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第25話

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家の中をくまなくチェックしていくクラインと、その仲間の近衛兵たち。
リーゲルはそんな彼ら姿を、腕を組み、後ろから冷ややかな目で見つめていた。

「(…探したってなにも出てきたりはしねぇよ。もともとあの女に私物なんて何もなかったんだ。あいつ自身がここにいないのはもちろん、ここにいたっていう痕跡だってありはしないんだよ)」

普通、住んでいた家から一人の人間がいなくなったなら、その人間が大切にしていた物や服、生活用品などが残される。
ゆえにそれらの存在が、いなくなった人間を思い起こさせる痕跡となるのだが、ここにはそういったものが何も残されてはいなかった。
…いや、残されていなかったというよりも、初めから与えられていなかったという方が正しいか。
数少ない彼女の生活用品などもすべて処分されてしまっている様子で、クラインはその光景を目にして心の中を少しいらだたせる。
そしてその時、1人の近衛兵がクラインにある報告を行った。

「見てくれクライン。法務局が管理する、この家に関する記録だ。…リーゲル、セレスティン、マイアに関する記載はあるが、それ以外の者に関する記載はない。…記録上は、やはりこの家には3人しかいなかったということになる」
「…まるで、不都合なものだけをバッサリと切り捨てたような状況ですね…」

二人の会話を聞き、リーゲルは反射的にニヤッと笑みを浮かべた。
彼が耳がよく、小声で行われた二人の会話の内容が正確に耳に入った様子。
リーゲルはそのままクラインのもとに近づくと、挑発的に言葉を発した。

「おらおら、何も出てきやしないだろう?いつまで子どものお遊びに俺たち大人を付き合わせるんだよ。お前が探してる消えた女の事、お前がどう思っているのかは知らないが、いなくなったっていうんならそれだけの理由があったってことだろ?お前、実はそいつから嫌われてたんじゃないのか?(笑)」
「いなくなったのは女性、などと我々は一言も言っていませんが?」
「……」

…クラインからのカウンターが急所にヒットする。
しかしリーゲルもリーゲルだ。
ただで引き下がったりはしない。

「…ま、前に見せてきたイラストあっただろ?あんな聞き方されたら、あの女を探してるものだと思うのは普通だろ。わ、悪いのかよ?」
「…誰も、あなたの事を悪いだなんて言っていませんよ?」
「……チッ」

ただの子どもだと見下しているクラインの態度が気に入らないのか、リーゲルは彼の言葉に舌打ちで答えた。
その時、1人の近衛兵がクラインのもとに再び知らせを持ち込んだ。

「…クライン様、地下に小さな物置が隠されているのが見つかりました。大したものは置かれていませんでしたが、一応確認されますか?」
「(っ!?)」

隠していた地下倉庫が発見された。
その報告が聞こえてきたリーゲルは、一瞬のうちにその表情をこわばらせた。
そしてその表情の変化を、クラインが見逃すはずはなかった。

「行こう。案内してくれ」
「ちょっ!?」

…何か言いたげなリーゲルを放って、クラインは部下に連れられ地下倉庫の方へと足を進めていった。

――――

「ここは大きな板で隠されていて、ぱっと見は存在がわからないようになっていました。…とはいっても、中には特に高価なものや希少なものが隠されているわけでもなく、言ってみればただの空き部屋だったわけですが…」

部屋に到着したクラインに、発見した部下の兵がそう説明を行った。
クラインは案内された地下倉庫と思わしき場所の中の様子をじっくりとチェックすると、後ろについてきていたリーゲルに対してこう言った。

