上 下
4 / 6

第4話

しおりを挟む
自分の思惑はうまく行っているものと信じて疑っていないグリスであったものの、その裏でエミリーはエルク第一王子に内密に相談に訪れていた。

「グリス第二王子様からこのような手紙が届けられていて…。当然第二王子様からの直々のお手紙ですから、私としては非常にうれしく思っているのです。でも、少しこれは強引が過ぎるというか、やりすぎだというか…」
「……」

グリスがエミリーに宛てて書いた手紙に目を通しながら、エルクは深いため息をついてみせる。

「はぁ…。エミリー、君にも迷惑をかけてしまって本当にすまないな…」
「君にも…?ほかにも誰か同じ思いをされている方がいらっしゃるのですか?」
「あぁ、実は…」

エルクはやや重い口を開きながら、グリスとソフィアの間で起こったことをありのままエミリーに対して伝えた。
エミリーは最初こそ驚きの表情を浮かべていたものの、このような手段を取ってくるグリスの姿を目の当たりにしていたためか、彼の傲慢な態度をとる姿に対して驚愕の思いは時間とともに少なくなっていった。

「そうだったんですね…。グリス様とソフィア様が婚約関係を維持できなかったというお話は聞いていましたが、まさかそんな理由があっただなんて…。最初こそまさかそんなことを第二王子様がするわけがないと思ってびっくりしてしまいましたけれど、でも今のグリス様の姿を見るとそれも本当の事だったんだと思わずにはいられませんね…」
「あぁ、そうなんだ…。そしてグリスの奴、今度は俺の幼馴染だからという理由で次の目標を君に向けたらしいんだ…」
「どうして幼馴染だという理由だけで?」
「さぁね…。ただ、ソフィアの時と同じ理由があると考えれば、想像はつく。きっとグリスの奴は、俺とエミリーが恋仲にあるものと思っているんじゃないだろう。だから君の事を僕から奪うことで、俺の心にダメージを与えられるとでも思っているんだろうさ。…ったく、どこまで俺の足を引っ張れば気が済むのか…」
「そんなことを……」

どこまでも陰湿でできの悪い弟に苦言を呈しながら、やれやれといった表情を浮かべてみせるエルク。
これまで、エルクはエルクでグリスの事を想ってサポートし続けてはいたのだが、そんな彼のサポートをすべて不意にする行為をそうとは知らずにグリスは無自覚に続けていた。
当然それは後に自分の首を絞めることとなるのだが、そんなまっとうなことにグリスが自分から気づけるはずもなく…。

「…これはもう、いよいよ俺もあいつをかばうわけにはいかなくなってきたな。ソフィアの事を追い出しただけでも怒りが収まらない思いを感じていたが、今度はエミリーにまで迷惑な話を持ち込んで…」
「…エルク様、貴族会の方でもグリス第二王子様の事は問題になっているご様子…。これ以上彼の味方をされるのは、かえって第一王子様にとっても良くないのではありませんか?」
「はぁ……」

エルクからの情けをことごとく不意にしてきたグリス。
彼がその事に後悔する感情を抱くことになるのは、それから間もなくのことだった…。

――グリスの思惑――

「な、なんでこんなことになっているんだ…?おかしいぞ…?」

グリスは困惑していた。
というのも、たった今自分が手に持っている一通の手紙は、それまでに目にしたことのないようなものだったためだ。

「貴族会からの意見書、だと…?しかもここにはエルクの印も押されている…。一体どういうことだ…?」

それはつまり、貴族会はエルクからの賛同を得てこれから先はグリスには従わなくなるという旨の通告書だった。
しかし、この国に住まう者は何人たりとも王子に付き従うものであるという考えを捨てられないグリスには、その通告書の意味がまるで分からなかった。

