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6章 勇者と、魔族と、王女様
美咲の願い
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~美咲視点~
──話題がアイツなのは癪だけど、雄星とようやく目が合った。さっきは自分から逸らしちゃったけど、今度はしっかりと見据える。
でも、素直に喜べない。
だって見るからにイラついてるから……私は思わずたじろいでしまった。
でもどうして?
雄星の事を褒めたつもりで言ったのに。
「──美咲、一つ聴きたい事があるんだけど……君も松本に助けられたんだろ?」
「え?う、うん、それはそうだけど、でもアレは由梨が敵を引きつけてくれたからで……その」
心の奥底で、美咲はどうしても孝志を許せない感情があった。本当は彼女自身も助けられたと重々承知している。
……でも美咲には孝志にある疑念を抱いていた。
それは、もしかしたら孝志が学童で自分を虐めた者と同一人物だと言うこと。
年齢的に虐めてた彼らと一致しており、どうしても孝志へ対する疑惑が拭えない。
だから今までも、そして助けられた時も、あんな態度を取ってしまったのだ。
可能性はそれほど高くは無いが、思い込みの激しい美咲の中でいつの間にか【孝志がいじめっ子】と言う構図が、自身でも知らぬ間で出来上がってしまっていた。
──ど、どうしよう……
雄星はアイツの事が嫌いだから頷いてくれると思ってたのに……あれはどう見ても怒ってる顔じゃん……
「ゆ、雄星……?」
──いつもなら此処で雄星は相槌をする。
頻繁に孝志を悪く言ってる訳では無いが、孝志がクラスで悪目立ちした時や、行事なんかで活躍した時に、美咲と雄星は決まって彼を悪く言っていた。
なので今回もそのタイミングだと美咲は確信していたのに、雄星は不機嫌そうな顔色を浮かべる。
『恩知らずだと思われた……?』
と、流石に反省する美咲だったが、雄星から返って来たのはそうでは無く、彼女にとって思い掛けない言葉だった。
「前から言おうと思ってたんだけど、普段から松本の悪口を言い過ぎじゃないかな?」
「え?な、何言ってんの?」
てっきり今の発言を責められると思って居たけど、これまでアイツを悪く言ってたこと自体を怒ってたの!?なんで意味わかんないだけど!?それにアイツの悪口だったら雄星が一番言ってたよ!!
「ま、松本の事だったら、一番悪く言ってたの雄星じゃん!」
怒られるのを覚悟で私は思った事を口にする。少しでも目を覚まして欲しかったから勇気を振り絞った。
……こんな理不尽なのは、たっくんらしくない。
ううん、再会してらずっと雄星はたっくんらしくないよ。だから早く目を覚ましてッ!そして優しかったあの頃に戻って……たっくん。
──しかし雄星から返って来た言葉は、更に理不尽極まりなかった。
「俺が言う分には良いんだよ。でも他人の口から松本の悪口を聞かされると……その……ムカつくんだ」
「どういう事なの…!?」
「第一さぁ、美咲は松本の何を知っている?──俺は暇な時間があれば常に松本に付いて調べていた。だから奴の事は良く知ってる。だから悪く言う資格はあるんだよ」
「ひ、暇な時間に調べてた……?!」
「それに、美咲の悪口は僕と違って質が悪すぎる。あんなの本人に聞かれたらどうする?僕まで嫌われてしまうじゃないか」
「いや待って!本当に意味がわかんない……調べてたってなに?資格ってなに?悪口の質って何よ?!それに雄星はアイツが嫌いなんだから、別に嫌われたって良いんじゃないの!?」
「うぉッ!?──きゅ、急に大声出すなよ…!ビックリするじゃないか……!!」
雄星は美咲が大きな声で捲し立てるものだから、驚いて跳ね上がってしまう。
混じりっ気なしのガチビビリである。
「ご、ごめん……」
また嫌な思いをさせちゃった……どうしよう。
でも本気で何を言っているのかわからなかったんだよ……昔っからたっくんは何を言ってるのか良く分からない事が多かったけど、今のは群を抜いて酷かった。だから思わず捲し立てちゃったけど、大失敗。
ただでさえ評価は最悪なのに……これ以上悪くしたら本当にたっくんに拒絶されてしまうよ……!
