上 下
47 / 98

第47話

しおりを挟む
 ルイスからカタリーナ家の現状について知らされたセイラとラルクは、帰路に付きながら会話を始める。

「僕ら他人から見れば、あんなお金持ちの家に生まれて順応満帆な人生を送って、こんなに満ち足りた人はいないだろうと思えるけれど…。全くそうじゃなかったみたいだね、セイラ」

「ですね…。カタリーナ家のご令嬢であるシャルナ様が、それほど心を病まれていたなんて…」

――それから数日後、カタリーナ家での出来事――

 カタリーナ家の長であるアーロンとその妻であるレベッカは、今日もまたいつものようにシャルナの将来について話し合っていた。

「やはりシャルナは………財閥たるこの家の今後の事も考えて、アルラーク様のご令息と婚約を結ぶのがいいと思うのだが」

「家の事なんて、そんな古臭い考えはおやめになってください!私がこの目で見た限り、シャルナに相応しい人物はロレンツィオ侯爵様をおいて他にはありません!彼のような容姿端麗で女性的な感性をお持ちの方こそ、シャルナの幸せを確立してくださるに違いありません!」

「またそのような感覚的な事を……。いいかい?女性はそうやって感覚で決めるのが得意なのかもしれないが、これは僕たちの未来をも巻き込む重要な問題なんだ。そんな短絡的な思考は止めてくれ」

「はぁ!?それを言うなら旦那様のお考えだって、シャルナのことを何も考えていないではありませんか!」

 大きな大きな広間で口論をする二人の声は、上階で目を伏せ、静かにたたずむシャルナの耳にも当然入っていた。ことそしてシャルナはその心の中にさみしくつぶやく。

「(……私、何のために生まれてきたんだろう……)」

 シャルナはこの家に生まれた時から、特に何に困ることもない恵まれた人生を送っていた。食べ物、着る物、住む部屋に至ってまで一級のものが取り揃えられ、まさに女性たちのあこがれの財閥のご令嬢、というイメージのままに生かされてきた。
 しかしそれは裏返してみれば、シャルナ自身の意思は完全に無視されているということだった。自分がかわいいと思った洋服も、部屋に飾りたいと願った装飾品も、両親が気に入る物でなければ即刻処分されていた。それは人間関係についても同じで、シャルナが好きになった相手が二人の目にかなうものでなければ、話をすることさえも禁止されていた。
 …いやそもそもシャルナには、この家から自由に外出することさえ許されていなかったのだった…。
 強迫的な態度をくりかえすシャルナの両親は、彼女の心が年々弱って言っていることになど気付きもしなかった。そしてそれからあまり時を経ずに、事件が起こる…。

――――

 結局のところシャルナの政略結婚に関しては、レベッカがアーロンに妥協する形で決着した。アーロンがアルラーク侯爵家との手配を全て行い、二人の婚約関係を結ぶに至った。むろんそこに、シャルナの意志など一切反映されていない。
 婚約式典として、両家を含む様々な人物が呼ばれる食事会が開催された。シャルナは式典のつい前日にアルラーク侯爵令息との婚約関係について知らされ、当然のようにそれを受け入れさせられた。

「いいかいシャルナ、君が公爵令息であるランハルト様と結ばれることで、カタリーナ家はますますその力を大きくすることだろう。この僕が保証する、彼ならば間違いのない相手だ」

「……まぁ、そういうわけだからシャルナ、ランハルト様に失礼のないように、決してご機嫌を損ねるようなことをしないように、ね」

 ランハルトとの面会を目前に控え、二人はシャルナに最後の命令を下していた。シャルナは二人の言葉にうなずいて返事こそしているものの、その目はうつろで光を伴ってはいなかった…。

「おっと、もうこんな時間か……。レベッカ、お相手様にお土産を渡してくるから、一緒に来てくれ」

「仕方ありませんわね…」

 二人は足早に持ち物の準備をすると、シャルナの前から姿を消していった。小さな控室のような空間に、シャルナ一人のみが残される。

「……」

 彼女は静かにその場を立ち上がると、窓を開けて外の空気を取り込んだ。屋敷から出ることさえめったに許されていなかった彼女にとっては、このようなどこにでもある空気さえ新鮮に感じられたことだろう。
 あたりはすっかり暗くなっていて、空には綺麗な星々が浮かんでいる。決して手の届かない存在を見つめ、シャルナは今までに見せたことのない不思議な表情を浮かべていた。一体その心の中には、どんな言葉が浮かんでいたのだろうか…?

――――

「失礼します。シャルナ様、旦那様がお呼びですので、そろそろ式典に参加される準備を……?」

「……シャルナ様???」

 参加の合図を知らせに訪れた二人の使用人の前に、シャルナはどこにもいなかった。全開に開けられた窓と、その下に丁寧にそろえられた靴だけを残して…。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

処理中です...