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第8話

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 二人の男が酒を手にしながら、会話を弾ませている。

「いやいや、まさかそれほどまでにライオネル様がお気持ちをあらわにされるとは…。優秀だ優秀だともてはやされていますが、頭の固い父親を持つと、伯爵様も大変でございますねぇ~」

「ああ、全くだ…。それもこれもすべてセイラの身勝手な行いから来たもの。こうして僕の婚約者にしてやったというのに、まったくあいつにも困ったものだ…」

 伯爵家にてそう会話を繰り広げるのは、ファーラ伯爵とその腰巾着であるレーチスだ。

「このレーチス、伯爵様に仇なすものを許すことなどできませんとも!!どうしてこれほど優れたお方がこのような扱いを受けなければならないのか…。はぁ、ため息しか出ませんねぇ…」

「そうかそうか、そう思うかレーチス!よく言った!さすがは僕の見込んだ男だ!」

「おほめにあずかり、光栄でございます!」

 しかし伯爵はともかく、レーチスの方は本心からの言葉ではない様子…。

「(まったく…。私はいつまでこんな男に仕えなければならないんだ…。少しでも伯爵を否定するような事を言えばすぐに機嫌を損ねるし、やりずらいったらありゃしない…。まぁ、こうしておだてておくだけで食べるには困らない暮らしができるのだから、楽と言えば楽だが…)」
  
 ここでレーチスは、話題を変えることにした。

「そういえば伯爵様、なにゆえセイラを婚約者に選んだのですか?彼女と伯爵様とでは身分も立場も全く異なりますし、なによりセイラはおとなしくて口数も少なく、まったく可愛げなどないではありませんか…」

 その言葉を聞いたファーラは、これ以上ないくらいのどや顔で言葉を返す。

「ククク…聞いて驚くな?実はセイラには…聖女の血が流れているという噂があるんだ」

「せ、聖女でございますか!?」

 想定外の伯爵の言葉に、驚きを隠せないレーチス。

「せ、聖女と言えば…人並外れた観察力や洞察力、それに判断力を有するとされる…あれですか?」

「ああ、その通りだとも」

 聖女の伝説は有名だった。もともとは古代の王が、自らを守るためにあらゆる実験や混血を繰り返し、そして誕生したとされる聖女の存在。しかしそれはあくまで伝説だった。

「ま、まさか本当に聖女が実在すると…!?だ、だとしてもあの地味で無力なセイラがそうだとは到底思えません!聖女ならもっと凛々しく、美しく優秀であるべきでしょう??それは他でもない、伯爵様が一番ご存じなのでは??」

「ああ、聖女の事を調べ始めた時、僕も同じことを思っていた。しかし違ったんだ。考えてもみろ?聖女とはその存在を敵に悟られることなく、使命を果たす存在だ。だから凛々しく目立ったり、大衆の目を引き付けるような存在であってはならないんだ」

「な、なるほど…しかし、まさかセイラが…」

「僕だって信じられなかったさ。しかしセイラの血筋について極秘に調査を進めた結果、どうやら彼女にはその素質があるらしいことが判明した…」

「そ、素質ですか?」

「我々の知る気弱で軟弱なセイラは、お前の言った通りただの役立たずにすぎない存在のようだ。しかしなにかのきっかけで、その中に眠る力を呼び覚ますことができるらしいのだ」

「そ、そんな事が…!?それじゃあ伯爵様は、最初からそれを狙ってセイラとの婚約を計画されたのですか!?」

「ククク…レーチス、この僕が何も考えずにセイラを婚約者にするはずがなかろう?見くびってもらっては困るぞ??」

「さ、さすが伯爵様!!!このレーチス、あまりの感動に言葉も出ません!!!」

 レーチスは身を震わせ、その感動を伯爵に余すところなく伝える。それを見て伯爵は一段と機嫌を良くする。

「はっはっは!そうだろうそうだろう!」

「それじゃあ、このままその話が進められれば…」

「ああ…。聖女の力は他でもない、この僕のものとなる…!そうなった時にはレーチス、お前の事を一番に次期伯爵として取り立ててやろうではないか!」

「あ、ありがとうございます伯爵様!!くふふ、これは楽しみでなりませんなぁ…!!」

 二人は高らかに声をあげて笑いあうと、お互いが手にしたグラスを口元へと運ぶ。次期伯爵をちらつかされたレーチスにとってはこの上なく美味しく感じられたであろうが、一方の伯爵はその心であることをつぶやいた。

「(だからこそ、絶対にレーチスに知られるわけにはいかない…。幼馴染であるレリアを愛しすぎるあまり、勢いに任せてセイラに家出を迫ったなどと…。その結果、本当にセイラを家出させてしまったなど…。父上にお叱りを受けたのはそれが関わっているとも…。もしそれらが知られてしまったら、レーチスは僕に失望して敵意さえ見せてくるかもしれないのだから…)」

「まぁ、お前は何も心配するな!!このことはセイラ本人も知らない事なのだ。だからこそ、聖女であることを武器に僕に交渉してくることはあり得ない。圧倒的にこちらの方が、知っている情報的にも有利と言うわけだ!」

「もはや神がかり的な立ち回り…文字通り、まるで神様を見ているかのようです…」

「こちらの手元には、彼女のサインした婚約証書も残っているんだ。これでこちらが負ける方が無理と言うものだろう??」

「さすがは伯爵様!全くその通りでございますなぁ!!」

 高らかに笑い合う二人の会話は、夜通し行われたそうな。
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