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5章 明かされる真実と『狂』の襲撃者
幕間 〜囚われの王女〜
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ラクスール王国のとある一室。
自室の窓際に設置してあるビストロテーブルに座り、この国の第二王女、マリア・ラクスールは窓の外を眺めて居た。
「はぁ~~……」
彼女は物思いに耽るかの様に溜息を漏らす。
そしてメイドすら居ない一室でボソリと呟いた。
「孝志は大丈夫かしら…」
たった今、ブローノから魔法道具を通じて、孝志が連れ去られたと連絡がマリアの元に寄越されていた。
それも連れ去ったのが残虐非道な行いを平然と行うダークエルフという話だったので、マリアは孝志の無事を心から祈った。
孝志が帰って来た時、どんな旅だったのか?お兄様に迷惑を掛けなかった?……いろいろ聞かせて貰うのをマリアは楽しみにしていた。
そんな彼が今もダークエルフに酷い目に遭わされてると思うと、用意して貰った紅茶も飲む気分にはなれない。
無論、マリアは王族の立場から真実を知らなくてならず、ブローノは詳しく話したが、穂花には安心させる為に安全な場所に孝志は居ると嘘を教えて居た。
孝志が連れ去られた直後は狂ったように泣きじゃくって居た穂花であったが、これを聞いたのとオーティスが迎えに向かった事で、少し落ち着きを取り戻したとマリアはブローノから聞いている。
「彼の事だから、何事も無かったようにシレッと帰って来そうだけど……」
何とか気持ちを落ち着かせようと、強引に楽観的な事を考える。
そして、少し冷めてしまった紅茶を飲もうとマリアがカップを受け皿ごと持ち上げた時──
──部屋の扉が何者かによって勢い良く開かれた。
直後、十数名の騎士が部屋の中へとなだれ込み、マリアを囲い込んだ。
そのあまりの出来事に一瞬マリアは呆気に取られるも、直ぐに我に帰り勢い良く立ち上がった。
「……無礼者…!王族の部屋へ……それも王女の部屋に無造作に立ち入るとは何事か!!」
囲っている騎士達の中から代表として、一人の男がマリアの前へ歩み寄り、懐から一つの書類を取り出す。
「──こちらをご覧頂きたい」
そしてマリアの怒号に動じる事なく、一枚の書類を広げてマリアに見せた。
流石は王族に仕える騎士だけあってマリアの啖呵にも一切怯むこと無く淡々としている。
マリアは罪人の相手をしている様な彼らの態度に疑問を抱きながらも、見せられた書類に目を通した。
「……!?──う、うそよ…!何かの間違いよ!これはっ!!」
信じがたい事に、そこにはハッキリと【国家反逆罪疑惑により、第二王女マリア・ラクスールを一時軟禁せよ】と記載されていたのだ。
マリアは全く持って見に覚えのないその罪状に、困惑よりも大きな苛立ちを剥き出しにして、罪状を突き付けてきた騎士に詰め寄った。
「今すぐ父と連絡を取りたいわ!これが本当に国王陛下が通達したものなのか確かめます!」
そう言ってマリアは包囲網の隙間から、ゼクス王が業務を行なっている執務室へ向かおうとした。
しかし、ゼクスの元へ向かうマリアの腕を、書類を手にした騎士が力強く掴み、取り押さえる。
そして在ろう事か動けなくさせる為に王女の腕を捻り上げたのだ。
「ッッ!!」
マリアは関節の痛みに思わず顔を歪ませる。
「は、離しなさい!」
「いいえ。逃げ出そうとしましたね?このまま連れて行きます」
「……くっ!」
結局、自らの左手を背中に回されながら連行される事となった。
痛みに慣れていないマリアは関節の痛みに思わず涙目になるが、この場は抵抗しても仕方ないと従う事にした。
──だが、この騎士が王女に対して行なっている無礼の一部始終を、ある女性が目撃していた。
