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第54話
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レリアがオクトのもとを訪れていた一方、魔獣たちが縦横無尽に暴走を続ける伯爵家では、その混乱ぶりが一段と大きくなっていた。
「あぁぁ…。私が長年かけて集めた絵画のコレクションたちが…。すべて魔獣たちのせいでめちゃくちゃに…!こ、これもすべてノドレーのせいだ…!あんな無能な男に任せたのがすべての間違いだったんだ…!」
自分がノドレーに命じて始めた計画であり、自分がノドレーに愛想を尽かされた結果がこれであるというのに、全く自分に責任があるとは思ってもいない様子のファーラ伯爵…。
「どうしてこう何もかもうまくいかないのだ…!セイラに家出をふっかけてからというもの、こんなことばかりじゃないか…!いったい僕が何をしたというんだ…!」
…筋違いの怒りは収まることを知らない。魔獣の勢いは衰えることなく、伯爵家の中の部屋という部屋を荒らして回っている。そこには絵画にとどまらず、伯爵が手段を選ばずに集めた高級な食器や本、宝剣やアクセサリーなども含まれた。それらが魔獣によって破壊されていくたび、伯爵はそれはそれは情けのない声を上げて泣きわめく。
「ちょ、ちょっとまってくれえぇぇぇ!!そ、その食器は今度セレナシア令嬢にプレゼントするつもりだったやつだ!せっかく距離を縮められると思っていたのに!!…お、おい!!…そ、その本はユークレル騎士の妹から送られた大事なものだ!な、失くしてしまっただなんて口が裂けても言えないんだ!!も、もうやめてくれぇぇ!!」
伯爵は自ら騎士との信頼関係を切り捨てていたため、今この場にこの状況に対応できる人間など、誰一人としていなかった。
「ぅぅ…。ぅぅぅ…。ま、まったく…。これほど大変な事態になっているというのに、どいつもこいつも役立たずばかり…!ノドレーのやつ、こうなることを見越して逃げ出していったに違いない…!あいつ、自分には自信があるからなにも心配いりませんなどと言いよって…!」
ぶつぶつと文句を言う伯爵の事を見かねてか、良心のある部下が伯爵のもとに駆け寄ってきた。
「そ、そんなこと言っている場合ではありません伯爵様!!危険ですから早くここを離れてください!」
「生意気なことを言うな!それよりお前!そんなところで何をしている!とっとと私の大切な絵画を助けに行かないか!」
「そ、そんな無茶苦茶な…。わ、私はただの使用人でして、戦いなどとても…」
「なにが無茶苦茶だ!言い訳するな!お前の面倒を今まで見てきてやったのは誰だと思っているんだ!この私が命じているんだぞ!早く行かないか!」
「…も、もう私は知りません!あとは伯爵様のお好きに何でもお好きにどうぞ!」
「お、おい逃げるな!戻ってこい!!!」
…ノドレーの言動に愛想を尽かしてしまったのか、使用人は足早に伯爵の前から姿を消していった。
伯爵家ではノドレーの失踪を契機とし、ファーラ伯爵の事を見限って屋敷を飛び出していく者たちが後を絶たなかった。彼もまたそれに続き、二度と伯爵の元に戻ってくることはなかったのだった…。
「お、おのれおのれ…!セイラにレーチスにノドレーに…!どいつもこいつも自分勝手なことばかりしよって…!このまま僕が伯爵でいられなくなったなら、いったいどう責任を取ってくれるというんだ…!」
もはやどういう言い訳もできないほど、目の前に広がる現実は悪化している。このような事態になった今、伯爵の脳裏にちらつくのは、一人の人間の姿だった…。
「…せ、聖女であるセイラを一方的に追い出した挙句、譲り受けた伯爵家をめちゃくちゃにしたなど、こんなことが知れたら父上に何と言われるのか…。いや、何かを言われるだけでは済まないかもしれない…」
今まではだましだましやってきた伯爵だったものの、ついに後に引けないほど追い詰められた。もとはと言えば、これらのすべてはセイラに対する伯爵の逆恨みから始まったもの。…おとなしくセイラとの婚約を受け入れているか、あるいは円満な形で婚約を終えていれば、こんなことにはならなかっただろうに…。
「グルルゥゥゥ……」
「っ!?」
すべてを失うことを悟った絶望心からか、伯爵はその場に膝をついて倒れた。そしてその音に反応した魔獣が、その瞳に伯爵の事を標的としてとらえた。
…もはや伯爵に、ここから逃げ出すだけの気力は残されていなかった。
「グルルァァァァ!!!!」
大きな雄たけびとともに、魔獣は伯爵めがけてとびかかった。伯爵はその手を震わせていて、やはり恐怖感を隠せない様子。しかし、もはやここから助かる可能性を放棄したのか、全く逃げるそぶりを見せない。
魔獣はその口を大きく開け、伯爵を仕留めにかかる。その攻撃が自分の体に命中するタイミングに合わせ、伯爵は覚悟を決め、強くその目を閉じた。
…が、待てども待てども魔獣の攻撃は自分のもとに届かない。伯爵は体を震わしながら、その心の中に小さく言葉をつぶやいた。
「(…し、死ぬ間際は時間の流れが遅くなると聞いたことがあるが、これがそれなのか…?)」
しかし、それにしたって時間が長すぎる。不思議に思った伯爵は、その瞳をゆっくりと開けてみることにした。
すると目の前には、ついさっきまで自分の事を攻撃しようとしていた魔獣がじわじわと光になっていく姿があった。これは魔獣が退治されたことを意味する。
そしてその隣には、魔獣を退治した張本人と思わしき人物の姿があった。
