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第29話

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 侯爵の一件がなんとか無事に終わり、私たちは作戦がうまくいったことにほっとしていた。

「それにしてもまさか、だまし料理を使ったトリックとはな…。話には聞いたことはあるものの、本当に作れる人間がいたとはな…」

「そうだろうそうだろう♪僕のソフィアはすごいだろう?♪」

「も、もう…シュルツったら…」

 シュルツが得意気に、私の自慢をジルクさんにしている。シュルツってば自分の事のように嬉しそうに話をするものだから、なんだか恥ずかしさと申し訳なさが同時に心に来る…

「それにしても、よく知ってたな。ブレンシアの味と食感を似せる食材の組み合わせんて…」

「は、はい…。向こうにいた時に、ちょっと…」

 私が少しだけ沈んだ表情になるのを、二人とも見逃さない。私のその言葉だけで、あまり思い出したくない出来事があったのだろうと、察してくれているようだった。

「…あの二人の事だ。どうせ、客人をもてなすのに高級な食材を用意する金がないから、なんとかしろってお前に言ってきたってんだろ?用意できなかったらお前のせいにするって脅しでも入れて」

 そのジルクさんの言葉に、私は頷いて返事をする。二人ともまた一段と、あの二人に呆れた表情を浮かべる。

「なぁシュルツ、前から聞きたかったんだが、お前あの二人をどうするつもりなんだ?」

 ジルクさんのその問いに、シュルツは瞳を閉じて腕を組み、少し間をおいて返事をした。

「…仮にも二人は、臣民を束ねる公爵とその妹。これまでの行いを反省して、これ以上罪を重ねないというのなら、ここまでにしてあげてもいいと思ってる」

 シュルツのその返事に、ジルクさんがかみつく。

「おいおい、良いのかよ。あんなにソフィアを傷つけたやつらを放っておいて…」

 ジルクさんはそう言葉を発すると、私の方へと視線を移した。私は彼に視線を合わせると、やや重い口を開いた。

「…確かに私は、あの二人を心の底から憎んでいました…ですがここに来て、こうして皆さんと一緒に楽しくお話をして、一緒にお食事をしていく中で、空っぽだった私の心がどんどん暖かさで満たされていって…生まれて初めて幸せを実感して…そんな毎日を過ごす中で、二人への憎しみはどんどん消えていったんです。…完全にゼロ、というわけではありませけれど…」

「ソフィア…」

「…」

 二人とも真剣なまなざしで、私の言葉を聴いてくれている。

「…だから私も、シュルツと同じなんです。二人が反省して心を入れ替えるというのなら、私も二人を許してもいいと考えています…」

 …本当にそう思っているのかは、正直なところ自分でも分からない。…やっぱり私は、お人好しが過ぎるんだろうか…?

「だが」

 その時不意に、シュルツが強い口調で言葉を放つ。

「もしも再びソフィアを傷つけようとしたなら、今度は容赦はしない。徹底的に叩き潰すまでだ」

 彼はそう言うと、私の方に右手を差し出す。私もまたそれにこたえ、彼の右手に自身の右手を添える。

「…はいはい、相変わらず仲のよろしい事で」

 そう言って背中を向けるジンさんを見て、二人で微笑み合う私たちであった。

――――

「ソフィアさん、ここはどうすればいいかな?」

「えっと、これはですね…」

「ソフィアさーん、こっちもお願いですー!」

「は、はーい!」

 …私の作る料理が信じられないほどの美味しさだと、いつのまにか近隣の人たちに話が広がってしまい、こうして私の料理教室が開かれるなんてことになってしまった。こういったことに全く慣れていない私には、体力的にしんどい事ではあったものの、不思議と疲れは感じず、むしろこの雰囲気に心地良ささえ感じていた。

「…なるほど、果実の余った皮をそういう風に使うんだ…!」

「これすっごい美味しいよお母さん!うちでも作ろ!」

 集まってくれた方は高齢の方から小さな子どもまで、非常に幅広い。私には人前で何かをした経験なんてこれっぽっちもないので、自分でも戸惑いを隠せない。だけど…

「お姉さんこれ!前のお礼だよ!」

「わ、わたしに…?」

 大人の方をはじめ子どもたちまでもが、こうして心のこもったお返しをしてくれる。それはもう、私にはもったいないほどのものだった。

「なんだよ伯爵ぅ~。あんなすごい人がいるんなら、早く言ってくれよなぁ~」

「全くだぜ。お前はいっつも秘密主義なんだからよ~」

 同じ地方貴族の知人の方々が、シュルツに言葉をかける。中央貴族から差別される者同士、彼らの親交は深い。

「まぁまぁ、そう言うなって」

 少し笑いながら、シュルツは彼らに答える。彼らはシュルツの正体をまだ知らないけれど、知ったとしても、きっとこの仲はこれからも続いていくことだろう。

「ソフィアさん、ソフィアさん!」

 不意に後ろから、誰かに話しかけられる。

「は、はいっ!」

 振り向いてみると、私と同じ地に住む年上の女性が笑みを浮かべながら立っていた。

「聞いたわよ!あなたあのむかつく偉そうな侯爵をしてやったんだって??すごいじゃない!!」

 この人は確か、地方貴族の使用人の方だ。

「い、いえっ、私はそんな大したことはっ…」

「謙遜しなくてもいいのよ。ああいう偉そうな奴にはみんなむかついていて、いつか痛い目見せてやろうって思っていたんだもの!」

 その方は力強く、優しく微笑みながら、私に言葉を続ける。

「地方貴族の心意気ってやつかしらね??あなたのおかげで、私も勇気がもらえたわ!!」

 自分では全くそんな大きなことをやった自覚はないのだけれど、その彼女の言葉に、どこか嬉しさを覚える。

「…ねぇソフィアさん。ここは中央に見下される辺境地。それゆえにみんな大変な思いをしているけれど、あなたがこの地方まで来てくれたことが、私たちの唯一の救いね♪」

「???」

 その女性はそう言い終えると、上品に一礼をして去っていった。

「…私なんかが、みんなの救いに…?」

 彼女が言ったその言葉をかみしめていた時、後ろにいた子供たちが私に声をかける。

「おねえちゃーん!次は一緒に遊ぼーよー!」

「わたしもわたしも!!」

 数人の子どもたちに手を引かれ、足を進める私。私にはその光景がとてもまぶしく、暖かく感じられた。
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