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第4話
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――オクトの記憶――
「私、シュノード様の婚約者になることになったの」
いつもと変わらない場所で、いつもと変わらない他愛もない話をしていたその時、セレーナは俺にそう言葉を発した。
あまりに突然の言葉だったからか、俺は最初、それをセレーナの冗談だと思い、本気にしなかった。
「それはすごいな。それじゃあこれから俺はセレーナの事をセレーナ様と呼ばないといけなくなるな」
「それじゃダメなの」
「…ダメ?じゃあなんて呼ぶことになるんだ?」
ただの冗談だと思ってセレーナの言葉に乗っかった俺に対し、セレーナはやや神妙な表情を浮かべながらこう言葉を返した。
「私、エリスになることになったの。だから、これからはエリス様って呼んでもらうことになるのかな…」
「…はぁ?」
そこでも俺は、セレーナの言っていることが真実だとは思わなかった。
彼女はまだ悪ふざけをしているのだと、そう思わずにはいられなかった。
「それは一体どういう物語なんだ?確かにシュノード様と婚約していたエリスはいなくなってしまったらしいが、だからといってセレーナが代わりに婚約者になれるわけが……」
そこまで言葉をつぶやいたその時、俺の脳裏にある可能性が浮かび上がった。
しかし、それが現実に起こるなどとは到底考えられない可能性だ。
絵本の中の話じゃあるまいし、シュノード様の気がふれてしまったわけでもあるまいし、とても現実に起こることとは考えにくい可能性だ。
…しかし、確かに浮かび上がってしまった。
「ま、まさか…。エリスと君の顔が似ているから、その身代わりとして自分のもとに来い、なんて言われているんじゃないだろうな…?」
「……」
俺の言葉を聞いて、セレーナはただただ静かに黙っていた。
しかし、その表情は非常に複雑そうな色調を示しており、その答えがどちらであるのかは明らかだった。
「う、嘘だろ…。ま、まさかそんなことを現実にやる男が、それも第一王子ともあろう男が、そんなことをするはずが…」
「……」
エリスとセレーナの顔や雰囲気が似ているという話は、俺たちや俺たちの周りの人間たちの間では度々取り上げられていた話題だった。
そんな中で、もしもエリスがいなくなったら代わりにセレーナが第一王子妃になれるんじゃいのか、なんて冗談をかけあうことも何度もあった。
…しかし、それは所詮《しょせん》そういったことが現実に起きるなどと思えないからこそ言えること。
俺自身もエリスと顔を合わせたことなどほとんどなかったため、半ば冗談や遊びのつもりで言っていたところもある。
…それが、現実に起こったというのだ。
「エリスがいなくなってからのシュノード様は、かなり傷心してしまっていたらしいの…。そんなときに偶然、王宮の中を歩く私の姿を見て、その場で決めたらしいの…。私を、いなくなったエリスの身代わりにするって…」
「ふざけるな!!なんでセレーナがそんなことをしなくちゃいけないんだ!!」
この場で彼女に当たることほど、筋違いな事はない。
しかしどうしても気持ちを我慢できなかった俺は、つい湧き出る感情をそのまま口にしてしまう。
「セレーナ、俺が抗議に行ってやる!絶対そんなとさせてたまるか!」
「大丈夫、そんな事しなくてもいいの」
「な、なんで…!!」
感情的になってしまう俺とは対照的に、セレーナは非常に落ち着いた様子を浮かべている。
「シュノード様は私にこう言ったの。これから君はエリスとして生きる。だから、過去の思い出や記憶はいらない。セレーナとしての自分も名前も全部捨てて、エリスとして自分の隣になさいって。だから、セレーナはもういないの」
「そ、そんなの…!!そんなの認められるわけがないだろう!!大体君の両親は何と言っているんだ!!あんなに君の事を思っていたじゃないか!なのにいきなりセレーナとしてのすべてを捨てろだなんて、受け入れるはずが…」
「心配してくれてありがとう、オクト。でも、お父様もお母様ももうすでにシュノード様からお願いを受け入れることに決めたんだって。自分の婚約相手が第一王子様だなんて、この上ないくらいの幸せな事でしょう?だから娘の私は幸せになれるに違いないからって、行ってきなさいって」
「……」
「だから、もう会えない、かも…」
そう言葉を発するときのセレーナの表情が、俺の心に突き刺さった。
落ち着いたような雰囲気で、達観したような口ぶりでそう言葉を発する彼女だったが、その時のその顔は、切ないという言葉をそのまま表情に現したような、それでいて心から悲しそうなものだった。
――――
セレーナのもとに危険を賭して会いに行くたび、彼女はぽわっと明るい表情を見せてくれ、うれしそうな思いをそのまま口にしてくれる。
俺はただただそれだけが欲しくて今までセレーナの所に行ってきた。
しかし、もうそれだけではだめだ。
俺の頭の中には、この狂った婚約劇にけりをつけるだけの計画が浮かんでいる。
