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プロローグ
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作品を開いて頂きありがとうございます!
こちらの『マルフィル嬢の日々』は、短編で投稿させて頂いていました『婚約破棄から~2年後~からのおめでとう』の連載版です。
しばらくの更新では、短編で書かれたそれぞれの場面の描写をより深く掘り下げ、短編の最後までもっていく流れにする予定です。
どの程度の長編になるかは未定ですが、ラストはバッチリ決まっておりますので、そこへ辿り着くまでマル様には好き勝手に暴れて(暴れろとは言ってない)貰おうと思います!
どうぞよろしくお願いします!
もしよろしければ短編を先にお読み頂くと、だいたいどんなあらすじなのか理解して頂けると思います……!
※タイトルは仮指定です。
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プロローグ
――マルフィル、あなたは近い将来、王妃の座につく人間なのです。
公爵家の長女。
そんな私に用意されていたのは、第一王子の婚約者。産まれた瞬間から決められた女性にとっての最高位の席だった。
次期王妃となるため、国民の母となるため、私はお母様の教育のもと多くの教養を身に付けていった。
お母様は必死だった。
ご自分も若い頃に同様の苦労をされていたから。それに加え、花嫁修業は大抵母親の役目であるため常に周囲の重圧感を背負っていたこともあり色々と焦っていたのだと思う。
だから私はガッカリさせてしまわないように、死に物狂いですべて頭に叩き込んだ。
『はい! おかあさま、マルフィルはがんばります!』
――しっかり理解なさい。
妥協は決してなりません。
立ち振る舞い、仕草、言葉使い、語学、音楽、舞踏、絵画、刺繍……時間は無限にあるわけではないのですよ。
恥は許されないの。
馬鹿にされないように。
気品ある、王妃として相応しい淑女になるのよ。
『はい、お母様。理解しております』
――マルフィル、なぜそのような簡単なこともできないの。
ああ、これでは顔向けができないわ。
もっと時間を増やさなくては。
『申し訳ございません、お母様。次からは完璧にします』
――マルフィル!! なんですかそれは!?
何度言ったら分かるようになるの。
講師の方達から一体何を教わっているの!
いい加減になさい……!
『……申し訳、ございません』
マルフィル! マルフィル!
情けないわ、これでは次期王妃だなんてとても……。
マルフィル! お母様の話しを聞きなさい!! マルフィル! マルフィルマルフィルマルフィルマルフィル!
あなたは上に立つ人間なの!
あなたは王妃となる人間なの!
あなたは特別な人間なの!
あなたは他の者とは違う人間なの!
『……』
わたしは、とくべつな、にんげんなの。
『使用人の分際で、わたしの命令が聞けないの!?』
――あれ、いつからだろう?
わたしが、こうなってしまったのは。
〇〇〇
古びた、けれど丁寧に修繕を重ね手入れされた東屋の屋根の下が、二人の遊び場だった。
時折、囲むように植えられた花々の甘い香りが鼻をかすめる。季節ごとに植え替えられる花の景色を見物するのも、楽しみにひとつだった。
風の強い日、一枚の花弁がふんわりと髪の隙間に滑り込んだ。
『ライラックだ』
こちらに手を伸ばし、指に髪を絡め優しく触れると、それを見せてくる。
彼は普段は年のわりに妙に落ち着いていて、こぼれる笑みは春の風すら思わず運ばれてきてしまうだろうと、もてはやされ城の女性たちからは騒がれていた。
『このお花にも、はなことばってあるの?』
博識な彼は、城に植えられた花の『花言葉』を数多く知っていた。おそらく退屈しないように調べてくれていたのだろう。そんな思いやりには全く気がつかなかったが、当時はその花言葉を夢中で尋ねていた。
『……ライラックの花言葉は、』
目元を緩め、自分にだけ向けられた笑顔が好きだった。
