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第53話

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アリッサからかけられた言葉を聞き、かなり動揺したような表情を浮かべるハイデルであったものの、その言葉は真実だった。
ハイデルはメリアを婚約破棄の上で追放する時、まさにその言葉をそのままアリッサにかけてしまっていたのだ。

「まさか本当にお忘れなのですか?それこそ将来を約束してくださった婚約者としてあるまじき姿ですね。それでも本当に人々の事を束ねられる第二王子様なのですか?」
「アリッサ…。第二王子であるこの僕を愚弄するようなその言葉…。いくら僕が愛する存在だからと言っても、さすがに聞き入れるわけにはいかない言葉だぞ…」
「あら、本当の事を言っただけではありませんか。第二王子様というのは正論を言われたら逆上してしまうような方でも務まるのですか?なら本当に良いお仕事ですね♪」

アリッサはあえてなのか自然になのか、ハイデルの事を煽るような言葉を発し続ける。
そしてそのあおりにハイデルは完全に乗せられてしまい、次第にその表情をこわばらせていく…。
するとその時、第三の人物が二人の間に割って入り、こう言葉をかけた。

「アリッサ、君は意外に鋭いんだな。さすがはメリアの後継者として選ばれただけのことはある」
「…?」

そう言葉を発したのは、それまでメリアに関して言い争いをしていたエルクであった。

「君の言うとおりだとも。ハイデルはもはや、第二王子としてふさわしいふるまいをしてはいない。上に立つものとして優れているとは、到底言い難いものだ」
「ちょ、ちょっとお待ちくださいエルク様!!アリッサの言葉に乗せられないでください!僕はきちんと第二王子としての使命を全うして…」
「そうか、それじゃあ使命をきちんと全うした結果がこれだというわけか」
「…!?」

エルクはそう言うと、大いに混乱に包まれている会場の方を手で示した。

「これまでは大目に見てきてやったが、これはもう見逃すことはできないな。お前は王宮に仕える貴族たちを混乱させ、騎士たちを混乱させ、さらには優れた魅力を持つ婚約者であったはずのメリアの事を切り捨てた。彼女は言っていたそうだな?自分との婚約をやめてしまったなら王宮は大混乱に陥ることになると。しかしお前はそれを無視し、自分のやりたいようにふるまった。その結果がこれだ」
「う……」

エルクの口調は非常に厳《おごそ》かであり、彼の言葉により、それまでざわざわとしていた会場は重い沈黙の空気に包まれる。
エルクにはやはり、周りの雰囲気を一変させてしまうほどのオーラがあるのだった。

「ここに宣言しよう。ハイデル、お前は今日をもって第二王子の座を退いてもらう」
「な!?!?!?」

…それは、ハイデルがこれまで心の底から恐れ続けていた言葉であった。

「い、いくらなんでもそれはエルク様の横暴なのではありませんか!?仮に本当にこの僕の事を第二王子の座から退かせるとは言っても、そこには国王様の同意や貴族たちへの説明なども必要です!失礼を承知の上で言わせていただきますが、エルク様の一存だけで決められるようなものでは…」
「あぁ、その心配はいらない。国王様からはすでに納得の返事をもらっている」
「!?!?!?」
「それに、貴族たちも問題ないのではないか?あぁ、ここにたくさん集まっているのだから聞いてみれば良いじゃないか」

冷や汗をかきながら完全に体を硬直させてしまうハイデルをしり目に、エルクは集まった貴族たちに向けてこう言葉を発した。

「この中にハイデル第二王子の続投を望む者がいるなら、遠慮なく手を上げるといい。別にここで手を上げたからといって、なんらペナルティなどは課さないことを俺が保証しよう。好きにしてくれればいい」

その澄んだ声はこの会場にいる全員の耳に届き、この場にいる者たちは例外なくそれぞれお互いの顔を見合わせる。
ひそひそといった相談の声のようなものが会場のあちこちで起こり始め、ハイデルはその様子を心臓を激しく鼓動させながら見守る。
…が、誰一人としてその手を上げようとするものは現れない…。

「お、おい…何を遠慮しているんだ…。ここでお前たちが手を上げないと、僕はこのまま王宮から追い出されることになるんだぞ…?い、いままであんなにも目をかけてきてやったじゃないか…。あ、あの時間は無駄だったというのか…?」

か細い声でそう言葉を漏らすハイデルであったものの、その声は誰の心にも届かない。
自分自身は貴族たちから慕われているものとばかり思っていた様子のハイデルであったが、現実の彼のおかれている状況はそんな理想とは正反対だった…。

「貴族たちも、お前を追い出すことに賛成してくれているようだ。さて、ハイデル、まだなにか反論があるか?」
「そ、そんな……」

皮肉なことに、もしもこの場にタイラントがいたならば、彼が持ち前のハイデルを持ち上げる話力でこの場の空気を換えてくれたのかもしれない。
しかし、今やそれは実らぬ夢であった…。
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