私を追い出しても大丈夫だというのなら、どうぞそうなさってください

新野乃花(大舟)

文字の大きさ
上 下
13 / 66

第13話

しおりを挟む
「♪♪」

足の傷はまだほんの少しの違和感を感じさせるものの、普通に動く分には何の問題もない程度に回復したメリア。
彼女はどこか上機嫌な様子で騎士の城の横にある花壇に立ち、花々に水やりを行っていた。
色とりどりの花を咲かせる花々の姿を見て、メリアはさらに一段とその機嫌を良くしていく。
…事件が起こったのは、そんな朝の時間であった。

「おやおや、第二王子様に捨てられたご身分にされては、優雅な朝をお過ごしですね」

突如、騎士ではない男性の声がメリアの耳に届けられる。
その声の主の方に向けてメリアが視線を向けたところ、そこにいたのはハイデル第二王子の右腕(腰巾着)としてその名を馳せている、タイラントであった。

「タイラントさん…」
「おっと、勘違いなさらないでくださいね。私はハイデル様からの伝言をクリフォード様にお伝えするべく参りましたので、騎士ではなくともこの城の中に足を踏み入れることができます。お分かりかな?」
「……」

メリアは何も言っていないのに、嫌味たらしい口調でそう言葉を発するタイラント。
それがわざとなのか、それとも自然とそういった言葉遣いになっているのかは本人にしか分からないところではあるものの、少なくとも彼はメリアと穏やかに話がしたくて来たわけではなさそうであった。

「クリフォード様は今、刀剣場にて鍛錬を行っておられますのでご不在です」
「ほぅほぅ、それは残念ですねぇ。いらっしゃらないのですか」
「……」

その時、メリアは本能的に察した。
この男はクリフォードが不在のこの時間をあえて狙ってきたのだろうと。

「御用がそれだけなら時間を改めていただきたのですが…」
「おっと、あなたにそんなことを言われる筋合いはないでしょう?ここの主であるクリフォード様やハイデル様にそう言われたなら従いますが、今のあなたに従わなければならない理由はないですよね?」
「それは、そうですけど…」
「なら生意気にこの僕に命令をしないでほしいな。もしかしてまだハイデル様の婚約者気分のままなんですか?それこそ痛々しいですね、あなたはもう切り捨てられた立場だというのに、それをいつまでも未練たらしく引きずるなど…♪」
「お、おいおい何事だ!」
「メリアさん!こ、この人は…?」

するとその時、メリアが対応に苦慮している姿を目撃したのか、城の中にいた二人の騎士が彼女たちの前に姿を現した。

「おやおや、下級の騎士たちが何の用ですか?僕はハイデル様からの命によりここにるのですよ?一体どちらが上の立場になるかは言わずとも理解できるでしょう?」
「(こ、こいつ確かハイデルの部下のイエスマン……)」
「(またろくでもないやつが来たな…。さて、どうするのが正解か…)」

タイラントが非常に扱いにくい存在であるという事は、若き騎士たちの間でも広く知られていることであったが、かといってタイラントの襲撃に備えたマニュアルなどが用意されているはずもない。
若き二人の騎士たちにこの場を取り持たせることは酷であり、その事はメリア自身も理解していることであった。
…逆に言えば、タイラントはこの状況だからこそこのタイミングを狙ってやってきたともいえる。

「メリア様、ここで話をするのもなんですから、一緒に来ていただきたいのです」
「おい!!勝手にメリアさんをつれだすなんてダメに決まって…」
「関係のない人間は黙っていてください。…それともあなたは、ハイデル様のお言葉に逆らうだけの覚悟をお持ちなのかな?」
「っ!!」

この場のペースは完全にタイラントが握っており、若き騎士たちにそのペースをつかみ返すことは難しかった。
…その雰囲気を察したメリアは、タイラントに対してこう言葉を返した。

「…私をどこに連れていくと?」

その言葉を聞いたタイラントは、不気味なほど気色の悪い笑みを浮かべ、上ずった口調でこう言葉を漏らした。

「そんなのは行ってからのお楽しみですよ♪まぁ、貴族令嬢というステータスは魅力的でしょうから、きっと相手を楽しませられることと思いますよ?♪」
「お、おい!!!」
「お前どこまで勝手なことを!!」
「構いませんよ。それであなたがここから帰ってくれるのなら。騎士の皆さんに迷惑をかけずに済むのなら」
「メ、メリアさん!!」
「だめですよ、こんな男の話に乗ったら!」
「おやおや、メリア様はあなた方騎士のために僕のいう事を聞いてくれると言っているのですよ?あなた方はそんな彼女の思いを踏みにじるんですか?」
「「なっ!?」」
「あははは!!!そうでしょうそうでしょう、何も言えないでしょう!最初からそうしていればよかっただけの事ですよ。さぁメリアさん、それでは僕の案内する方へ…」
「おい、何をしている」

タイラントが上機嫌にそう言葉を連ねていたまさにその時、彼の後ろから発せられた一人の男の低い声がその胸を貫いた。
…タイラントは体と表情を硬直させながらも、そのままゆっくりと、恐る恐るといった様子で自身の後ろに振り向く…。

「気色悪い手でメリアに触るんじゃない」
「ク、クリフォード…騎士長…」
「なにか胸騒ぎがして戻ってみれば…。おい、いったい何のつもりだ」
「ぼ、僕はただハイデル様からの伝言を…」
「ここは俺の城だ。部外者は出ていけ」
「そ、それはいくらなんでもハイデル様の意思を踏みにじることに…」
「いいから出ていけ!!目障りだ!!!!」
「ひっ!!!!!」

完全に形勢を逆転されてしまったタイラントは、それまでの余裕差を一気に失うと、一目散にその場から引き上げていった。
その後、クリフォードはやれやれといった様子を見せながらメリアの元まで歩み寄り、近い距離からこう言葉をかけた。

「大丈夫か?」
「は、はい…。で、でも大丈夫なんですか…?これってハイデル様に喧嘩を売ったてとらえられてしまうかもしれないのに…」
「知るかそんなもの。言っただろう、例え第二王子が相手でもお前を守ると」

クリフォードは照れる様子もなくそう言ってのけると、ややぎこちのない手つきでメリアの頭をそっと撫で上げた後、そのまま騎士の城の中へと戻っていった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

処理中です...