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第3話
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――それから数日後の事――
「(婚約かぁ…。もうしなきゃいけないって決まっちゃってるみたいな言い方だったよね…)」
エリスは自身の部屋の窓から外を眺めつつ、先日マリンから言われたことを思い起こしていた。
「(確かに、私はお父様とお母様にここまで育ててもらった身ではあるけれど…。二人のために、婚約相手まで決められないといけないのかな…)」
リーウェルと婚約をするという話に、いまだ納得などできているはずもないエリス。
しかしその一方で、いっそのこともう受け入れてしまった方が気持ちが楽になるのではないかという思いもまた、彼女は感じていた。
「(私が婚約を受け入れれば…。全部丸く収まるっていうことだよね…。自分の好きな人と結ばれたいっていうのは、ただのわがままなんだろうか…?一応は貴族の家に生まれた身、家のためを思って相手を決めないといけないのは、仕方のないことなんだろうか…?)」
なにより、リーウェルとの婚約を受け入れてしまったなら、たったひとつ、彼女は自分の心の中で非常に大切にしていた物を捨てなければならなかった。
「(クライス…。この思いを捨てて、お別れしないといけないってことだよね…)」
エリスとクライスは、決して恋仲というわけではない。
しかし互いに恋愛感情を抱きあっているのは誰の目にも明らかであり、その事はエリスの母のマリンも知っているところであった。
クライスはエリスよりも一つ上の20歳、イラストを描くことが上手であり、明るく夢見がちな性格をしていた。
「(クライス、今は外国にイラストを描きに行ってるって言ってたっけ…。彼が戻ってきたときには、私の結婚式での晴れ姿を描いてもらおうかな…。お願いすれば、描いてくれるかな…?)」
貴族家令嬢という閉鎖的な生活を強いられる運命にあったエリスにとって、明るく活発な性格のクライスの存在は非常に大きく、今の彼女があるのはクライスの存在があったからと言っても過言ではなかった。
「(ねぇクライス、私たちが初めて会ったときの事、まだ覚えてる…?)」
その時、エリスは自身の心の中にクライスと最初に会ったときの事を思い起こしはじめる。
二人の最初の出会いは、それはそれは最悪な出会い方だった。
――――
「ちょっとエリス!そんなみっともないアクセサリーをつけたら、うちの家がまるで貧乏みたいに見られるじゃない!あなたももう15歳でしょ!ちゃんと恥ずかしくない、周りからお金持ちに見えるものをつけていきなさい!」
「お母様…。そこまでして見栄を張ったって、意味ないと思うんだけど…」
「こらエリス!マリンのいう事を聞くんだ!君がみっともないものを身に着けていたら、君だけじゃなくて私たち夫婦まで同じ目で見られるじゃないか!いいから黙って言う事を聞きなさい!」
「は、はい…」
貴族家同士の社交界に家族で行くとき、エリスの両親は決まって自分たちをよく映すことばかり気にかけていた。
周囲の貴族家からの視線を気にすることは仕方のないことなのかもしれないが、エリスにとってその事は非常にストレスに感じられていた。
「いいエリス?きちんと皆様に上品に挨拶をしてくるのよ?間違っても私たちの家が貧相にみられるようなことをしたり、言ったりしたらダメだからね?」
「はい、お母様…」
マリンはエリスにそう言葉を告げた後、夫であるトレイクと腕を組み、いかにも高価に見える安物のドレスをきらびやかに見せつけながら、会場内を散策していった。
…一人残される形となったエリスは、ややその心に憂鬱な気持ちを抱きながらも、さきほどマリンに外されたアクセサリーをポケットから再び取り出し、自身の体に身に着けた。
それは、そのアクセサリーを気に入っている彼女なりのささやかな抵抗だったのかもしれない。
するとその時、見知らぬ一人の青年が突然に彼女に声をかけた。
「ちょっといい??君にお願いしたいことがあるんだけど!」
「っ!?」
この時エリスに声をかけた人物こそ、クライス・フランであった。
ちなみにこの時、彼の年齢はエリスより一つ上の16歳である。
「あぁ、驚かせてごめんなさい!僕、クライス・フラン、この社交界でイラストを描こうと思って、飛び入りで参加させてもらったんだ!」
「そ、そうなんですか…。それで、私にお願いって…?」
「ぜひ、僕のイラストのモデルになってほしいんだ!これは君にしか頼めない!」
「モ、モデル??えっと…。な、なんで私に??」
それまで誰からもそんな言葉をかけられたことのなかったエリスは、不思議な感覚をその心の中に沸き上がらせながら、そう質問を返した。
そんなエリスからかけられた質問に、クライスは非常に明るい表情でこう答えた。
「その可愛らしいアクセサリー、それが決め手!僕と同じセンスを持ってるって一目でわかった!」