「リーゲルさん。まさかとは思いますが、ここで一人の人間が生活していた、なんてことはありませんよね?」
「っ!?」

クラインの言葉に息をのんだのは、リーゲルではなく彼の部下の方だった。

「そ、そんなまさか…!?い、いくらなんでも…!?」

そう、この場所で一人の人間が生活していたなんて、いくらなんでも考え難い話だ。
しかしクラインは真剣な表情でリーゲルに対しそう言った。

ここで生活していた者は、横に倒されたこの堅い本棚をベッドの代わりにしたのではないか。
壁には汚れたガラスが立てかけられているが、これを鏡の代わりにしたのではないか。
床には黒ずんだ器が丁寧に整頓されているが、これを食器の代わりにしていたのではないか。
さらにここは地下であるため当然窓はなく、明かりは天井の隙間から差すごく一部のもののみ。
…その隙間というのが、どうやら人の手で開けられた痕跡があった。

「お答えくださいリーゲルさん。ここには本当に、誰もいなかったのですか?」

変わらず真剣な表情でリーゲルに疑問を投げかけるクライン。
そんな彼のシリアスな表情を見て、リーゲルは薄ら笑いを浮かべながら返事をした。

「…仮に、仮にこんなとこで一人の人間が生活していたとしたら、そいつはきっとろくでもない人間だろう。普通の人間なら、こんなところで生きていくことなんてできやしない。こんな薄汚れたゴミ溜めのような場所で生きているとすれば、名前も持たぬ捨て子や孤児なのだろうが、そんな奴の事を調べて何になるというんだ?誰が得をするというんだ?」

リーゲルはどこか挑発的に、クラインに対してそう言った。
そしてクラインが何か言葉を返そうとしたタイミングに合わせ、さらに言葉を発した。

「まぁ、これはただの独り言だ。無視してくれてかまわないぜ?(笑)」

完全に、わざとクラインの神経を逆なでしているリーゲル。
これでクラインを不快にさせられたに違いないと確信した様子だったが、クラインはつとめて冷静にリーゲルに言葉を返した。

「では、私も独り言を。あなたの言うその捨て子の女の子は、現在の皇帝であられるグローリア・ヘルツ様の実の娘、セシリア・ヘルツ様なのですよ。我々王宮近衛兵は、そんな彼女を連れ戻すべくこの場に来たというわけです」
「っ!?!?」

…予想だにしていなかった言葉を前に、リーゲルは自身の頭をフリーズさせてしまう。

「(こ、皇帝の娘…?あ、あの女がか…??そ、そんな馬鹿な話があるか!だ、大体今の皇帝に子供がいるなんて話は一度も)」
「グローリア様にはお子様はおられない。…というのは、実は間違いなのです。グローリア様には一人のご令嬢がおられました。しかし当時は戦火の激しい中でしたので、グローリア様はそのことを公にされず、いわばその子どもは隠し子のような存在となっていました」
「ばっ!?!?」

冷静な口調で言葉を発するクラインとは対照的に、リーゲルは先ほどまでの余裕を失ったかのように、大きく動揺させられている様子だった。
クラインは改めて倉庫の中をぐるっと見渡しながら、こう言葉を発した。

「…いやいや、皇帝陛下のご令嬢をこんな場所に閉じこめて、その上で満足な水も食料も与えず苦しめていたなんて、本当だったならもはや陛下への反逆ととら得られてもおかしくはない行いですねぇ。それらの行いが明るみにになったその時は」
「だ、だからそんなことはないと言っているだろうが!!!お前もしつこいぞ!!」

大きな声を上げてクラインに反論するリーゲルのその姿は、完全に自分の方が逆上している様子だった。
そんなリーゲルに対してなお、クラインは冷静に言葉を返した。

「ご安心ください。これらはすべて私の独り言ですから。しかし…」
「…」

…クラインは冷静でありながらも、どこか威圧感を感じさせる雰囲気を放ち、言葉を続けた。

「しかし、もしもそれらの事が事実であったなら、その時は私はあなた方を絶対に許しはしない。苦しみさえ甘く感じられるほどの地獄の底に突き落として差し上げますから、覚悟しておいてください」
「っ!?!?」

…15歳とは思えない殺気を放つクラインを前に、完全に腰が引けてしまうリーゲル。
そこまで彼に恐怖を感じさせた者は、これまでに誰一人いなかったことだろう…。
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