私、たっくんにだけは拒絶されたくない。嫌われてる今も生きた心地がしてないのに、これ以上嫌われたら私……ねぇ、お願いたっくん……嫌わないで……うぅ
──美咲は縋るような気持ちで由梨の方を観る。
向こうの世界でも美咲は余計な事を言って雄星の怒りを買ってたが、その都度由梨がなんとかして来た。
しかし、そんな彼女でも今回ばかりはどうして良いのか分からない様で、申し訳なさそうに眉を顰めた。
そんな由梨を観て美咲は更に追い込まれた気持ちになってしまう。
「そもそも僕はさ、恩を仇で返す人間がこの世で一番嫌いなんだよね──君のした事って正しくそれじゃないか?」
「……!いや、けどそれは」
「言い訳はいいよ。やっぱりしばらく離れててくれないか?」
「……そ、そんな」
足に力が入らなくなってしまった私は、その場にヘタレ込んだ。由梨はそんな私を観て心配そうにしてるけど、雄星はこの場を去ろうとして居る。
そんな雄星の後ろ姿を観ていると、本当に悲しくて涙が流れそうになってしまう。
「……どうしてそんな酷いこと言うの……たっくん」
「またそれか」
雄星は呆れ果てて溜息を吐いた。
行違学童では一緒に遊び、しかもイジメてる場面で助けられたと雄星は言われ続けている。
全く身に覚えが無いので何度も否定したが、一緒に遊んでた妹の年齢や、話し方がソックリらしく聞き入れて貰えなかった。
まず、雄星が行違学童に通ってたのは1日だけで、ついでに穂花と由梨にも確認を取ったが、二人ともみっちゃんという名の少女に心当たりは無い様だった。なので『たっくん』と呼ばれる事に雄星は不快感しかない。
「だから何度言えば解るんだ?僕はたっくんじゃない!!」
「……そんなことないよ!雄星がたっくんじゃないと……私は……」
──もし万が一、雄星がたっくんじゃなかったら、私は最初からたっくんを探し回らなくちゃならない。
あんな無気力な日々に戻るのはもう嫌だ。手の届かない所のたっくんを想い続けるのは本当に苦しい。
それに異世界に来てしまった以上、元の世界に帰れない可能性だってある。
だから雄星がたっくんじゃないと私は……
……縋るような目をする美咲を観て、雄星はますます面倒くさく思った。向こうの世界だと見掛ける機会の少ない美女だったので、多少異常者でも手元に置いていたが、この世界に美咲クラスはゴロゴロ居る。
なので無理に彼女に固執する理由が無いのだ。
(しつこい女だ……いや、待てよ?)
ここで雄星は有る事を思い出す。
それは行違学童に通っていた日数を、美咲に直接言った覚えが無いことだ。
加えて穂花も美咲とはあまり話さないから、その件を二人が話している可能性も低いと雄星は考えた。
なので泣きそうな顔で座り込む美咲に、その事を話す事にした。
「美咲、そう言えば言い忘れてたけど、そもそも俺は学童には1日しか通ってないぞ?だから当然、穂花もあそこを知らない。君の言ってる事は明らかに妄想だぞ?そんなに僕の気を引きたいのかい?」
「……は?な、何を言ってるの?冗談やめてよ!!」
「本当だって言うのに……やれやれ──それに俺が辞めた理由も当時イジメられてた女の子が居て、いろいろ面倒くさいと思ったから辞めたんだぞ?──だから僕が君を助けたなんて本当に勘違いなんだよ」
「………ぁ」
美咲は自分の中で何かが弾けた気がした。それは絶対に言って欲しくない言葉だからだ。虐められてた女の子が居たから辞めたなんて発言……自分を見捨てたとしか考えられない言い方だ。
……彼女は悲しい気持ちを抑えきれなくなり、瞼から涙が大量に溢れ出る。それと同時に美咲は嫌われたキッカケを思い返した。
「奴隷の女の子を助けたくらいで、何でそこまで嫌われなくちゃダメなの!!?……うぅ~……ぐっ……ひぐっ」
「お、おい……泣くなよ……」
「み、美咲ちゃん……」
「ご飯をあげるくらい別に良いじゃん!可哀想でしょ?!餓死したらどうするよぉ……」
「餓死って……1日断食した位で死ぬ訳無いだろう?」
「だったら雄星は耐えられるの!?」
「耐えられるって……はぁ~……」
もう話をするのも面倒くさいな……後は由梨に任せよう。
「由梨……後は君が言ってやれ」
「ぬぇえ!?私ッ!!?」
地獄のような場面でバトンタッチされる由梨。
ただでさえ板挟みで辛かったのに、まさかいきなり地獄の最前線に立たされるとは思っても無かったようで、由梨は激しく動揺した。
(こ、こんなタイミングで……流石に一発ギャグとかやったら怒られるよね……?でも何を言えば良いんだろう?)