「え?…こ、これ…?」
そのアクセサリーは、エリス自身が非常に気に入っていたものだった。
ついさきほどマリンからそのアクセサリーをけなされたエリスにとって、クライスの言葉はそれだけでうれしく感じられるものだった。
「それだけじゃないよ?貴族たちの思惑がひしめき合うこの社交界の中にあって、君だけはそうじゃないように見えた。なんでって言われても困るんだけど、でも僕はそんな君の姿をイラストで表現したいんだ!」
「え、えっと…」
「いい??いいよね??」
「そ、その…」
エリスは内心、悪い気はしていなかった。
それは自分がモデルに選ばれたからではなく、クライスのような明るく自然に接してくれる男性に、これまで一人もあったことがなかったからだった。
「そ、それじゃあ…お願いします」
「ありがとう!」
エリスの発した返事を聞いて、まるでうれしくてたまらない子どものような表情を浮かべるクライス。
彼はそのままエリスから少しだけ距離を取り、自身が持っていたスケッチブックにエリスの姿を書き上げていく。
『私を描くのはいいですけど、可愛く描いてくださいね?』
『どうだろう?僕はイラストに嘘は描けないから。でも、あなたはすっごく可愛いですよ』
『!!!』
…という会話を妄想の中で行うエリスだったものの、それを本当に口にするほどの勇気がエリスにあるはずもなく、彼女はただただそわそわしながら静かに黙ってモデルに徹する他なかった。
するとその時、会場の遠くから男性の非常に大きな声がこだまする。
「「おい!!!!いたぞ!!!捕まえろ!!!」」
「やべっ!!」
その時、会場の見回りにあたっていた体の大きな男たちが突然に現れ、クライスの事を追いかけ始める。
クライスもまたその男たちに気づき、即座にその場から逃げ出す準備を整える。
そして逃げ出す直前、クライスはエリスの手にあるものを手渡した。
「これ、僕の描いたイラスト!よかったら見て!それじゃまた!」
「ええ??」
「「おい待て!!また勝手にパーティーに侵入しやがって!!今度こそ許さんからな!!」」
突然現れたかと思えば、追いかけてきた男たちに追われてそのまま逃げ出していくその姿、それはまさに嵐のようだった。
「(な、なんだったんだろう…。あんな変な人はじめて見た…。世の中には不思議な人もいるんだ…)」
それが、全く運命的でもオシャレでもない二人の出会い方だった。
まさかこの二人が今後、互いに心惹かれる存在になろうことなどとは、この時は誰にも想像できなかったことだろう…。
「(婚約かぁ…。もうしなきゃいけないって決まっちゃってるみたいな言い方だったよね…)」
エリスは自身の部屋の窓から外を眺めつつ、先日マリンから言われたことを思い起こしていた。
「(確かに、私はお父様とお母様にここまで育ててもらった身ではあるけれど…。二人のために、婚約相手まで決められないといけないのかな…)」
リーウェルと婚約をするという話に、いまだ納得などできているはずもないエリス。
しかしその一方で、いっそのこともう受け入れてしまった方が気持ちが楽になるのではないかという思いもまた、彼女は感じていた。
「(私が婚約を受け入れれば…。全部丸く収まるっていうことだよね…。自分の好きな人と結ばれたいっていうのは、ただのわがままなんだろうか…?一応は貴族の家に生まれた身、家のためを思って相手を決めないといけないのは、仕方のないことなんだろうか…?)」
なにより、リーウェルとの婚約を受け入れてしまったなら、たったひとつ、彼女は自分の心の中で非常に大切にしていた物を捨てなければならなかった。
「(クライス…。この思いを捨てて、お別れしないといけないってことだよね…)」
エリスとクライスは、決して恋仲というわけではない。
しかし互いに恋愛感情を抱きあっているのは誰の目にも明らかであり、その事はエリスの母のマリンも知っているところであった。
クライスはエリスよりも一つ上の20歳、イラストを描くことが上手であり、明るく夢見がちな性格をしていた。
「(クライス、今は外国にイラストを描きに行ってるって言ってたっけ…。彼が戻ってきたときには、私の結婚式での晴れ姿を描いてもらおうかな…。お願いすれば、描いてくれるかな…?)」
貴族家令嬢という閉鎖的な生活を強いられる運命にあったエリスにとって、明るく活発な性格のクライスの存在は非常に大きく、今の彼女があるのはクライスの存在があったからと言っても過言ではなかった。
「(ねぇクライス、私たちが初めて会ったときの事、まだ覚えてる…?)」
その時、エリスは自身の心の中にクライスと最初に会ったときの事を思い起こしはじめる。
二人の最初の出会いは、それはそれは最悪な出会い方だった。
――――
「ちょっとエリス!そんなみっともないアクセサリーをつけたら、うちの家がまるで貧乏みたいに見られるじゃない!あなたももう15歳でしょ!ちゃんと恥ずかしくない、周りからお金持ちに見えるものをつけていきなさい!」
