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2章 クレイジースキル
赤髪の女騎士
しおりを挟む──俺はアリアンさんが苦手だ。
嫌いという訳では無いが、ただ怖さと会話の噛み合わなさで強い苦手意識を持ってしまった。
本当に相性の問題なんだろう。
申し訳ない事にアリアンさんの方は、自惚れで無ければだが、俺に興味や関心を抱いている様なので申し訳なく思っている。
そんな彼女なので、もし街中で偶然出くわそうものなら逃げるか、もし逃げられない状況なら嫌々対応するかだ。
もちろん嫌いではない。
しつこく言うが本当に苦手なだけだ。
そして現在、俺はそんな気持ちを抱いてしまっているアリアンさんに出逢った事で心の底から安堵した。
「ところで孝志、その女は誰だ?」
今は表に出て来ているアルマスを指差してアリアンさんが尋ねる。そう言えば見える状況だっけか。
俺がどう言い訳しようかと考えていると、アルマスが代わりに答えてくれた。
「どうも、アリアンさんとおっしゃるのですか?先ほどこの方が苦しそうにしてらしたので、肩を貸していた所です」
他人を演じる上で完璧な解答かも知れない。
普段は阿呆を具現化したみたいなバカスキル女だが、見えない敵に追われ出してからは完全に別人格。
普段もこんな感じでお願いしたいんだけどな……
そして俺の方もぶっちゃけアリアンさんに会ってからだいぶ気持ちが落ち着いてきた。
アリアンさんの安心感半端ないんですけど。
「なんだ?具合が悪いのか?」
アリアンさんが心配した様に話しかけてくる。
弛んだ精神を鍛え直してやるとか思って無いよね?
そしてここでも俺が答えるよりも先にアルマスが答えてくれた。
「…それに何者かに追われていて、そのせいで気分が悪いのだとも言ってました」
「なんだ?悪い奴らにでも追い掛けられていたのか」
「はい……ですが、まだその何者かに追われている様なのです」
まだ追われている──
それを聞いたアリアンさんは警戒心をかなり強めたのが見て判った。そして、アリアンさんは未だ少しだけ距離のある俺に対して声を掛けて来る。
「よし!じゃあ孝志、とりあえずこっちまで来い!」
「わかりました」
苦手な人だけど、今はアリアンさんに助けて貰う事にしよう。
俺は迷う事なくアリアンさんの所へ駆け寄った──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ふぅ……面倒な事になった。
仲間と思わしき人間の女と合流させてしまった様だ。
てっきり闇雲に逃げてる様にしか見えなかったが、こやつ中々の演技力だな。
あの警戒心が強い水色の女に、こちらも警戒心を強く持ち過ぎたようだ。
此処へたどり着く前に幾つも有った好機を幾度も逃してしまったな。
そして、いま勇者と合流した赤髪の女だが、相当な手練の様だ。
水色の女に対しては、その得体の知れなさに警戒をしていたのだが、この赤髪の女は気配だけで解る程の凄まじいまでの戦闘能力に警戒をしなくてはならない。
間違いなく真っ向勝負では向こうが格上だろう。
暗殺技術抜きにしても、十魔衆で序列九位の強さを誇る俺より格上なのだから本当に相当なものだ。
そうこう考えてるうちに、勇者がその赤髪の女に駆け寄って行くのが見えた。
あの女の実力を考えると、流石に完全に近付かれると厄介だ。
暗殺のタイミングとしてベストには程遠いが、もう今やるしかない……っ!
俺は目の前にいる勇者の脳天に目掛けてダガーを放った──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ビュンッ──
──バシンッ!
今まさにアリアンさんの下へ駆け寄ろうとした時だった。
目の前に居たアリアンさんが消えた。
一瞬、先ほどまで会話していたアリアンさんは幻かと思える位に唐突に消えてしまった。
そしてさっきまで目の前に居たはずのアリアンさんの声が後方から聴こえて来たので、俺は直ぐに振り返った。
「こんな物が飛んで来たぞ?危ない所だったな、頭に直撃だったぞ」
自分が消えた事など大した事では無いとでも言うようにあっけらかんとした口調だ。
瞬間移動なんて本当にできる人が居たんだな……そして──
──アリアンさんの手には黒塗りの短剣が握られていた。
え?素手で掴んだの?飛んで来た短剣を?
てか俺、今アリアンさんが居なかったら死んでたんじゃない?
「こんな物で殺そうとして来るなんて、流石に悪さが過ぎるな……少し説教してくるからここで待ってろ」
俺の返答も待たずに、アリアンさんは短剣が飛んで来た方へと駆け出して行く。
──そして、あれだけ煩かった危険を知らせる脳内音声は、いつのまにか聴こえなくなっていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
俺は赤髪の女が追ってくる気配を感じ取り、直ぐにこの場から逃げ出していた。
まずいまずいまずいぞ!
あの女は非常にまずいっ!
素手で俺のダガーを掴むなど絶対にあり得ない!
物理的にも勿論そうだが、この暗器は特別製で、放った後に俺が所有しているスキル能力を数秒だけだが与える事が出来る。
俺が与えたスキルは透明化と気配消失。
つまり、俺の放ったダガーは、決して視認できない状態であった筈だ!
