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第60話
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――シュルツ視点――
一人での公務を無事に終えた後、皇帝府にある一室にて、イスに腰かけながら僕はふと考えを巡らせる。ここを訪れるのはあの会議の時以来だろうか…。相変わらずここには独特の雰囲気とオーラがある。僕が皇帝となり、ソフィアが妃となったとき、この皇帝府の雰囲気は果たしてどう変わっていくのだろうか。
「お待たせしました。こちらが生前のハクト伯爵様の貴族資料になります」
そんなことを考えている間に、頼んでいた資料を速やかに用意してくれるロワールさん。さすがに仕事が早い。僕は彼に感謝の言葉を告げた後、目の前に置かれた資料に手をかけて内容に目を通していく。
彼はそんな僕の姿に疑問を投げるわけでもなく、むしろ自身も僕と同じことを考えている様子だった。
「…ロワールさん、これ…」
僕は資料の一点を指さし、ロワールさんに示す。そこには生前の伯爵の様子や態度からは考えられないほど、巨額な負債が記されていた。
「僕が知る限りハクト伯爵は非常に堅い人物で、借金をはじめとする負債などとは無縁の人です。そんな人物がこんな財政資料を提出してくるなんて、なにか怪しいとは思いませんか?」
ロワールさんも僕の言葉にうなずいて、その考えに同意してくれる。
「私も当時この資料をチェックした段階で、かなり不審だとは感じておりました。しかしそれ自体になにか虚偽の点やその他怪しい点も見受けられませんでしたので、一旦は承認することといたしました」
「…」
確かにロワールさんの言う通り、内容は怪しくはあるものの、この資料そのものに不審な点は全く見られない。貴族が借金をしたり負債を抱えたりすることなどよくある話であり、この資料だけでなにか裏があるに違いないと考えるのは早計だろう…。
しかしロワールさんはもう一言、自身の考えを追加で述べた。
「ですが、この負債の所在が明らかに不自然であることに違いはありません。シュルツ様のお考えの通り、生前の伯爵様の様子と照らしても、これは非常に怪しいと言わざるを得ません」
どうやら僕たちは同じ疑念を持っているようだ。…この謎を解き明かした向こう側には、帝国を真にむしばむ人間の存在が明らかになる…かもしれない。
いずれにしても、何らかの理由で伯爵が多額の負債を抱えていたことが分かっただけでも収穫だった。僕はもうひとつ、ロワールさんに聞きたかったことを続けて確認する。
「前にロワールさんが言っていた、グロス上級公爵の金銭の流れのほうについてはどうですか?」
僕の質問に対し、首を横に振ってこたえるロワールさん。
「様々な資料を確認いたしましたが、残念ながら進展なしです。上級公爵様には本当に裏がないのか、あるいは周到に秘密を隠されているのか…」
「…」
半ば分かってはいたものの、その報告に若干落胆する。…やはりあの男がそう簡単に尻尾を出すはずはないか…。
しかしそんな僕の姿を見てか、ロワールさんはもう一言付け加えた。
「進展はありませんが、進展につながりうる情報ならございます」
「?」
その言葉の後、ロワールさんは僕が思ってもいなかったことを話し始める。
「フランツ公爵様からの報告によれば、グロス様は帝国のどこかに秘密書庫を有しているそうなのです。そこにたどり着ければ、何かの証拠が出てくるかもしれないと」
「秘密、書庫…」
突然出てきた秘密書庫という言葉に、僕は妙な胸の高鳴りを感じた。ロワールさんは続けて説明する。
「その秘密書庫、フランツ公爵様が探って下さってはいるようなのですが、さすがにグロス様もそう簡単には教えてくれないようで…」
いくら近しい人間と言っても、そう簡単には教えてはくれないだろう…しかし…
「…しかし、希望が見えてきましたね。もしそれが本当なら、彼の行いに関して、はっきりと白黒つけることができるでしょう」
若干の笑みを浮かべながら僕はそう言った。それを聞いたロワールさんもうなずいて返事をしてくれる。彼女が頑張ってくれているというのに、僕たちが何もしないわけにはいかない。僕たちは僕たちで、できることをやらなければ。
