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謝罪
しおりを挟む──ピンポーン、ピンポーン
日曜日の朝、家の中にチャイムの音が鳴り響く。
どうやら来客のようだ。
時刻は11時。昼食前の暖かい時間帯。
両親が不在な為、優香か雄治のどちらかが動かなければならないのだが……
「まぁ姉ちゃん行ってくれるだろ」
坂本雄治は動かない。まるで動く気配がない。
寝ながらやってるゲームが良い所なので行けなかった……と自分にそう言い聞かせる。
因みに今やってるゲームはターン制のRPGなので好きなタイミングでいつでも中断する事が可能だ。
………
………
コンッコンッ
「ん?」
部屋をノックする音だ。相手は姉ちゃんか?
いや姉ちゃんじゃなければ霊障だろ。もし家に幽霊居たら今日からお姉ちゃんと一緒に寝るもん。
「……雄治、ちょっと入っても良い?」
「姉ちゃん?」
「父さんも母さんも居ないのに私以外誰が居んねん」
「幽霊」
「なに言ってんだお前?」
優香は呆れながら扉を開けた。
「いや幽霊が居るんなら、今日から姉ちゃんと一緒に寝ようと思って」
「………そういや、この家って事故物件だったわ」
「そういうの良いから」
「.…………」
「あ、それと別にノックはいらないよ?」
「お前と一緒にすんなし、一般常識としてノックくらいするわ」
「ヤンキーなのに?」
「次から蹴り破ったろか?」
「本性表したな!?」
「良いから早くいけよ……客待たせんな」
「わかりましたよ、行けばいいんでしょ行けば?わかったもう行くよ!くそがっ!」
「態度悪ッ!なんだお前急にっ!」
悪態吐きながら雄治は部屋を出た。
しかし玄関へ向かおうとしたタイミングで、最悪な可能性が脳裏を過った。直ぐに立ち止まり姉の方を見る。
「もしかして愛梨?」
「……ううん。知らない子」
「性別は?」
「メス」
「名前は?」
「…………………早くいけ!」
名前くらい聞いとけよ……でも愛梨じゃない女って誰なんだ?まさか楊花じゃないよな?
てかそもそも訪ねて来たの女かよ……男が良かったぜ。
俺は部屋着のまま玄関へと向かった。
──────
「………なんでここに居る?」
「あ、あの……少しだけ、お話をさせて頂きたくて……」
なんと、雄治を訪ねて来たのは金城可憐。
雄治が女性不信になるキッカケとなったあの日、楊花と一緒に拒絶された、あのお嬢様だった。
彼女は水色のワンピースに麦わら帽子という、これまたお嬢様といった感じの服装で佇んでいた。
そして雄治は彼女に気付くと嫌そうに顔を顰める。
愛梨や楊花が訪ねて来るより遥かにマシだが、それでも事件の当事者の彼女に対して雄治は良い感情を抱いては居なかった。
なので直ぐに追い返そうとする。
「話す事はないぞ。そもそも君誰よ?」
「………金城……可憐……」
「名乗って満足した?なら帰ってくれる?」
「あ、あの……お願いです……話を聞いて下さい」
腰を綺麗に折り、金城可憐は頭を下げた。
頭を下げる前に見えていた顔……目元には隈が出来ており、整った顔が見る影もなかった。そしてスカートを握り締めながら体を小刻みに震わせている。
彼女は雄治に拒絶され、泣きながら帰るほどメンタルはズタボロになった。
そんな少女が雄治の家まで来るのに、いったいどれ程の勇気を振り絞った事だろう。
「………う……ず、ずるい」
それが解ってしまったから、雄治は強く追い返す事が出来なくなった……この場に限ってだか、女性に対する不信感よりも少女への情が勝ったのである。
「は、話を聞くだけだからな」
「……っ!!」
受け入れ……とまでは流石に行かないが、初めて話を聴いて貰えた可憐は、パァッと花が咲くような笑顔で顔を上げた。
──しかし、その1秒後に泣き出した。
「……雄治様……あ、ありがとうございますわ……ありが………う……うわぁぁぁん!!」
「あ、うるさ」
「ご、ごめんなさい……でも二度と貴方様とお話しできないと思ってましたから……うぅ……あんな事になるとは……雄治様を傷付けるつもりは有りませんでしたのに……ぐずっ、わたくし、何処までも阿呆ですわぁ……うう」
「…………」
雄治はゆっくりと息を吐いた。
実は彼女を目にした瞬間から、一昨日の事を思い出して内心かなり緊張していたが、そんな不安な気持ちも徐々に引いてゆく。
彼女を見ていたら自然とそうなったのである──他人の家の玄関前で、ここまで泣き噦る高校生が他に居るだろうか?