「せ、セイラ!?」
「げっ…。ファ、ファーラ伯爵…」
二人の再開は、思わぬ形で実現することになったのだった…。
「あぁぁ…。私が長年かけて集めた絵画のコレクションたちが…。すべて魔獣たちのせいでめちゃくちゃに…!こ、これもすべてノドレーのせいだ…!あんな無能な男に任せたのがすべての間違いだったんだ…!」
自分がノドレーに命じて始めた計画であり、自分がノドレーに愛想を尽かされた結果がこれであるというのに、全く自分に責任があるとは思ってもいない様子のファーラ伯爵…。
「どうしてこう何もかもうまくいかないのだ…!セイラに家出をふっかけてからというもの、こんなことばかりじゃないか…!いったい僕が何をしたというんだ…!」
…筋違いの怒りは収まることを知らない。魔獣の勢いは衰えることなく、伯爵家の中の部屋という部屋を荒らして回っている。そこには絵画にとどまらず、伯爵が手段を選ばずに集めた高級な食器や本、宝剣やアクセサリーなども含まれた。それらが魔獣によって破壊されていくたび、伯爵はそれはそれは情けのない声を上げて泣きわめく。
「ちょ、ちょっとまってくれえぇぇぇ!!そ、その食器は今度セレナシア令嬢にプレゼントするつもりだったやつだ!せっかく距離を縮められると思っていたのに!!…お、おい!!…そ、その本はユークレル騎士の妹から送られた大事なものだ!な、失くしてしまっただなんて口が裂けても言えないんだ!!も、もうやめてくれぇぇ!!」
伯爵は自ら騎士との信頼関係を切り捨てていたため、今この場にこの状況に対応できる人間など、誰一人としていなかった。
「ぅぅ…。ぅぅぅ…。ま、まったく…。これほど大変な事態になっているというのに、どいつもこいつも役立たずばかり…!ノドレーのやつ、こうなることを見越して逃げ出していったに違いない…!あいつ、自分には自信があるからなにも心配いりませんなどと言いよって…!」
ぶつぶつと文句を言う伯爵の事を見かねてか、良心のある部下が伯爵のもとに駆け寄ってきた。
「そ、そんなこと言っている場合ではありません伯爵様!!危険ですから早くここを離れてください!」
「生意気なことを言うな!それよりお前!そんなところで何をしている!とっとと私の大切な絵画を助けに行かないか!」
「そ、そんな無茶苦茶な…。わ、私はただの使用人でして、戦いなどとても…」
「なにが無茶苦茶だ!言い訳するな!お前の面倒を今まで見てきてやったのは誰だと思っているんだ!この私が命じているんだぞ!早く行かないか!」
「…も、もう私は知りません!あとは伯爵様のお好きに何でもお好きにどうぞ!」
「お、おい逃げるな!戻ってこい!!!」
…ノドレーの言動に愛想を尽かしてしまったのか、使用人は足早に伯爵の前から姿を消していった。
伯爵家ではノドレーの失踪を契機とし、ファーラ伯爵の事を見限って屋敷を飛び出していく者たちが後を絶たなかった。彼もまたそれに続き、二度と伯爵の元に戻ってくることはなかったのだった…。
「お、おのれおのれ…!セイラにレーチスにノドレーに…!どいつもこいつも自分勝手なことばかりしよって…!このまま僕が伯爵でいられなくなったなら、いったいどう責任を取ってくれるというんだ…!」
もはやどういう言い訳もできないほど、目の前に広がる現実は悪化している。このような事態になった今、伯爵の脳裏にちらつくのは、一人の人間の姿だった…。
「…せ、聖女であるセイラを一方的に追い出した挙句、譲り受けた伯爵家をめちゃくちゃにしたなど、こんなことが知れたら父上に何と言われるのか…。いや、何かを言われるだけでは済まないかもしれない…」
今まではだましだましやってきた伯爵だったものの、ついに後に引けないほど追い詰められた。もとはと言えば、これらのすべてはセイラに対する伯爵の逆恨みから始まったもの。…おとなしくセイラとの婚約を受け入れているか、あるいは円満な形で婚約を終えていれば、こんなことにはならなかっただろうに…。
「グルルゥゥゥ……」
「っ!?」
すべてを失うことを悟った絶望心からか、伯爵はその場に膝をついて倒れた。そしてその音に反応した魔獣が、その瞳に伯爵の事を標的としてとらえた。
…もはや伯爵に、ここから逃げ出すだけの気力は残されていなかった。
「グルルァァァァ!!!!」
大きな雄たけびとともに、魔獣は伯爵めがけてとびかかった。伯爵はその手を震わせていて、やはり恐怖感を隠せない様子。しかし、もはやここから助かる可能性を放棄したのか、全く逃げるそぶりを見せない。
魔獣はその口を大きく開け、伯爵を仕留めにかかる。その攻撃が自分の体に命中するタイミングに合わせ、伯爵は覚悟を決め、強くその目を閉じた。
…が、待てども待てども魔獣の攻撃は自分のもとに届かない。伯爵は体を震わしながら、その心の中に小さく言葉をつぶやいた。
「(…し、死ぬ間際は時間の流れが遅くなると聞いたことがあるが、これがそれなのか…?)」
しかし、それにしたって時間が長すぎる。不思議に思った伯爵は、その瞳をゆっくりと開けてみることにした。
すると目の前には、ついさっきまで自分の事を攻撃しようとしていた魔獣がじわじわと光になっていく姿があった。これは魔獣が退治されたことを意味する。
そしてその隣には、魔獣を退治した張本人と思わしき人物の姿があった。
「せ、セイラ!?」
「げっ…。ファ、ファーラ伯爵…」
二人の再開は、思わぬ形で実現することになったのだった…。
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