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第42話

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「フューゲル様!来てくださったのね!元気そうな顔を見られて私もうれしいわ!」
「アリッサ様、その節はどうもお世話になりました」

王宮に到着したフューゲルの事を最初に出迎えたのは、他でもないハイデルの婚約者であるアリッサだった。
彼女はフューゲルが自分の元を訪れることを心待ちにしていたような表情を浮かべながら、非常に上機嫌な雰囲気でこう言葉を続ける。

「ハイデル様がなにか変な事をしたがっているせいで、迷惑をかけてしまってごめんなさいね…。私としては、フューゲル様にこんなテストみたいなことは不要だと思っているから、いますぐにでもこの王宮に入ってもらって私たちのそばに来てもらいたいのだけれど…」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。ただ、今日はハイデル様に僕の力を見極めていただくような思いで参りましたので、どのような結果になっても温かく見守っていただけると嬉しく思います」
「まぁ、謙遜《けんそん》しちゃって!相手が相手なのだから、フューゲル様が負ける可能性なんて皆無じゃない!相手に変な期待をさせるのはかえって酷なことかもしれませんわよ?」

すでにメリアの一件で自身の負けを確定させられているフューゲルにとって、その言葉は別に謙遜からくるものでも何でもなく、今の彼にとってはただの事実であった。
しかしメリアの一件などなにも知らないアリッサにとっては、フューゲルの言葉はタイラントに対する余裕の言葉にしか聞こえなかったことだろう。

「ねぇフューゲル様、私にだけは教えていただきたいの。本当はあなたの思い人はメリアではなくって、別にいるのでしょう?あなたは今日これからその人のために頑張るのでしょう?」

…アリッサはあくまで、自分がフューゲルから想い慕われているという事を期待していた。
王宮でのこの対決も、フューゲルはあくまで自分に会う事を目的に訪れ、自分との関係を深めるために良い所を見せようとしているものだと信じて疑っていなかった。

「活躍を期待しているわ!私は全部ちゃんとみさせてもらうから、頑張って来てね!」
「ありがとうございます」

アリッサからかけられた言葉に対し、フューゲルは非常に淡々とした口調で言葉を返すと、そのまま彼女の前から姿を消していき、会場へと向かっていった。

――――

二人の対決は一般に非公開であるため、会場に多くの人間が押し寄せているというわけではない。
しかし貴族家の重鎮や王族の関係者、一部の資産家などは姿を現しているため、会場はその圧力からかなかなか独特な緊張感に包まれている。
一足先に会場に到着したフューゲルに対し、少し遅れてタイラントはその姿を現した。
まだ開始予定時刻を迎えてはいないため、二人は談笑を始めるような雰囲気で互いにこう言葉を交わし始める。

「来てくださったこと、感謝しますよフューゲル様。ここであなたに辞退されてしまっては、僕が裏でなにかやったのではないかと疑われてしまいますからね」
「裏で何かやっているのは事実なのではないですか?そこに誤解はないと思いますが」

フューゲルからの盛大なカウンターではあるものの、タイラントは自分の絶対的優位を確信しているためか、余裕の表情を浮かべたままこう言葉を返す。

「例えそうだったとしてもね、現実は表に出なければ何もやっていないと同じことですよ。さて、フューゲル様、約束は覚えておいでですよね?」
「えぇ。ただその前に、メリアはどうしているのですか?きちんと元気な状態でいるのですか?」
「それはお約束いたしましょう。彼女の体には傷一つ付けず、また手荒な真似は何も行っておりません。ただただ今回のくだらないイベントが終わるまでの間だけ、僕の監督下にいてもらうだけです。終わった後はきちんとあなたの所にお届けいたしますよ」
「……」

王宮にあまり興味を持っていないフューゲルにしてみれば、今回のイベントは特に関心のあるものではない。
しかしこんな男が王宮で仕事をしているのかと思うと、その心の中に不快感を抱かずにはいられなかった。

「いやいやそれにしても、今から起こることを想像するだけでワクワクしてきますねぇ。王国随一の期待を受けているあなたが、僕のような何の実績もない男に負けるところをハイデル様が目撃したなら、どんな表情を浮かべられるのでしょう。僕も長くハイデル様にお仕えしてきましたが、今までに見たことのないものとなることは確かでしょうなぁ。そのためにもフューゲル様、良い負けっぷりを期待していますよ?」
「……」
「クックック…。それではまた後で…」

タイラントはそう言葉を残すと、ひらひらと自身の右手を振りながらフューゲルに対して背中を向け、自分の持ち場に戻っていった。
…これから、自分の想像した未来とは正反対の事が起こるとも知らず…。
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