4 / 17
第4話
しおりを挟む
そしてさらに時間は流れ、いよいよリーウェルとの食事会の当日を迎える。
二人が招かれた食事会の場所は、王都の中でも一、二を争うほどメニューが高価な事で知られ、上流階級の人々のみが訪れることを許される、一般の庶民にはまず無縁なお店だった。
「いいエリス、絶対にリーウェル様の機嫌を損なうようなことをするんじゃないわよ?あなたはこれから彼を喜ばせることだけを考えればいいの。分かるわね?」
「……」
「ほら、これでできたわ」
マリンはエリスの後ろから彼女のドレスの支度を行いながら、この婚約を受け入れるよう静かな圧をかける。
エリスはそんなマリンに言葉を返すことはなかったが、彼女自身、この婚約を受け入れる覚悟をその心の中に固めたようだった。
「…お母様、正直に言って。本当はもう私がリーウェル様の婚約を受け入れるつもりだって返事をしているんでしょう?私にはもうこの婚約を拒否することなんてできないのでしょう…?」
エリスはいぶかしげな表情を浮かべながら、背を向けたままマリンに対しそう疑問を投げかけた。
それに対しマリンは、少しの間をおいた後、こう言葉を返した。
「…よかったわねエリス。だって婚約相手は大金持ちの御曹司なのよ?ほしいものは何だって手に入るのよ?そこらの庶民たちを見下す生活を一生続けられるのよ?大きなお屋敷の中で綺麗な服で着飾って、一流シェフの作るおいしい食べ物を毎日食べて、高級なベッドの上で心地よく眠りにつくことができるのよ?それが死ぬまで続けられるのよ?あなたはもう、この世界で最も幸せな女性になったのよ?」
マリンの言っていることは、決して間違いではないのだろう。
その証拠に、エリスにそう言葉を告げているときの彼女の表情は、それはそれはとてつもないほどの悦楽《えつらく》に満たされており、彼女が本心からその言葉を羅列しているという事を物語っていた。
「そう…、それならもういいわ…」
エリスはどこか寂し気に、マリンに対してそう言葉を返した。
そしてそれと同時に、まるで見計らったかのようなタイミングで、一人の人物が二人の待つ屋敷を訪れた。
「マリン様、エリス様、お迎えに上がりました」
「あら、ロンメルさん。いつもごくろうさま」
「恐れ入ります」
二人の元を訪れたのは、リーウェルの秘書として働いているロンメルだった。
…どういうわけか、マリンとロンメルはすでに面識がある様子。
エリスはその事にどこか不信感を抱いたものの、もはやそんなことで婚約に抵抗するほどの気力などは湧いてはこなかった。
「はじめまして、エリス様。私、リーウェル・グランの元で秘書をしております、ロンメル・レンスと申します。本日は主人の命を受け、お二人をお食事の会場までご案内させていただきます」
「は、はじめまして…。よ、よろしくお願いします…」
恭《うやうや》しい口調でそう言葉を発するロンメルの姿は、社長令息の秘書にふさわしいだけの知的な雰囲気を漂わせてはいるものの、エリスの目に映る彼の雰囲気はそれとは異なっていた。
「(なんだかこの人、裏で違う事を考えていそうな気がする…。人を見た目で判断するのはよくないんだろうけど、なんだか怖い…)」
ロンメルに対して直感的に良くない印象を抱くエリスだったものの、それだけで彼の事を否定することなどできるはずもなく、そのまま彼の言葉に従って動くほかはなかった。
「それでは、主がお待ちですので早速出発いたしましょう」
ロンメルは慣れた手つきで二人の事を迎えの馬車まで誘導し、中に乗るよう促していく。
エリスはやや気落ちする感情を抱きながらも、前を歩くマリンの後をおとなしくついて歩いていった。
そして最初にマリン、次いでエリスが迎えの馬車に乗り込み、二人が乗り込んだことを確認したロンメルはそのまま馬車先頭に設けられた、馬を先導するための席に腰かけ、そのまま会場を目指して馬を出発させたのだった。
――――
揺れる馬車の中で、再三にわたってマリンはエリスにこう声をかける。
「とにかく、早く子どもを作りなさいよ。既成事実にしてしまえば、向こうだってっ簡単にはあなたの事を捨てられなくなるんだから」
「これから婚約するっていうのに、もう破局の話…?」
「私はあなたの事を心配して言っているの。あなただって優雅でお金に困らない生活を送りたいでしょう?将来の心配事は少ない方がいいでしょう?」
「……」
「リーウェル様があなたのどこを気に入ってくださったのかはまだ分からないけど、その事は必ず聞き出すのよ?そしてそれを失わないようにするのよ?」
「もうやめてよお母様…。ただでさえ気持ちが滅入ってるのに、そんな話ばかりされたって…」
「のんきなことを言うんじゃないわエリス。私たちが貴族家として恥ずかしくない地位を維持できるかどうかは、あなたにかかってるのよ?これから先、うちが没落して笑われるようなことがあったら、全部あなたのせいだと思ってもらってもいいくらいにね」
「……」
マリンは異常に早口で、それでいてやや迫真の表情でそうエリスに言葉を羅列する。
その雰囲気はどこからどう見ても、この婚約を通じて自分も大金を手に入れ、優雅な毎日を送りたいという思惑がすけすけであった。
「…あら、もうすぐ着くんじゃないかしら?」
マリンは窓の外に移る景色を見て、目的地到着までの時間が近いことを察する。
「いいエリス。今日招かれたレストランは、たとえ貴族であっても手が出ないほどの上流のお店。エリス、絶対に失礼のないようにするのよ?リーウェル様と婚約関係になったなら、ここにだって何度も何度も来られるんですからね?」
「は、はい……」
そこまで二人が会話を終えた段階で、いよいよ目的地のレストランに馬車は到着したのだった。
二人が招かれた食事会の場所は、王都の中でも一、二を争うほどメニューが高価な事で知られ、上流階級の人々のみが訪れることを許される、一般の庶民にはまず無縁なお店だった。
「いいエリス、絶対にリーウェル様の機嫌を損なうようなことをするんじゃないわよ?あなたはこれから彼を喜ばせることだけを考えればいいの。分かるわね?」
「……」
「ほら、これでできたわ」
マリンはエリスの後ろから彼女のドレスの支度を行いながら、この婚約を受け入れるよう静かな圧をかける。
エリスはそんなマリンに言葉を返すことはなかったが、彼女自身、この婚約を受け入れる覚悟をその心の中に固めたようだった。
「…お母様、正直に言って。本当はもう私がリーウェル様の婚約を受け入れるつもりだって返事をしているんでしょう?私にはもうこの婚約を拒否することなんてできないのでしょう…?」
エリスはいぶかしげな表情を浮かべながら、背を向けたままマリンに対しそう疑問を投げかけた。
それに対しマリンは、少しの間をおいた後、こう言葉を返した。
「…よかったわねエリス。だって婚約相手は大金持ちの御曹司なのよ?ほしいものは何だって手に入るのよ?そこらの庶民たちを見下す生活を一生続けられるのよ?大きなお屋敷の中で綺麗な服で着飾って、一流シェフの作るおいしい食べ物を毎日食べて、高級なベッドの上で心地よく眠りにつくことができるのよ?それが死ぬまで続けられるのよ?あなたはもう、この世界で最も幸せな女性になったのよ?」
マリンの言っていることは、決して間違いではないのだろう。
その証拠に、エリスにそう言葉を告げているときの彼女の表情は、それはそれはとてつもないほどの悦楽《えつらく》に満たされており、彼女が本心からその言葉を羅列しているという事を物語っていた。
「そう…、それならもういいわ…」
エリスはどこか寂し気に、マリンに対してそう言葉を返した。
そしてそれと同時に、まるで見計らったかのようなタイミングで、一人の人物が二人の待つ屋敷を訪れた。
「マリン様、エリス様、お迎えに上がりました」
「あら、ロンメルさん。いつもごくろうさま」
「恐れ入ります」
二人の元を訪れたのは、リーウェルの秘書として働いているロンメルだった。
…どういうわけか、マリンとロンメルはすでに面識がある様子。
エリスはその事にどこか不信感を抱いたものの、もはやそんなことで婚約に抵抗するほどの気力などは湧いてはこなかった。
「はじめまして、エリス様。私、リーウェル・グランの元で秘書をしております、ロンメル・レンスと申します。本日は主人の命を受け、お二人をお食事の会場までご案内させていただきます」
「は、はじめまして…。よ、よろしくお願いします…」
恭《うやうや》しい口調でそう言葉を発するロンメルの姿は、社長令息の秘書にふさわしいだけの知的な雰囲気を漂わせてはいるものの、エリスの目に映る彼の雰囲気はそれとは異なっていた。
「(なんだかこの人、裏で違う事を考えていそうな気がする…。人を見た目で判断するのはよくないんだろうけど、なんだか怖い…)」
ロンメルに対して直感的に良くない印象を抱くエリスだったものの、それだけで彼の事を否定することなどできるはずもなく、そのまま彼の言葉に従って動くほかはなかった。
「それでは、主がお待ちですので早速出発いたしましょう」
ロンメルは慣れた手つきで二人の事を迎えの馬車まで誘導し、中に乗るよう促していく。
エリスはやや気落ちする感情を抱きながらも、前を歩くマリンの後をおとなしくついて歩いていった。
そして最初にマリン、次いでエリスが迎えの馬車に乗り込み、二人が乗り込んだことを確認したロンメルはそのまま馬車先頭に設けられた、馬を先導するための席に腰かけ、そのまま会場を目指して馬を出発させたのだった。
――――
揺れる馬車の中で、再三にわたってマリンはエリスにこう声をかける。
「とにかく、早く子どもを作りなさいよ。既成事実にしてしまえば、向こうだってっ簡単にはあなたの事を捨てられなくなるんだから」
「これから婚約するっていうのに、もう破局の話…?」
「私はあなたの事を心配して言っているの。あなただって優雅でお金に困らない生活を送りたいでしょう?将来の心配事は少ない方がいいでしょう?」
「……」
「リーウェル様があなたのどこを気に入ってくださったのかはまだ分からないけど、その事は必ず聞き出すのよ?そしてそれを失わないようにするのよ?」
「もうやめてよお母様…。ただでさえ気持ちが滅入ってるのに、そんな話ばかりされたって…」
「のんきなことを言うんじゃないわエリス。私たちが貴族家として恥ずかしくない地位を維持できるかどうかは、あなたにかかってるのよ?これから先、うちが没落して笑われるようなことがあったら、全部あなたのせいだと思ってもらってもいいくらいにね」
「……」
マリンは異常に早口で、それでいてやや迫真の表情でそうエリスに言葉を羅列する。
その雰囲気はどこからどう見ても、この婚約を通じて自分も大金を手に入れ、優雅な毎日を送りたいという思惑がすけすけであった。
「…あら、もうすぐ着くんじゃないかしら?」
マリンは窓の外に移る景色を見て、目的地到着までの時間が近いことを察する。
「いいエリス。今日招かれたレストランは、たとえ貴族であっても手が出ないほどの上流のお店。エリス、絶対に失礼のないようにするのよ?リーウェル様と婚約関係になったなら、ここにだって何度も何度も来られるんですからね?」
「は、はい……」
そこまで二人が会話を終えた段階で、いよいよ目的地のレストランに馬車は到着したのだった。
234
お気に入りに追加
652
あなたにおすすめの小説
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます
衿乃 光希(絵本大賞参加中)
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。
婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。
シェリーヌは16年過ごした国を出る。
生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。
完結しました。
他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。
第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。
その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。
追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。
ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。
私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。
【完結】本当に私と結婚したいの?
横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。
王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。
困ったセシリアは王妃に相談することにした。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる