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第32話
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――数日前――
「ソフィア、君のおかげで、この親子を助けられるかもしれないよ!」
私の提案は、すんなり二人に受け入れられた。もちろん、失敗のリスクを承知の上で。さすがこの二人は、並の神経の持ち主ではないということを改めて実感する。
「それでは、私はすぐに向かいます」
二人に対して発した私の言葉に、ジルクさんが続く。
「…念のためだ、俺もついて行こう。シュルツ、文句はないな?」
私たちの表情を見たシュルツは笑顔を浮かべ、高らかに言った。
「もちろんだとも。うまくやってきてくれ!」
私たちはその足で、目的地を目指して馬で出発した。親子の介抱はシュルツに託し、私たちは私たちのやるべきことをやるんだ。
「しかし、ソフィアにこんな度胸があったとはな…。正直驚きだ」
馬で走る途中、ジルクさんが私に対して、やや驚いたような表情を浮かべながらそう言った。私は得意気に答えた。
「伊達に苦労を積んできてはいませんからね♪」
「ふんっ」
そんな軽口を交わしている間に、目的地の屋敷前まで到着する。屋敷の見張り員の前まで馬を走らせ、そこで馬を降りる。私の隣を歩くジルクさんは、万一の事に備えて厳戒態勢をとっている。その姿から、私にも緊張感が伝わってくる。
「こんな時間に何事だ。貴様ら、無礼という言葉を知らんのか」
至極当然のことを、見張り員の人に言われてしまう。しかし今は人命にかかわる緊急事態なのだ。
「夜分遅くに申し訳ございません。失礼なのは承知の上でございます。私はシュルツ伯爵が妃、ソフィアといいます。そしてこちらは臣下の…」
「ソ、ソフィアって…まさか…!?」
ジルクさんの紹介を待たずして、見張り員の表情がみるみる青ざめていくのが、暗い夜でも分かった。
「しょ、少々お待ちくださいっ!!!」
彼は大きな声でそう言うと、屋敷の方へ走っていく。屋敷中の明りが次々と付いて行き、あっちこっちで騒がしい音が聞こえてくる。…その後少しして、一人の人物が小走りでこちらに向かって走ってきた。
「ソ、ソフィアさん、一体いかがされました??」
他でもない、オリアス侯爵その人だ。この人こそ、私たちが今会いたかった張本人。
「こんな時間のお尋ねになってしまい、本当に申し訳ございません。ですが緊急を要する事態なのです」
私の真剣さが伝わったのか、侯爵の表情もまた引き締まる。
「…なにが、あったのですか?」
緊張感を感じながら、私は侯爵に対して説明を始める。
「私たちの領民の女性が重い感染症を発症してしまったのです。このまま治療薬が手に入らなければ、彼女は…」
そこまで告げたところで、侯爵は私の言いたいことを察した様子を見せた。
「なるほど。それで私の力を借りたいと…?」
私が頷いたことを確認した後に、侯爵は腕を組んで考え込む。…この話に了承するか否かを、考えているのだろうか…?