それを防ぐ所か手で掴むだとっ?!
ザイスはプライドを大きく傷つけられたが、そんな雑念は一旦捨て、目の前の狂気から一目散に逃げ出していた。
異常な事態は未だに続いているからだ。
そう、追って来ているのだ!
完全に姿も気配も消して視認出来ない状態であるこの俺をっ!なんだあの人間は!?
…ただ、見えている訳ではなさそうだ。
あの女こちらを向いてはいるが、どこか遠い目をしてる。
つまり、こちらに何かあると直感的なもので追い掛けて来ているだけの様だ。
しかし直感的と言ってもかなり正確に俺の居場所を嗅ぎつけて追いかけ来ている。
なんて意味不明な感覚と嗅覚を持っているんだ!!
そして向こうの方が速い。
このまま逃げても間違いなく追い付かれてしまう。
戦闘力はあちらが圧倒的に上だが、此処は今まで培った技術を活かし、正面から迎え撃つしかないっ!
見つかってしまっている以上は得意の暗殺術も使えないからな。
俺は覚悟を決め立ち止まり、この獣女と向き合う事にした。
「おっ?透明になるのはやめたのか?」
「貴様相手には無駄だろうからな」
俺は悔しさも交えながらそう言い返した。
「それにコウモリの様な黒い羽に、紫色をした皮膚か……魔族だな?」
「そう言うことだ人間よ」
俺は懐から二本のダガーを取り出して構える。
投擲用では無く、直接相手を突き刺す時に使う少し大きめのダガーだ。
「それと先に言っておく事がある」
「なんだ?」
「俺の透明化にはデメリットが有ってね。使用状態の時は腕力と速度の能力が半分以下にまで落ちてしまうんだよ……」
赤髪の女は微動だにしない。
それどころか言いたい事があるなら待ってやるから早く言えとでも言いたそうな表情を見せている。
クソッ!どこまでも舐めやがって……だが怒りに身を任せるな、落ち着くんだ。
「……つまり、透明化を解除した俺の能力は先程までに比べて倍以上に跳ね上がっていると言うわけだ!」
それでもこの女の方が実力は俺より上だろう。
──だが、これで少しは動揺を与える事ができるか?
「そうか。さっきの短剣は凄く軽かったし、倍程度だと大したことは無いな」
「!!──くっ!行くぞ!小娘……?──あれ?」
屈辱的な台詞を吐かれた俺は、とうとう激昂し女に怒りの言葉を投げ掛けるが、言い終わらないうちに突然目の前から女が消えた……
もちろん目を離した隙に消えたのではない。
何だったら瞬き一つせずに凝視していた。
なのに消えただと!?そんな馬鹿な!!
俺は周囲を警戒するが何処にも居ない。
そして徐に後ろを振り返ろうとした時だった──
──ザジュッッ
「え?」
振り返る刹那、急に身体が軽くなったと感じた。
そして頭が状況を理解するよりも早く、俺は地面に倒れ伏していた。
痛みは感じ無いが理解は出来た……倒れ伏した後でようやく理解した。
恐らく俺の胴体は切り離されてしまったのだろう。
さっきから起き上がろうと足に力を入れているが全く動かない。
それに背後には自分自身の気配を感じる……恐らくその気配は俺の下半身だろう。
だから俺は自分の体を見ずしても真っ二つにされた事を理解してしまった。
そしてもう一つ理解した事がある。
恐らく俺は一撃でやられた……
感触が有ったのは一瞬だけだった。
互いに戦闘中の言葉すら交わす間も無かった。
そして化け物染みたのがこの女のスピード。結局、切られる瞬間すらも見れなかった。
信じられない事に、俺は勇者でもない人間如きに一瞬で……たったの一撃で負けてしまったのかっ……!
例え何度やり直しても、俺が彼女に正面から勝つ事は出来ないだろう。
暗殺にしたって透明化が見破られる以上、彼女に通用するかわからない……つまり……俺は……
……文字通りの完全敗北を喫したのだ。
──そして俺をたった今斬り伏せた女はいつの間にか俺の目の前まで来ていた。
俺は気力を振り絞り、何とか頭を上げて赤髪の女を見上げる。
「ところでお前何者だったんだ?」
彼女は俺にそう問いかけて来た。
本当に今更な質問だが、自分を一撃で倒した人物に名前や正体も知られぬまま死んで逝くのは嫌だったので、俺は気力を振り絞って答えた。
「俺は……魔王軍最強組織、十魔衆……序列九位……ザ、ザイス……」
息も絶え絶えにだが、俺は絞り出す様にそう答える事が出来た。
この程度の情報なら主人に迷惑が掛かる事もあるまい。
「なんだ、九番目か……弱いじゃないか」
トドメの一撃を刺そうと彼女はゆっくりと近付いて来る。
俺の方はまだ名前を聞いていないのに……もう喋る気力が残っていない。
名前を……せめて自分を殺す者の名前を聞きたい……っ!
そんな俺の気持ちなど知らない赤髪の女は、まったく躊躇する事なく俺の頭に剣を突き刺した。
──そして、十魔衆序列九位・史上最強の暗殺者と謳われたザイス=ヴァンはこの一撃をもって完全に息絶えたのだった。
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