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第63話
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伯爵家が大きく揺れていたその一方で、セイラたちの屋敷もまた大きく揺れつつあった。というのも…
「…どういうつもりだいシャルナ?いきなり婚約式典の場からいなくなったかと思えば、こんな何の魅力もない屋敷で生活しているなど…。君をそんな親不孝者に育てた覚えはない」
「お父様!私を助けてくださったセイラ様の前で、なんて失礼なことを!」
「何をか違いしているのかは知らないけれど、君を助けられるのはほかでもない、君の父であるこの僕だけだ!君は僕に言われたとおりにしていればそれでいいんだ!なぜそんな簡単なことがわからないのだ…!」
シャルナの父であるアーロンは、財閥の力をフルに活用し、シャルナがセイラたちとともに暮らしているという情報を手に入れた。そして自らが指揮する近衛兵を伴い、直接この屋敷まで乗り込んできたのだった。
今この部屋には、シャルナ、セイラ、そしてアーロンの3人が机をはさんで向き合っている。
「僕は常々言ってきたはずだ…。いいかい?素晴らしい血筋を持つ人間は、それにふさわしい環境で暮らしていかなければならないんだ。だから僕は今まで、君に相応しくないものは切り捨ててきた。君に相応しいものだけを与え続けてきた。…だというのに、こんな薄汚い場所にいてしまっては、今まで築き上げてきた君の価値が台無しになってしまうじゃないか。頭のいい君ならわかるだろう?」
「アーロン様、シャルナ様の事を隠していたことは謝りますけれど、だからといって彼女の気持ちを何も考えないのは」
「うるさい!伯爵様に捨てられたみじめな女は黙っていなさい!僕は誰よりもシャルナの事を考えているからこそ、こうして直接話に来たのだから!」
「(…はぁ…。なんて頑固な…)」
ファーラ伯爵といい兄ラルクといい、どうして自分の周りには癖の強い男性しか集まらないのかと、セイラはやや自嘲気味にため息をついた。
「お父様!何と言われようとも、お父様の元に戻るつもりはありません!私はここで、私の心を救ってくださったラルク様とセイラ様に恩返しをさせていただきたく思っているのです!これまで育ててくださったことには感謝していますけれど、一度も私の気持ちに寄り添ってくれないばかりか、私の事を都合のいい駒にしか思っていないようなお父様とは、もう絶対に一緒にいたくありません!」
「シャ、シャルナ…」
これまでに一度たりとも感じたことのないほどの強気な彼女の口調を前に、アーロンはやや腰が引けてしまう。
「(シャルナ…。い、今までは僕が少し強く𠮟ったら、おとなしく言うことを聞いていたじゃないか…。い、一体この短い間に、彼女の身に何が起こったんだ…)」
そして同時にセイラもまた、シャルナの姿を見てかつての自分を思い起こした様子。
「(…そういえば、昔の私もそうだった…。伯爵様に言われることに逆らえなくて、必死に自分を殺して…。でも勇気を出して、伯爵様と別れる決心をして…。今のシャルナ様は、あの時の自分のよう…)」
「…もういいですか、お父様?」
「ま、待ちなさい!それじゃあ婚約はどうするんだ!ランハルト様とはすでに約束をしてしまっているんだぞ!今更それをなかったことになど」
「いい加減にしてください!もう私はお父様の言いなりになるのは止めたんです!それに今の私には、すでに心に決めた素敵な方がいらっしゃるのです!」
「なっ!?」
予想だにしていなかったシャルナからの告白を前に、アーロンはそれまで以上に腰が引けてしまう。
「こ、この僕に何の相談もなくそんなこと!!だ、誰だ!財閥令嬢である君に相応しい人物なんだろうな!もしもどこの馬の骨とも知らない男だったなら、シャルナをたぶらかした罪で痛めつけてやるぞ…!」
「(シャ、シャルナ様……。心に決めた素敵な方って、もしかして……)」
その言葉と時を同じくして、この場にいなかった第4の人物が3人の前へと姿を現した。
「たっだいま~!ねぇ聞いてよ二人とも!僕が魔獣を退治したって噂が広まっちゃったみたいで、ラブレターがこんなにたくさん届いてて………あ、あれ?」
満面の笑みを浮かべ、その両手に山ほどの手紙を抱えたラルクが3人のいる部屋へと到着した。しかしラルクは自分と周りの明らかな雰囲気の違いを感じたのか、笑顔のままフリーズしてしまう。
しかしこれを好機と見たのか、シャルナは勢いよくその場を立ち上がってラルクのそばまで駆け寄ると、彼を手で示しながらこう言った。
「お父様!こちらの方が、私を救ってくださったラルク様です!わ、私はラルク様の事を……ラルク様の事を……!!!」
…そこまで言って、最後の最後で口をもごもごとさせてしまうシャルナ。これまで一切恋愛の経験がない彼女には、4人もの人間がいるこの場で思いを伝えることはどうしてもできなかった様子…。
しかし、ラルクを前にして顔を赤く染めるシャルナの姿は、彼女の思い人が誰であるかを知らしめるには十分なものだった。
「シャ、シャルナ…。まさか君は、この男の事を…」
アーロンはラルクの方へと視線を向けると、その姿を自分の瞳でまじまじと見つめる。その間は誰も言葉を発さず、妙な緊張感が部屋の中を支配した。
