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5章 明かされる真実と『狂』の襲撃者
優しい裏切り者
しおりを挟む──オーティスとフェイルノート……二人の激しい戦闘の末、エントランスの壁は至る所に穴が開き、地面のコンクリートも足の踏み場に困るほど広範囲に砕かれてしまっていた。
煌びやかだったエントランスは既に見る影は無い。
孝志の祖母・松本弘子には、誰も居ない場所で鏡に水着キメポーズを取ると言う変わった性癖こそあるものの、実はかなりの綺麗好き。
ここは王都の城にも引けをとらない広さで、尚且つ部屋の数も多いのだが、使用人が一人も居ないにも関わらず、かなり綺麗な状態を400年もの間維持し続けている。
それは綺麗好きな弘子がほぼ毎日、必死こいて清掃魔法を城内や外装に使用していたからなのだ。
彼女はよっぽどな事でも無い限り、これをすっぽかす事はなかった程である。
そんな弘子の400年に及ぶ努力を嘲笑うかの様にエントランスホールは崩壊し尽くして居た。
もし、アレクセイに意識があれば、この惨状を弘子に見られた時の事を思い頭を悩ませていた事だろう。
──もはや廃墟となったこの場所には、現在、四人の男女が立ち尽くしている。
そのうちの一人、ユリウスは腰に差している剣を抜いたかと思うと、ある言葉を口にした。
「──目覚めろ、レーヴァテイン」
ユリウスがそう口にすると、引き抜いた真っ黒な剣は赤黒く変色する。
オーティスは剣を抜いた瞬間に警戒を強めるが、どうやらユリウスの標的は孝志達では無い様だ。
彼は引き抜いた剣をフェイルノートへ向けると、続けてある言葉を口にする。
「──食い尽くせ、レーヴァテイン」
すると、赤黒い剣から黒い霧の様なモノが大量に出現し、フェイルノートが周りから見えなくなってしまう程に彼女を覆い尽くした。
そして、数秒ほど経過した頃に彼女を覆う霧が晴れるのだが、再び現れたフェイルノートの姿を見て孝志は思わず『しまった』と声を漏らす。
何故なら、彼女に突き刺さっていたバリアの破片が全て取り除かれていたからである。
何をしたのかは解らなかったが、破片を取り除いた事により、フェイルノートの回復を遅らせていた障害物が消え去った為、彼女の傷はみるみると治って行く。
そして僅か数秒程で何事も無かった様に、綺麗な状態にまで復活してしまうのだった。
……正直、この時は孝志も死ぬと思った。
ユリウスの実力を考えると、流石のオーティスでも同時に相手をする事は不可能だろう。
故に、どちらかの相手を自分がしなくてはならないと考えていたのだが……
……しかし、そんな事にはならなかった……いや、ユリウスがそうさせなかった。
フェイルノートは傷こそ治ったものの、どうやら動く事が出来ない様だ。
傷の後遺症とも考えたが、彼女の様子を見る限りどうやら違うらしい。
孝志達には何事か不明だが、フェイルノートは自分が何をされたのか気付いた様で横に立つユリウスを見上げる。
「──助けに来た割に酷い奴じゃ。おかしな剣の力を使って妾の生命力を奪い取るとはのう」
「一時的なものだ。動ける状態になるとアンタは言う事聞かなそうだからな」
「ククッ、違いない──だが礼は言わせて貰うぞ?こんな状態にされたが、主が来てくれなければ死んでおったわ!ハハハ!恩にきるぞ!」
「…………そうか、どういたしましてだな」
(──まさか礼を言われるとは……手懐けるのに苦労すると思っていたが、案外話が通じそうだな)
そんな二人のやり取りを側で見ていた孝志達だったが、オーティスが一番にユリウスへ声を掛ける。
三人全員が何を言おうか言葉を選んでいたが、その中でも付き合いの長いオーティスは今回のユリウスの裏切り行為が腑に落ちない様だ。
「……白の姫君の助力に入った割には、こちらに敵意は無い……何がしたいのだ友よ……」
「そうだな……信じて貰えるか分からないが、此処にお前達が居ることは知らなかったし、言ってしまえば、此処がどこかも解って居ない……俺はただ、悪魔の居場所を追って来ただけだからな」
「悪魔?……なぜ汝がその者を追っている……?それと、どうして居場所が分かるのだ……?」
「その理由は答えられないが、そうだな……大まかに言うなら、ゼクス王の勅命とだけ言っておこう」