──そう思うと同時に、酷い突き放し方をしてしまった彼女へ対する罪悪感が押し寄せてくる。
正直、当事者とは言っても金城可憐は楊花を煽ったくらいで大した事をしていない。それに普段から二人は言って言い返す仲なのでイジメてた訳でもない。
ハッキリ言ってアレは八つ当たりに近いモノがあった。雄治はその事を反省し、謝意を込めて彼女に頭を下げる。
「……すまない」
「え?」
それは彼女を誤解した事への謝罪。
金城可憐が坂本雄治を傷付けたことで謝っているのだから、今度は同じように傷付けた雄治が謝罪する番なのだ。
「嫌いとか、話し掛けるなって言ったけど……言い過ぎた」
「え……あ、いや、雄治様が謝るような事ではっ!!わたくしが中川さんを焚き付けたからああなった訳でして──」
あわわと動揺しながら雄治に頭を上げさせようとする。
「………良い子だな」
そんな少女の姿を見て雄治は思わず笑みを浮かべた。
そして彼女の人間性に感服する。
前回の時もそうだが、金城可憐は一度も自分が悪くないと口にしなかった。非は全部認めて素直に謝る。
もちろん雄治もそこまでの誠実さは求めていない。にも関わらず誠意を見せてくるからこそ、少女に好感を抱いてしまったのだ。
「笑うのは酷いですわ……いくら雄治様でも……どれだけわたくしが勇気を出したか……むぅ~……」
「ごめんごめん。いやでも君みたいな良い子に、八つ当たりであんな事を言ってしまったんだな……正直、ああなるキッカケを作ったのは君かも知れないけど、俺は君をそこまで恨んでないよ」
「ほ、本当ですか?」
「うん、てか今日は来てくれてありがとう。なんか少し色々気持ちが落ち着いた気がするよ」
雄治は笑顔でそう口にした。
優香ほど信じた訳ではないが、少なくとも彼女へ対する負の感情は消えていた。女性陣の中では高宮生徒会長に次ぐ信頼感を抱いている。
「あ、う……」
「え?どうしたの?」
「え、笑顔が眩し過ぎますの……素敵ですわ……出会って来た殿方の中で圧倒的に一番かっこいいですわ……」
「一番かっこいい……?」
確かに、俺はイケメンだが所詮は80点だぞ?
一番は幾ら何でも言い過ぎだ……ほんとに信用しても大丈夫か、これ?
もしかして油断させてから札束でビンタするつもりだったりするのか?それとも姉ちゃんを買収して……
「もし宜しければ、慰謝料を──」
「やはり来るかっ!!札束ビンタッ!!」
「え……そんなことしませんわよ……?」
「絶対にしないと言い切れるか?」
「え、ええ、絶対にしないと言い切れますわ」
「……ほんとうかぁ?……あ、それと、あまり近付いて来ないで……姉ちゃん以外の女性に近付かれるの嫌だから」
「は、はい……今はこうして話せるだけで充分ですわ──あ、後ろでこちらを伺ってたのはお姉様でしたのね」
「なに?」
そう言われて振り返る。
すると優香が物陰に隠れながら二人の様子を覗いていた。雄治と目が合うと、偶然来たかのように口笛を吹きワザとらしく無罪のアピールをしている。
しかし雄治には通用しなかった。
「覗いてんじゃねーぞッッ!!このど変態がッッッ!!」
「………ッ!」
弟に変態と言われ、優香は足早に自分の部屋へと戻って行った。
「……ふふふ」
その光景を見て可憐は楽しそうに笑う。
少し前はピンポンを鳴らすのにも時間が掛かり、ずっと不安な気持ちでいっぱいだった。
でも覚悟を決めて良かったと、今は心の底からそう思っている。
愛する人とこうして笑い合う事が出来たのだから──
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