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第21話 秘められていた事実
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遠山と別れた僕が向かったのは、かつて僕がよく訪れていた思い出深い場所。そして同時に、今に至る僕の未来をかつて決心させてくれた場所だ。
「…前に来たときから時間は経ってしまったけど、このあたりはいつも変わらないなぁ~…」
周囲の景色を見回して、思わずそんな感想をこぼしてしまう。…と、あんまり感傷に浸っている時間はないんだった。
僕は目的地の家の前まで来ると、そのままインターホンを押して家の人を呼び出した。
「はい、どちら様?」
「僕です、つかさです」
「あら、つかさ君!!よく来てくれたわ!」
聞こえてくるこの声もまた、昔から全く変わらないもので安心させられる。インターホンを介してそうやり取りした直後、すぐに玄関のドアが開かれた。
「お久しぶりです、朝霧さん。たまたま仕事で近くを通りかかったものですから、ご挨拶に」
「あらまぁ、わざわざありがとうねぇ~。さぁさぁ!今家に何もなくって申し訳ないんだけど、せめてお茶だけも飲んでいって!」
「そ、それじゃあお言葉に甘えて…」
僕は導かれるがままに、家の中へと足を踏み入れていく。そう、今僕が訪れたのはほかでもない、さやかの実家だ。なんの偶然か、来栖先生の自宅はさやかの実家から近い場所にあり、おかげでこうして挨拶をしに行くことができたのだった。
慣れ親しんだ廊下を通り、何度もさやかとお茶や食事をした部屋の中へと案内される。僕たちが子どもの時から全く変わらないその景色に、僕は心の中に広がる温かさを感じていた。
「それにしても珍しいわね。ずっと研究所に勤めてるつかさ君が、こっちの方に仕事で来るなんて」
「はい、僕もはじめてのことだったのでびっくりです」
「初めての事?なにか特別な仕事だったの?」
「そうなんですよ。来栖先生という研究者さんがこの近くで暮らされていて、僕と部下の二人でさっきまで来栖先生の所に取材に行っていたのです。…こんなことは今までやったことがなかったので、まぁ緊張しました…」
「あらあら、それはご苦労様だったわね(笑)」
さやかのお母様は優しい笑みを浮かべながら、僕の事をねぎらってくれる。それに対してお礼の言葉を返そうとしたその時、お母様は僕が想像していなかった言葉を発した。
「…私がさやかを健康な体に生んであげられていたら、さやかもそんな風にあちこち動き回ることができたのかしら…」
「………」
…突然、お母様はどこか寂し気に、小さな声でそう言葉を発した。それは僕に聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声の大きさだったけれど、それに対して僕はなんの言葉を返すこともできなかった…。
というのも、簡単な慰めや気休めの言葉なんて、この状況では何の意味もなさないのではないかと感じたためだ。お母様は僕たちが小さい時からずっと明るく振る舞われていたけれど、心の中にはどこかで、さやかの耳に関して罪悪感を抱き続けていたのではないだろうか…?
もしも僕の予想が当たっているなら、長きにわたって罪悪感を感じ続けていたお母様に、果たして誰が言葉だけの慰めなど行うことができるだろう。僕にはとてもそれができず、ただ部屋の中は静かな空気に満たされていった…。
「ご、ごめんなさい急に変なことを言っちゃって…。そ、そういえば!」
重くなってしまった雰囲気を変えようとされたのか、お母様は即座に話題を切り替えた。
「そういえば来栖先生って昔、この近くで本屋さんを開かれていなかったかしら?」
「え、えぇ、そうですよ。今でこそ来栖先生は研究者としてお仕事をされていますが、それ以前は個人で書店を経営されていたそうです。…もしかして、過去に面識が?」
「そうなのよ~。もう今から30年くらい前の話だけれど、私ずっとずっと原因不明の頭痛に悩まされたの。近くの病院をいろいろと回ったんだけど全然よくならなくって、毎日苦しかった…」
「そ、そんなことがあったんですか…」
「でね、少しでも何かこの頭痛の情報を調べられないかと思って、来栖さんの本屋さんに行ったの。来栖さんに相談したらすぐに一冊の本を紹介してくれて、その本を書いた先生の病院に行って診てもらったら、びっくりするくらいすぐに治ったの!あの時は本当にうれしかったわ~!」
