛くても声を掛けるべきだったな……って」

「そ、そんな事が……」

「はい……だからみっちゃん、俺に怒ってるじゃないかって心配だったんですよ。でも中岸さんに僕の事を話してたのに、ずっと会いに来てくれなかったって事は、やっぱり怒ってたんですよね?」

「……ううん……全然怒っては無かったよ。それは間違いないよ」

「じゃあ、どうして逢いに来てくれなかったんでしょうか?」

「……か、彼女にもいろいろ有ったんだよ!」

「そうでしたか……それなら良いんですが」

──本当の事なんて言える訳ないよ。
まさか勘違いして違う人のところに行ってたなんて……美咲ちゃん……流石にこれは……


「えっと……さっきは微妙な感じだったのでもう一回聞きますけど──みっちゃんは元気にやってるんですね?」

「うん。それは間違いないよ」

それを聞いて孝志は嬉しそうに笑う。
たった今、向こうの世界に残した未練が一つ解消された。みっちゃんの事を孝志は家族の次に気掛かりとしていたのだ。


「まぁ彼女が元気なら良いんで──」

──俺は安心して息を吐く。
すると視界の端が揺れてる様に感じたので、何気なくそちらへと目を向ける。

俺はそれを見て驚愕した。


「ッッ!!おい!!奥本、大丈夫か!?」

「……はぁ……はぁ……息が……ッ」

全身から大量に汗をかき、奥本が苦しそうに震えている。
只事ではない……俺は急いで道具袋から数の少なくなったポーションを取り出した。
そしてうつ伏せ状態の彼女を仰向けにし、少しづつポーションを飲ませる。


「お願い……許して……ごめんなさい……何も知らなかったの……本当にごめんなさい……許して下さい……ごめんなさい……」

「え?なんか悪化してないか?」

ポーションの回復効果で落ち着いた美咲は、思考が正常になり、更に自責の念に駆られる。
自分は孝志の正体を知ってしまったが、孝志の方は知らないままだ。
それなら自分の事をまだ嫌ってる筈なのに、辛そうにしてるから薬を飲ませてくれている。その優しさが残酷なまでに美咲を苦しめているのだ。


「……これ以上優しくしないで……そんな資格、私には……無いから……」

「意味が分からん事言うな!」

「………ぅん」

「……やけに素直だな」

てか病人相手に怒るとかあり得ないぞ。
奥本なんて心底嫌いだけど、それとこれとは話が別だ。

なんたって今は、お父さんの死んだ時の事を思い出させるような状況だ。
お父さんが苦しそうに発作を起こした時、子供の俺はどうすれば良いのか分からなかった。
当時は携帯電話も持ってなく、更にタイミングの悪い事に家の電話も故障してた為、俺はお母さんの職場を30分もかけて尋ねた。近くの大人に頼れば良かったが、当時の俺にそんな考えは浮かばなかったんだ。

結果、お父さんは治療が遅れて亡くなった。
俺が手際良く対応していたら、父さんは死ななくて済んだと、俺は今でもそう思っている。

この時のトラウマの所為で、俺は病人や体調が悪そうな奴に対しては、つい優しくなってしまうんだ。


「(テレサ……回復は出来る……?)」

『うん……もう全快してると思うけど……もしかしたら精神的な消耗かも』

「(それは治らないの?)」

『うん。ポーションと回復魔法で少しはマシになるけど、治療するには精神回復系の魔法が必要なんだよ。ごめん、僕はその魔法は使えないよ……』

「(いや、いつも助けて貰ってるから、こんなの全然気にしないで)」

だったら、人を呼んできた方が良さそうだな。


「中岸さん!誰か呼んで来るから、奥本の事を観ててくれる…!?」

「う、うん、分かった」

「松本ッ!……俺はどうすれば良い?」

「……そこに立っててくれ!」

「わかった!………え?それだけ?」

俺は橘を無視し、まだ人が残ってるであろうパーティー会場へと急いで戻った。

そんな孝志の姿を見詰めていた美咲は、虐められてる時に先生を連れて来た、優しいたっくんの事を思い出していた。

「また……助けを呼んでくれるんだ……ありがとう……たっくん……」



──────────


「──なぁ、アッシュよ……」

「……ああ、俺たちの存在忘れられてるよな」

アッシュとアルベルトは、ひっそりと孝志の後を追い掛けた。
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