上 下
2 / 6

第2話

しおりを挟む
――ルリドとエレーナの会話――

「エレーナ、どうして僕が君の事を第二婚約者として受け入れることにしたのか、その理由がわかるかい?」
「言っていただけないと分かりませんわ♪」
「そうか、なら仕方ない、言うしかないな♪」

ルリドは自らの屋敷を目指して進む馬車の中でエレーナと二人きりになり、互いにその距離を詰めながら非常にいやらしい笑みを浮かべ、そう言葉を発した。
…その雰囲気はとても、自らの婚約者を待たせている者の見せるものではなかった。

「エレーナ、僕はどうしても君との関係を現実のものにしたいんだ。ともに仕事をするうえで、君の存在は僕の中で非常に大きなものになっていった。それこそ、僕はもう君なしではいられないというほどに…。だからこそ、君にはこれからずっと僕の隣に居続けてほしい。他の男のものになどならないでほしいんだ」

クレアに向けるべきはずの言葉と思いを、あろうことかエレーナに向けてしまっているルリド。
エレーナはルリドから見て3つほど年下の部下に当たり、常日頃から立場上その距離は近いものではあった。
しかし、ルリドはついに我慢がきかなくなってしまったのか、そのままエレーナの事を自らの隣に置くことを決め、こうして自らの屋敷まで案内することとしたのだった。
そんなルリドの言葉に対し、なかなかまんざらでもないような雰囲気を浮かべてみせるエレーナ。
しかし、彼女はこのまま素直にルリドの言葉を受け入れるほど盲目になっているわけではなかった。

「でもルリド様、このまま私がルリド様の第二夫人になってしまったら、きっとクレア様は黙ってはいないと思いますよ?お二人の関係に傷をつけてしまうことになるかもしれませんし、私、素直にルリド様の思いに応じることができないような気がしていて…」
「エレーナ…。そこまで僕の事を気にしてくれて…」

心配そうな表情を浮かべてみせるエレーナ。
しかし、彼女が本当にその心の中に想っていたことはルリドに対する心配などではなく、自分の立場をより確かなものにするための計画的な戦略だった。

「(ルリド様の事を心配なんてしていませんとも。私が気になっているのは、私を第二夫人として受け入れた後の事です。私にとっては当然クレアは邪魔な存在でしかないのですから、いてもらってはこまります。なら、少なくとも彼女よりは良い待遇で迎え入れてもらわないと)」

心の中でひとつ、またひとつと着実に計画を作り上げていくエレーナ。
そんな彼女の狙いに、ルリドは気づかないままだった。
エレーナは心から自分の事を慕い、好いてくれている。
今のルリドの中にあるのはそれだけであり、そこにエレーナに対する疑いの気持ちなど欠片も存在していなかった。

「僕の事を心配してくれるのはうれしいよ。でも、そんなのは余計な心配だ。だって、すでにクレアは僕の言うことを何でも聞く存在なんだ。僕がひとたび君の事を受け入れろと彼女に命じたなら、彼女はそれに従うしかない。それくらいに僕たちの関係は確かなもので、ちょっとやそっとのノイズで崩れるようなものではないんだから」

現実には、決してルリドの想っているほど二人の結束は強いものではない。
すでに彼の使用人であるローズはその点に気づき始めているし、クレアとてそんなローズの考えを受け入れるのは時間の問題であるためだ。
…そのことにいまだ気づいていないルリドは、ただ自分が盲目に信じるままの道を進んでいく…。

「エレーナ、君が望むのなら第一夫人と第二夫人の立場を逆転させてもいいぞ?君が第一夫人になるかい?僕はそれでもかまわないぞ?」
「それもいいですね…」

その提案はエレーナにとっては待ち望んでいたものであったはずのもの。
しかし、この時彼女はやや冷静になり、その申し出にすぐに返事をすることをしなかった。

「(そんな簡単に婚約者の立場を入れ替えられると、それはそれで困るじゃない…。だって、もしも私の後にまた誰かを自分のもとに引き入れるとなったなら、その時もまた私はその女と立場を入れ替えられるかもしれないということでしょ?第一夫人はいずれ私がこの手で追い出すことができるかもしれないけれど、立場を逆転なんてされたらたまったものではないわね…)」
「…どうしたエレーナ?なにか悩んでいることがあるのかい?」
「いえ、大丈夫です。リルド様、非常にうれしい申し出なのですが、それには及びません。私は第二夫人のままでも構いませんよ?たとえ順番がどうであろうとも、あなたの隣に立てるということに変わりはないのですから」
「エレーナ…。本当に君は僕の聞きたい言葉をそのまま言ってくれる…。最初から君に婚約の声をかけるべきだっただろうか…」
「(それならそれで、また別の誰かに声をかけているのでしょうけれど。まぁいいわ。2番目でも騎士の婚約者になれるというのなら、こんなに周りに自慢できることはないんだもの。それに、いずれ私が一番になればいいだけの話なのだから)」