その蒼色の瞳が好きだった。表情によって静かな深海を思わせるときもあれば、月光に注がれ神秘的に輝く湖の水辺を彷彿とさせる彼の曇りないその色が大好きだった。
ライラックの花言葉。今はもう、彼が教えてくれた意味を忘れてしまった。あの日見たライラックが何色だったのか、それすら覚えていない。
〇〇〇
「ねえ、アルバート。お誕生日――」
「……マルフィル、君に大切な話がある」
もう何年目のことになるだろう。恒例となったアルバートに祝いの言葉を送ろうとしたところで、彼はそれを制止した。
何度か周囲に視線をやりながら、私を見つめる瞳には決意のようなものが浮かんで見えた気がした。
「マルフィル、もう、すべてを白紙に戻そう」
なにを言われているのか、はじめはまったく分からなった。だけど徐々に頭痛が酷くなってくる。耳を塞がなければ、聞いてはいけないと体が拒絶反応を起こしているようだった。
「君の横暴で傲慢な振る舞いは、諸外国の方々やこの国の民に示しがつかないところまできている。これ以上、放っておくことはできない。だから、マルフィル……いや――マルフィル・ファルムント。今日この日をもって、あなたとの婚約は破棄とする」
「な、なんですって……? アルバート、そんな馬鹿な決定は許されないわ!」
「いいや、我が許可を出したのだ」
「なっ、叔父上?」
私を見据える叔父上は、残念そうに首を横に振って静かに目を瞑った。
招待客の皆が各々に雑談を楽しんでいたとはいえ、主役のアルバートが婚約者と言い争っていれば自然と視界に入ってしまう。
ゆえに舞踏会の会場は騒然となり、観衆がこちらを注目しているけれど、私に向けられた目は背筋が凍るように冷たいものだった。
「私の行動は、私の日々の振る舞いは、王妃となるために周囲へ差を付けるためのものに過ぎないわ! なのにどうして婚約破棄なんかされなきゃいけないのよっ……私は、私は何も悪くないはずだわ! そうよっ、悪くな――」
「いい加減目を覚ましてくれマルフィル!!」
生まれて初めて耳にした彼の荒れた怒声に、身体が動けなかった。
どうして、私は気づかなかったのだろう。聞こえなかったのだろう。
「なぜ私の言葉は、君に届かないんだ」
いつからだろうと考える。アルバートが私を軽蔑するように見るようになったのは。逸らすようになったのは。
それに気づかずに自分勝手な振る舞いをしてきた私に、いよいよこの日いくつものツケが回ってきたのだ。
ゆっくりと、アルバートはこちらに近づいて来る。
彼の手が、ほぼ二重になりかけのたるんだ私の首筋に触れた。そしてそっと身に付けていたネックレスのチェーンと肌の間に指先を滑り込ませた。
好きな人が目の前にいる。鼓動が早くなったのは、乙女の感情か、それとも気管が狭まったせいでくる酸素不足だからか。どちらにしても顔が暑い。
「――もう、あの頃には戻らないのか」
それは見た目? それとも性格?
押し殺すように呟くアルバートは悲しそうに瞳を揺らして、ブツっ――と、ネックレスのチェーンを素手でちぎった。
もともと肉に押し出されていたのだ。彼が壊さなくともあと数キロ体重が増えれば壊れていただろう。
だが、あえてアルバートは自分が贈ったネックレスを、まるで決意表明とも言うようにちぎってしまった。
花びらが、ばらばらと床に散らばる。本物と大差のない繊細な細工の、ライラックを模したネックレスはすでに形をとどめていない。
「マルフィル……」
アルバートの綺麗な蒼い瞳が、底光って見えた。
「アルバ――」
私は彼の名を最後まで呼べなかった。ひそひそと周囲の囁きが耳に届いたからだ。
「自業自得」「ようやくか」「殿下も限界だったんだろう」「これで王妃候補は決め直しか?」「是非とも我が娘を」。
いい気味だと思う者、これを機に自分の娘を王妃候補として紹介しようと企む者。いたたまれなくなった私は、逃げるように舞踏会会場を後にした。
ドスドスと床を響かせる自分の足音を聞きながら「私は悪くない!」と言い聞かせ、屋敷へと戻る。
その日は、アルバートの誕生日だった。
私が毎年彼に告げていた「おめでとう」は、今年から言えなくなってしまったのだった。
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