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第30話
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「伯爵様!何卒お助けを!伯爵様!」
時間はすでに深夜だというのに、屋敷の門の前で誰かが叫んでいる。私もシュルツもその声に飛び起き、何事かと顔を見合わせる。
「訪れてきた人物はどうやら、この領地内の民のようだが…」
遠目に様子を見てきたらしいジルクさんが、私たちにそう告げた。
「とにかく今は、会ってみるしかないだろう。他でもない、伯爵たる私の大切な民であるならば尚更だ」
シュルツのその言葉に、ジルクさんはやや否定的に返事をする。
「しかし、敵の伏兵かもしれん…。どこからかお前が次期皇帝だという事を聞きつけて、暗殺に来た可能性も考えられる」
…正直私も、その可能性を心配していた。私が知る限り、こんな深夜に貴族家を訪れる民など聞いたことがないからだった。しかしシュルツは、不安を浮かべる私たちに対して笑顔で答えた。
「その時は、お前が私たちを助けてくれるんだろう?ジルク」
「無論だとも」
「なら、やることは決まっているさ。助けを求めている民を助けなくて、伯爵など務まるものか」
シュルツの言葉に、私も力強くうなずく。私たちは急ぎ、屋敷の門前へと向かった。
「伯爵様!何卒お助けを!!!」
「っ!?」
訪ねてきた人物の姿を見て、私は驚愕した。両手両膝を地に付きシュルツに懇願するその人は、私と同じくらいの歳の女性だった。…その姿はまるで、向こうにいた時の私のようだった。
「どうなさいました?なにがあったのですか?」
シュルツが優しく問いかける。その女性は涙目になりながらも、凛々しい様子で言葉を放った。
「私の母が…たった一人の家族である母が、重い病気なのでございます…知り合いの治癒師に診てもらっても、ここではどうする事もできないと…。中央にさえ行けば、特効薬が手に入るとのことなのですが、私にはどうすることもできず…」
涙ながらにそう懇願する彼女は、彼女は再び頭を下げ、大きな声で叫んだ。
「伯爵様!!どうかお願いします…母を…どうか…!!」
その姿を目に焼き付けたシュルツが、冷静に返事をする。
「事情は理解しました。少しばかり、お時間を」
シュルツはそう言うと彼女の前から下がり、私とジルクさんに手招きする。私たち3人が集まったところで、シュルツが口を開いた。
「中央には、認められたものしか立ち入ることを許されない。彼女はきっと、考えうるすべての事を試したが、どうしてもだめで、それでここまで来たのだろう…」
私とジルクさんは、それに頷く形で返事をする。彼女の焦りようやその身なりを見れば、誰もがそう納得する。
「私の立場を利用すれば、特効薬など難なく手に入る。しかし…」
口をつぐんだシュルツのその先の言葉を、代わってジルクさんが続ける。
「それをしてしまうと、噂話は瞬く間に広がっていき、もはや次期皇帝の立場を隠す事は出来なくなるだろう」
「そ、そんな…」
助けられる薬が存在しているのに、それを使えない。こんなに悔しいことがあるだろうか。
「シュルツ、助けてあげようよ!早くしないと手遅れになっちゃう…!」
「もちろん、僕もそうしたいんだけれど…」
私の訴えに警告するように、ジルクさんが口を開く。
「シュルツは立場上、中央に信頼に足るような知り合いを作っていない。もしやるなら、自分自身でやることになる」
「…っ!」
…それぞれの思いが交錯し、なかなか答えが出ない。…こうしている間にも、彼女の母親は病魔にむしばまれているというのに…
…そんな時、不意に私の頭の中に一つの可能性が浮かんだ。私は実現の可能性も思案せず、ただ感情のままにその考えを二人に発した。
「あ、あの!こういうのはどうでしょうか…!」
時間はすでに深夜だというのに、屋敷の門の前で誰かが叫んでいる。私もシュルツもその声に飛び起き、何事かと顔を見合わせる。
「訪れてきた人物はどうやら、この領地内の民のようだが…」
遠目に様子を見てきたらしいジルクさんが、私たちにそう告げた。
「とにかく今は、会ってみるしかないだろう。他でもない、伯爵たる私の大切な民であるならば尚更だ」
シュルツのその言葉に、ジルクさんはやや否定的に返事をする。
「しかし、敵の伏兵かもしれん…。どこからかお前が次期皇帝だという事を聞きつけて、暗殺に来た可能性も考えられる」
…正直私も、その可能性を心配していた。私が知る限り、こんな深夜に貴族家を訪れる民など聞いたことがないからだった。しかしシュルツは、不安を浮かべる私たちに対して笑顔で答えた。
「その時は、お前が私たちを助けてくれるんだろう?ジルク」
「無論だとも」
「なら、やることは決まっているさ。助けを求めている民を助けなくて、伯爵など務まるものか」
シュルツの言葉に、私も力強くうなずく。私たちは急ぎ、屋敷の門前へと向かった。
「伯爵様!何卒お助けを!!!」
「っ!?」
訪ねてきた人物の姿を見て、私は驚愕した。両手両膝を地に付きシュルツに懇願するその人は、私と同じくらいの歳の女性だった。…その姿はまるで、向こうにいた時の私のようだった。
「どうなさいました?なにがあったのですか?」
シュルツが優しく問いかける。その女性は涙目になりながらも、凛々しい様子で言葉を放った。
「私の母が…たった一人の家族である母が、重い病気なのでございます…知り合いの治癒師に診てもらっても、ここではどうする事もできないと…。中央にさえ行けば、特効薬が手に入るとのことなのですが、私にはどうすることもできず…」
涙ながらにそう懇願する彼女は、彼女は再び頭を下げ、大きな声で叫んだ。
「伯爵様!!どうかお願いします…母を…どうか…!!」
その姿を目に焼き付けたシュルツが、冷静に返事をする。
「事情は理解しました。少しばかり、お時間を」
シュルツはそう言うと彼女の前から下がり、私とジルクさんに手招きする。私たち3人が集まったところで、シュルツが口を開いた。
「中央には、認められたものしか立ち入ることを許されない。彼女はきっと、考えうるすべての事を試したが、どうしてもだめで、それでここまで来たのだろう…」
私とジルクさんは、それに頷く形で返事をする。彼女の焦りようやその身なりを見れば、誰もがそう納得する。
「私の立場を利用すれば、特効薬など難なく手に入る。しかし…」
口をつぐんだシュルツのその先の言葉を、代わってジルクさんが続ける。
「それをしてしまうと、噂話は瞬く間に広がっていき、もはや次期皇帝の立場を隠す事は出来なくなるだろう」
「そ、そんな…」
助けられる薬が存在しているのに、それを使えない。こんなに悔しいことがあるだろうか。
「シュルツ、助けてあげようよ!早くしないと手遅れになっちゃう…!」
「もちろん、僕もそうしたいんだけれど…」
私の訴えに警告するように、ジルクさんが口を開く。
「シュルツは立場上、中央に信頼に足るような知り合いを作っていない。もしやるなら、自分自身でやることになる」
「…っ!」
…それぞれの思いが交錯し、なかなか答えが出ない。…こうしている間にも、彼女の母親は病魔にむしばまれているというのに…
…そんな時、不意に私の頭の中に一つの可能性が浮かんだ。私は実現の可能性も思案せず、ただ感情のままにその考えを二人に発した。
「あ、あの!こういうのはどうでしょうか…!」
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