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第40話

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「やめなさい!!!!!!!!」
「っ!?!?」

突然聞こえてきた大きな声に彼は制止され、こぶしを振り上げたままノルドはその体をフリーズさせる。
そして、彼はそのままその声を発した主の方にへと視線を移す。
…その場所には、それまでこの場にはいなかった第三の人物の姿があった。

「…おやおや、ようやくお会いできましたねぇ。♪」

そう、ノルドたちの前に姿を現したのは他でもない、彼らにとってこの侯爵家を訪れた最大の目的人物である、レベッカだった。
ノルドは彼女の姿を確認すると、自身の手からエリカの体を引き離し、恭《うやうや》しく自身の頭を下げ、レベッカに対して簡単に挨拶を行った。
…無論、そこに本心からくるうやうやしさなど欠片もありはしない。
あくまで彼の心の中にあるのは、ようやく獲物を見つけたという満足感のみだった。

しかし、レベッカの出現によって間一髪難を逃れたはずのエリカは、むしろそれまで以上にその表情を焦りの色で染め上げる。

「だ、だめよレベッカ!!隠れてなさいって言ったでしょ!!!」

悲痛な表情でそう声を上げるエリカに誘発されるように、レベルクもまたレベッカに向けて大きな声を上げた。

「い、今からでも逃げるんだレベッカ!!!き、君がこの場に出てきたら、ラクスの思いがすべて無駄になってしまう…!!!」

必死にそう言葉をかける二人だったものの、当のレベッカはすでに覚悟が決まっているような表情を浮かべており、その願いは彼女には届かなかった。
そして同時に、二人の叫びを聞いたノルドがなにやら高らかな笑い声を発し始めた。

「ククク、笑っちゃうねぇ…。レベッカ?誰の事だそれは?(笑)」

二人はノルドの言っていることの真意が理解できず、困惑した表情を浮かべる。
そんな二人の姿を見たノルドは、ますます楽しそうな表情を浮かべると、レベッカの真実をその口で話し始めた。

「冥途《めいど》の土産《みやげ》に教えてやろう。いいか?こちらにおられるのはレベッカなどという者ではない。時の皇帝であらせられるグローリア・ヘルツ様、その一人娘であるセシリア・ヘルツ様である…!」
「「っ!?!?!?」」

…ノルドの口から発せられた衝撃的な事実に、二人はその目を見開いてレベッカの事を見つめる。
そして、恐る恐るといった様子でレベッカに対して言葉を漏らした。

「ほ、ほんと…なの…?」
「き、君が…グローリア皇帝の…娘…?」
「……」

その問いかけに対し、レベッカは軽くうつむき、言葉を直ちに返しはしなかった。
…というのも、彼女はたった今その心の中で、あるひとつの決心をしている最中《さなか》だった。

「(これは、絶対に誰にも言ってはいけないことだって言われ続けていた事。皇帝としての立場があるお父様に迷惑をかけないために、私がグローリア皇帝の娘であるということは、絶対に誰にも知られてはいけないことだった…)」

それは、ある意味これまでの彼女を縛り続けていたもの。
しかし、今の彼女の心はこれまでとは違っていた。

「(私は皇帝の娘であることを名乗らず、レベッカとして生きていくことを誓った。それがお父様と彼との約束だった。………だけどお父様、ごめんなさい。私は今、その約束を破ります…!)」

すると、レベッカは何かを決心をしたような凛々しい表情を浮かべ、勇ましいたたずまいのまま、澄んだ声でこう言い放った。

「私がグローリア・ヘルツ皇帝の一人娘、セシリア・ヘルツである」
「…!!!」バッ!!

…セシリアのその言葉を聞いた途端、彼女の近くにたたずんでいた近衛兵たちはサッとその場にひざまずき、彼女に対する敬意を示した。
そんな兵たちに流されるように、ノルドもまたそのばにさっと体を伏せ、他の兵たちと同じ姿勢をとる。
その後、1人の近衛兵がその表情をうれしさで満たしながら、セシリアに対してこう言葉を発した。

「ご、ご無事で本当に何よりでございました、セシリア様!!す、すでに王宮にお送りさせていただくための馬車は用意させていただいております!ぜひ、私どもとともに王宮まで戻りましょう!陛下もきっとそれをお望みのことでしょう!」

すると、それから間髪を入れずにノルドが自身の口を開き、続けて言葉を発した。

「セシリア様、この屋敷における後始末はこのノルドにお任せください♪この者たちにはしかるべき報いを受けさせ、死ぬまで地獄を味わっていただきましょうとも♪」

不気味な笑みを浮かべながらそう言葉を発するノルドの言葉を、セシリアは表情を崩さずに聞いていた。
それから一間《ひとま》をおいて、彼女は皇帝令嬢たる毅然とした口調でこう言葉を言い放った。

「私はグローリア皇帝の娘です。ゆえに私の言葉は、皇帝陛下の言葉として聞き入れなさい」
「クスクスクス…。セシリア様、もうそんな堅いのは抜きでいいでしょ♪早く私にお命じください。この者たちを処分し、自らを王宮まで案内」「消えなさい」
「………は?」

…セシリアの発した言葉に、ノルドその頭上にはてなマークを浮かべる。
そんなノルドに構わず、セシリアは威厳さえ感じさせる口調で言葉を続けた。

「聞こえなかった?この場から消えなさいと言ったの」
「お、おいおい…。い、いきなり何を言って…」
「あら?私の言葉に逆らうというの?それならあなたたちの方にこそそれ相応の罰を受けてもらうことになるけれど、それでもいいのかしら?」
「っ!?!?」

彼女の言葉に最初に体を反応させたのは、先ほどセシリアに対して言葉をかけた一人の近衛兵だった。
彼はその場から勢いよく立ち上がると、そのままノルドの片腕を掴み上げ、こう言葉を発した。

「セ、セシリア様を怒らせて何になるノルド!たった今セシリア様が言った通り、そのお言葉はグローリア様のお言葉でもある!我々がそれに逆らうことは許されない…!!」
「お、おい離せ!!!もう目的の女が目の前にいるんだぞ!!なんでここで引き下がらないといけないんだ!!!じゃ、邪魔をするな!!!」
「ノルド!!いい加減にしろ!!」

興奮している様子のノルドは複数の兵たちに体を押さえられ、そのままその身を後方へと引き離されていく。
そして、1人の近衛兵がセシリアに対し、ややその口調を震えさせながらこう言葉を告げた。

「お、お騒がせしてしまったこと、本当に申し訳ございませんセシリア様…。我々はお命じになられた通り、この場から引き揚げさせていただくことといたします…。そ、それとセシリア様、今回の事は」「いいから、早く帰って」「は、はいっ!!」

その会話を最後にして、近衛兵たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から退散し、一瞬のうちにその姿を消していった。
…狙っていた獲物が目の前にあったノルドだけは最後まで大きな声で抵抗していたよすうだったものの、他の兵たちはむしろ逃げ出すように消えていき、途端に侯爵家には静かな沈黙に満たされた空間がもたらされる。

「…よ、よかった…」クラッ…
「「っ!?!?」」

刹那、セシリアは極度の緊張状態から解放されたためか、全身を脱力させたかのようにその場に倒れこみ、その意識を体から手放した。
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