「ひとつ、お聞かせ願えますか、ソフィアさん」
神妙な面持ちで、私に言葉を投げる侯爵。
「はい、なんでしょうか?」
「きっとその領民の方、亡くなったとてあなた方には何の影響もないはず。それに、感染症を治療する薬は代金だってかなり高い。私に依頼をしてくることだって、あなた方にしてみればリスクの高い話です。それなのに、なぜです??」
想像していなかったその疑問に、少しびっくりする。けれど、私の答えはもう決まっている。私の隣ではジルクさんも、私が何と答えるのか耳を立てているようだった。
「私は、ずっとずっと陰湿な公爵とその妹のもとで暮らしていました。…誰からの助けを得られることもなく…」
二人とも口など挟まず、真剣な表情で私の言葉を聞いてくれている。
「そんな、凍り付いていた私の心を溶かしてくれたのは、他でもないシュルツでした。そしてそんなシュルツを育てたのは、この帝国国民のみんななんです。…つまり私は、この帝国に住む国民のみんなに助けられたのです。私はただ、その恩返しがしたい…!」
「っ!」
「…何より私は、民たちの幸せをあずかる貴族なのですから!」
私の言葉を聞き届けた侯爵とジルクさんは、なにやら互いに目配せをしているようだった。そして二人とも笑顔を浮かべて頷き、侯爵が自身の屋敷に向かって大声で叫んだ。
「おいお前たち!!!!これより、お前たちを束ねる侯爵であるこの私が直々に命を下す!!!よく聞け!!!!!!」
一帯中に響き渡るその野太い声に、屋敷中の使用人たちがこちらに振り向く。
「これより全力で中央を目指し出発する!!!邪魔立てなど無用だ!!!中央の連中の中に検問など敷くやからがおれば、いくらでも賄賂をくれてやれ!!!!いいか!最速でいくぞおぉぉぉぉ!!!!!」
「「おっ…」」
一瞬の間を置いたのち、屋敷中から返事の声がこだまする。
「「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」」
その侯爵の掛け声を受け、一斉に出発準備が進められていく。提案した私たちですら、目を点にしていたほどだった。
侯爵は私たちに向き直り、先ほどとは打って変わって冷静な口調で言葉を発する。
「このオリアス、その願い出確かに承りました。これより後は、私が責任をもって担当します。皆さまはそちらのお屋敷にてお待ちください。必ずや、明日までに…いや、今日中に薬をお届けに入れて御覧に入れましょう」
「あ、あの、え、えっと…」
侯爵のその迫力の前に、私は圧倒されて言葉が出なくなる。しかし私の言いたかったことは、ジルクさんが代弁してくれた。
「…それはもちろんありがたい…だが、なぜここまで協力してくれる?そちらにだってメリットはないはずだが…?」
私も、それを聞いてみたかった。協力してくれるのは心の底からありがたいものの、どうしてもそれだけが引っかかる。
侯爵はやや考えるような表情を浮かべた後に、自身の口を開いた。
「…さあ、なんでだろうな…俺にもよくわからんが…」
私とジルクさんは、静かに侯爵の言葉の続きを待った。
「あんたを見てると、なんだか昔を思い出してな」
「昔…ですか…?」
侯爵はどこか遠くを見つめながら、話を続ける。
「…もともとは俺も、皆を幸せにするために貴族になったんだ。そのために必死に勉強して、下げたくもない奴に頭を下げて、そうしてやっと貴族に仲間入りして、これでみんなを幸せにできると確信した…そのはずだった…だが…」
だんだんと、表情を暗くしていく侯爵。
「…貴族ってのは、思ってたほどかっこのいいものじゃなかった。反皇帝的な振る舞いや違法薬物に手を出すのは当たり前で、金銭的な不正だって日常茶飯事。それはそれは民たちの上に立つ者のやることじゃなかった」
その重々しい告白に、ジルクさんもまた険しい表情を浮かべ俯く。