「……ゼクス王が、どんな勅命を──と聞きたい所だが、汝が勅命内容を答える筈も無い……か」
悩みを解決する為に問い掛けたオーティスだったが、むしろ疑問が増えてしまい、少し頭を悩ませる。
「……まぁそんなとこだ……すまない」
「……我に謝る必要は無いぞ……謝るなら──」
そう言いながら、オーティスは自分の後方でユリウスを不満そうに見つめる孝志の背後へ下がった。
もちろん孝志を自分の前に出したのは、彼がユリウスに何か言いたそうだったのと、ユリウスが敵では無いと今のやり取りや彼の雰囲気で確信したからだ。
裏切った相手に甘い判断かも知れないが、先ほどから何度も謝っている事と、フェイルノートを動けなくした事……そして何より自分にとって唯一の友を信じたいと言う強い想いが、ユリウスを信じさせたのだった。
──オーティスが下がった事でユリウスとの間に壁が無くなった孝志は、罵声を浴びせるつもりで居たが、王国でユリウスにして貰った事や、互いに笑い合った事を思い出してしまい、少し寂しい気持ちになる。
なんせ孝志にとって、これが他者から味わされる初めての裏切りなのだ。
相手を傷付ける様な手酷い裏切りでこそ無かったが、それでも納得は出来なかった。
「……いろいろ聞きたい事があるんですけど、一つ良いですか?」
「ああ、俺で答えられる事は可能な限り答える」
「そうですか……」
孝志は『この推測は外れて居て欲しい』と願いながら、ユリウスに答えを求めた。
「──王国で、俺と一緒に居ることが多かったでしょ?食事の時にも良く顔を合わせましたし、パーティーでもエスコートとか言って纏わり付いて来ましたし……夜中に突然俺の部屋に来たこともありましたし……それって、俺の事を探ってたんじゃないんですか?」
「……それは」
ここで本当に気まずそうにユリウスは顔を伏せる。
答えこそ吐かなかったが、その表情は肯定しているも同然だ。
その事実に苛立ちながらも、孝志は質問を続けた。
「……あれでしょ、俺の『???』のスキルが得体が知れないから、詳細を知ろうと探って居たんでしょ?……いつから裏切りを計画して居たか知りませんけど、もしかしたらソレの妨げになるスキルとか考えたんじゃないの?」
「……違う……と言いたい所だが、半分正解だ」
「そうっすか」
ここで孝志はアレクセイから聞かされた事を思い出す。
どこか他人事の様に聞いてたあの言葉……
『ラクスール王国には信用出来な者が居る』
そして『知るとショックを受ける様な人物』と聞いていたが、まさか本当にそうなるとは思っても無かったのだ。
──なんだよ……別に俺と仲良くなりたくて付き纏ってた訳じゃ無かったのか。
まぁ出会って数日の関係だし、産まれた世界も違うんだから信頼関係なんて薄かったけど……
これまでのが全部、俺に近づく為の演技だとしたら……
アレクセイさんが言った通り、すげぇショックだな……
孝志はこれまでの事を思い出し悲しい表情を見せる……が、この男に悲しい感情なんて長続きする訳がない。
直ぐに怒りの感情が湧き上がり、当初の予定通りユリウスへ罵声を浴びせようとするが、それはアルマスが間に入る事によって遮られてしまうのだった。
「── 三十路童貞。よくもマスターを裏切ってくれましたね!?」
「…………なんでそのこと知ってんの?……すげぇ傷付くんだが?──てかアンタ誰?」
孝志が一瞬みせた悲しげな表情をアルマスは見逃さなかったのだ……そんな孝志を目の当たりにしたアルマスは、本当にそうである人間が言われたら心臓を抉られるような暴言をユリウスに浴びせる。
アルマスとしては兎に角、孝志を悲しませた目の前の三十路童貞が許せなかった。
「私の事はどうでも良いです!良くもウチの子を悲しませてくれましたね!?」
「え?ウチの子?……孝志の母親も転移してきたのか?!」
「そんな訳ないでしょ……コイツが勝手にそう思い込んでるだけですよ」
「……え?マジでやばい奴じゃねーか……」
「でしょ?」
「……マスターの為に怒ったのに、なんで標的が私になってるのでしょう?」
しょんぼりするアルマスだが、孝志が何とも無い様で少し安心するのだった。
しかし、ユリウスには他に問い質す事がある様だ。
「それとユリウス!あなた、ウチの子……じゃなくて、ウチのマスターとの訓練で指導に手を抜いてました?強くさせない様にワザとそうしたでしょう?」