その人物とは、騒ぎを嗅ぎ付けてこの場へとやって来たネリー王女である。
連行されて部屋から出るタイミングでマリアは彼女と目が合い、思わず心の中で悪態をついてしまった。
マリアにとってこの最悪な状況で一番会いたくない相手だったからだ。
確かに、あの歓迎パーティーの一件で、ネリーにも可愛らしい所はあると少しは見方が変わったものの、マリアがネリー対する嫌悪感が無くなった訳ではない。
普段、王女の役割をまっとうせずに好き勝手し、シャルロッテとはまともに会話もせず、ブローノの優秀さも認めようとしない。
マリアに対しては更に酷く、顔を合わせれば何かに付けて嫌味を言うのがネリーだ。
そんな姉上とこんな時に出くわすなんて……
「あらあら?何の騒ぎかしら?」
この状況を見てネリーは嬉しそうな表情を見せる。
そして手に持っていた扇子を広げ、それで口元を隠しながら部屋の中へと入って来た。
普段は複数のイケメン騎士を連れ歩いているネリーだが、今日は親衛隊隊長の一人しか連れて居ない。
マリアの腕を捻り上げていた騎士はその拘束をそのままに、近付いて来たネリーに対し礼を取る。
「ハッ!マリア王女には国家反逆罪の疑いが掛けられております!故に拘束させて頂きました!」
「ふぅ~ん…?…反逆罪……ね。──あはは、マリアってばとんでもない事をしでかしたじゃないの~!」
「ッ!!ち、違います!わ、私は反逆など起こしませんっ!何かの間違いです!」
マリアは頼むから何処かへ行ってくれと願いながら荒々しく答えた。
体を拘束され、どうしてこんな事になったのかも分からず、頼れるブローノは城に居ない……更にはネリーに出くわす始末である。
あまりの絶望感に、マリアは思わず瞼から一雫の涙を零してしまうのだった。
「あははは!無様よね~マリア?普段調子に乗ってるからこんな目に…………貴女……泣いていますの?」
ネリーに弱い所など見せまいと、マリアは顔を背けて誤魔化す。
そんなマリアを目にしたネリーは眉間に皺を寄せると、標的をマリアから彼女を拘束している騎士へと変えた。
「……マリアは知らないと言っているのだけれど?そこの騎士さん?どういうことかしらぁ?」
「いえ!嘘を言っているのです」
あっけらかんと答える騎士をマリアは睨みつける。
だが、そんな事には構わずネリーは言葉を続けた。
「……驚きましたわぁ!……貴方は王族が嘘を付いていると仰りますのぉ?」
ネリーは男に近づくと、扇子を持っていない方の手で騎士の顎をパンパンと挑発的に叩く。
それが騎士にとってあまりに侮辱的な行いだったらしく、わなわなと肩を震わせた。
無論、ネリーはそれを見逃さない。
「はぁ~?なにかしらその態度は?いつから騎士風情が王女に怒りを向けるほど偉くなったのかしら~?王族に楯突ける騎士でも演じてるつもり?カッコ良くってよ!あははは!」
実に見事な挑発。こと罵りに関して、ネリーは孝志の心の声に通じるモノがあった。
そして言われるのには滅法弱いが、一方的に好き放題言える相手にはどこまでも強いのがネリーなのである。
「しかし、こうして書類にはゼクス王の烙印が押されてありまして……」
騎士に証拠とばかりに書類を突き付けられると、ネリーはわざとらしく目を丸くして驚きの声を上げた。
「まぁっ!?確かに本当に判が押されて居ますわね!これは驚きましたわっ!」
ネリーは小馬鹿にした様なオーバーリアクションで更に騎士を侮辱する。
騎士はそんなふざけた態度のネリーに、内心イラつきながら礼を取ると、マリアを連れてこの場を離れようとした。
この男は王族に仕える騎士ではあるが、既にこの騎士の中でマリアは罪人であり、マリアへ対する扱いを囚人と同じにしている。
周囲の騎士達もそんな彼の態度に腹を立てているが、これでも伯爵の地位にいるこの男に誰も意見を出せずにいたのだ………ネリーを除いては。