「それはよかったです!ちなみにその時は、なにか特別な治療を受けられたんですか??」
「いえいえ、2週間くらい薬を飲んだだけで治ったの!全然副作用も出なかったし、本当に助かったわ~」
「……」
ずっとずっと慢性的な頭痛に悩まされていたけれど、2週間の薬の服用によってそれらが完治した、お母様は確かにそう言った。…けれど僕は、その話を聞いて頭の中になにか違和感を感じていた。
頭痛の原因というのは非常に多岐にわたり、その性質を一般化することはなかなか難しいとされている。けれど、それでも多くの種類の頭痛に共通することがある。
それは、一度経験した慢性的な頭痛は再発する可能性が非常に高いということだ。そしてそれゆえ、頭痛に対する治療薬は痛みを和らげる対症療法的なものが主であり、服用している間は痛みが和らげられるけれど、効き目が切れれば再び痛みが再発するケースがほとんどだ。まして、2週間程度の服用で慢性頭痛を根治させる治療薬なんて、それなりに薬を研究した僕でも聞いたことがない。
…心の中にそう疑問を感じた僕は、それをそのままお母様にぶつけてみることにした。
「ちなみに、なんという薬だったのですか?薬を研究する人間として、なんだか興味があります!」
「えぇっと、ちょっと待ってね……。もう30年くらい前の事だから、細かい説明書なんかは全部捨てちゃってるかもだけど……」
お母様は座っていた席を立ち上がると、隣の部屋に置かれていた大きなタンスの一段を開け、その中を確認していく。
「たしか、薬関係のものは全部ここに片づけてたはず…」
タンスの中をガサゴソと探索するお母様。僕はただただ心の中で、その薬にかかわる情報が発見するされることを願っていた。
その時だった。
「あ!!!あった!!!」
お母様は大きな声を上げると、タンスの奥底から一枚の紙を取り出し、僕のもとまで勢いよく駆け寄ってきた。
「これよこれ!薬袋が残ってたわ!」
薬袋。それは薬局や病院で薬を渡されるときに使用される、紙製の袋だ。今は当然中身は空っぽだけれど、そこには処方された薬の名前が克明に記載されていた。
――――
フィーレント錠10mg 1日3回
朝昼夕食後 1回1錠 14日分
――――
フィーレント錠。薬袋には確かにそう書かれていた。…しかし、そんな薬の名前を僕は一度も聞いたことがない。
これまでさやかの耳を治す薬を開発する過程で、当然いろいろな薬の勉強をたくさんしてきた。自分で言うのもなんだけれど、薬に関していえばそのあたりの薬剤師や医師よりも詳しい自信はある。…そんな僕が、一度も聞いたことのない薬…。
「…どうしたの、つかさ君?大丈夫…?」
「あ、だ、大丈夫です!それにしても30年も昔の薬袋が残っているなんて、すごいです!袋も今とは違って、なんだか年季を感じさせ……」
そう言いながら改めて薬袋をまじまじと見た僕は、さらにもう一つの違和感を感じた。よく見ればこの薬袋、保険薬剤師の印が押されていない…。
病院で薬を受け取るにしろ、薬局で薬を受け取るにしろ、基本的にそれらの薬は保険調剤を介して渡される。世間一般で言うところの、保険が下りるというやつだ。
ゆえに薬袋には必ず保険調剤を行った保険薬剤師の印が押されているはずなのだが、ここにはそれが押されていない。押されていないということは、この薬は保険でなく自費で渡されたということになる。自費で渡されるようなマイナーな薬なら、僕がこれまで名前を聞いたことがないというところにも納得がいくけれど…。
「つ、つかさ君、本当に大丈夫?もしかして何か変なことでも…」
「すみません!!これ、少しの間だけお借りしますね!!か、必ず後からお返ししますから!!」
「そ、それはいいけど…ってつかさ君!!お茶もういいの!?」
お母様への挨拶もそこらに、僕は本能のままに勢いよくさやかの実家を飛び出す。…今日得られたこれらの情報を総合的に考えた時、僕の脳裏に恐ろしい仮説が思い浮かんだからだ…。
もしも、もしも僕の脳裏にうかんだ仮説が正しかったなら、これはもはや僕とさやかだけの問題にとどまるものではなく、下手をすればこの国全体、さらには世界を巻き込むほどの大事件となる…。
