ずるい男

すずかけあおい

文字の大きさ
4 / 7

ずるい男④

しおりを挟む
 すぐに追いつくと思ったけれど見つからない。今埜くんは脚が長いから、歩くのも速いんだ。電話をかけてみるけれど繋がらない。辺りを見回しながら歩く。どこに行ったんだろう。
 五分ほどそうしていたら、ひと気のない公園に今埜くんの姿を見つけた。ほっとして、ゆっくり近づく。

「……見つけた」

 今埜くんは大きな樹の下にしゃがみ込んで、俺の顔を見ない。

「……羽田さんなんて知らない」
「うん」
「兄さんのとこ行っちゃえば」
「うん」
「……」

 俺も今埜くんの隣にしゃがむ。今埜くんは落ちている木の枝で地面に“あきひさ”、“たくま”と書いて、“あきひさ”のほうに〇、“たくま”のほうに×をつけた。

「……昔から兄さんはなんでも持っていて、俺はなにも持ってない」
「うん」
「俺が友達ひとりできると、兄さんはクラス中が友達になってる。俺がひとつできると、兄さんは全部できてる」
「うん」

 比較しなくても、ひとつできていることが大切なのに。今埜くんが可哀想で可愛くて、抱き締めたかった。

「お年玉も兄さんのほうが多かったし」
「……うん」

 お兄さんのほうが年上だから多いよ。言わないけど。

「俺がどんなに頑張っても兄さんには追いつけなかった。兄さんはいつも優秀で、大学生のときに起業して、小さくても会社の社長。会社も少しずつ大きくなっていってる。周りからはいつも比べられてばっかり」
「そっか……」
「昔は頭がよくて格好いい兄さんが好きだったけれど、ちょっとずつ引け目を感じるようになっていって、今ではもうコンプレックスでしかない」
「でも好きなんでしょ?」

 あ、まずい言い方だったかも、と口に出してから思った。今埜くんの表情がくしゃくしゃと歪んでいく。

「大嫌いです……。俺の好きな人を奪っていくんだから、そんな奴、大嫌いだ……」

 好きな人……?

「……ごめんなさい……好きなんです。羽田さんが好きなんです。初めてバーで会ったときから、ずっとずっと好きです……」

 消えてしまいそうな震える告白に心臓がぎゅうっと締めつけられる。夢のような言葉。本当に? 疑いたくないのに疑ってしまう。でも、確かにこの言葉は今埜くんの口から紡がれている。

「……なんで謝るの?」
「だって俺はなにもないから。兄さんみたいになんでもある人に好かれたら嬉しいだろうけど……」
「そう?」
「はい……」

 そうなんだ。

「じゃあ、俺なんて今埜くん以上になにもないから、俺に好かれたら今埜くんは迷惑だね」
「え……?」
「ごめんね、好きで」

 ぽかんとしている今埜くんを置いて立ち上がる。そのまま歩き出そうとすると、手首を掴まれた。

「待ってください……本当に?」

 今埜くんもゆっくり立ち上がる。

「嘘だと思うなら好きにしたら?」

 少し突き放した言い方になってしまったと反省。でも今埜くんは目をきらきらさせている。

「思いたくないです。ていうか嘘でもいいです」
「人の気持ちを勝手に嘘にしないで」
「羽田さんが言ったのに……」
「わ!」

 むぅ、と唇を尖らせた今埜くんがいきなり抱き締めてきて、その勢いにびっくりする。

「……なにもなくてもいいじゃない。そんな今埜くんが好き。社長に見初められるなんて、そんなの俺には似合わないよ」
「羽田さんには敵わないです……馬鹿って言ってごめんなさい」

 腕の力が緩んで、身体が少し離れる。今埜くんを見上げれば、真剣な瞳で俺を見ている。頬が熱い。心臓の音がうるさい。綺麗な顔がどんどん近づいてきて、唇が重なった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「レジ袋はご利用になりますか?」

すずかけあおい
BL
仕事帰りに寄る、いつものコンビニで五十嵐 歩(いがらし あゆむ)はイヤホンをつけたまま会計をしてしまい、「――――?」なにかを聞かれたけれどきちんと聞き取れず。 「レジ袋はご利用になりますか?」だと思い、「はい」と答えたら、実際はそれは可愛い女性店員からの告白。 でも、ネームプレートを見たら『横山 天志(よこやま たかし)』…店員は男性でした。 天志は歩に「俺だけのネコになってください」と言って…。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

崖っぷちアイドルが、マネージャーと枕営業の練習をする話

はし
BL
崖っぷちアイドルが、初めての枕営業の練習をマネージャーとする話。 *他サイトにも投稿しています。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

『定時後の偶然が多すぎる』

こさ
BL
定時後に残業をするたび、 なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。 仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。 必要以上に踏み込まず、距離を保つ人―― それが、彼の上司だった。 ただの偶然。 そう思っていたはずなのに、 声をかけられる回数が増え、 視線が重なる時間が長くなっていく。 「無理はするな」 それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、 彼自身はまだ知らない。 これは、 気づかないふりをする上司と、 勘違いだと思い込もうとする部下が、 少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。 静かで、逃げ場のない溺愛が、 定時後から始まる。

処理中です...