この場を離れようとする騎士を見て、ネリーは薄ら笑みを広げた扇子で隠しながら、立ち去ろうとする彼の前に回り込む様に立ち塞がった。
「……ところで、貴方……名前はなんと言いますの?それと所属は?」
「失礼ですが、ネリー王女にお答えする義務はありま──」
名乗りを断ろうと騎士が喋っている最中、ネリーはその男に対して強烈なビンタをお見舞いした。
「……何をしますかッッ!!」
すかさず反論しようと騎士が顔を上げてネリーを睨み付けるが、その男の腹に今度は蹴りを食らわせた。
「……ぐがっ……」
強烈な蹴りを食らった騎士は堪らず、その場で崩れ落ちる。
ネリーはそんな騎士の前にしゃがみ込むと、前屈みで倒れている彼に見下す様な言葉を立て続けに吐く。
「だ・れ・に・く・ち・を・き・い・て・お・り・ま・す・の?」
先程まで高慢な態度だった騎士も、まるで話を聞こうとせず、王女の身でありながら躊躇なく暴力を奮うネリーに底知れぬ恐怖を感じた。
「た、大変申し訳ございません!」
謝罪を聞いたネリーは男に対し、口を扇子で隠したまま目線のみでニコッと微笑む。その笑みは謝罪を言わせた事の優越間から来るものだった。
「それで?貴方はいつになったら名乗ってくれるのかしら~?」
もはや騎士はネリーに逆らおうとは思わない。
素直に自らの素性を明かした。
「私はヘルバム騎士団隊長!ランディ・ヘルバムであります!」
「ランディ・ヘルバム……ねぇ~?」
コケにする様なニンマリとした笑みを浮かべながら男の名前を口にする。
ランディも目の前の暴姫が、ねっとりとした口調で自分の名前を呼んだ事に萎縮し足を震わせた。
「わかってると思うけど、もし、これでマリアが冤罪だと分かったらタダではすみませんわよ…?」
「し、しかし…!これは王の命令でして…!」
「王の命令ね……」
呟きながらネリーはランディから書類を奪い取り、改めて内容を確認した。
そしてわざとらしく、大声でその内容を音読する。
「え~と?国家反逆罪疑惑により、第二王女マリア・ラクスールを一時軟禁せよ……ん?何よこれ?国家反逆罪、ぎ・わ・く、と書いてますわね~?それに軟禁せよ……何処にも乱暴にして良い様な事は書いてませんわね~」
「い、いえ……その」
何も言えないでいる騎士に対し、ネリーは問答無用で言葉を畳み掛ける。
「貴方には奥さんや子供はいらっしゃるのかしら~?」
この質問にランディはヤバイと感じた。
そして確信した。
自分には嫁と二人の息子が居るが、ここでその事を言ってしまえば、絶対にこの王女は何らかの危害を家族に加えてしまうと……
だからライアンは真実を捻じ曲げる事にした。
「……いいえ……私は独り身で妻や子は居ませ──」
先程と同様、言い終わらない内にライアンの頬に平出打ちがお見舞いされる。
孝志のビンタの時もそうだが、この王女はとにかく手が早い。
加えて力も強く、手加減も一切ないので叩かれた方はひとたまりもない。
「──良いかしら?私は同じ質問を何度もするの嫌なのよね~…………そんな私がもう一度聞きますわよ?──貴方に妻や子供は居るのかしら?」
……これは本当にマズイと思ったランディはすかさず土下座した。
「マリア王女に対する無礼をお詫びしますっ!王族の命令には逆らうことが出来ず、仕方なくやったことなのですっ!どうか家族だけは許しくださいっ!」
「なるほどねぇ~?王族の命令には逆らえない……だったら私は王女として貴方を裁こうかしら~?──私は王族ですし、逆らいませんわよね?」
「本当に申し訳ございません!どうか一度だけ慈悲をっ!」
ランディは土下座を続けたまま必死に頭を下げ続ける。
「まぁ私は寛大ですし?素直に謝ったから家族への手出しは勘弁してあげるわね?──けれど、貴方には後で処分を言い渡すから覚悟をする事ね?……まさかこれも嫌とは言わないでしょ?」
「…………はい、謹んでお受けいたします」
