上 下
78 / 98

第78話

しおりを挟む
 セイラへの再攻撃やシャルナとの政略結婚を目論むクライム、そして今よりもさらに上の権力の掌握を目論むレリアの二人を中心として、伯爵家は大きく揺れ動いていた。
 そしてそんな彼らの動きを知らせるかのように、今日もまたラルクのもとには助けを求めて駆け込む人々が現れていた。

「ラルク様、なんとかお助けいただけませんでしょうか…。ファーラ様からラルク様に伯爵様が変わられてからというもの、私の娘を自分のもとに差し出せという脅迫文がひっきりなしに送り付けられているのです…」

 そう、クライムは伯爵という立場のもとに無数の側室を取ることを画策し、自分が気に入った見た目をしている相手に片っ端からこのような手紙を送り付けていた。
 ラルクは差し出された手紙を受け取り、その内容を読み上げる。彼の隣ではセイラもまた手紙の内容に目を向けていた。

「なになに…。『喜べ、お前が愛情をかけて育て上げたセレッサは、これより伯爵であるこの俺の側室として預かることに決めた。早急に支度をせよ。なお、断ることは許されない』…ねぇ…」
「(ファーラ様からクライム様に伯爵位が移っているというのはオクト様から聞いていたけれど、これを見る限り人間性は何も変わっていないみたい…)」

 さすがは兄弟、といった様子でため息をつくセイラに対し、ラルクはなにやらふっふっふと怪しげな笑い声をあげた。

「…なんですかお兄様?」
「ふっふっふ…。こんな脅迫めいた手紙を送り付けてくるということは、男として自分に自信がないなによりの証拠…。僕ならば、自分の魅力を全霊をかけて相手にぶつけ、惚れさせてみせるね♪」
「……は?」

 普段通りのどや顔でそう言葉を漏らすラルクの事を、いぶかしげに見つめるセイラ。しかしそんなラルクの言葉を聞いて、依頼人の男は体を震わせはじめ…。

「さ、さすがはあのファーラ伯爵をも倒したと目されるラルク様!!なんと男らしい方なのでしょう!!その自信に満ち溢れた美しき雰囲気!!まことに素晴らしい!」
「…やはり、わかってしまいますか…。本当は隠しておきたかったのですが…(キラッ」

 ファーラを倒したと言えるセイラの方なのだが、こうなる展開はこれまでと相変わらず。それをさも自分がやり遂げたかのように演出するラルクは、まさに千両役者と言える。

「隠されることなどできませんとも!私はあなたのような方にこそ娘をもらっていただきたく」
「ちょ、ちょっと待ってください!!話がずれてますから!!」

 …これ以上持ち上げられたら、またラルクが調子に乗ってしまう…。そう考えたセイラは全力でそれを阻止しにかかった。…もっとも、もうすでに手遅れである様子もあるが…。

「ご安心ください!あなたの愛する大切なご令嬢は、このラルクが責任をもってお守りいたしましょう!」
「おお!!」
「この僕を前にして、貴族も盗賊も、果ては魔獣に至るまで尻尾を巻いて逃げ出していったのです。僕にはが味方しているのですから、うまくいかないはずはございません!」
「おおぉぉぉぉ!!!!」
「そしてフィナーレには……ご令嬢の心さえも、僕はつかんで御覧に入れましょう♪」
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 胸を張って堂々とそう言い放ったラルクの姿に、依頼人の男はすっかり心を奪われている様子。形式的に嘘は言っていないとはいえ、ここまで自分を大きく見せられるのはもはや才能だろう。

「(お、お兄様……。そ、その自信は一体どこから……)」

 恥ずかしさからか、それともいたたまれなさからか、セイラはその場でがっくりとうなだれる。そんな彼女の近くでは、二人の男たちが熱い熱い抱擁を行っているのだった…。

――――

 依頼人の男はうっきうきな様子で二人に挨拶をした後、帰路に就いたのだった。彼を見届けた後、セイラはジト目でラルクの事を見つめ、言葉を放った。

「あんなことを言ってしまって、ほんとに大丈夫なのですかお兄様?相手は貴族家の中でも影響力の大きい、伯爵家ですよ?」
「くっくっく…。セイラ、相手が強ければ強いほど、この僕の力はより強力なものになっていくのだよ…!今までだってそうだったじゃないか…!」
「(今まで…?。騎士様の前では泣き出しそうになってたし、魔獣の前では一瞬で気絶していたような…)」
「これはまたなにか、もう一波乱起きる気がするぞ…!魔獣の一件で終わってしまったんじゃないかと心配していたけれど、そんなものは無用だったようだ…!」
「なにを心配していたんですか?」
「このまますんなり終わてしまったら、僕のファンが増えないじゃないか!!それは困る!僕はもっと人気者になりたい!!」
「はぁーーー………」

 どこまでも能天気でお気楽なラルクの前に、セイラはどでかいため息をついてうなだれる。そんな彼女の姿を見て、ラルクはそれまでとは少し違った口調でこう言った。

「なにも心配はいらないさ。さっきもいっただろう?僕の隣には常に、さまがついているのだから♪」

 ラルクは優しくそう言うと、隣でうなだれていたセイラの頭をぽんぽんとたたいた。セイラは言葉を返さなかったものの、その表情はどこか嬉しそうであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

処理中です...