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第62話

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「っ仕方がなかったんだ!!!!」

 アルバスさんの大きな叫び声が、付近一体に響き渡った。その声はどこか悲しそうで、悔しそうな叫び声だった。

「仕方がなかった…。言いなりになるしか…なかった…」

 言いなり?アルバスさんは今、言いなりになったって言った…?

「い、言いなりって、一体どういう…」

 私は反射的に言葉を発した。彼は一瞬だけ私と私の後ろのルーク君の方を見た後、俯きながら再び口を開いた。

「…ある日、ある人物から突然伯爵様に誘いの声がかかった…。自分の仕事の手伝いをしてはくれないか、と…」

 ルーク君も含め、ここにいる全員が彼の言葉に耳を傾ける。

「…だが…。その手伝いの内容というのは、犯罪も犯罪だった…。真面目だった伯爵様は、その申し出を断った…」

 かすかにふるえるルーク君を、私は全身で抱きしめる。

「…そしたら奴は、私に接触してきた…。このままでは伯爵家は丸ごとつぶされ、伯爵はもちろん、私も、私の仲間の臣下たちもただでは済まないと…。だから…だから私は…私は…!!!」

 アルバスさんは目に涙を浮かべ、震えながらそう話した。…彼自身も、自身の行いに思うところがあるのだろう。
 そんなアルバスさんの胸ぐらをジルクさんが強くつかみ上げ、核心を問う質問を突き付ける。

「誰だ!!!伯爵に犯罪話を持ち掛けてきたって言うその人物は!!」

 アルバスさんは涙を流しながら視線を下に落とし、答えない。…けれど彼は、不意に私とルーク君の顔を見た。それによって心境の変化があったのか、彼はゆっくりと、恐ろしそうに口を開いた。

「…グロスだ…」

 私も、ジルクさんも、ルーク君も、皆がその言葉に驚愕した。…しかしただ一人、シュルツだけはそれが分かっていた様子だった。

「やはりそうか…」

 シュルツはそう言った後、その根拠について話し始める。

「あなた宛てに送られていた伯爵の遺産の一部、あれはグロス上級公爵派の貴族を経由して送られていましたね?」

 アルバスさんは観念した様子で、否定はしなかった。…ちょ、ちょっと待ってよ…。それって…

「…そ、それじゃああなたは…。あなたは伯爵様を裏切ったの!?」

 ルーク君とともに、私はアルバスさんをにらみつける。その視線にアルバスさんは、やるせなさそうな表情を浮かべ、叫び声をあげた。

「っ仕方がなかった!!!!!!」

 こぶしを握り締め、両目から涙を流しながら、いろいろな感情が入り混じった表情で叫ぶ。

「相手は帝国でナンバー2のあのグロス上級公爵だぞ!!!いったい誰が逆らえるというんだ!!!」

 うなだれ、絶望の様子で言葉をしぼりだす。

「…あの勇敢な伯爵様でさえ、あんな事に…ううぅ…」

 アルバスさんのその悲痛な様子の前に、皆黙り込む。そして同時に、上級公爵への怒りの炎が沸々と燃え上がるのを感じた。
 …この場においてはアルバスさんへの追及はおいておき、私は次の質問を彼に投げかけた。…ルーク君とセフィリアさんにとって、絶対に知っておかなければならない事について。

「…アルバスさん。伯爵様の死の真相を、教えてください」

 アルバスさんはうつむいたまま、静かな声で私の質問に答え始める。

「…上級公爵は…。ただでさえ金遣いが荒い上に、不正に関わる仲間の貴族たちへ、賄賂を毎日のように送っていた…。だから…公爵は常にお金が不足していた…」

 そう、それはまさにロワールさんとフランツ公爵が不審に思っていたところだ。

「…そこで奴が考えたのが…『債務飛ばし』だ…」

「さ、債務飛ばし…?」

 彼の口から飛び出した聞いたことのない言葉に、私は思わず言葉を繰り返す。

「…簡単な事だ…。内通者を使って、自身の借金を自分と敵対する貴族に付け替えるだけのこと…。例えば、上級公爵がどこからか借金をして負債を抱えたとする…。その借金を、内通者を使って敵対貴族の名前に書き換える。すると自分は借金が帳消しになる上に、敵貴族はいつの間にか多額の借金をなすりつけられているってトリックだ…」

 …つまり、上級公爵はアルバスさんを脅して内通者とし、伯爵家の貴族資料を彼を使って書き換えさせた。上級公爵の抱える莫大な借金を、伯爵が正式に引き取ったという風に…。そしてそれとそのまま帳尻が合うように、上級公爵は自身の貴族資料を書き換え、結果的に上級公爵と伯爵の間で債務飛ばしが成立する…。上級公爵が湧き出るようにお金を持っている裏には、そんな非道なトリックがあったなんて…。
 それを聞いたシュルツはさらに一歩アルバスさんに詰め寄り、言葉を放つ。

「…伯爵は、あなたと上級公爵によって仕立て上げられたあの完璧な貴族資料を見せられて、絶望したというわけですか?」

 アルバスさんはゆっくり首を縦に振ってその質問に答えた後、説明を続ける。

「…上級公爵は伯爵様に、何も言わずに一人で死ねば、家族の面倒は一生見てやると約束したんだ…。それで…それで伯爵様は…」

 そ、そんなひどいことが許されていいはずがない…!!!あの上級公爵、裏でそんな事をしていたなんて…。
 彼が行った答え合わせを聞いて、私たちは全員言葉を失っていた。その沈黙はしばらくの間続き、最初にそれを破ったのはジルクさんだった。

「…それで、お前ここに何しに来たんだ?まさか今更謝りに来たわけじゃないよな…?」

「…!」

 …否定しないあたり、図星なのだろう。やはり彼は皆に罪の意識を感じていて、その感情のままにここまで来たんだ。
 うつむき沈んだ表情を浮かべるアルバスさんに、ジルクさんが強い声をかける。

「そんな情けない表情をしてる時間はない!!戦いはまだ終わってないんだぞ!!!」

 その声に私も気持ちを高ぶられ、続けて声を上げる。

「その通りです!!本当にあなたが罪の意識を感じているのなら、あなたにはまだやらなければならないことがあります!!」

 アルバスさんだけではない。私たちもまた、今度という今度は上級公爵に、相応の報いを受けさせなければいけない。
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