もはやこのランディにさっきまでの威厳などまるっきりない。恐らく、ネリーが降す処分は生半可なものではないと悟っているのだろう。
国王へ対する忠義から、つい反逆疑惑の掛けられたマリアに厳しく接してしまったが、その事を今更ながら激しく後悔するのだった。
──そしてネリーと一緒に部屋へと入った彼女の親衛隊隊長【ルード・イケンスタ】は、相変わらずエゲツない追い込みをする人だと、一連のやりとりを見て思っていた。
ただし、いつもは不快に思ってしまう筈のネリーの暴虐な行動も、この場に限ってルードは心から賛辞を送る。
なんせ途中からランディの行動を目の当たりにしていたルードも、彼のマリア王女に対する無礼には心底頭にきていたのだ。
今ではこうべを垂れて静まり返っているランディを見ても、同情など一切しないのだった。
──ランディが大人しくなった事で、ネリーは惚けた顔で自分を見ているマリアへと近付いて行く。
「あら~?泣きべそかいちゃって~?そんな様で王女として恥ずかしく思いませんの?」
歓迎パーティーの時に晒した自分の失態を棚に上げてこの言い草である。
普段のマリアなら、ネリーの嫌味や嫌がらせに強気で返す所だが、屈強な騎士に手荒く扱われた事と、罪人の疑惑が掛けられた事で精神的に追い詰められてしまっていた。
なので普段では考えられない反応を見せる。
「……あ、お、お姉様……感謝致します…」
マリアは素直に頭を下げ、ネリーへ感謝の気持ちを伝えた。
「んん!?…ま、まあ、分かれば宜しくてよ!」
今の言い方でまさかお礼を言われるとは思っていなかったネリーは、少し動揺するも、直ぐに普段の様な高慢な喋り方に戻る。
「それで?この状況は何ですの?疑わしい事でもしましたの?」
「それが……私にも理由が分かりません……どうしてこんな事になっているのか……」
マリアが困惑気味に答えると、ネリーは少し考えてから、マリアにとっては驚愕となる言葉を口にした。
「……私が何とかしてあげますわ」
「……え?お姉様?嘘でしょ?」
すると、ネリーは広げていた扇子をバチンと閉じると、目で『もう良いから連れて行け』と指示を送る。
今度は丁重に連行されて行くマリアをネリーとルードは見送るが、余程いまのネリーの言動や行動が信じられなかったのか……マリアは何度も振り返りネリーを見ていた。
「……どうしてマリア王女をお助けになられたのですか?」
普段なら絶対に自分から話しかけたりしないルードだが、珍しく善業(?)を行ったネリーに対し、話しかけずには居られなかった。
勝手気ままなネリーが、妹のマリアを助けた事をルードは嬉しくて仕方なかったのである。
「別に……ただ、私でも泣かせた事の無いマリアを、あんな誰とも知れない騎士が私より先に泣かせた事がムカついただけですわ……なんとかすると言ったのは……なんと言うか……勢いですわ」
「左様でございますか」
恐らくこれはネリーの本心なのだろう。
「ところでルード。一つ聞きたいことが有るんだけど?」
「はい!なんでありましょうか!」
「どうすれば良いのか教えなさい」
人任せなのは相変わらずだな……と思いながらも、ネリー王女が今のままで居てくれるなら、これからも誠心誠意支えたい。
ルードは心からそう思うのだった。
──余談だが、ネリーにどの様な思惑が有ったにしろ、マリアを助けた事は事実なので、それを目撃していた騎士達のネリーへ対する評価はうなぎ登り。
更には、彼らの言伝で王国内騎士団の間にもこの話が広まって行き、本心ではマリア王女を愛しているが、素直に慣れない可愛らしい王女と噂される様になったという。
また、この出来事があって以降、ネリーに仕える親衛隊を羨ましがる者が大勢現れたらしい。
もちろん、この事をネリーが知ることはない。
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