アルマスが確信を持って尋ねたこの質問にユリウスは異論を唱えた。
「……え?あれはガチなんだが……?」
ユリウスとしては孝志を探る必要こそあったが、指導に手を抜く理由は無いので、アルマスに不服な教え方も彼なりに真剣だったのだ。
「嘘おっしゃっい!アレが本気の指導なら、貴方はとんだ無能指導者ですよ!」
「………………そうだ……アレは演技だ、良くわかったな」
ユリウスは止む終えず嘘の肯定をした。
そして自身の全力指導を『無能』と言われた事に傷付き、心で泣いた。
──三十路童貞と呼ばれた事に加えて、今の無能指導者呼ばわり。
ユリウスからすれば、見ず知らずの女に出会って数分の間に散々罵られた事になるので、この時からアルマスへ苦手意識を持つのだった。
オーティスに続いて、ユリウスにまで苦手と思わるアルマスだが、彼女は孝志とこの古城の住人、女神ティファレト以外に対しては基本厳しい。
また、昔弘子を酷い目に合わせたラクスール王国の者に対しては無意識に言い方が強くなる。
今の時代の人間には関係ないと解ってはいるが、彼女としてはどうしても割り切れないのだ。
感謝する時はもちろん感謝するが、それ以外の時は容赦ない。
そして、一連のやり取りを観ていたオーティスには、今のユリウスが先程アルマスに摑み掛られた時の自分と姿が重なってしまい、そんな彼に助け舟を出す事にした。
「……え~~と……孝志は其方をアルマスと呼んでいたかな……?」
「気安く名前で呼ばないで下さい!」
「やっぱりこの女怖い……ではなく、水色ウーマンよ……ユリウスをこれ以上責めるのは良さないか?」
「何故です?彼は私たちを裏切りマスターを悲しませました……それにあの白女を庇ったのですよ?許せる相手ではないでしょう」
「それはそうだが……」
オーティスはどう言ったものかと頭を掻くが、アルマスが代わりに罵倒してくれたお陰で溜飲の下がった孝志がアルマスを宥める側として話に加わった。
「いいやアルマス、のじゃ女を復活させた時はヤバイと思ったが、もう少し話を聞いてみないか?」
「むぅ……マスターがそう言うなら……けどさっきのは酷いですよぉ?──プンプン」
「唐突にうぜぇ」
ここで三人のやり取りを黙って聞いていたユリウスとフェイルノートからツッコミが入る。
「おまえらこの悪魔の話をしてるんだよな?呼び名を定着させろ!誰の事を言ってるのか解りにくいぞ?」
「えらい言われようじゃのう~。白の姫君に白女……それにのじゃ女か……ククッ!」
「なんで言われてる本人が嬉しそうなんだよ……」
ユリウスは不審な目でフェイルノートを観ているが、孝志は一つ不安に思うことが有った……それは──
「ユリウスさん。穂花ちゃんとブローノ王子はどうするんですか?」
「──そうだな。これは隠しておくと、お前を不安にさせそうだから言うが、こちらで『保護してる』。計画の為に王族一名と勇者が一人必要だが、酷い目に合わせるつもりは無いし、そうさせないと約束しよう」
「……信じて良いんですね?」
「……ああ、出来れば信じて欲しい。俺は敵になるつもりは無い」
証拠と言わんばかりに、ユリウスは抜いていた剣を再び鞘に戻した。
どうやら本当にフェイルノートに突き刺さった破片の除去と、彼女を動けなくする事だけの為に剣を使った様だ。
それを見て孝志は質問を重ねた。
「それと、二人を連れて何処に行くんですか?まさかこのまま獣人国へ連れて行くなんて事はないでしょうね?」
──なんか今回の旅の目的自体が怪しいんだよ……獣人国へ向かうのは建前で、初めから別の目的地に向かってる様な……
……しかし、この件に関して孝志の推測は外れてしまうのだった。
「いいや、目指しているのは獣人国だ。本当なら、このまま獣人国を俺一人で攻め落とし、計画に必要な『宝品』を回収する予定だったが……それとは別にもう一つ、ある事情で寄り道する許可を王から頂いたんだ」
国を一人で攻め落とすって……絶対無理だろ……と孝志は思うのだが、ユリウスを良く知るオーティスからすればそれ位やって退けて当然らしい……が、最後の一文には反応を示した。
「汝が王に頼んでまでか……?」
「ああ、その寄り道も俺にとっては王の勅命と同じくらい大事な事なんだ」
