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第49話

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外の新鮮な空気を体に入れながら、クラインはひと時の休息の時を過ごす。
しかし彼の頭の中にあるものは、休息の時でも同じだった。

「(私はセシリアに……許してもらえるのだろうか…?自分の勝手で彼女との約束をとり付けておいて、結局約束の場所に現れることが叶わなかったこの私を…)」

クラインの脳内には、いまでもなお明るい笑みを浮かべるセシリアの顔が焼き付いている。
ひとたび瞳を閉じて時を戻したなら、あの時と同じ雰囲気のままのセシリアが優しく彼に語り掛ける。

「(クライン)様!!!」
「っ!?」

その時、クラインは大いに驚きの表情を浮かべた。
というのも、心の中に浮かべていた自分に呼びかけるセシリアの声と同時に、今いる現実の場所で誰かから全く同じタイミングで声をかけられたからだ。
その声はクラインの後ろから発せられていたため、彼はなにかを期待するかのように迅速に自分の後ろに振り返り、そこにいる人物の姿をその目に確認する。

「クライン様!!こんなところで出会えるだなんて、ほんとうにうれしいです!!」

クラインの視線の先にいたのは、セシリアにとって血のつながりのない妹であるマイアだった。
…クラインは一瞬だけどこかがっかりしたような表情を浮かべたものの、次の瞬間にはそれまでと変わらぬ冷静な表情に戻し、マイアに挨拶を返した。

「こんにちはマイアさん。直接お会いするのは……久しぶりですね」
「はい!ずっとずっとクライン様にお会いできるのを楽しみにしていました!!」

クラインがリーゲルの家に調査に訪れた時、その場にマイアとセレスティンはいなかった。
それはセシリアに関してのぼろがでないよう、リーゲルが二人を屋敷から離していたためだった。
しかしマイアはその事情を知らされていないため、特に何を気にすることもなくこうしてクラインのもとに突撃を図ったのだった。

「クライン様がこちらを訪れになるなんて珍しいですね!何かあったのですか??」
「少しこちらで仕事がありまして」
「(仕事、ねぇ…♪)」

クラインの返事を聞いたマイアは、その心の中に得意げな表情を浮かべながら、こう言葉をつぶやいた。

「(あなたがこっそりとこの私の事を見続けてくださっていることは、もう分かってるのですよクライン様…。それを”仕事”と言って誤魔化されるだなんて、いくら天下の近衛兵様といっても色恋沙汰に関してはうぶなのですね…♪)」

以前からクラインとの関係について手ごたえを感じているマイアは、今回の一件を通じて、彼が自分に好意的な思いを抱いていることはもはや間違いないことだろうと確信していた。
そんなマイアに対し、今度はクラインが疑問の声を上げた。

「マイアさんはどうされたのですか?かなり着飾っておられるようですが…」
「あ、え、えっと……」

ただの散歩の途中で運命的に遭遇したというストーリーにしたかったマイア。
…ただの散歩にここまで着飾る理由を必死に脳内で考え、どう取り繕うかのアイディアを絞り出す。

「(パ、パーティーの途中で抜けてきた…っていうのは無理よね…。う、運命的な偶然を装いたかったんだから、クライン様に会うために準備したっていうのもおかしいし…。ど、どうしよう……)」

しかし、そこはこれまでセシリアの事をいじめぬいていたマイア。
自分を悲劇のヒロインとする言い訳を瞬時に思い付き、その表情に悲壮感を漂わせる演出を浮かべながら、こう言葉を返した。

「じ、実は私、お父様から縁談の話を告げられたのです…。でも、お相手様の事がどうしても私は好きになれなくて…。も、もちろんその方の事を受け入れようと努力はしたのですが、向こうは私の事をただのものにしか見ていない様子で…。そ、それでこうして逃げるように抜け出してきたんです…。わ、悪い子ですよね、私って…」

即興《そっきょう》の言い訳でありながら、その両目にうっすらと涙を浮かべて見せるマイア。
血はつながっていないながらも、土壇場《どたんば》の演技力は父親譲りらしい。

しかしクラインはそんなマイアの様子を見ても特に表情を変えることなく、冷静な口調で言葉を返す。

「そうだったのですね…。大変だったことともいますが、少しでもあなたに幸運が振り向くことを、私は心からお祈りいたします」

それはクラインの発したただの”定型文”なのだが、それをかけられたマイアはその言葉をそのままの意味にとらえる。

「(ク、クライン様が私のために祈りをささげてくださると!!こ、これはもう押せ押せでしかないわね…!!今のタイミングを逃したら一生後悔しそうだもの!!)」

クラインとの会話の中に謎の手ごたえを感じたマイアは、ついに自分の用意したセシリアとの架空のストーリーを繰り出すこととしたのだった。
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