すでにルリドの心を略奪することに自信を持っているエレーナ。
しかし、その考えはルリドの帰還後すぐに破綻してしまうこととなるのであった…。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません

天宮有
恋愛
 公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。    第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。  その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。  追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。  ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。  私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。

本当に妹のことを愛しているなら、落ちぶれた彼女に寄り添うべきなのではありませんか?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアレシアは、婿を迎える立場であった。 しかしある日突然、彼女は婚約者から婚約破棄を告げられる。彼はアレシアの妹と関係を持っており、そちらと婚約しようとしていたのだ。 そのことについて妹を問い詰めると、彼女は伝えてきた。アレシアのことをずっと疎んでおり、婚約者も伯爵家も手に入れようとしていることを。 このまま自分が伯爵家を手に入れる。彼女はそう言いながら、アレシアのことを嘲笑っていた。 しかしながら、彼女達の父親はそれを許さなかった。 妹には伯爵家を背負う資質がないとして、断固として認めなかったのである。 それに反発した妹は、伯爵家から追放されることにになった。 それから間もなくして、元婚約者がアレシアを訪ねてきた。 彼は追放されて落ちぶれた妹のことを心配しており、支援して欲しいと申し出てきたのだ。 だが、アレシアは知っていた。彼も家で立場がなくなり、追い詰められているということを。 そもそも彼は妹にコンタクトすら取っていない。そのことに呆れながら、アレシアは彼を追い返すのであった。

婚約者を奪われた私は、他国で新しい生活を送ります

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルクルは、エドガー王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。 聖女を好きにったようで、婚約破棄の理由を全て私のせいにしてきた。 聖女と王子が考えた嘘の言い分を家族は信じ、私に勘当を言い渡す。 平民になった私だけど、問題なく他国で新しい生活を送ることができていた。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

婚約破棄? 私の本当の親は国王陛下なのですが?

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢として育ってきたウィンベル・マリストル、17歳。 サンセット・メジラマ侯爵と婚約をしていたが、別の令嬢と婚約するという身勝手な理由で婚約破棄されてしまった。 だが、ウィンベルは実は国王陛下であるゼノン・ダグラスの実の娘だったのだ。 それを知らないサンセットは大変なことをしてしまったわけで。 また、彼の新たな婚約も順風満帆とはいかないようだった……。

私が妻です!

ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。 王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。 侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。 そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。 世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。 5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。 ★★★なろう様では最後に閑話をいれています。 脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。 他のサイトにも投稿しています。

両親から溺愛されている妹に婚約者を奪われました。えっと、その婚約者には隠し事があるようなのですが、大丈夫でしょうか?

水上
恋愛
「悪いけど、君との婚約は破棄する。そして私は、君の妹であるキティと新たに婚約を結ぶことにした」 「え……」  子爵令嬢であるマリア・ブリガムは、子爵令息である婚約者のハンク・ワーナーに婚約破棄を言い渡された。  しかし、私たちは政略結婚のために婚約していたので、特に問題はなかった。  昔から私のものを何でも奪う妹が、まさか婚約者まで奪うとは思っていなかったので、多少驚いたという程度のことだった。 「残念だったわね、お姉さま。婚約者を奪われて悔しいでしょうけれど、これが現実よ」  いえいえ、べつに悔しくなんてありませんよ。  むしろ、政略結婚のために嫌々婚約していたので、お礼を言いたいくらいです。  そしてその後、私には新たな縁談の話が舞い込んできた。  妹は既に婚約しているので、私から新たに婚約者を奪うこともできない。  私は家族から解放され、新たな人生を歩みだそうとしていた。  一方で、私から婚約者を奪った妹は後に、婚約者には『とある隠し事』があることを知るのだった……。

幼馴染に裏切られた私は辺境伯に愛された

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のアイシャは、同じく伯爵令息であり幼馴染のグランと婚約した。 しかし、彼はもう一人の幼馴染であるローザが本当に好きだとして婚約破棄をしてしまう。 傷物令嬢となってしまい、パーティなどでも煙たがられる存在になってしまったアイシャ。 しかし、そこに手を差し伸べたのは、辺境伯のチェスター・ドリスだった……。

処理中です...