「な、なにを身の程知らずなことを…。なるほど、さてはエルクのやつ、僕の存在を恐れてこんなことをはじめたんだな…?自分一人の力だけじゃ僕にかなわないと思って、やむなき貴族会の力を借りることにしたというわけか…。それでこんなやり方を…」

頭の中でそう推理を行うグリスであったものの、現実にはその推理は正反対だった。
エルクは最後までグリスの事をかばおうと動いていたのだったが、ソフィアを乱暴に婚約破棄したことやエミリーに対して一方的な手紙を送り続けたことがきっかけとなり、いよいよ我慢の限界を迎えさせてしまってこうして切り捨てられる結果となってしまったのだった。

「…エルク、そっちがその気ならこっちにもやり方があるぞ…。僕には第二王子としての権限が残っているんだ。つまり、僕が本気になれば大小さまざまな貴族家や騎士たちが名乗りを上げてくれることだろう。そうなった時こそ、どちらが本当の王として相応しいのかが明らかになる…!その時を楽しみに待っているんだな…!」

なかなかに自信に満ちた表情でそう言葉を発するグリス。
しかし、すでに戦いになるような状況でなどないということが彼は全く分かっておらず、しかもその戦いもすでに完結の段階にあるということには、気づいてもいないのだった…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

公爵令息に求婚されました

ララ
恋愛
公爵令息に求婚され、それを受け入れた私。 しかし、思っていたような幸せな暮らしはそこにはなくて……

幼馴染に裏切られた私は辺境伯に愛された

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のアイシャは、同じく伯爵令息であり幼馴染のグランと婚約した。 しかし、彼はもう一人の幼馴染であるローザが本当に好きだとして婚約破棄をしてしまう。 傷物令嬢となってしまい、パーティなどでも煙たがられる存在になってしまったアイシャ。 しかし、そこに手を差し伸べたのは、辺境伯のチェスター・ドリスだった……。

偽装没落貴族の令嬢は、密偵王太子に溺愛される

保志見祐花
恋愛
没落貴族の娘として男爵候補マークに仕えたサリア。 彼が彼女を婚約者候補に選んだのは、財産目当ての利用目的だけ。 「可愛げがない」「容姿しか取り柄がない」と侮辱される日々。 しかし彼は知らなかった。 彼女が王太子の婚約者であり、マーク男爵候補を調査するため忍び込んでいる間者だということを──。 婚約破棄を言い渡された夜会の場、私は微笑みながら真実を暴く。 そして、傍らに控える使用人──王太子レオポルド様が立ち上がる! 「これにより、マーク・ランデルスの爵位授与は取り消される」 婚約破棄の裏に隠された王家の真の狙いと、悪行を暴かれる男爵候補の末路。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

【完結】クラーク伯爵令嬢は、卒業パーティーで婚約破棄されるらしい

根古川ゆい
恋愛
自分の婚約破棄が噂になるなんて。 幼い頃から大好きな婚約者マシューを信じたいけれど、素直に信じる事もできないリナティエラは、覚悟を決めてパーティー会場に向かいます。

何でも欲しがる妹を持つ姉が3人寄れば文殊の知恵~姉を辞めます。侯爵令嬢3大美女が国を捨て聖女になり、幸せを掴む

青の雀
恋愛
婚約破棄から玉の輿39話、40話、71話スピンオフ  王宮でのパーティがあった時のこと、今宵もあちらこちらで婚約破棄宣言が行われているが、同じ日に同じような状況で、何でも欲しがる妹が原因で婚約破棄にあった令嬢が3人いたのである。その3人は国内三大美女と呼ばわれる令嬢だったことから、物語は始まる。

悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。

まなま
恋愛
悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。 様々な思惑に巻き込まれた可哀想な皇太子に胸を痛めるモブの公爵令嬢。 少しでも心が休まれば、とそっと彼に話し掛ける。 果たして彼は本当に落ち込んでいたのか? それとも、銀のうさぎが罠にかかるのを待っていたのか……?

処理中です...