家から出るや否や、僕はポケットにしまっていたスマホを取り出し、遠山に向け電話をかける。そして彼が電話に出たことを確認した後、僕はスマホ越しに彼に向けてこう叫んだ。
「遠山!僕はこれから研究室に戻る!君は急いで”ある人”の過去の人事記録を調べてくれ!」
「…前に来たときから時間は経ってしまったけど、このあたりはいつも変わらないなぁ~…」
周囲の景色を見回して、思わずそんな感想をこぼしてしまう。…と、あんまり感傷に浸っている時間はないんだった。
僕は目的地の家の前まで来ると、そのままインターホンを押して家の人を呼び出した。
「はい、どちら様?」
「僕です、つかさです」
「あら、つかさ君!!よく来てくれたわ!」
聞こえてくるこの声もまた、昔から全く変わらないもので安心させられる。インターホンを介してそうやり取りした直後、すぐに玄関のドアが開かれた。
「お久しぶりです、朝霧さん。たまたま仕事で近くを通りかかったものですから、ご挨拶に」
「あらまぁ、わざわざありがとうねぇ~。さぁさぁ!今家に何もなくって申し訳ないんだけど、せめてお茶だけも飲んでいって!」
「そ、それじゃあお言葉に甘えて…」
僕は導かれるがままに、家の中へと足を踏み入れていく。そう、今僕が訪れたのはほかでもない、さやかの実家だ。なんの偶然か、来栖先生の自宅はさやかの実家から近い場所にあり、おかげでこうして挨拶をしに行くことができたのだった。
慣れ親しんだ廊下を通り、何度もさやかとお茶や食事をした部屋の中へと案内される。僕たちが子どもの時から全く変わらないその景色に、僕は心の中に広がる温かさを感じていた。
「それにしても珍しいわね。ずっと研究所に勤めてるつかさ君が、こっちの方に仕事で来るなんて」
「はい、僕もはじめてのことだったのでびっくりです」
「初めての事?なにか特別な仕事だったの?」
「そうなんですよ。来栖先生という研究者さんがこの近くで暮らされていて、僕と部下の二人でさっきまで来栖先生の所に取材に行っていたのです。…こんなことは今までやったことがなかったので、まぁ緊張しました…」
「あらあら、それはご苦労様だったわね(笑)」
さやかのお母様は優しい笑みを浮かべながら、僕の事をねぎらってくれる。それに対してお礼の言葉を返そうとしたその時、お母様は僕が想像していなかった言葉を発した。
「…私がさやかを健康な体に生んであげられていたら、さやかもそんな風にあちこち動き回ることができたのかしら…」
「………」
…突然、お母様はどこか寂し気に、小さな声でそう言葉を発した。それは僕に聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声の大きさだったけれど、それに対して僕はなんの言葉を返すこともできなかった…。
というのも、簡単な慰めや気休めの言葉なんて、この状況では何の意味もなさないのではないかと感じたためだ。お母様は僕たちが小さい時からずっと明るく振る舞われていたけれど、心の中にはどこかで、さやかの耳に関して罪悪感を抱き続けていたのではないだろうか…?
もしも僕の予想が当たっているなら、長きにわたって罪悪感を感じ続けていたお母様に、果たして誰が言葉だけの慰めなど行うことができるだろう。僕にはとてもそれができず、ただ部屋の中は静かな空気に満たされていった…。
「ご、ごめんなさい急に変なことを言っちゃって…。そ、そういえば!」
重くなってしまった雰囲気を変えようとされたのか、お母様は即座に話題を切り替えた。
「そういえば来栖先生って昔、この近くで本屋さんを開かれていなかったかしら?」
「え、えぇ、そうですよ。今でこそ来栖先生は研究者としてお仕事をされていますが、それ以前は個人で書店を経営されていたそうです。…もしかして、過去に面識が?」
「そうなのよ~。もう今から30年くらい前の話だけれど、私ずっとずっと原因不明の頭痛に悩まされたの。近くの病院をいろいろと回ったんだけど全然よくならなくって、毎日苦しかった…」
「そ、そんなことがあったんですか…」
「でね、少しでも何かこの頭痛の情報を調べられないかと思って、来栖さんの本屋さんに行ったの。来栖さんに相談したらすぐに一冊の本を紹介してくれて、その本を書いた先生の病院に行って診てもらったら、びっくりするくらいすぐに治ったの!あの時は本当にうれしかったわ~!」
「それはよかったです!ちなみにその時は、なにか特別な治療を受けられたんですか??」
