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6章 勇者と、魔族と、王女様
世にも奇妙なハーレム・続
しおりを挟む──孝志の地獄はまだ続いている。
アルマスも弘子も、両者全く引こうとしないので、地獄が終わる気配など無い。
孝志は既に無我の境地……目を細め、抵抗せず、この地獄の時が過ぎ去るまで耐え忍ぶだけである。
しかも、今は先程までの面子に加えて──
「──あら~孝志ちゃん、ほっぺたかわい~い~」
包帯だらけのアレクセイまで参戦してくる始末。
事態は治まるどころか、現状維持どころか、悪化していた。
今の孝志はソファーに座った状態で右側からアルマス、左側から弘子、そして後ろからアレクセイに抱き付かれていた。
しかも三人とも身体の至る所を撫で回し、身体を密着させ、隙あらばお菓子を食べさせて来る。
一番最後に関しては甘いもの別腹の孝志にとって幸福でしか無いが、三人からの扱いは寛容出来なかった。
故に孝志はこの短期間で極めるより他なかった……無我の境地を。
そんな孝志の切羽詰まった心境など知りもせず、三人は彼の周りで騒がしくしている。
「──ちょっと!アレクセイ!あんたまだ許してないのよっ!!あっち行って!しっし」
見た目的にも精神的にも、とても400歳以上の高齢とは思えない弘子は、手で払う仕草をしながらアレクセイを邪険にする。
だが、それもその筈だ。
弘子のコスプレ趣味が孫に知られるキッカケを作ったのはアレクセイ。しかもまだ数時間前の出来事……死ぬほど根に持っている。
アレクセイが包帯巻きなのはフェイルノートの戦いによるものでは無く、ついさっき弘子から痛め付けられたからだ。
もちろん、弘子は彼を回復される魔法は持っているが、しばらくは使わないつもりだ。
「──あんらぁ~?私のことたくさん虐めたからもう水に流して良いじゃない~?仲直りしましょ~!」
「うるさいっ!所詮勇者と魔王は分かり合えない運命なのよっ!」
「え?弘子ひ~ど~い~!それ言い過ぎぃ~!…………流石に根に持ち過ぎじゃない?そもそもアレがコスプレだ・な・ん・て(笑)、私知らなかったしぃ~?」
「うるさい!なにわろてんねん!このオカマ!」
「……オカマにオカマは禁句よ?ここで400年前の決着着けるか?おんん?」
「はっ!良い度胸ね!」
「…………」
かつて対立関係にあった元勇者と元魔王の二人がエキサイトしている。
ただ、両者とも孝志から離れようとしないので、彼にとっては煩くて仕方なかった。
孝志本人も何故か無我の境地だと自身に言い聞かせ、この状況を我慢している。
この隙にアルマスはやりたい放題だ。
「──はい、マスター……あ~ん……うふふ、ケーキ美味しい?」
「…………ぱくっ…………うんケーキは美味いけど、そろそろ離してくんないかな?無我の境地にも限界あるぜ?もうかれこれ2時間位経ってると思うんだけど?」
アルマスは指でバッテンを作り、孝志からの申し出を拒否した。
「だ~め。今日のマスターは私が好きにして良いんですよ……絶対に離しません」
「おまえこぇーよ……もぉ~やだ~なんのよ今日は?」
「マスター、もぉ~って言ったら牛になりますよ?」
「だったら俺が言わなくていい様にして!」
「嫌です!──だって、黙ってたら弘子に取られるんだもん!」
「もん……じゃねーよ……お前ら三人とも地獄に落ちろ」
「まぁ酷い!じゃあ地獄に堕ちない様にマスターに守って貰わないとね!」
そう言ってアルマスは、先程から孝志の腕に絡ませていた両腕の力をより一層強める。
それを観ていた弘子とアレクセイも争いを中断し、アルマスと同じ様に身体を孝志に密着された。
「ほら孝志ちゃん、おばあちゃんの相手もしてくれないとダメよ?そんなポンコツは無視でいいよ?」
「はぁッッ!!?誰がポンコツですかぁ?!」
「アレクセイおねぇさんも忘れちゃ嫌よん?」
「………………」
──側から観れば実に羨ましい光景だろう。
なんせ、かなりの美形三人に四方から抱き着かれ、とんでもない愛情表現をたっぷり受けて居るのだ。
その中でも特にアルマスの美しさは上記を逸している。
アレクセイに至っても異性から観れば雄星に匹敵する美しさを誇って居る。
アレクセイはちょっと色々とおかしいが、男なら天国にでも居るような気分に浸れる筈だ。
…………最も、これが孝志以外ならの話だが。
誰もがご存知だろうが、孝志にはこの状況を地獄と感じる理由がちゃんとあるのだ──
──すげぇ羨ましいハーレムに見えるだろ?でもね……コイツら身内なんだぜ?全然嬉しくなんか無いよ。
一人は血の繋がった祖母。
もう一人は母親気取りで、俺もそういった目でしか観れない存在……つまりコイツも身内。
アレクセイさんに至っては女ですらない。
かなり歳上の身内二人とオカマに抱き付かれて、しかも三人ともに身体中ベタベタ弄られるって……こんな地獄は無いぞ?