「自分だけはそんな事はしないと、決めてたはずだったんだが…不正に手を染めた貴族家ほど裕福になって、真っ当な貴族家ほど困窮する一方という現実…そしてそんなある日、ついに俺は一線を越えてしまった…」
…貴族家に関係する人間ならば、それは逃れようのない残酷な現実。
「…一度超えたら、もう戻れなかった…そして気づいた時には、先日君が屋敷で見た、あの下品な貴族の完成だ…。次期皇帝をゆすれば大金が得られるんじゃないかなんて考えを持った、醜い貴族家侯爵…」
自嘲気味に笑う侯爵。…そんな彼に、私は何も言葉をかけてあげられなかった。
「…だが、先日見た君たちはまさにあの日の俺だった。さっき、君に質問をしたろ?君のあの答えが全てだったんだ。かつて俺にはできなかった事を、君たちならやってくれると、俺は確信した。自分たちの事しか考えぬ貴族連中に罰を与え、善良な帝国国民の皆の前に、明るい未来が広がる。そんな世界の実現を」
力強い表情で、侯爵が私に言った。
「だから、だから俺は全力で君たちを応援する。そのための手も時間も惜しまない。俺はそう決めたんだ」
私の横ではジルクさんが、やれやれといった表情を浮かべている。私は侯爵に右手を差し出し、彼もまたそれに答えた。
「ソフィア、君のおかげで、この親子を助けられるかもしれないよ!」
私の提案は、すんなり二人に受け入れられた。もちろん、失敗のリスクを承知の上で。さすがこの二人は、並の神経の持ち主ではないということを改めて実感する。
「それでは、私はすぐに向かいます」
二人に対して発した私の言葉に、ジルクさんが続く。
「…念のためだ、俺もついて行こう。シュルツ、文句はないな?」
私たちの表情を見たシュルツは笑顔を浮かべ、高らかに言った。
「もちろんだとも。うまくやってきてくれ!」
私たちはその足で、目的地を目指して馬で出発した。親子の介抱はシュルツに託し、私たちは私たちのやるべきことをやるんだ。
「しかし、ソフィアにこんな度胸があったとはな…。正直驚きだ」
馬で走る途中、ジルクさんが私に対して、やや驚いたような表情を浮かべながらそう言った。私は得意気に答えた。
「伊達に苦労を積んできてはいませんからね♪」
「ふんっ」
そんな軽口を交わしている間に、目的地の屋敷前まで到着する。屋敷の見張り員の前まで馬を走らせ、そこで馬を降りる。私の隣を歩くジルクさんは、万一の事に備えて厳戒態勢をとっている。その姿から、私にも緊張感が伝わってくる。
「こんな時間に何事だ。貴様ら、無礼という言葉を知らんのか」
至極当然のことを、見張り員の人に言われてしまう。しかし今は人命にかかわる緊急事態なのだ。
「夜分遅くに申し訳ございません。失礼なのは承知の上でございます。私はシュルツ伯爵が妃、ソフィアといいます。そしてこちらは臣下の…」
「ソ、ソフィアって…まさか…!?」
ジルクさんの紹介を待たずして、見張り員の表情がみるみる青ざめていくのが、暗い夜でも分かった。
「しょ、少々お待ちくださいっ!!!」
彼は大きな声でそう言うと、屋敷の方へ走っていく。屋敷中の明りが次々と付いて行き、あっちこっちで騒がしい音が聞こえてくる。…その後少しして、一人の人物が小走りでこちらに向かって走ってきた。
「ソ、ソフィアさん、一体いかがされました??」
他でもない、オリアス侯爵その人だ。この人こそ、私たちが今会いたかった張本人。
「こんな時間のお尋ねになってしまい、本当に申し訳ございません。ですが緊急を要する事態なのです」
私の真剣さが伝わったのか、侯爵の表情もまた引き締まる。
「…なにが、あったのですか?」
緊張感を感じながら、私は侯爵に対して説明を始める。
「私たちの領民の女性が重い感染症を発症してしまったのです。このまま治療薬が手に入らなければ、彼女は…」
そこまで告げたところで、侯爵は私の言いたいことを察した様子を見せた。
「なるほど。それで私の力を借りたいと…?」
私が頷いたことを確認した後に、侯爵は腕を組んで考え込む。…この話に了承するか否かを、考えているのだろうか…?