「いえいえ、2週間くらい薬を飲んだだけで治ったの!全然副作用も出なかったし、本当に助かったわ~」
「……」
ずっとずっと慢性的な頭痛に悩まされていたけれど、2週間の薬の服用によってそれらが完治した、お母様は確かにそう言った。…けれど僕は、その話を聞いて頭の中になにか違和感を感じていた。
頭痛の原因というのは非常に多岐にわたり、その性質を一般化することはなかなか難しいとされている。けれど、それでも多くの種類の頭痛に共通することがある。
それは、一度経験した慢性的な頭痛は再発する可能性が非常に高いということだ。そしてそれゆえ、頭痛に対する治療薬は痛みを和らげる対症療法的なものが主であり、服用している間は痛みが和らげられるけれど、効き目が切れれば再び痛みが再発するケースがほとんどだ。まして、2週間程度の服用で慢性頭痛を根治させる治療薬なんて、それなりに薬を研究した僕でも聞いたことがない。
…心の中にそう疑問を感じた僕は、それをそのままお母様にぶつけてみることにした。
「ちなみに、なんという薬だったのですか?薬を研究する人間として、なんだか興味があります!」
「えぇっと、ちょっと待ってね……。もう30年くらい前の事だから、細かい説明書なんかは全部捨てちゃってるかもだけど……」
お母様は座っていた席を立ち上がると、隣の部屋に置かれていた大きなタンスの一段を開け、その中を確認していく。
「たしか、薬関係のものは全部ここに片づけてたはず…」
タンスの中をガサゴソと探索するお母様。僕はただただ心の中で、その薬にかかわる情報が発見するされることを願っていた。
その時だった。
「あ!!!あった!!!」
お母様は大きな声を上げると、タンスの奥底から一枚の紙を取り出し、僕のもとまで勢いよく駆け寄ってきた。
「これよこれ!薬袋が残ってたわ!」
薬袋。それは薬局や病院で薬を渡されるときに使用される、紙製の袋だ。今は当然中身は空っぽだけれど、そこには処方された薬の名前が克明に記載されていた。
――――
フィーレント錠10mg 1日3回
朝昼夕食後 1回1錠 14日分
――――
フィーレント錠。薬袋には確かにそう書かれていた。…しかし、そんな薬の名前を僕は一度も聞いたことがない。
これまでさやかの耳を治す薬を開発する過程で、当然いろいろな薬の勉強をたくさんしてきた。自分で言うのもなんだけれど、薬に関していえばそのあたりの薬剤師や医師よりも詳しい自信はある。…そんな僕が、一度も聞いたことのない薬…。
「…どうしたの、つかさ君?大丈夫…?」
「あ、だ、大丈夫です!それにしても30年も昔の薬袋が残っているなんて、すごいです!袋も今とは違って、なんだか年季を感じさせ……」
そう言いながら改めて薬袋をまじまじと見た僕は、さらにもう一つの違和感を感じた。よく見ればこの薬袋、保険薬剤師の印が押されていない…。
病院で薬を受け取るにしろ、薬局で薬を受け取るにしろ、基本的にそれらの薬は保険調剤を介して渡される。世間一般で言うところの、保険が下りるというやつだ。
ゆえに薬袋には必ず保険調剤を行った保険薬剤師の印が押されているはずなのだが、ここにはそれが押されていない。押されていないということは、この薬は保険でなく自費で渡されたということになる。自費で渡されるようなマイナーな薬なら、僕がこれまで名前を聞いたことがないというところにも納得がいくけれど…。
「つ、つかさ君、本当に大丈夫?もしかして何か変なことでも…」
「すみません!!これ、少しの間だけお借りしますね!!か、必ず後からお返ししますから!!」
「そ、それはいいけど…ってつかさ君!!お茶もういいの!?」
お母様への挨拶もそこらに、僕は本能のままに勢いよくさやかの実家を飛び出す。…今日得られたこれらの情報を総合的に考えた時、僕の脳裏に恐ろしい仮説が思い浮かんだからだ…。
もしも、もしも僕の脳裏にうかんだ仮説が正しかったなら、これはもはや僕とさやかだけの問題にとどまるものではなく、下手をすればこの国全体、さらには世界を巻き込むほどの大事件となる…。
家から出るや否や、僕はポケットにしまっていたスマホを取り出し、遠山に向け電話をかける。そして彼が電話に出たことを確認した後、僕はスマホ越しに彼に向けてこう叫んだ。
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