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第23話 製剤開発部

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 3人の誰もが自身の口を閉ざし、場は重い空気に包まれる。その沈黙は無限に続くかのようにも思えたものの、遠山の声によってそれは破られた。

「あ、ぼ、僕も先輩に言われたこと、調べてきましたよ!」

 遠山はそう言いながら、自身のカバンをごそごそとまさぐり始める。そう、僕は1週間ほど前、遠山に”ある人物”の過去の人事記録について調べてもらうようお願いいしていた。

「で、どうだった?」
「はい、先輩の読み通りでしたよ。…恐ろしいくらい、すべて当たってました」
「…そうか…」

 …となれば、やはり黒幕はあの人物という事にな

「お、おいおい!!俺にも説明してくれよ!」

 はやとは自身の口をとがらせながら、僕と遠山の間に割って入った。
そうか、まだ彼には説明していなかったか。

「遠山、たのむ」
「了解です!」

 僕の言葉を聞いた遠山は、普段と変わらぬはきはきとした様子で説明を始めた。

「実は一週間前、先輩から”滝本さん”の過去について調べるよう言われたんです」
「滝本……。あぁ、前に監査に乗り込んでいたあの男か。確か、以前はリースリルの科学者だったとかなんとか……」
「ですです。確認したところ、確かに滝本さんは以前、リースリル製薬に勤めていたことがわかりました。…それも、製剤開発部の研究員だったそうです!!」
「せ、製剤開発部…?それが何かすごいのか?」

 今一つ的を得ない様子のはやとに、僕は説明を付け加える。

「リースリルの製剤開発部と言えば、それはもう頭の切れる秀才たちしか入れない部署だよ。東大や京大を現役で卒業しているのはマストで、学生時代に書き上げた論文や研究内容までもが相当評価されていなければならない。滝本さんはうちに来る前、そんなとんでもない場所に勤めていたわけだ」
「そんな秀才が、どうしてまた……。まさか、追い出されたとでもいうのか?」

 はやとの疑問に対し、遠山は冷静に答えた。

「追い出されたというより、自分から出ていったという方が近いみたいです」
「出ていった?」
「はい。…詳しいことは分からないんですが、なんでも当時滝本さんの上司だった人は、数字を上げるためならなんでもするタイプのかなり危険な人だったみたいで、誠実な性格の滝本さんとはよく衝突してたみたいです」
「危険、ねぇ…」
「…なんでも、倫理的にまずいような研究を平気で指示したり、自ら積極的に誇大広告を張って、開発した新薬を強引に売り出したり…」

 …本当にそんなことをしていたのなら、それこそ大問題だな…。

「…で、そんな日々が繰り返されたある日の事、ついに滝本さんは上司や会社への愛想を尽かして、出て行ってしまわれたと…」

 上司とのそりが合わず、自ら会社を退く。…そういう話は聞かないではないけれど、普通は部署を変わったり担当を変えてもらったりするものだろう。それがなく、いきなり会社を去っていった滝本さん。いったい何があったのだろうか…?

「で、僕は先輩に言われて、滝本さんがまだ製剤開発部にいた時の、当時の研究員たちが誰だったのかを調べてきたというわけです。………ほんと、大変だったんですからね……」
「あぁ、感謝しているさ。医師や薬剤師の間に顔の広い君にしか頼めない事だったからね」
「やれやれ、またツテをフル活用かよ…。意外と科学者の世界は狭いんだねぇ」

 あまり褒められたやり方じゃないやり方を前に、はやとはやれやれといった表情を浮かべるものの、彼の表情はその結果をはやく見たいという好奇心でいっぱいだった。

「記録までは手に入れられなかったので、当時の役職と名前だけですけど…」

 遠山はそういうと、手書きされた一枚のメモ用紙を机の上に提示した。

――――

製剤開発部職員

統括    黒田紀之《くろだのりゆき》

統括補佐  滝本一生《たきもといっせい》
統括補佐  金田涼介《かねだりょうすけ》

研究員   与田紀仁
      荒木和弘
      吉田恵
      棚橋祐樹
      村田和重
      木田達哉
      渡辺勝也
      山本茂美
      …
      …

