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第66話

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――グロス上級公爵視点――

「よし分かった、ごくろう」

 使用人からの報告を聞き、私は心の底から安堵する。アルバスの奴、まったく驚かせやがって…。
 結局使用人から報告によれば、秘密書庫の資料は一つも持ち出されていなかった上、奴らの仲間が秘密書庫に近づいたような形跡もなかった。つまりはアルバスの早とちり、ただの奴らの苦しまぎれのでまかせだったのだ。

「ただの奴らのハッタリだったという事か…。くくく、奴らも追い詰められているようだな…」

 法院に呼び出され、奴ら心底おびえているに違いない。きっと体も心も震えてどんな作業も手についていない事だろう。くくく、作戦通りだ。
 それさえ確認できれば、もはや私の勝利も安泰というもの。あとはこちら派の法院の人間に根回しし、適当な罪状をでっちあげてソフィアを追い落とすだけの簡単な仕事…。しかし油断は禁物。前のような恥をかくわけには絶対にいかない。今度こそ逃げ道を用意せず、確実に仕留めなければならない。…これから今一度、私の味方の貴族たちにあいさつ回りをしておくか…。私は側近の一人を呼び出して指示を出す。

「…この債務、例の方法で処理しておいてくれ。手に入った金は私の味方の貴族たちに公平にくれてやれ」

「承知いたしました」

 私の指示を聞き届けた側近は、素早い動きでこの場を後にする。さすがに何度も行ってきただけあって、もう慣れた手つきだな。
 その時、側近と入れ違いにエリーゼが私の部屋を訪れる。

「公爵様ぁ、明日は私たちの勝利に間違いはないのですよねぇ?♪」

 私の体に手を添わせながら、色っぽい表情で抱き着いてくる。まったく本当に素敵な女性だな、君は…!

「ああ、もちろんだとも。奴らは結局秘密資料を掴んではいなかった。ただ虚勢を張っていただけだったんだよ」

「まぁ♪さすがグロス様、私の愛するお方…♪」

 うれしそうな声をあげながら私の胸に抱き着き、背中に手を回すエリーゼ。男心を刺激する彼女の匂いが鼻から脳へ突き抜ける。

「私は邪魔者には容赦はしない。次期皇帝の席にふさわしいのは決してシュルツなどではなく、間違いなくこの私だ。私が帝国を導く運命なのだ!」

 そう、すべては決まっていることなのだ。少しばかり遠回りしてしまったが、明日完全に決着する。その時こそ、この私が次期皇帝の座を確かなものとする瞬間だ。

「見ててくれエリーゼ、必ず私は勝つとも…帝国の未来のために、私は勝たなければならないのだ…!」

「そうですわ!私たちの上級公爵様が、負けるはずがありませんわ!」

 私たちはそのまま体を重ね、全身で愛し合ったのだった。
 …次期にエリーゼとソフィアの二人を同時に体を重ねられる日が来る…!その日が待ち遠しくてたまらない…!

「…ぐふ、ぐふふふふ…」

――――

「よし、この作業はこれで終わり…。あとは…」

 法院召致を明日に控え、私たちは最後の確認作業を行っていた。今もまた一つの資料の作成を終え、私は一息つく。私の周りでは上級さんやノーレッジさんもまた作業に当たってくれている。…けれど、そこにシュルツの姿が見えなかった。私はキョロキョロと視線をさまよわせ、彼の姿を探す。
 …時間を経ずして彼の姿をすぐに見つけられた私は、そのまま彼の隣へと歩み寄る。彼はバルコニーに立ち、月明かりに照らされながら何か考えている様子だった。

「…シュルツ?大丈夫?」

「あぁ、ソフィア。ここは夜風が気持ちいよ」

 笑みを浮かべながら、私に手招きをする彼。月光に照らされる彼の顔は、やはり凛々しく美しかった。
 私はシュルツに誘われるままに、彼の隣に立って夜風を感じる。

「…気持ちいい」

 連日連夜の作業で疲労した体を、心地よい風が癒してくれる。長い時間こもりっぱなしだったから、なおさら外の香りや吹き抜ける風が新鮮に感じられた。

「…いよいよ、明日ね…」

 少し不安な気持ちを含ませながら、私はそう口にした。決してみんなを信じていないわけではないけれど、それでもやっぱり不安になってしまう…。もしも明日上級公爵に負けたら、私たちはどうなっちゃうのかなって…
 そんな私の不安を読み取ったのか、シュルツは私の両手を自身の手で優しく包みながら、いつもの優しい笑顔で話し始める。

「ソフィア、よく聞いて。自分では気づいていないかもしれないけど、君は本当に強い人なんだよ?思い出してみて?男爵と口論をした時の事、ロワールさんとお金に関して議論をした時の事、皇帝府会議で上級公爵やエリーゼと正面から戦った時の事、虚偽告発を受けてフォルテさんたちの調査団が乗り込んできた時の事。いつも君は逃げることなく、勇敢に戦ったんだよ?」

「私が…勇敢…?」

 シュルツは大きくうなずき、言葉を続ける。

「僕は何度も君の勇敢なその姿に勇気をもらってるんだ。だから明日だって、絶対に大丈夫。君が僕の隣にいてくれる限り、僕はなんだってできるんだからね」

 シュルツの暖かい言葉を胸に受け止め、私は深く深呼吸をする。…そうじゃないか。今までだって私たちは、何度も何度も困難に直面してきた。そのたびに私たちは成長して、困難を乗り越えてきた。そんな私たちが、こんなところで終わるはずがない。

「…うん、ありがとう…!」

 私は全霊で彼に感謝の言葉を伝えた後、瞳を閉じて彼に顔を差し出した…のだけれど…

「おい、なにさぼってやがる!!」

「さぼってやがるー!!」

 …間が良いのか悪いのか、ジルクさんとルーク君に見つかってしまった。
 私たちは互いに笑いあいながら、不満げな表情を浮かべる二人の元へと戻っていった。

 …そしていよいよ、法院を舞台にした公爵との最後の戦いが幕を開ける…
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