「雄星……何を言えばいいの……かな?」
「いや、奴隷の食事の話に決まってるだろう?」
「あっ、その事か!」
「他に何があると言うんだ?」
「……あ、あはは」
てっきり場を和ませろと安易に振られたと勘違いしちゃった……テヘ。
でも奴隷ちゃんへの食事の事なら話は簡単だ。
私は反対だったけど、雄星にはそうやって躾けるだけ理由が一応ちゃんとあるからね。
「えっとね、美咲ちゃんはあんまり雄星の家に来たこと無いから解らないと思うけど、雄星と穂花ちゃんのお爺ちゃんってお寺の住職さんなの」
「え……ぐずっ……お坊さん……?」
「そう。だから悪さをしたら体罰や叱咤が無い代わりに、罰が断食になっていたんだよ?」
「……ほ、本当なの……?」
「嘘はつかないよ──酷い時には二日間水しか貰えない事も有ったらしいよ?……因みに穂花ちゃんもね」
「それって虐待じゃ……」
「虐待……?」
虐待と言う言葉に反応し雄星が口を挟む。怒ったと言うより、今の美咲の発言に呆れてしまったようだ。
「普通に叩かれる方が虐待だろ?水は貰えるし、何より痛い思いをしなくて済むだろ?──まさか虐待だと思って口を挟んだのか?呆れたよ全く」
「…………あ」
美咲も開いた口が塞がらなかった。
ご飯をこっそり与えた事は今でも間違ってないと確信しているが、信じられないのは橘家の教育方針だ。悪い事をしたら断食なんて常軌を逸している。それなら一回ゲンコツされた方が何十倍もマシだと思った。
──美咲が唖然としていると、雄星が何かを思い出したように表情を変えた。そして『たっくん』に付いて、一つの可能性を語り始める。
「なぁ、もしかしたら、そのたっくんって言うの……松本じゃないか?」
「……え?」
雄星がとんでもない事を言い始めた。
もう頭に来る以前に意味が理解出来ない。
よりによってアイツとたっくんが同じ……ふん、それだけは絶対にあり得ないわよっ!あんな適当な奴が体を張って他人を助けるなんて絶対にする訳ないじゃん。
だから私はハッキリ言ってやった。
こればかりは黙ってるなんて出来ない。
「それは無いよ。それにどうしてそう思ったの?」
「松本もそこに通ってたからだよ」
「それは知ってるッ!アイツは私を助けてくれなかった奴の一人だよ!もしかしたら虐めてた連中の一人かも知れないし」
「松本がそんな姑息な真似をする訳が無いだろう?勝手な事を言わないでくれるか?」
雄星と美咲は気が付かないが、今の言葉に由梨は『うんうん』と嬉しそうに頷いた。
「何でそんな事が解るの……?」
「言ったろ?調べてるって──だから、美咲から聞かされた話と共通点が多いのが気になって仕方ないんだ」
「共通点……?」
「そうだよ──美咲はいってたね?【たっくん】には妹が居るって」
「うん……それは穂花ちゃ──」
「はぁ~……違うよ。まず、穂花はあそこには通って居ない」
「──え?」
「そして松本にも穂花と同じ年齢の妹が居て、松本の方は一緒に通ってたみたいだ」
「…………」
美咲は黙って雄星の話を聴き入る。
と言うよりも今は何も言葉が返せなかった。何故なら彼女が知る限り、兄妹で学童に通ってたのはたっくん以外居なかったからだ。
「それに『たっくん』の呼び名についてけど、松本の名前は【孝志】って言うんだが、苗字が『た』で始まる俺より、名前が『た』で始まる松本の方が俺より断然可能性は高いぞ?」
………いやあり得ないから………!!
私は大きく首を横に振った。それでも冷や汗が止まらない。
アイツに妹が居るなんて知らなかった……名前も初めて聴いた……まさか本当に……?
「そ、それだけは絶対にあり得ない!!」
そうだ──!
共通点はあるけど確信に触れた訳ではない。
それに松本がたっくんだけはあり得ないし、許されない。ないない、本当にそんなのあり得ない!!
私はこれまでアイツに酷い態度を取って来た。私の中で松本と言う男は軽蔑すべき対象で下手すると私を虐めてた連中の仲間なのだから──!!
学校の廊下ですれ違う時にも文句を言った事もあるし、時には教室で悪態付いた事だってある。
極め付けは先程の一件──私は助けて貰ったのにあんな態度をとってしまった。
松本がたっくんだと信じられないと言うよりも──松本がたっくんだと、取り返しが付かないから困る。
雄星の言ってる事が正しければ何もかも終わってしまう。あのやり取りを観てなかった二人には解らないかも知れないけど、あれは謝ったら許されるような事じゃないのっ……!だから認めない!!違う違う!絶対にアイツじゃない!!
「──あ、ね、ねぇ!近付いて来るの、あれ松本くんじゃない!?」
「……え?」
美咲は顔を上げて由梨の指差す方を向く。
するとそこにはガラの悪い男性と、白髪で顔が整った長身の男性と一緒に歩く松本が居た。
今までは顔を見ただけでムカついてたのに、今は体の奥底から震え上がってしまう。
動悸が止まらない……松本が怖い……!
アイツの存在が怖くて仕方がない。でもそんな私の内情など知らないばっかりに、由梨は非情な事を提案し始めた。
「美咲ちゃん、直接松本くんに確認してみない?」
「え……?」
「聴きにくいなら私から聴くからね?美咲ちゃんもハッキリさせたいでしょう?」
「………う、うん」
可能性がある以上、確かめない訳にもいかないので、気乗りはしないが由梨に任せる。
だけど私は由梨に呼ばれ、こっちへ来る松本を観ながら天に祈りを捧げた。
──どうか松本が『たっくん』では有りませんように……と。
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