7 / 17
第7話
しおりを挟む
「エリス、この間のお茶会の事聞いたよ。なかなか盛況だったそうじゃないか」
「はい、非常に楽しい時間を過ごすことができました」
「うむうむ、君が楽しんでくれたというのならそれが一番だ。相手方の貴族連中の話じゃ、エリスのふるまいにも違和感あるものはなかったとのこと。ようやく君も、本当のエリスに近づいてくれているということだな」
「はい…。ありがとうございます」
シュノード様は私の事をほめる意味でそう言葉を発しているのだろうけれど、私にとってその言葉は全くうれしいものではなかった。
自分自身を偽ることが素晴らしいだなんて言われて、喜ぶ人間がどこにいるのだろうか。
「シュノード様こそ、長時間にわたる王室会議、本当にお疲れさまでした」
「あぁ…。貴族家どうしの調整や新しい政策における会議が長引いてしまってな…。能力のある者ばかりならば話もスムーズに進むのだろうが、そうでない者が多いとなかなか面倒だ…」
「それでも、お相手の事を想われて終始丁寧な雰囲気で会議を運ばれたと聞いております。さすが、シュノード様でございますね」
正直、私は何か考えて話をしているというわけではない。
シュノード様から毎日のように叱責され、毎日のように激しい言葉をかけられていく中で、勝手に体が彼の喜ぶ言葉を選んで口にし始めているのだ。
「…エリス、君は本当にうれしい言葉を言ってくれるな。今僕は心から、君との関係を選んでよかったと思っているよ」
「選んでいただいたのはこちらの方ですよ、シュノード様。私の方こそ、どれだけ感謝してもしきれない思いを抱いています」
「そうか…そうか…」
私の発した言葉がかなり心に刺さっているのか、シュノード様はうれしそうな表情を浮かべながら自身の胸の中の思いをかみしめている。
…これらもすべてあなたがこう言うように指示をしたものだというのに、無関係な私のそんな作り物の言葉でも心を動かされるだなんて、どこまで痛々しい人物なのだろうか…。
自分が納得いかない出来の言葉を私が返したなら、それこそ人格が豹変したかのような口調で言葉を発するくせに…。
「貴族連中も言っていた。シュノード様の事がうらやましいとな。こんな美しく理解のある相手とであるだなんて、それこそ普段の行いや振る舞いが非常に素晴らしいものでないとダメだと。まだまだ未熟な自分たちでは到底達することのできるものではないと。彼らはそう言っていたよ」
「そうですか。実に素晴らしいお考えですね」
「エリス、君にはもっともっと成長してもらいたい。もっともっとこの僕の事を癒してもらいたい。僕はそのために君の事を婚約者として選んだのだ。絶対に期待を裏切らないでもらいたい」
婚約者として選んだ、と言えば聞こえはいいけれど、結局私が期待されているのはただの身代わり。
彼が愛しているのは私ではなく、私の後ろに見えるエリスの幻影にすぎない。
…けれど、それに逆らうことも、拒否をすることも、今の私には許されていない事…。
「シュノード様の事をもっと癒して差し上げることができるよう、頑張りますね」
「エリス、僕の事をもっともっと思い出してくれ!君はもうエリスになりつつあるんだ!今の君ならできることだろう!」
「……」
「エリスになる前の記憶や人格など、一切必要ない!そんなものは誰にも求められてはいないのだから!ここでは僕の求めに応じ、エリスとしての君だけを残すんだ!君ならばそれができると信じている!第一王子であるこの僕の期待を裏切らないでくれ!」
…シュノード様は今日非常にテンションが高いのか、かなり興奮したような口調でそう言葉を発する。
その勢いに私は押されてしまい、なにか反応を返すことができないでいた。
…すると、そんな私の姿を見たシュノード様は、低い口調でこう言葉をつぶやいた。
「…エリス、今日はもう休んでくれて結構だ。これ以上会話を続けて君が何か余計なことを言ってしまったらすべてが台無しだから、今の時点での美しい思い出に今日は浸ることにするよ。それじゃあまた明日」
シュノード様は一方的にそう言葉を言い放つと、そのまま足早にそそくさと私の前から姿を消していった…。
…私の事など何にも考えていない彼らしい去り方だけれど、私は今日見た彼の姿の中に、これまでにないなにかを感じずにはいられなかった…。
「はい、非常に楽しい時間を過ごすことができました」
「うむうむ、君が楽しんでくれたというのならそれが一番だ。相手方の貴族連中の話じゃ、エリスのふるまいにも違和感あるものはなかったとのこと。ようやく君も、本当のエリスに近づいてくれているということだな」
「はい…。ありがとうございます」
シュノード様は私の事をほめる意味でそう言葉を発しているのだろうけれど、私にとってその言葉は全くうれしいものではなかった。
自分自身を偽ることが素晴らしいだなんて言われて、喜ぶ人間がどこにいるのだろうか。
「シュノード様こそ、長時間にわたる王室会議、本当にお疲れさまでした」
「あぁ…。貴族家どうしの調整や新しい政策における会議が長引いてしまってな…。能力のある者ばかりならば話もスムーズに進むのだろうが、そうでない者が多いとなかなか面倒だ…」
「それでも、お相手の事を想われて終始丁寧な雰囲気で会議を運ばれたと聞いております。さすが、シュノード様でございますね」
正直、私は何か考えて話をしているというわけではない。
シュノード様から毎日のように叱責され、毎日のように激しい言葉をかけられていく中で、勝手に体が彼の喜ぶ言葉を選んで口にし始めているのだ。
「…エリス、君は本当にうれしい言葉を言ってくれるな。今僕は心から、君との関係を選んでよかったと思っているよ」
「選んでいただいたのはこちらの方ですよ、シュノード様。私の方こそ、どれだけ感謝してもしきれない思いを抱いています」
「そうか…そうか…」