流石に絶対遵守とまではいかないものの、ゼクス王に心から忠誠を誓い王の命令に忠実なユリウスが、王の勅命と同じくらい大事と話した事にオーティスは耳を疑う。
そんなユリウスは昔を懐かしむ様に目を細めると、少し悲しそうな声のトーンで『もう一つの目的』について語り始める。
「魔王……いや、魔王軍にはどうしても救ってやりたい子が居るんだよ」
「救いたい子?……汝は魔王軍に知り合いが居たのか……?まさか内通して居た訳ではあるまいな?」
「…………悪いが、魔族連中と無関係と言う訳では無い……その子は無関係だけどな」
この言葉でオーティスはある事に気が付いた。
「そうか……ではあの出来事は仕込みだな?……ユリウスにしては珍しいミスと思っていたが、孝志がダークエルフに連れ去られた事自体、初めから予定して居た事なのだな?」
「──ああ、そうだ。勇者は一人居れば良い……だから魔王軍のとある人物と連絡を取り、一緒だと色んな意味で面倒な孝志を安全な場所へ遠ざける様に頼んでおいたんだ」
「安全な場所……?あの高難易度の洞窟が……か?」
「安全なんだよ……孝志を飛ばした最下層には上へ続く階段を登れない様に結界を施したし、ダークエルフも転移後は孝志より弱くなるし……だからオーティスが迎えに行くまで安全な筈だったんだ。それなのに……何で孝志は此処に居るんだよ」
まるであそこから抜け出したお前が悪いと言わんばかりに、ユリウスは孝志の方を見た。
──おいおいマジかよクソ親父。
お前の所為で俺は要らん苦労を背負わされたのか……?
確かに、お陰で色んな出会いがあったけど……それ以上に何回も死ぬような目に遭って来たからな!
この場で深くツッコミたい所だったが、事情を詳しく知りたかったので、孝志は横やりを入れず黙って二人の話を聞く事にした。
「それで?……答えて貰えるかわからんが……汝はどこへ行くつもりなのだ?」
「──これから悪魔を連れて魔王城へ行く。悪魔を連れて行けば、あの子と接触する事が出来る筈なんだ」
「……先程から汝の語るあの子とは……何者だ?……子と言うからには子供なのか?」
「いや、子供というか……昔の仲間って所かな?その子はアリアンと冒険者をやってた時に知り合った子で名前はテ──」
「──ひぃっ!?ア、アリアン……!?」
邪魔をしないと決めた筈の孝志だが、NGワードが飛び出した事で発作的に声を上げてしまう。
「……アリアンって単語を聞いただけ恐怖するのやめてくれないか……?」
「……すいません、つい発作で」
「発作?症状が深刻過ぎるんだが……大丈夫か?」
気持ちはわからんでも無いと思いながら、ユリウスは心配そうに孝志を見るが孝志は『大丈夫だ』と言いながら手で制した。
「──まぁ、大丈夫なら良いけど……それとオーティス。俺は、多分ラクスール王国には帰らない」
「言われずとも……王子と勇者を捕えておいて……今更帰れる訳があるまい……我はそれが残念で仕方ない……」
人物的にも癖が強く、最強過ぎるが故、オーティスにとって友と呼べる存在はユリウスしか居なかった。
そんな人物が国を去ってしまう事が心苦しく、彼は寂しそうな面持ちでユリウスの方を見ていた。
寂しそうな顔をするオーティスに申し訳ない気持ちを抱きつつも、ユリウスはこの場から立ち去る為、自分の足元で動けなくなっているフェイルノートを肩に担ぎ上げる。
「──ッッ!?何をするのじゃ!妾に対して無礼じゃぞ!?放すのじゃッ!!」
フェイルノートは何の前触れも無く我が身を持ち上げられた事に驚くと同時に、雑な扱いをされていると感じ抗議の声をあげる……そして動ける限り精一杯の抵抗をみせるのだった。
「うぉッ!?あ、暴れんな…!これしか方法が無いんだから、仕方ないだろ?!」
一方のユリウスとしては負担を掛けない様に丁重に扱っているつもりだったので、まさか文句を言われるとは思って居なかったのようだ……抗議された事に動揺する。
「良いから降ろすのじゃ!!──ガブッ!!」
「ぐぉっ!?痛ッ!コイツ背中に噛み付きやがった!!」
フェイルノートは悪魔・邪神と呼ばれているが、種族自体は【吸血鬼】のカテゴリーに入る。
そんな種族特有の鋭く尖った牙に噛み付かれては、流石のユリウスでもひとたまりも無い……あまりの痛みに思わずフェイルノートを落としてしまうのだった。
「「「ハハ、ユリウスざまぁ」」」
