上 下
3 / 6

第3話

しおりを挟む
――それから一週間後の事――

「なんだかすごいことになっているみたいだな…。ソフィア、まさかお前がここまで度胸のある娘だったとは…」
「べ、別に計算してやったわけではありませんから!!」
「だとしても、結果的に大きな影響をもたらすに至っている様子じゃないか。なかなかできることじゃないと思うぞ?」

侯爵様の元を勢いのままに飛び出してきた私は、そのまま元いた自分の家族のもとに戻った。
最初は何と言われるかわからなくて不安を抱えていたけれど、戻ってきた私の事をみんなは明るく迎え入れてくれて、今こうして私に率直な言葉をかけてくれている。
一人はお父様、もう一人は私のお兄様。

「私はもともと二人の婚約には反対だったからな。こうなってくれて大いに喜んでいるわけだが…」
「にしても父さん、侯爵様はなかなか大変なことになっているらしいですよ?」
「大変?どういう意味だ?」
「貴族の知り合いづてに聞いた話なのですが、婚約した女性に婚約式典の前に逃げられるというのは、長い貴族の歴史の中でも前代未聞の事のようで、かなり注目を集めているようです。そんな中で侯爵様に対して上がっている声が、侯爵様は本当に侯爵の位を持つにふさわしい人物なのかどうか、というものらしく…」

お兄様の話によると、私がいなくなった後の侯爵様はなかなかに忙しい日々を送っているらしい。
それ自体は聞こえはいいことだけれど、その実態は絶え間なく寄せられる批判的な言葉への対応なのでしょうね。

「自業自得としか言いようがないな。侯爵はソフィアの事を愛さなかったばかりか、その道中で別の女の事を自分の元に招き入れたらしいじゃないか。こうなったら二人ともどもまとめて天罰が下ってほしいものだ」
「それが実際、そうなりそうなのですよ。侯爵様の存在を面白くおもっていない者たちが勢いを持ち始めているようですし、近い将来それは実現することになるかもしれません」

私に婚約破棄をしてほしい、侯爵様はあの時そうつぶやいた。
その心の中にあった考えははっきりとは分からなかったけれど、向こうがそう言うのなら私はそれとは違うやり方で侯爵様との関係を終わりにしたいと考えた。
だって、言われたままに婚約破棄を伯爵様にお願いするだけでは、なんだか言われた通りに動いたみたいで嫌だったんだもの。

「それで父さん、侯爵様のほうは何か言ってきていないのですか?今大変な立場に置かれている彼の性格を考えれば、動きを見せてきてもおかしくはないかと思うのですが…」
「もちろん、動いているとも。その証拠に、ソフィアが侯爵の所から戻って来てからというもの、毎日のように私の元に侯爵からの手紙が届けられている。その内容は決まって、ソフィアの事を自分の元に戻してほしい、というものだ。やはり、ソフィアが自らいなくなったことがかなり効いている様子だな」

最初は侯爵様に言われたことと違うやり方で、と思っただけだったけれど、それがまさかこんな形になるとは思ってもいなかった。
侯爵様を取り巻く環境は日に日に悪くなっていっているようで、向こうも私に戻って来てほしくて必死らしい。

「それでソフィア、君はどうするんだ?」
「どうするもなにも、戻るわけがないでしょう?お兄様だって、同じ立場だったらそうするでしょう?」

その手紙、今日届いたものは私も見させてもらった。
そこには性懲りもなく、自分は本当は君の事を愛している、それが伝わっていなかったようで悲しい、これからはそうならないように気を付けるから、ひとまず戻ってきてほしい、といった内容の言葉が書かれていた。
今更そんなうすっぺらい言葉に引き寄せられるわけもないというのに、彼はどこまでも頭の中が能天気な様子。

「侯爵様は私にいなくなってほしかった様子だったのですから、私はそれを叶えて差し上げただけなのです。それを後になって文句を言われても困りますから」
「クックック、ソフィア、どうやら君は侯爵と婚約を果たしてから一回り以上強い存在になったらしい。勇ましいお前の姿を見られて、私もうれしいよ」
「ですね。こうなったら侯爵様には、最後の最後まで楽しませてもらう事にしましょう。他の貴族家の人々はすでに水面下で動きを始めているようですし、貴族会の勢力図が少しずつ変わってきていることは間違いありません。侯爵の浮気相手というのが誰なのかも気になりますしね」
「大方、他の貴族家の連中が気にしているのもそこだろうな。ソフィアを失踪に追い込んでまで関係を深める相手と言うのなら、それはそれは大きな存在であることには間違いないと言われている。…もしかしたら自分の娘がそうなのかもしれない、なんて考えに憑りつかれてしまったら、いくら貴族家の長とは言えどとても冷静ではいられないだろうからな」

思いがけず多くの人々を巻き込んでの話になっていき、私は自分でも驚きを隠せない。
しかし、こうなってしまったなら最後までこの状況を楽しんだ方が良いに決まっている。
侯爵様がこれからどんな行動をとるのかを楽しみに見物しつつ、今後の展開に胸を躍らせる私であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

全てを捨てた私に残ったもの

みおな
恋愛
私はずっと苦しかった。 血の繋がった父はクズで、義母は私に冷たかった。 きっと義母も父の暴力に苦しんでいたの。それは分かっても、やっぱり苦しかった。 だから全て捨てようと思います。

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

【完結】婚約者が恋に落ちたので、私は・・・

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
ベアトリスは婚約者アルトゥールが恋に落ちる瞬間を見てしまった。 彼は恋心を隠したまま私と結婚するのかしら? だからベアトリスは自ら身を引くことを決意した。 --- カスティーリャ国、アンゴラ国は過去、ヨーロッパに実在した国名ですが、この物語では名前だけ拝借しています。 12話で完結します。

処理中です...