私の発した言葉がかなり心に刺さっているのか、シュノード様はうれしそうな表情を浮かべながら自身の胸の中の思いをかみしめている。
…これらもすべてあなたがこう言うように指示をしたものだというのに、無関係な私のそんな作り物の言葉でも心を動かされるだなんて、どこまで痛々しい人物なのだろうか…。
自分が納得いかない出来の言葉を私が返したなら、それこそ人格が豹変したかのような口調で言葉を発するくせに…。
「貴族連中も言っていた。シュノード様の事がうらやましいとな。こんな美しく理解のある相手とであるだなんて、それこそ普段の行いや振る舞いが非常に素晴らしいものでないとダメだと。まだまだ未熟な自分たちでは到底達することのできるものではないと。彼らはそう言っていたよ」
「そうですか。実に素晴らしいお考えですね」
「エリス、君にはもっともっと成長してもらいたい。もっともっとこの僕の事を癒してもらいたい。僕はそのために君の事を婚約者として選んだのだ。絶対に期待を裏切らないでもらいたい」
婚約者として選んだ、と言えば聞こえはいいけれど、結局私が期待されているのはただの身代わり。
彼が愛しているのは私ではなく、私の後ろに見えるエリスの幻影にすぎない。
…けれど、それに逆らうことも、拒否をすることも、今の私には許されていない事…。
「シュノード様の事をもっと癒して差し上げることができるよう、頑張りますね」
「エリス、僕の事をもっともっと思い出してくれ!君はもうエリスになりつつあるんだ!今の君ならできることだろう!」
「……」
「エリスになる前の記憶や人格など、一切必要ない!そんなものは誰にも求められてはいないのだから!ここでは僕の求めに応じ、エリスとしての君だけを残すんだ!君ならばそれができると信じている!第一王子であるこの僕の期待を裏切らないでくれ!」
…シュノード様は今日非常にテンションが高いのか、かなり興奮したような口調でそう言葉を発する。
その勢いに私は押されてしまい、なにか反応を返すことができないでいた。
…すると、そんな私の姿を見たシュノード様は、低い口調でこう言葉をつぶやいた。
「…エリス、今日はもう休んでくれて結構だ。これ以上会話を続けて君が何か余計なことを言ってしまったらすべてが台無しだから、今の時点での美しい思い出に今日は浸ることにするよ。それじゃあまた明日」
シュノード様は一方的にそう言葉を言い放つと、そのまま足早にそそくさと私の前から姿を消していった…。
…私の事など何にも考えていない彼らしい去り方だけれど、私は今日見た彼の姿の中に、これまでにないなにかを感じずにはいられなかった…。
256
お気に入りに追加
671
あなたにおすすめの小説
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?
なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」
顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される
大きな傷跡は残るだろう
キズモノのとなった私はもう要らないようだ
そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ
そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった
このキズの謎を知ったとき
アルベルト王子は永遠に後悔する事となる
永遠の後悔と
永遠の愛が生まれた日の物語
初恋の幼馴染に再会しましたが、嫌われてしまったようなので、恋心を魔法で封印しようと思います【完結】
皇 翼
恋愛
「昔からそうだ。……お前を見ているとイライラする。俺はそんなお前が……嫌いだ」
幼馴染で私の初恋の彼――ゼルク=ディートヘルムから放たれたその言葉。元々彼から好かれているなんていう希望は捨てていたはずなのに、自分は彼の隣に居続けることが出来ないと分かっていた筈なのに、その言葉にこれ以上ない程の衝撃を受けている自分がいることに驚いた。
「な、によ……それ」
声が自然と震えるのが分かる。目頭も火が出そうなくらいに熱くて、今にも泣き出してしまいそうだ。でも絶対に泣きたくなんてない。それは私の意地もあるし、なによりもここで泣いたら、自分が今まで貫いてきたものが崩れてしまいそうで……。だから言ってしまった。
「私だって貴方なんて、――――嫌いよ。大っ嫌い」
******
以前この作品を書いていましたが、更新しない内に展開が自分で納得できなくなったため、大幅に内容を変えています。
タイトルの回収までは時間がかかります。
どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。
しげむろ ゆうき
恋愛
キリオス伯爵家の娘であるハンナは一年前に母を病死で亡くした。そんな悲しみにくれるなか、ある日、父のエドモンドが愛人ドナと隠し子フィナを勝手に連れて来てしまったのだ。
二人はすぐに屋敷を我が物顔で歩き出す。そんな二人にハンナは日々困らされていたが、味方である使用人達のおかげで上手くやっていけていた。
しかし、ある日ハンナは学園の帰りに事故に遭い……。
全てを捨てた私に残ったもの
みおな
恋愛
私はずっと苦しかった。
血の繋がった父はクズで、義母は私に冷たかった。
きっと義母も父の暴力に苦しんでいたの。それは分かっても、やっぱり苦しかった。
だから全て捨てようと思います。
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
【完結】初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる