上 下
30 / 67

第30話

しおりを挟む
「伯爵様!何卒お助けを!伯爵様!」

 時間はすでに深夜だというのに、屋敷の門の前で誰かが叫んでいる。私もシュルツもその声に飛び起き、何事かと顔を見合わせる。

「訪れてきた人物はどうやら、この領地内の民のようだが…」

 遠目に様子を見てきたらしいジルクさんが、私たちにそう告げた。

「とにかく今は、会ってみるしかないだろう。他でもない、伯爵たる私の大切な民であるならば尚更だ」

 シュルツのその言葉に、ジルクさんはやや否定的に返事をする。

「しかし、敵の伏兵かもしれん…。どこからかお前が次期皇帝だという事を聞きつけて、暗殺に来た可能性も考えられる」

 …正直私も、その可能性を心配していた。私が知る限り、こんな深夜に貴族家を訪れる民など聞いたことがないからだった。しかしシュルツは、不安を浮かべる私たちに対して笑顔で答えた。

「その時は、お前が私たちを助けてくれるんだろう?ジルク」

「無論だとも」

「なら、やることは決まっているさ。助けを求めている民を助けなくて、伯爵など務まるものか」

 シュルツの言葉に、私も力強くうなずく。私たちは急ぎ、屋敷の門前へと向かった。

「伯爵様!何卒お助けを!!!」

「っ!?」

 訪ねてきた人物の姿を見て、私は驚愕した。両手両膝を地に付きシュルツに懇願するその人は、私と同じくらいの歳の女性だった。…その姿はまるで、向こうにいた時の私のようだった。

「どうなさいました?なにがあったのですか?」

 シュルツが優しく問いかける。その女性は涙目になりながらも、凛々しい様子で言葉を放った。

「私の母が…たった一人の家族である母が、重い病気なのでございます…知り合いの治癒師に診てもらっても、ここではどうする事もできないと…。中央にさえ行けば、特効薬が手に入るとのことなのですが、私にはどうすることもできず…」

 涙ながらにそう懇願する彼女は、彼女は再び頭を下げ、大きな声で叫んだ。

「伯爵様!!どうかお願いします…母を…どうか…!!」

 その姿を目に焼き付けたシュルツが、冷静に返事をする。

「事情は理解しました。少しばかり、お時間を」

 シュルツはそう言うと彼女の前から下がり、私とジルクさんに手招きする。私たち3人が集まったところで、シュルツが口を開いた。

「中央には、認められたものしか立ち入ることを許されない。彼女はきっと、考えうるすべての事を試したが、どうしてもだめで、それでここまで来たのだろう…」

 私とジルクさんは、それに頷く形で返事をする。彼女の焦りようやその身なりを見れば、誰もがそう納得する。

「私の立場を利用すれば、特効薬など難なく手に入る。しかし…」

 口をつぐんだシュルツのその先の言葉を、代わってジルクさんが続ける。

「それをしてしまうと、噂話は瞬く間に広がっていき、もはや次期皇帝の立場を隠す事は出来なくなるだろう」

「そ、そんな…」

 助けられる薬が存在しているのに、それを使えない。こんなに悔しいことがあるだろうか。

「シュルツ、助けてあげようよ!早くしないと手遅れになっちゃう…!」

「もちろん、僕もそうしたいんだけれど…」

 私の訴えに警告するように、ジルクさんが口を開く。

「シュルツは立場上、中央に信頼に足るような知り合いを作っていない。もしやるなら、自分自身でやることになる」

「…っ!」

 …それぞれの思いが交錯し、なかなか答えが出ない。…こうしている間にも、彼女の母親は病魔にむしばまれているというのに…
 …そんな時、不意に私の頭の中に一つの可能性が浮かんだ。私は実現の可能性も思案せず、ただ感情のままにその考えを二人に発した。

「あ、あの!こういうのはどうでしょうか…!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生聖女のなりそこないは、全てを諦めのんびり生きていくことにした。

迎木尚
恋愛
「聖女にはどうせなれないんだし、私はのんびり暮らすわね〜」そう言う私に妹も従者も王子も、残念そうな顔をしている。でも私は前の人生で、自分は聖女になれないってことを知ってしまった。 どんなに努力しても最後には父親に殺されてしまう。だから私は無駄な努力をやめて、好きな人たちとただ平和にのんびり暮らすことを目標に生きることにしたのだ。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます

との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。 (さて、さっさと逃げ出すわよ) 公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。 リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。 どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。 結婚を申し込まれても・・ 「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」 「「はあ? そこ?」」 ーーーーーー 設定かなりゆるゆる? 第一章完結

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~

すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。 幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。 「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」 そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。 苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……? 勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。 ざまぁものではありません。 婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!! 申し訳ありません<(_ _)>

処理中です...