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第11話

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  ギーーッ…



「っ!?!?!?!」

「なっ!?!?!?!?」

「こ、これは…!?」

 3人の目の前に広がるのは、とても幸せな婚約を控える婚約者の部屋とは思えない、すさまじい光景だった。先頭で部屋に入ったレーチスが、最初に言葉らしい言葉を発する。

「い、いったい何が…。セイラ…いや、セイラ様は一体何をお考えなのか…」

 レーチスは本能的に察した。あの気弱なセイラに、このような派手な芸当などできるはずがない。それはつまり、彼女でない何者かがこの光景を作り出したのだということを意味する…。しかし騎士の二人を目の前にして、そんなことを口になどできるはずもない。

「(は、伯爵様…!?いったい何が起こっているのですか…!?わ、私は何と言ってごまかせばいいのですか…!?そ、そもそも婚約はもう決まったものだと言っていたではありませんか…!?ど、どういうことなのですかこれは…!?)」

 一言も余計なことを言えないレーチスは、なんとかその頭を必死に回転させて状況の整理をはかる。しかしこの光景を目の当たりにして、黙っていて済むはずもない。

「…説明していただきたいですな、レーチス様。これは一体どういう状況なのか」

 オクトは表情を崩さないままそう言葉を発した。しかしその口調は、これまでの彼とは別人のように殺気をはらんでいる。

「(ど、どういう状況だなんて、私にだってわかるものか!!し、しかしここで私が返事をしくじれば、伯爵様の評判は地に落ち、これまでに築き上げた伯爵家と騎士団との関係も崩壊しかねない…!!そんなことになれば、次期伯爵となるこの私の身も怪しくなる…く、一体なんと返事をすれば…!!)」

 いろいろな可能性をその頭の中で巡らせた後、ついに彼はその口を開いた。

「じ、実は…こ、このようなことは私の口からは申し上げにくいのですが…。セイラ様は時々、何か嫌なことがあると自分の部屋に使用人を連れ込み、乱暴をはたらかれておられたようなのです…。きっとこれらは、その行いの結果かと…」

 それが、この場において最適であろうとレーチスがなんとかひねり出した嘘だった。

「ほう。それから?」

「ほ、本当に恥ずかしい限りでございます…。たとえ使用人と言えども、我々貴族家を共に生きる家族のようなもの…。そんな者たちに一方的に暴行を行うなど、未来の伯爵夫人としてはあるまじき行い…」

 持ち前の演技力をフル活動させ、何とかこの場をやり過ごそうとするレーチス。そんな彼の横をすり抜けていき、部屋を物色したガラルが次に言葉を発した。

「これ見てくださいよ団長ー!この倒された大きな本棚、男の僕でも全く動かせませんよー!これをはったおすなんて、さぞセイラ様は力持ちなのですねー!すごいですよね、団長!」

「(っ…!!!!)」

 …目に見えてレーチスの額に、冷や汗の滝が流れる。心拍数も病的なほど上がっていることだろう。

「それに…。物が散乱していて一見分かりにくいが、そもそもおかれている物が少なすぎるな…。本当にここでセイラ様は過ごされていたのか?」

「そ、それは…。セ、セイラ様は物があふれる部屋がお嫌いで、よくよくこまめに掃除をして整理整頓をされていましたので、そのせいかと…」

「おかしなことをおっしゃいますね??それほどきれい好きなのに、こうして部屋を荒らされるのですか?」

「(っ!!!)」

「それにこのベッド…。失礼を承知で言わせてもらうが、信じられないほど固いとは思わないか?とても未来の伯爵夫人の寝る場所とは思えないが?」

「散乱している鏡の破片もひどいものですよ。相当古いものではないですか、これは?」

「掛け時計にしても、グラスにしても全く同じだ。…私の目には、セイラ様には粗悪品しか与えられていないように見えるのだが?」

 二人から言い逃れも難しくなるほどに畳みかけられるレーチス。…もはやこれまでかと思われたものの、彼の頭の中には切り札の一言が用意されていた。

「ま、まさかお二人は、伯爵様の事を疑うのですか!!!それこそ信じられませんね!!今まで騎士の皆さんに目をかけてこられたのは、他でもない伯爵様ではございませんか!その恩を忘れ、一方的な見解だけで関係を壊されるおつもりですか!そのようなお言葉、伯爵様に仕える者として到底聞き捨てなりません!!」

 レーチスにとっては、ここを乗り切れるかどうかに自分の生死がかかっていると言っても過言ではなかった。だからこそ彼の言葉には思いが強く入り、熱い感情を伴い、結果的に説得力を増した。
 生き残りをかけた鬼のような形相のレーチスの前に、二人はいったん言葉を止め、互いに目を合わせた。

「…確かに、今の我々があるのは他でもない、貴族様のおかげだ。これは申し訳ない、少々熱くなりすぎて、必要以上に皆様の関係に踏み込んでしまったようだ」

「ですね。私も失礼しました」

 言葉でこそそう伝える二人であったものの、その表情は明らかに疑念を抱いていた。その感情を隠すこともなく、オクトはレーチスに低い声で告げた。

「…時間のようですので今日はこれで帰りますが、もしもセイラ様を悲しませるような現実が明らかになったときは、たとえ伯爵様といえども…」

「っ!」

 あえてそこで言葉をとぎったオクト。それこそが最も相手を恐怖させる方法と心得ているかのように…。

 すさまじい殺気を放つオクト団長を前に、震える自分の体をなんとか抑え込むレーチス。一応彼はこの場をごまかすという目的を達成することはできたものの、全く生きた心地など全く感じられなかったことだろう。
 レーチスは二人を丁寧に見送った後、心の底から吐き出すような思いで一言、つぶやいた。

「ま、まずいことになった…。は、伯爵さまぁ…」
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