キスして

すずかけあおい

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キスして①

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「なあ敦弥あつや、キスしようか」

 ジュース飲もうか、と言うような軽い口調。

「は?」

 読んでいた本から視線をあげると、楓磨ふうまが俺を見ている。今言われた言葉の意味がわからず視線を斜め上に向けてからもう一度楓磨を見る。

「なに?」
「だからキスしようかって」

 寝ぼけているのか。頬をつねってやるとおおげさに痛がっている。目が覚めたようだ。

「なにすんだよ」
「目が覚めるようにしてあげただけ」
「俺はずっと起きてる」

 楓磨は頬をさすりながら睨んでくる。
 軽い気持ちでつねったが、相手は学校一の美形だと今になって思い出す。下手に傷がついたり痣ができたりしたら女子からきつい視線を受けることになる。
 とりあえず謝っておこう。

「ごめんね」
「痛かったからキスしてみよう」
「なに言ってるのかわからない」

 やはり寝ぼけているのか。

「だって暇なんだよ。おまえ本ばっか読んでるし」
「じゃあ帰れば?」
「今日姉ちゃんが家にきてるからなるべくゆっくり帰りたいってさっきも言っただろ」
 
 楓磨のお姉さんは大学生でひとり暮らしをしているけれど、今日は彼氏をご両親に紹介するために帰ってきているらしい。会うたびに「とっかえひっかえやめなさい」と叱られるらしく、楓磨はあまり顔を合わせたくないとのこと。
 お姉さんの言うとおりだと思うが、楓磨はとっかえひっかえではないと言う。ちゃんと誠実におつき合いしている、と。

「じゃあ唇を守るために俺が帰るよ」

 本を閉じて立ちあがろうとすると手首を掴まれた。

「敦弥が帰ったら俺ひとりじゃん」
「次の彼女探しでもすれば?」
「やだよ。俺は自分から彼女を探す気はない。それに今は休憩中だから女子と関わらずにいたい」
「……」

 彼女を探す気がないことは知っている。つき合う彼女も好きになってつき合っているわけではないことも、俺はよく知っている。
 楓磨は女好きなわけでも軽いわけでもない。言葉選びも慎重なくせに俺が相手のときにだけはすぐ軽口を叩き、口に締まりがないけれど。ただ告白されたら断れない結果、女性経験豊富になってしまった。

「童貞くんにも女子紹介してあげるから」
「そういうこと言うから俺は帰りたくなるの」

 本を片づけようとするとまた手首を掴まれた。

「ごめん、敦弥。冗談」
「笑えない冗談だね」

 気まずそうな顔をするので小さくため息をつく。

「別に怒ってるわけじゃないから」
「うん」
「俺は本読んでるだけだけど、それでいいならまだいるよ」
「ありがとう!」

 俺の手を両手で掴んで頭をさげる。
 楓磨が俺に帰って欲しくない理由は、怖いから。誰もいない教室にひとりでいたらなにかが出そうだと言う。「楓磨ならおばけも惚れてくれるよ」と言ったら「やめてくれ」と真面目な顔で返された。俺は褒め言葉で言ったつもりだが、本人にはそうとはとれないようだ。
 椅子に座り直して本を開く。

「小説読んでるの?」
「そう」
「おもしろい?」
「うん」

 もうこの会話も三回目だ。それくらい暇なのだろう。

「俺も読みたい。他にも持ってないの?」
「じゃあ図書室いく?」

 楓磨が読みたいと言うのは珍しい。俺は何冊も本を持ち歩かないから、図書室なら楓磨が必然的に静かになることも含めてとてもいい。
 でも楓磨は首を振る。

「あそこは本だらけで息が詰まる」
「そりゃ図書室だからね」

 本のページをめくる。まだ「暇」と言うので、「スマホでもいじっていれば」と返すと楓磨はスマホを出してなにか操作し始める。
 これでしばらく静かかな、とひとつ息をついたら俺のスマホが震えた。確認すると楓磨から『暇』とメッセージが届いていて呆れてしまう。

「敦弥、キスしていい?」
「だめに決まってる」
「怖い?」
「怖くない」

 眉を顰めて楓磨を見ると、挑発するように口元に笑みを浮かべている。

「怖いんだな。童貞だもんな」
「俺帰る」
「待って。冗談」

 もうつき合っていられない、と首を振る。楓磨はひたすら謝ってくる。

「楓磨はお姉さんにしっかり叱られたほうがいい」
「やだ。捕まったら明日になっても説教終わらない」

 必死に俺の手を掴んでくるので振りほどこうとするとさらに強く掴まれた。

「いい加減、断ることを覚えたら?」
「だってなんか悪いじゃん」
「好きでもないのにつき合って関係持つほうが悪いと思うけど」

 敦弥の言うことは正論だけど、とごにょごにょ言っている。本当にどうしようもない友達だ。

「今日はつき合うけど、明日はやだよ」
「うん」

 嬉しそうに微笑まれると仕方がないなという気持ちになってしまう。結局俺も楓磨に頼みごとをされたら断れない。
 本のページをめくり、活字の並びに視線を滑らせる。

「俺なにしてたらいい?」
「スクワットでもしてれば?」
「わかった」

 えっ、と思ったら楓磨は本当にスクワットを始めた。本気でやるのか、と呆れ半分、感心半分。

「敦弥もやる?」
「俺が五回できないの知ってて言ってる?」
「知ってて言ってる」

 悪戯っ子のように笑う。こういうところは少しだけ可愛げがあるのだけれど。
 スクワットをすると楓磨と本を読む俺。教室にふたりきり。夕陽が教室内を橙色に染めていく。

「おしまい」

 楓磨の声に顔をあげる。小説に夢中になっていて途中から楓磨のことを忘れていた。

「何回やったの?」
「数えてない」

 汗かいた、とタオルで汗を拭っているのを、今度はきちんと感心しながら見る。俺も冗談で言ったのにこんなに真剣にやるとは思わなかった。

「ねえ、敦弥」
「キスならしない」
「どうして? 唇が当たるだけだよ」
「だけ、とか思えないから」

 好きでもない子とキスやセックスができる楓磨と一緒にしないで欲しい。

「ふうん」

 本のページを繰ると、手を掴まれた。視線をあげるとすぐ目の前に楓磨の顔。顎を持たれ、上を向かされて整った顔がさらに近づいた。
 唇に柔らかいものが触れる。

「しちゃった」
「……」

 先程は傷をつけることをためらった綺麗な顔を思い切り平手打ちして椅子を立つ。

「二度と声かけるな」

 言い捨てて教室を出た。
 唇を手でこすりながら帰路に就く。最悪だ、最低だ。まさか本当にキスをするなんて、信じられない。誰とでもキスをしてしまう楓磨のようなやつからしたら「たかがキス」かもしれない。でも俺は初めてだった。はっきり言って……いや、はっきり言わなくても最悪だ。ふざけるにしても度がすぎている。

「二度と口きいてやらない」

 楓磨なんて大嫌いだ。


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