――――

「確かに滝本の名前があるな…。そして当時の上司は………黒田紀之、か」

 そう言葉を漏らしたはやとに対し、遠山が説明を加える。

「黒田紀之と言えば、今はリースリル本部の幹部職に就く人間です。そしてその部下の金田という男は、この時から今に至るまで黒田の側近として仕事を続けています。………お二人とも、なにかにおいませんか?」

 遠山の言葉を聞いて、僕とはやとは互いに視線を合わせ、言葉を発した。

「治験計画書をすり替えた製剤広報部の木田さんは、本部の人間に話を持ち掛けられたと言っていた。そしてこの黒田紀之は、今リースリルの本部に勤めている」
「そしてさらに、かつてつかさのもとに突然監査に乗り込んできた滝本は、その黒田の元部下。……ここになにも感じるなという方が無理な話だな。それに……」

 はやとは自身の右手人差し指で、メモ用紙の一部を指し示した。

「見ろよ、この名前」
「木田、達哉…」

 そう、そこには確かに”木田達哉”の名前があった。紛れもない、僕が開発した薬の治験計画書をすり替えた張本人だ。

「あの男もこのかつて部署にいたわけか…。これはもう、怪しげなにおいがプンプンただよってくるぜ…(笑)」
「あぁぁ、また頭がこんがらがってきました……」

 今も残る木田さんに関する最大の謎と言えば、やはり例の3000万円だろう。一体どこから、どのように入手したのかさっぱりわからないそのお金…。これまでどれだけ考えても分からずじまいだった。
 …しかしたった今、僕の脳裏に一つの可能性が浮かび上がった…。

「…もしかしたら木田さんは、気づいたんじゃないだろうか…?」
「気づいた?何を?」
「…先輩?」

 僕の言葉に対し、頭上にはてなマークを浮かべる二人。しかし僕はそのまま説明を続けた。

「…黒田さんは製剤開発部時代、あまり褒められたものじゃないことをやっていた。そしてそれに愛想を尽かした滝本さんは会社を去った。…普通なら部署を変わったり、担当の仕事を変わったりするものだろうに、滝本さんはそうはせずに会社を去った…」
「…何が言いたいんだ?」
「…もしかしたらだけど、黒田さんの行いは、表に出たら会社をつぶしてしまいかねないほどまずいものだったんじゃないだろうか…?だからそのことを知った滝本さんは、会社に残ることをせずにそのまま会社を去っていったんじゃないだろうか…?」

 そこまで話をしたとき、はやともまた僕と同じ考えに至った様子…。

「…なるほど、その大きな秘密に木田は気づいたというわけか。そのことをばらされたくなかったら金をよこせだとかなんだと言って、その時支払われたのがあの3000万円だと」
「…どうだろう、分からない…」

 そう、確証はない…。けれど、そうと思わしき状況証拠はそろいつつある…。

「じゃあつまり、つかさの薬の治験計画書をすり替えるよう指示したのも、例の3000万円を木田に送金したのも、この黒田って男がやったことってことか?」
「で、でもちょっと待ってください…」

 はやとの言葉を遠山は制し、今度ははやとが言葉を発する。

「黒田さんは今、リースリル製薬の幹部なんですよね?すり替えられたあのでたらめな治験計画書が国に提出されたなら、間違いなくリースリルに対する信用や期待は地に落ちてしまうことになるでしょうけど、それって黒田さんにとってなんのメリットにもならないんじゃ…?」

 …言われてみれば、確かにそうだ。リースリルに敵対する人間が会社を貶めるためにやったのならともかく、リースリル自身が自ら会社の価値を下げるような真似をするとは思えない…。
 まして、手段を択ばず会社の利益ばかりを第一に考える黒田さんにとって、自滅ともいえる計画書のすり替えなど行うはずがない…。

「うーーん…。考えれば考えるほど訳が分からなくなるな…。つかさ、お前はどう思う?」

 はやとは僕に対し、そう言葉を発した。僕もまた彼らと同じく、自分の頭の中がどうにかなってしまいそうなほどこんがらがってしまっている。
 …しかしだからこそ、その質問に対する僕の答えは決まっていた。

「聞いてみるしかないな。直接、本人に!」
「「???」」
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