一人での公務を無事に終えた後、皇帝府にある一室にて、イスに腰かけながら僕はふと考えを巡らせる。ここを訪れるのはあの会議の時以来だろうか…。相変わらずここには独特の雰囲気とオーラがある。僕が皇帝となり、ソフィアが妃となったとき、この皇帝府の雰囲気は果たしてどう変わっていくのだろうか。
「お待たせしました。こちらが生前のハクト伯爵様の貴族資料になります」
そんなことを考えている間に、頼んでいた資料を速やかに用意してくれるロワールさん。さすがに仕事が早い。僕は彼に感謝の言葉を告げた後、目の前に置かれた資料に手をかけて内容に目を通していく。
彼はそんな僕の姿に疑問を投げるわけでもなく、むしろ自身も僕と同じことを考えている様子だった。
「…ロワールさん、これ…」
僕は資料の一点を指さし、ロワールさんに示す。そこには生前の伯爵の様子や態度からは考えられないほど、巨額な負債が記されていた。
「僕が知る限りハクト伯爵は非常に堅い人物で、借金をはじめとする負債などとは無縁の人です。そんな人物がこんな財政資料を提出してくるなんて、なにか怪しいとは思いませんか?」
ロワールさんも僕の言葉にうなずいて、その考えに同意してくれる。
「私も当時この資料をチェックした段階で、かなり不審だとは感じておりました。しかしそれ自体になにか虚偽の点やその他怪しい点も見受けられませんでしたので、一旦は承認することといたしました」
「…」
確かにロワールさんの言う通り、内容は怪しくはあるものの、この資料そのものに不審な点は全く見られない。貴族が借金をしたり負債を抱えたりすることなどよくある話であり、この資料だけでなにか裏があるに違いないと考えるのは早計だろう…。
しかしロワールさんはもう一言、自身の考えを追加で述べた。
「ですが、この負債の所在が明らかに不自然であることに違いはありません。シュルツ様のお考えの通り、生前の伯爵様の様子と照らしても、これは非常に怪しいと言わざるを得ません」
どうやら僕たちは同じ疑念を持っているようだ。…この謎を解き明かした向こう側には、帝国を真にむしばむ人間の存在が明らかになる…かもしれない。
いずれにしても、何らかの理由で伯爵が多額の負債を抱えていたことが分かっただけでも収穫だった。僕はもうひとつ、ロワールさんに聞きたかったことを続けて確認する。
「前にロワールさんが言っていた、グロス上級公爵の金銭の流れのほうについてはどうですか?」
僕の質問に対し、首を横に振ってこたえるロワールさん。
「様々な資料を確認いたしましたが、残念ながら進展なしです。上級公爵様には本当に裏がないのか、あるいは周到に秘密を隠されているのか…」
「…」
半ば分かってはいたものの、その報告に若干落胆する。…やはりあの男がそう簡単に尻尾を出すはずはないか…。
しかしそんな僕の姿を見てか、ロワールさんはもう一言付け加えた。
「進展はありませんが、進展につながりうる情報ならございます」
「?」
その言葉の後、ロワールさんは僕が思ってもいなかったことを話し始める。
「フランツ公爵様からの報告によれば、グロス様は帝国のどこかに秘密書庫を有しているそうなのです。そこにたどり着ければ、何かの証拠が出てくるかもしれないと」
「秘密、書庫…」
突然出てきた秘密書庫という言葉に、僕は妙な胸の高鳴りを感じた。ロワールさんは続けて説明する。
「その秘密書庫、フランツ公爵様が探って下さってはいるようなのですが、さすがにグロス様もそう簡単には教えてくれないようで…」
いくら近しい人間と言っても、そう簡単には教えてはくれないだろう…しかし…
「…しかし、希望が見えてきましたね。もしそれが本当なら、彼の行いに関して、はっきりと白黒つけることができるでしょう」
若干の笑みを浮かべながら僕はそう言った。それを聞いたロワールさんもうなずいて返事をしてくれる。彼女が頑張ってくれているというのに、僕たちが何もしないわけにはいかない。僕たちは僕たちで、できることをやらなければ。
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