私を追い出しても大丈夫だというのなら、どうぞそうなさってください

第44話

わざと課題を間違えて時間を稼ぐ、という経験をこれまでしてこなかったフューゲルには、手加減のレベルを非常に難しく感じていた。

「(あんまり作業が進んでなかったらわざと負けに行ってることがさすがにばれそうだけど、でも僕わざと間違えるってことをしたことがないから、程度が全然わからない…。これはちょっと困ったなぁ…)」

実際の所、フューゲルが不安に思った通り、観衆たちが彼に向ける目は時間とともにいぶかしげなものへと変わっていった。

「フューゲル様、あれで本当に本気なのか？」
「なんだか…。わざと負けているような気がしない…でもないが…」
「しかし、タイラントはハイデル様の直属の部下なのだろう？だったらそれはハイデル様が命じてるってことになるが、ハイデル様にそんなことをするメリットが果たしてあるのか…？」

この勝負における様々な疑いの声があげられていく中、ハイデル自身もそれは非常に思うところであった。

「(連中がざわついている通り、やはりなにかがおかしい…。フューゲル君がこんな簡単な課題にあんなにも手こずるはずがないのだ…。僕の予想では一瞬のうちにタイラントの事を蹴散らしてくれるはずだったのに、どうしてこんなに時間がかかっているんだ…)」

やはり裏に何かあるのではないか、そう考えるハイデルは当然タイラントに対して疑いの目を向けるものの、今回の課題はハイデル自身が用意したものである上、フューゲルに対しては自ら気を遣うことなく全力でやってくれて構わないと言ってしまっている以上、そこにタイラントが付け入る隙などないと考えていたため、彼はますますその頭を悩ませていった。
…すっかりメリアの存在を脳から消し去ってしまっていたハイデルには、彼女こそがこの一件における重要な人物であるという事に気づかないのだった。

「(こ、こうしている間にもタイラントの方ばかりが課題を進めているではないか…。進捗の程度はここからでは詳しく分からないが、おそらく、数％ vs 70％と言ったところか…？こ、このままでは冗談でなく本当にタイラントが勝ってしまうではないか…！)」

焦りの表情を隠せないハイデルの様子を、タイラントは横目にしっかりと確認していた。

「(よしよしよし…。ハイデル様は僕の快進撃にかなり衝撃を受けている様子だな…。これなら僕に対する評価がひっくり返るのも時間の問題…。まぁフューゲルの負け演技が下手すぎるという計算外の出来事はあったものの、とりあえず問題なく事を運ぶことができそうだ…♪)」

タイラントはすでに、心の中で勝利を確信していた。
それもそのはず、この場において唯一彼を牽制できるはずの立場にいるハイデルが、タイラントの思惑に全く気付いていないためだ。
タイラントにとってはそれこそが一番の懸念点であったというのに、それがやすやすとクリアされてしまった今、もはやこの場に彼の計画を止められる人物は存在しなかった…。

「(まさかメリアがこんな形で役に立ってくれるとはね。今度なにかお礼でもした方が良いだろうか？ただまぁ必要ないか。そもそも僕がこうなったとこだってそもそもはメリアが勝手なことをし始めたことに原因があるわけだし、向こうからはなんの謝罪ももらってないのだから、それとこれでチャラって事にしておこう)」

タイラントはそう言葉をつぶやく中で、着々と課題をクリアに向けて進めていく。
そしていよいよゴールに向けてのラストスパートに差し掛かったその時、対決会場に複数人の者たちが乱入してきた。

バアァァン！！！！
「な、なんだなんだ…！？」
「おい！！！こ、ここは関係者以外立ち入り禁止で…」
「邪魔者は入っちゃだめだ！！！…ぞ…？」
「俺は王宮を守る騎士の長なんだから、れっきとした関係者だよな？」
「ク、クリフォード様！？」

先陣を切ってその場に現れたのは、他でもない騎士の長であるクリフォードその人だった。
予想外の人物の登場に驚きを隠せない会場の人間たちだったものの、彼の後ろに控えるもう一人の人物を見て、その驚きをさらに深いものとすることになる。

「そしてこいつは、騎士の俺がこの場に必要と判断したから呼んだ。ゆえにこいつも関係者だ。文句はないな？」
「メ、メリア…！？！？」

クリフォードの背中からひょいっと姿を現したのは、タイラントに拉致されてしまっていたはずのメリアだった。
予定にはない人物の登場に色めき立つ観衆たちだったものの、その中で背筋が凍る思いを感じていた人物が一人、いた。

「(い、一体何がどうなっている！？！？！？！？！？なんであいつがここにいる！？！？！？！？このイベントが終わるまで倉庫に閉じ込めているはずだっただろうが！？！？！？！？)」