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第1話

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王宮の中に立派に備え付けられている第一王子室。
その部屋の前で、一人の少年が自身の胸を緊張で高ぶらせていた。

「(ここは何度来てもドキドキするな…。で、でもやらなきゃ…!)」

意を決した様子の彼は、部屋の扉の前まで足を進めると、深く深呼吸をした後にこう言葉を発した。

「リヒト様、頼まれていた資料をお持ちいたしました!」

8歳とまだまだ幼く、容姿も女性的な顔立ちをしているレイが、主君であり第一王子でもあるリヒトの元を訪れた。
レイは以前からリヒトの秘書をしており、24歳でありながら王子として多忙を極める主君《リヒト》の事を懸命に支えていた。
レイから資料を差し出された王子は、自身の机の上に広げられた別の資料に目を向けたまま、彼にこう言葉を返す。

「ずいぶんと遅かったな。次からはもっと早くしてくれよ。私は仕事の遅い奴は大嫌いだからな」
「も、申し訳ありません!!」

語気の強いリヒトの口調。しかしそれに対してレイは全く不快感を感じてはいなかった。
レイはリヒトの右耳に視線を移すと、そこに付けられたアクセサリーを見てその胸を躍らせる。

「(…リヒト様、前にプレゼントした僕のイヤリング付けてくれてる…。お渡しした時はあんまりうれしそうじゃなかったけれど、気に入ってもらえたんだ…♪)」

そう、リヒトは言葉こそ厳しいものの、レイの事を心から愛しているのだ。
だからこそレイもまた、そんなリヒトの思いに答えようと自身の仕事を懸命に頑張っているのだった。

…しかし、それほどにリヒトの事を慕っているレイが、たったひとつだけその感情を複雑にすることがあった。
リヒトの机の上に置かれた、ある人物からの一通の手紙。
その差出人の名前を見て、レイはその表情を曇らせる。

「(…聖女アリシア様からの手紙…。リヒト様は、やっぱりアリシア様の事が好きなんだ…)」

聖女アリシアとは、この王国におけるすべての臣民からの崇拝を集める一人の女性だった。
普段は教会で祈りを捧げながら、それ以外の自身の全ての時間をこの国の民たちのために使っており、まさにすべての人々を想いやる”聖女”という名に相応しい人物だった。
それでいて容姿も非常に端麗で、女性的な体のラインもしっかり有しており、正真正銘どんな男性からも心惹かれる存在にあった。

それほどに魅力を有するアリシアと、第一王子として国を立派にまとめ上げているリヒト。
美男美女である二人がともに並び立つその姿は、誰の目にも理想の夫婦像に移ることだろう。

しかし、実際の二人のやり取りは色恋沙汰のようなものではなく、教会の主と第一王子の間で交わされる他愛のない普通のやり取りのみで、レイが心配するような事実は何もないのだった。
ただし当然、レイには二人の手紙の内容を覗き見ることなどできないため、結局誤解を解くことはできず…。

「(…リヒト様の心がいつか、アリシア様一人だけのものになっちゃうのか…。嫌だなぁ…)」
「なんだレイボーっとして。他にも私に何か用があるのか?」
「い、いえ!!」

レイは必死に自分の感情をごまかすと、そのままその場から引き上げようとし始める。

「そ、それでは僕はこれで…!ま、またなにかありましたらいつでもお呼びください!」
「レイ」

挨拶を行ってこの場を去ろうとしたレイに向け、リヒトは自身の表情を見せないままに、小さな声で言葉を発した。

「以前にお前が作ってもってきた資料、悪くない出来だった。これからも頼むよ」
「…!!!」

…突然にリヒトからかけられた言葉を聞いて、レイは心の中が暖かくなる感情を抑えるのに必死だった。
彼は大きな声でリヒトに返事を行うと、心の中にあふれ出る思いをなんとか表に出さないよう必死に注意を払いながら、できるだけ冷静を装った動きで部屋を後にしていった。

――――

「……」

レイが部屋から去っていった王室において、当然リヒトのみが残される。
…レイがここからいなくなった途端、若干その心にさみしさを感じたのが見て取れる。

「…ふぅ…」

そんな彼の頭を悩ませるのは、自身と敵対関係にある一人の人物に関してだった。
目を向ける資料には、その人物に関する詳細な情報が記されている。
侯爵としての位を有するその人物は、リヒトが非常に危険視している人物であった。

リヒトは自身の長髪を手で整えながら、これからどうしたものかと頭を巡らせる。

「(…どうにも普段より髪のかかりが良いのは、レイに髪をとがせたからだろうか…?)」
「…おっと、だめだな…余計な事ばかりを考えてしまう……」

リヒトは小さくそうつぶやいた後、机から顔を上げてふと自分の横へと視線を移す。大きな鏡がかけられたそこに移る自分の姿。以前までと違う部分があるのは、やはりこの可愛らしいイヤリング。

「…やれやれ。また余計な事を考えて…」

彼が集中して頭を悩ませることができるまでには、もう少し時間がかかりそうだった。
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