そして三人は痛がるユリウスを見て、それはそれは嬉しそうに声をハモらせた。
手酷い裏切りでこそなかったが、何だかんだで三人共裏切ったユリウスに対してフラストレーションが溜まっていたので、痛がる彼の様子を目の当たりにし大層喜んだ。
「お、おまえら……仲良いな──じゃあ、ここは引かせても貰うが……構わないな?」
ユリウスは気を取り直し、この場で脅威となり得るオーティスを見ながら呟く。
「……ああ、構わない。ここは我のテリトリーだが……今は魔神具【ロード・オブ・パラディン】を持っていない以上……汝の魔力食いのレーヴァテインとは相性が悪い……無限な魔力を保有して有るこの空間でも……良くて引き分けにしかならぬだろう……」
「ハハ、そう言えば此処はすごい魔力量だな……この場所なら悪魔が魔神具抜きのお前に敗れたのも頷ける」
「そういえば……魔神具を置いて来る様に言ったのも汝だったな……抜け目ない男よ……ただ、一つ勘違いをしているぞ?」
「ん?何の事だ?」
「姫君を倒したのは我ではない……ここに居る松本孝志だ……」
「………………嘘だろ?」
ユリウスは今日一番の驚きを見せた。
孝志の身体能力を把握しているユリウスにとって彼が悪魔を倒したと言う話は、とても信じられるものではなかった。
実際、オーティスがこの城の様に魔法使いのテリトリーとなる場所以外でフェイルノートと戦闘を行えば、魔神具を持っていようが絶対に勝つ事はできない。
そしてユリウスにしても、魔神具を解放した上で自身の持つ【ユニークスキル】を全開にしなければフェイルノートとは勝負にならないだろう。
悪魔はそれ程の強さを誇る相手なのだ。
故に、オーティスの言葉を聞いても半信半疑なのである。
しかし、ここで実際被害にあった張本人が証言を始めた。
「本当なのじゃ……其方は知らぬだろうが、妾は勇者以外からダメージを受ける事はない。一部規格外な存在はあるが、この場で妾を瀕死に追い込んだのは、間違いなく其方らがタカシと呼んでいるその勇者じゃぞ?」
「……マジかよ」
ここでユリウスは孝志へ目を向けるが、彼はその視線にドヤ顔をもって答えた。
「──そうか……やっぱりお前を転移させといて正解だったな」
「……お陰で苦労しましたよ。それと穂花ちゃんとブローノ王子は、本当に返してくれるんですよね?」
「それは約束しよう。計画が終われば必ずラクスール王国に引き渡す」
「……ならば行ってよしッ!」
「……くっ、言えた義理じゃないけど、凄く腹たつ」
ユリウスは何とも言い難い表情でフェイルノートを再び肩に担いだ。
そして今度は噛まれない様、直前に『眠らせる魔法』使用する。
この様な精神魔法、本来ならフェイルノートに通用する事は無いが、レーヴァテインの効果で生命力を吸い取られ免疫力が低下している様だ。
恨み言を口にする間も無く、魔法効果で彼女は深い眠りに堕ちるのだった。
ユリウスは孝志とオーティスを一瞥し(アルマスは無視)この場を去ろうとするが、孝志はどうしても確認したい事の有ったのでユリウスを引き止める。
「ユリウスさん……最後に確認したい事が一つあるんですけど……良いですか?」
「ん?いいぞ。気にせず聴いてくれ」
「ユリウスさん……………………アリアンさんはどうすんの?」
「…………………………お前に任せた……それじゃ!」
ユリウスは丸投げな言葉を最後に残し、急いでこの場から姿消すのだった。
──え?……え?………え?
任せたってどういうこと?どど、どういうこと?
俺がアリアンさんの面倒見るってこと??
いやムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリッッ!!!!
まず俺城には帰らないし!と言うかマリア王女とかに顔を見せに帰ってやろうとか思ってたけど、もうそれもしないから!今日からこの城に引き篭もる!絶対に外に出ないッ!もう城の外怖い…!赤い色も怖い…!
……とりあえず、城の外へ出なければ難を逃れられるだろうと考え、孝志はほとぼりが冷めるまでの間、城の中に引き篭もる事を心に決めるのだった。
──この数時間後、まさか祖母である松本弘子がアリアンを連れて帰ってくるなんて…………この時は考えもしなかったと言う。
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