もう少しで実現できるその計画さえ実現できたなら、その時こそ俺はセレーナに……
「私、シュノード様の婚約者になることになったの」
いつもと変わらない場所で、いつもと変わらない他愛もない話をしていたその時、セレーナは俺にそう言葉を発した。
あまりに突然の言葉だったからか、俺は最初、それをセレーナの冗談だと思い、本気にしなかった。
「それはすごいな。それじゃあこれから俺はセレーナの事をセレーナ様と呼ばないといけなくなるな」
「それじゃダメなの」
「…ダメ?じゃあなんて呼ぶことになるんだ?」
ただの冗談だと思ってセレーナの言葉に乗っかった俺に対し、セレーナはやや神妙な表情を浮かべながらこう言葉を返した。
「私、エリスになることになったの。だから、これからはエリス様って呼んでもらうことになるのかな…」
「…はぁ?」
そこでも俺は、セレーナの言っていることが真実だとは思わなかった。
彼女はまだ悪ふざけをしているのだと、そう思わずにはいられなかった。
「それは一体どういう物語なんだ?確かにシュノード様と婚約していたエリスはいなくなってしまったらしいが、だからといってセレーナが代わりに婚約者になれるわけが……」
そこまで言葉をつぶやいたその時、俺の脳裏にある可能性が浮かび上がった。
しかし、それが現実に起こるなどとは到底考えられない可能性だ。
絵本の中の話じゃあるまいし、シュノード様の気がふれてしまったわけでもあるまいし、とても現実に起こることとは考えにくい可能性だ。
…しかし、確かに浮かび上がってしまった。
「ま、まさか…。エリスと君の顔が似ているから、その身代わりとして自分のもとに来い、なんて言われているんじゃないだろうな…?」
「……」
俺の言葉を聞いて、セレーナはただただ静かに黙っていた。
しかし、その表情は非常に複雑そうな色調を示しており、その答えがどちらであるのかは明らかだった。
「う、嘘だろ…。ま、まさかそんなことを現実にやる男が、それも第一王子ともあろう男が、そんなことをするはずが…」
「……」
エリスとセレーナの顔や雰囲気が似ているという話は、俺たちや俺たちの周りの人間たちの間では度々取り上げられていた話題だった。
そんな中で、もしもエリスがいなくなったら代わりにセレーナが第一王子妃になれるんじゃいのか、なんて冗談をかけあうことも何度もあった。
…しかし、それは所詮《しょせん》そういったことが現実に起きるなどと思えないからこそ言えること。
俺自身もエリスと顔を合わせたことなどほとんどなかったため、半ば冗談や遊びのつもりで言っていたところもある。
…それが、現実に起こったというのだ。
「エリスがいなくなってからのシュノード様は、かなり傷心してしまっていたらしいの…。そんなときに偶然、王宮の中を歩く私の姿を見て、その場で決めたらしいの…。私を、いなくなったエリスの身代わりにするって…」
「ふざけるな!!なんでセレーナがそんなことをしなくちゃいけないんだ!!」
この場で彼女に当たることほど、筋違いな事はない。
しかしどうしても気持ちを我慢できなかった俺は、つい湧き出る感情をそのまま口にしてしまう。
「セレーナ、俺が抗議に行ってやる!絶対そんなとさせてたまるか!」
「大丈夫、そんな事しなくてもいいの」
「な、なんで…!!」
感情的になってしまう俺とは対照的に、セレーナは非常に落ち着いた様子を浮かべている。
「シュノード様は私にこう言ったの。これから君はエリスとして生きる。だから、過去の思い出や記憶はいらない。セレーナとしての自分も名前も全部捨てて、エリスとして自分の隣になさいって。だから、セレーナはもういないの」
「そ、そんなの…!!そんなの認められるわけがないだろう!!大体君の両親は何と言っているんだ!!あんなに君の事を思っていたじゃないか!なのにいきなりセレーナとしてのすべてを捨てろだなんて、受け入れるはずが…」
「心配してくれてありがとう、オクト。でも、お父様もお母様ももうすでにシュノード様からお願いを受け入れることに決めたんだって。自分の婚約相手が第一王子様だなんて、この上ないくらいの幸せな事でしょう?だから娘の私は幸せになれるに違いないからって、行ってきなさいって」
「……」
「だから、もう会えない、かも…」
そう言葉を発するときのセレーナの表情が、俺の心に突き刺さった。
落ち着いたような雰囲気で、達観したような口ぶりでそう言葉を発する彼女だったが、その時のその顔は、切ないという言葉をそのまま表情に現したような、それでいて心から悲しそうなものだった。
――――
セレーナのもとに危険を賭して会いに行くたび、彼女はぽわっと明るい表情を見せてくれ、うれしそうな思いをそのまま口にしてくれる。
俺はただただそれだけが欲しくて今までセレーナの所に行ってきた。
しかし、もうそれだけではだめだ。
俺の頭の中には、この狂った婚約劇にけりをつけるだけの計画が浮かんでいる。
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