「お母様…。そこまでして見栄を張ったって、意味ないと思うんだけど…」
「こらエリス!マリンのいう事を聞くんだ!君がみっともないものを身に着けていたら、君だけじゃなくて私たち夫婦まで同じ目で見られるじゃないか!いいから黙って言う事を聞きなさい!」
「は、はい…」
貴族家同士の社交界に家族で行くとき、エリスの両親は決まって自分たちをよく映すことばかり気にかけていた。
周囲の貴族家からの視線を気にすることは仕方のないことなのかもしれないが、エリスにとってその事は非常にストレスに感じられていた。
「いいエリス?きちんと皆様に上品に挨拶をしてくるのよ?間違っても私たちの家が貧相にみられるようなことをしたり、言ったりしたらダメだからね?」
「はい、お母様…」
マリンはエリスにそう言葉を告げた後、夫であるトレイクと腕を組み、いかにも高価に見える安物のドレスをきらびやかに見せつけながら、会場内を散策していった。
…一人残される形となったエリスは、ややその心に憂鬱な気持ちを抱きながらも、さきほどマリンに外されたアクセサリーをポケットから再び取り出し、自身の体に身に着けた。
それは、そのアクセサリーを気に入っている彼女なりのささやかな抵抗だったのかもしれない。
するとその時、見知らぬ一人の青年が突然に彼女に声をかけた。
「ちょっといい??君にお願いしたいことがあるんだけど!」
「っ!?」
この時エリスに声をかけた人物こそ、クライス・フランであった。
ちなみにこの時、彼の年齢はエリスより一つ上の16歳である。
「あぁ、驚かせてごめんなさい!僕、クライス・フラン、この社交界でイラストを描こうと思って、飛び入りで参加させてもらったんだ!」
「そ、そうなんですか…。それで、私にお願いって…?」
「ぜひ、僕のイラストのモデルになってほしいんだ!これは君にしか頼めない!」
「モ、モデル??えっと…。な、なんで私に??」
それまで誰からもそんな言葉をかけられたことのなかったエリスは、不思議な感覚をその心の中に沸き上がらせながら、そう質問を返した。
そんなエリスからかけられた質問に、クライスは非常に明るい表情でこう答えた。
「その可愛らしいアクセサリー、それが決め手!僕と同じセンスを持ってるって一目でわかった!」
「え?…こ、これ…?」
そのアクセサリーは、エリス自身が非常に気に入っていたものだった。
ついさきほどマリンからそのアクセサリーをけなされたエリスにとって、クライスの言葉はそれだけでうれしく感じられるものだった。
「それだけじゃないよ?貴族たちの思惑がひしめき合うこの社交界の中にあって、君だけはそうじゃないように見えた。なんでって言われても困るんだけど、でも僕はそんな君の姿をイラストで表現したいんだ!」
「え、えっと…」
「いい??いいよね??」
「そ、その…」
エリスは内心、悪い気はしていなかった。
それは自分がモデルに選ばれたからではなく、クライスのような明るく自然に接してくれる男性に、これまで一人もあったことがなかったからだった。
「そ、それじゃあ…お願いします」
「ありがとう!」
エリスの発した返事を聞いて、まるでうれしくてたまらない子どものような表情を浮かべるクライス。
彼はそのままエリスから少しだけ距離を取り、自身が持っていたスケッチブックにエリスの姿を書き上げていく。
『私を描くのはいいですけど、可愛く描いてくださいね?』
『どうだろう?僕はイラストに嘘は描けないから。でも、あなたはすっごく可愛いですよ』
『!!!』
…という会話を妄想の中で行うエリスだったものの、それを本当に口にするほどの勇気がエリスにあるはずもなく、彼女はただただそわそわしながら静かに黙ってモデルに徹する他なかった。
するとその時、会場の遠くから男性の非常に大きな声がこだまする。
「「おい!!!!いたぞ!!!捕まえろ!!!」」
「やべっ!!」
その時、会場の見回りにあたっていた体の大きな男たちが突然に現れ、クライスの事を追いかけ始める。
クライスもまたその男たちに気づき、即座にその場から逃げ出す準備を整える。
そして逃げ出す直前、クライスはエリスの手にあるものを手渡した。
「これ、僕の描いたイラスト!よかったら見て!それじゃまた!」
「ええ??」
「「おい待て!!また勝手にパーティーに侵入しやがって!!今度こそ許さんからな!!」」
突然現れたかと思えば、追いかけてきた男たちに追われてそのまま逃げ出していくその姿、それはまさに嵐のようだった。
「(な、なんだったんだろう…。あんな変な人はじめて見た…。世の中には不思議な人もいるんだ…)」
それが、全く運命的でもオシャレでもない二人の出会い方だった。
まさかこの二人が今後、互いに心惹かれる存在になろうことなどとは、この時は誰にも想像できなかったことだろう…。
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