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第92話

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「皆様、突然押しかけてしまって申し訳ございません。無関係な私がどうしてこの場に押しかけてきたのかとお思いの事とお見受けしますが、それにはある理由がございまして…」 

 レリアは申し訳なさそうな雰囲気を漂わせながらそう言うと、ライオネルに向かって言葉をつづけた。

「…ライオネル上級伯爵様、クライム様は恥ずかしがってあなた様にまだお伝えしていないことと思いますが、もうすでに私たちの婚約関係は確かなものとなっているのです」
「そ、そんなばかな…!?(あ、ありえない!!クライムにシャルナとの婚約を手配してやると言った時、あいつは喜んで受け入れていたじゃないか!!あ、あれが演技だったとでもいうのか!?)」
「ライオネル様がこちらに向かわれたという話を聞いて、私は瞬時に察したのです。きっとクライム様とシャルナ様との関係を交渉されに向かわれたのだと…。ですが、それはもう意味をなさないことなのです。なぜならクライム様はすでに私と婚約しており、これ以上なにを話し合う必要もないのですから。ですからこうして、あなた様を追いかける形でここまで来させていただきました」
「っ!?」

 はっきりとした口調でそう言い放つレリアは自身に満ち溢れており、とてもうそを言っているようには感じられない。…いや、そもそもここまで乗り込んでくるような大それた手段をとってきた時点で、間違いなく彼女の言っていることは事実なのだろう。ここにいる誰もが、そう思わずにはいられなかった。
 中でもライオネルはレリアに大きく動揺させられており、彼は頭を抱えながらその心の中に焦りの色を隠せなかった。

「(ク、クライムのやつ余計なことを…!どうしてシャルナでなくレリアを婚約相手に選ぶなどと…!ま、まさかあいつ重婚でもするつもりなのか!?あ、相手は財閥令嬢なのだぞ!?婚約者を一人しかとらないという誠意を見せることで、相手の心を動かそうとしていたというのに、重婚など考えてはすべてが無駄になるではないか…!ど、どうしてそんなこともわからないんだ…!)」

 そしてその一方、レリアは頭を抱えるライオネルの姿を見ながら心の中でこう思っていた。

「(ふぅー、危ない危ない…。あやうく二人の婚約が決まってしまうところだったわ…。なにが財閥令嬢との政略結婚よ……そんなの絶対実現させてたまるものですか。せっかく伯爵家に入り込むことができたのに、そんなことをされたら私の影響力が半減してしまうじゃない。婚約者は私一人だけで十分なのだから)」

 彼女は伯爵家側の人間でありながら、ライオネルの計画を全く快く思ってはいなかった。

「(偶然この話が部屋の中から聞こえてきたのは幸運だったわね。もしもあれを聞き逃していたら、今頃どうなっていたかわからないもの。やっぱり神様は私の事を愛してくれているんだわ♪)」

 そう、かつてライオネルの部屋の前で聞き耳を立てていた人物は、ほかでもないこのレリアであった。彼女はその時にライオネルがクライムとシャルナの政略婚約を結びたがっていることを知り、それを阻止するべくここまで乗り込んできたのだった。

「(クライム伯爵からは『シャルナとの婚約は形だけのもの』って聞いてたから安心してたけど、ライオネル様は本命のつもりだったのね…。まったく、油断も隙もないわ)」

 その時、これまで静かに状況を見守っていたアーロンがゆっくりとイスから立ち上がり、レリアに向けて言葉を発した。

「レリア様、はじめましてではありますが、クライム伯爵様とのご婚約、誠におめでとうございます」
「あら、ありがとうございます♪」
「あなた様のようなお美しい女性が婚約相手とは、クライム様もきっと心からお喜びのことでしょう。我がカタリーナ家の代表として、お祝いの言葉を送らせていただきます」
「うふふ、それはうれしいわ。これからもよろしくお願いしますね、アーロン様♪」

 二人は互いに笑みを浮かべあいながら、それでいてどこか緊張感を放ちながら丁寧に挨拶を行った。そのやりとりは、レリアとクライムの婚約をカタリーナ家が受け入れたことに等しく、もはやライオネルの計画はとん挫したと言わざるを得ない状況になっていた。
 レリアとのあいさつを終えたアーロンは再びライオネルに向き合うと、まるで降伏を促す指揮官のような雰囲気で言葉を発した。

「ライオネル様、少し前にあなた様がここで発した、伯爵家が総力を挙げてラルク殿を抹殺するというあの言葉。レリア様とクライム様のめでたき知らせに免じて、忘れて差し上げることにいたしましょう。ですので、シャルナとの話はもうあきらめてください。よろしいですね?」
「ぐっ……」

 ライオネルは即座には言葉を返せず、静かに顔を伏せるほかなかった。ラルクの身を危険にさらすという手段で順調に進んでいた交渉であったが、レリアの登場によってすべてが無駄となった。…これ以上ラルクを脅しに使ったところで、すでに二人の婚約が決まっているのなら何の意味もない。

「ライオネル様!!誓ってください!!ラルク様に危ないことなんてしないと!」

 アーロンに続き、シャルナもまたライオネルに言葉を発した。その口調は力強く、彼女がどれほどラルクの事を思っているのかを感じさせる。
 しかし、ライオネルは素直に首を縦に振ることはしなかった…。

「………もう遅い…!!」
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