「ひとつ、お聞かせ願えますか、ソフィアさん」
神妙な面持ちで、私に言葉を投げる侯爵。
「はい、なんでしょうか?」
「きっとその領民の方、亡くなったとてあなた方には何の影響もないはず。それに、感染症を治療する薬は代金だってかなり高い。私に依頼をしてくることだって、あなた方にしてみればリスクの高い話です。それなのに、なぜです??」
想像していなかったその疑問に、少しびっくりする。けれど、私の答えはもう決まっている。私の隣ではジルクさんも、私が何と答えるのか耳を立てているようだった。
「私は、ずっとずっと陰湿な公爵とその妹のもとで暮らしていました。…誰からの助けを得られることもなく…」
二人とも口など挟まず、真剣な表情で私の言葉を聞いてくれている。
「そんな、凍り付いていた私の心を溶かしてくれたのは、他でもないシュルツでした。そしてそんなシュルツを育てたのは、この帝国国民のみんななんです。…つまり私は、この帝国に住む国民のみんなに助けられたのです。私はただ、その恩返しがしたい…!」
「っ!」
「…何より私は、民たちの幸せをあずかる貴族なのですから!」
私の言葉を聞き届けた侯爵とジルクさんは、なにやら互いに目配せをしているようだった。そして二人とも笑顔を浮かべて頷き、侯爵が自身の屋敷に向かって大声で叫んだ。
「おいお前たち!!!!これより、お前たちを束ねる侯爵であるこの私が直々に命を下す!!!よく聞け!!!!!!」
一帯中に響き渡るその野太い声に、屋敷中の使用人たちがこちらに振り向く。
「これより全力で中央を目指し出発する!!!邪魔立てなど無用だ!!!中央の連中の中に検問など敷くやからがおれば、いくらでも賄賂をくれてやれ!!!!いいか!最速でいくぞおぉぉぉぉ!!!!!」
「「おっ…」」
一瞬の間を置いたのち、屋敷中から返事の声がこだまする。
「「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」」
その侯爵の掛け声を受け、一斉に出発準備が進められていく。提案した私たちですら、目を点にしていたほどだった。
侯爵は私たちに向き直り、先ほどとは打って変わって冷静な口調で言葉を発する。
「このオリアス、その願い出確かに承りました。これより後は、私が責任をもって担当します。皆さまはそちらのお屋敷にてお待ちください。必ずや、明日までに…いや、今日中に薬をお届けに入れて御覧に入れましょう」
「あ、あの、え、えっと…」
侯爵のその迫力の前に、私は圧倒されて言葉が出なくなる。しかし私の言いたかったことは、ジルクさんが代弁してくれた。
「…それはもちろんありがたい…だが、なぜここまで協力してくれる?そちらにだってメリットはないはずだが…?」
私も、それを聞いてみたかった。協力してくれるのは心の底からありがたいものの、どうしてもそれだけが引っかかる。
侯爵はやや考えるような表情を浮かべた後に、自身の口を開いた。
「…さあ、なんでだろうな…俺にもよくわからんが…」
私とジルクさんは、静かに侯爵の言葉の続きを待った。
「あんたを見てると、なんだか昔を思い出してな」
「昔…ですか…?」
侯爵はどこか遠くを見つめながら、話を続ける。
「…もともとは俺も、皆を幸せにするために貴族になったんだ。そのために必死に勉強して、下げたくもない奴に頭を下げて、そうしてやっと貴族に仲間入りして、これでみんなを幸せにできると確信した…そのはずだった…だが…」
だんだんと、表情を暗くしていく侯爵。
「…貴族ってのは、思ってたほどかっこのいいものじゃなかった。反皇帝的な振る舞いや違法薬物に手を出すのは当たり前で、金銭的な不正だって日常茶飯事。それはそれは民たちの上に立つ者のやることじゃなかった」
その重々しい告白に、ジルクさんもまた険しい表情を浮かべ俯く。
「自分だけはそんな事はしないと、決めてたはずだったんだが…不正に手を染めた貴族家ほど裕福になって、真っ当な貴族家ほど困窮する一方という現実…そしてそんなある日、ついに俺は一線を越えてしまった…」
…貴族家に関係する人間ならば、それは逃れようのない残酷な現実。
「…一度超えたら、もう戻れなかった…そして気づいた時には、先日君が屋敷で見た、あの下品な貴族の完成だ…。次期皇帝をゆすれば大金が得られるんじゃないかなんて考えを持った、醜い貴族家侯爵…」
自嘲気味に笑う侯爵。…そんな彼に、私は何も言葉をかけてあげられなかった。
「…だが、先日見た君たちはまさにあの日の俺だった。さっき、君に質問をしたろ?君のあの答えが全てだったんだ。かつて俺にはできなかった事を、君たちならやってくれると、俺は確信した。自分たちの事しか考えぬ貴族連中に罰を与え、善良な帝国国民の皆の前に、明るい未来が広がる。そんな世界の実現を」
力強い表情で、侯爵が私に言った。
「だから、だから俺は全力で君たちを応援する。そのための手も時間も惜しまない。俺はそう決めたんだ」
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