一瞬だって嬉しいと感じた時なんて無いよ。
照れ隠しとか一切無いです。骨の髄まで嫌。
あえて言うならお菓子を食べさせて貰ってる時は至福感あったけど、それ以外は正真正銘の苦難でしかない。
コイツら三人ほんとうに頭イッてんだと思う。
異世界ならではの変な薬やってるだろ絶対……俺を見るときの目もなんか怖いし……
「はぁ~…………」
「…………ッ」
孝志は深い溜息を吐いた。
──なんかそう考えるとすげぇ疲れて来たな。
最初はおばあちゃんと出会って嬉しかったから、色々大目に観てきたけど、流石にこれが続くとしんどいぞ。
大袈裟では無く、このままほっとくと本当に死ぬまでこのままかも知れない。
そう感じた孝志は強引に自ら動くことにした。
「──良い加減にしろやぁッッ!!」
「「ッッ!!?」」
「…………」
流石に強引に動く孝志を無理矢理抑さえ付けるような事はしない。そんな事をすると孝志が怪我をしてしまう恐れがあるからだ。
だが、満足していない【二人】は、孝志が立ち上がった後もしつこく孝志に追い縋った。
「ちょっと、孝志ちゃん、まだゆっくりして行きましょ?」
「そうよん、もう少し……ね?」
「しつこいな二人ともっ!!これ以上はマジでウザいからな?!おれもうプッツンいきそうなんだよぉ!!」
「「…………ッッ!?」」
孝志から本物の怒りを感じ取った二人は、その場に固まってしまった。
だが、一度火が付いた孝志の怒りは……止まらなかった。
「今度アンタらが、たい焼きを食ってる時に、およげたいやきさんの歌をテレサに歌わせるからな!」
「た、孝志ちゃん!!たい焼き食べてる時にあの曲はマズイわよ!食べ辛くなっちゃうからっ!──それとテレサって誰!?」
「クソオンチな女の子だよ!ただでさえたい焼き食べてる時に流れるとたい焼き食い辛い歌なのに、テレサの不協和音と合わさってより最悪になったたい焼きを味わうと良い!この筋金入りの高齢者どもがッ!」
そして孝志は怒りのまま部屋を出て行き、扉を力強く閉めてこの場を立ち去って行った。
彼が立ち去った後、部屋の中にはなんとも言えない微妙な空気が流れていた。
今の孝志が本気で怒って居たのか、実に分かりづらかったからだ。
表情はマジだったが、たい焼きの話をしていた。
なのでどう捉えて良いのか二人には分からない。
ただ一つ言えること──
──テレサ、とばっちりである。
「や、やり過ぎたちゃったかしら……?」
「え、ええ……ひろぽんが嬉しそうだったのもあったから、つい加減を無視してしまったわ……彼には酷い事したわね……」
一応、さっきの孝志は本気で怒っていたと結論付けた弘子とアレクセイは互いに反省の弁を述べている。
嬉し過ぎて制御出来ず、孝志に無理をさせてしまったと。
……だがこの時、弘子にある疑問が浮かんだ。
「……孝志ちゃん……二人って言っていたわね…………ッッ!!!?」
ある事に気が付いた弘子は、先程まで孫を堪能していたソファーの方を振り向いた。
すると、そこにはソファーに座り、落ち着いた表情で紅茶を啜っているアルマスの姿があった。
そしてアルマスは視線に気が付くと、心底小馬鹿にしたような挑発的な目で弘子を観る。
「アルマス……あなた……」
「全然まだまだね、弘子も、アレクセイも……引き際をわかっていないわ」
「どういうことかしら?」
アレクセイもアルマスの方を向いて疑問の声を上げる。
「全く、これだから孝志初心者共は──私は孝志が何を何処まで我慢出来るのか熟知しているですよ?伊達に二十年近くも一緒に過ごして居ませんよ……あの子がそろそろ限界だと言うことに、あの子の見せた大きな溜息を観て私は悟りました……故に、そこからあの子には触れないようにしていたんですよ」
圧倒的、勝者。
こと孝志の攻略に関してアルマスの右に出る者は、彼の本物の母親である京子以外存在しない。
実はこの世界に来る前日までちゃっかりお風呂も一緒に入っていたアルマスは、孝志に関して知らない事は殆ど無いのだ。
「あんた、それを解ってて黙ってたわね!?」
アルマスは脚を組んで、食い付いてくる弘子を見据えた。
今の彼女は実に優雅な立ち振る舞い。何故なら勝利者だからだ。
良くわからないドロドロとした孝志の取り合いで勝利を手にし、アルマスは優越感に浸っている。
「あははははッッ!弘子もアレクセイも大事な仲間だけど孝志が関わる事に関しては敵よ。敵、敵……私は誰にもあの子を渡すつもりないから……それだけは忘れないで」
そう言い残し、アルマスは四人分の食器を片付けながら部屋を後にした。
去り際までエレガントアルマスだ。
──この部屋には敗北者達が取り残されている。
アレクセイは存分に孝志を堪能し割りかし満足している様だが、弘子は違った。
弘子は敗北感に打ちひしがれながら、孝志に続いてアルマスの出て行った部屋の扉を、ただ惨めに見つめる事しか出来なかった。
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