そしてその沈黙を破るかのように、アーロンがその口を開いたのだった。
「…どういうつもりだいシャルナ?いきなり婚約式典の場からいなくなったかと思えば、こんな何の魅力もない屋敷で生活しているなど…。君をそんな親不孝者に育てた覚えはない」
「お父様!私を助けてくださったセイラ様の前で、なんて失礼なことを!」
「何をか違いしているのかは知らないけれど、君を助けられるのはほかでもない、君の父であるこの僕だけだ!君は僕に言われたとおりにしていればそれでいいんだ!なぜそんな簡単なことがわからないのだ…!」
シャルナの父であるアーロンは、財閥の力をフルに活用し、シャルナがセイラたちとともに暮らしているという情報を手に入れた。そして自らが指揮する近衛兵を伴い、直接この屋敷まで乗り込んできたのだった。
今この部屋には、シャルナ、セイラ、そしてアーロンの3人が机をはさんで向き合っている。
「僕は常々言ってきたはずだ…。いいかい?素晴らしい血筋を持つ人間は、それにふさわしい環境で暮らしていかなければならないんだ。だから僕は今まで、君に相応しくないものは切り捨ててきた。君に相応しいものだけを与え続けてきた。…だというのに、こんな薄汚い場所にいてしまっては、今まで築き上げてきた君の価値が台無しになってしまうじゃないか。頭のいい君ならわかるだろう?」
「アーロン様、シャルナ様の事を隠していたことは謝りますけれど、だからといって彼女の気持ちを何も考えないのは」
「うるさい!伯爵様に捨てられたみじめな女は黙っていなさい!僕は誰よりもシャルナの事を考えているからこそ、こうして直接話に来たのだから!」
「(…はぁ…。なんて頑固な…)」
ファーラ伯爵といい兄ラルクといい、どうして自分の周りには癖の強い男性しか集まらないのかと、セイラはやや自嘲気味にため息をついた。
「お父様!何と言われようとも、お父様の元に戻るつもりはありません!私はここで、私の心を救ってくださったラルク様とセイラ様に恩返しをさせていただきたく思っているのです!これまで育ててくださったことには感謝していますけれど、一度も私の気持ちに寄り添ってくれないばかりか、私の事を都合のいい駒にしか思っていないようなお父様とは、もう絶対に一緒にいたくありません!」
「シャ、シャルナ…」
これまでに一度たりとも感じたことのないほどの強気な彼女の口調を前に、アーロンはやや腰が引けてしまう。
「(シャルナ…。い、今までは僕が少し強く𠮟ったら、おとなしく言うことを聞いていたじゃないか…。い、一体この短い間に、彼女の身に何が起こったんだ…)」
そして同時にセイラもまた、シャルナの姿を見てかつての自分を思い起こした様子。
「(…そういえば、昔の私もそうだった…。伯爵様に言われることに逆らえなくて、必死に自分を殺して…。でも勇気を出して、伯爵様と別れる決心をして…。今のシャルナ様は、あの時の自分のよう…)」
「…もういいですか、お父様?」
「ま、待ちなさい!それじゃあ婚約はどうするんだ!ランハルト様とはすでに約束をしてしまっているんだぞ!今更それをなかったことになど」
「いい加減にしてください!もう私はお父様の言いなりになるのは止めたんです!それに今の私には、すでに心に決めた素敵な方がいらっしゃるのです!」
「なっ!?」
予想だにしていなかったシャルナからの告白を前に、アーロンはそれまで以上に腰が引けてしまう。
「こ、この僕に何の相談もなくそんなこと!!だ、誰だ!財閥令嬢である君に相応しい人物なんだろうな!もしもどこの馬の骨とも知らない男だったなら、シャルナをたぶらかした罪で痛めつけてやるぞ…!」
「(シャ、シャルナ様……。心に決めた素敵な方って、もしかして……)」
その言葉と時を同じくして、この場にいなかった第4の人物が3人の前へと姿を現した。
「たっだいま~!ねぇ聞いてよ二人とも!僕が魔獣を退治したって噂が広まっちゃったみたいで、ラブレターがこんなにたくさん届いてて………あ、あれ?」
満面の笑みを浮かべ、その両手に山ほどの手紙を抱えたラルクが3人のいる部屋へと到着した。しかしラルクは自分と周りの明らかな雰囲気の違いを感じたのか、笑顔のままフリーズしてしまう。
しかしこれを好機と見たのか、シャルナは勢いよくその場を立ち上がってラルクのそばまで駆け寄ると、彼を手で示しながらこう言った。
「お父様!こちらの方が、私を救ってくださったラルク様です!わ、私はラルク様の事を……ラルク様の事を……!!!」
…そこまで言って、最後の最後で口をもごもごとさせてしまうシャルナ。これまで一切恋愛の経験がない彼女には、4人もの人間がいるこの場で思いを伝えることはどうしてもできなかった様子…。
しかし、ラルクを前にして顔を赤く染めるシャルナの姿は、彼女の思い人が誰であるかを知らしめるには十分なものだった。
「シャ、シャルナ…。まさか君は、この男の事を…」
アーロンはラルクの方へと視線を向けると、その姿を自分の瞳でまじまじと見つめる。その間は誰も言葉を発さず、妙な緊張感が部屋の中を支配した。
そしてその沈黙を破るかのように、アーロンがその口を開いたのだった。
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