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第1話

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「ルリド様、今日もお帰りが遅いですね…」
「まったく…。クレア様がこんなにも旦那様のことを思っておられるというのに、一体どこで何をされているのか…」

独り言をつぶやいた私に続き、私の隣でそう苦言を発するローズさん。
彼女はこのお屋敷で長らく使用人として働いていて、私の事もルリド様の事もよく知る存在だった。

私とルリド様が婚約関係になったのが、今から3か月ほど前の事。
その時彼は、私の事をこの世界で一番幸せにすると約束してくれた。
私はそんな彼の言葉を信じ、その言葉を受け入れて彼の婚約者となることを選んだ。
しかし第一王子様に仕える騎士である彼は、それはそれは多忙な毎日を送っていた。
それだけならまだしも、今の彼はどこか私たちになにかを隠しているような様子が見受けられた。
ローズさんもまたそんな私の考えに同意してくれていて、ルリド様はきっとなにか秘密を抱えているのではないかと睨んでいた…。

「クレア様、お気を悪くされないでほしいのですが…。やはり最近のルリド様には、不審な点を感じずにはいられません。私の気のせいであったなら良いのですが、これまで長らくルリド様にお仕えしてきた身としては、どうにもスッキリしない部分があり…」
「大丈夫ですよ、ローズさん。私はルリド様の婚約者なのですから、ただ静かに彼の事を信じるだけです。だってリルド様は確かに、あの時私に約束をしてくださったのですから。私の方から彼を疑うのは、むしろ裏切りのように思えてしまいますから」
「健気ですねぇ…。クレア様がこれほどお思いになられているのですから、旦那様にも少しはそれに応えていただきたいものです…」

ローズさんは決してリルド様の事を妄信するタイプの人ではなかった。
たとえ相手が自分の主人であっても、ダメなところはきちんとダメだと言える性格の人で、そんな彼女だからこそよそ者である私も彼女の事を受け入れることができた。

「ローズさんは本当にルリド様の事をご存じなのですね。まるで親子のようです」
「ルリド様は昔から分かりやすいというか、よく魔が差す性格だったからね…。そういう時はなんていうか予兆みたいのがあるというか、分かるのよね…」
「魔が差す?」
「そうなのよ…。何かあると口癖のようにそう言うの。そう言えば許されるって考えが根底にあるのかもしれないわね…」
「……」

まだ私は彼との日が浅いからか、その言葉を彼の口から聞いたことはなかった。
だからこそ、そう話をするローズさんの言葉がなかなか信じがたいもので、すぐには受け入れられないでいた。
…でも、その言葉をこの後すぐに私もかけられることになるという事を、この時の私は知る由もないのだった…。

――――

「ローズさん、リルド様のお戻りの時間が分かったというのは本当ですか?」
「本当らしいわ!なんでも他の騎士づたいに知らせが届いたらしいの」
「どうして直接言ってくれなかったのでしょう…?」

彼が私たちの元から仕事に向かうと言ってはや一週間が経過していた。
その間なんの連絡もなかったかと思えば、突然に届けられた帰宅の知らせ。
それも手紙などを通じて直接私たちに知らせてくれるのではなく、なぜか他の人を伝っての知らせ方。
…私たちはそこに一抹の不安感を抱きながらも、今はただ彼の帰りを待つほかはなかった。

――――

「ただいまー」
「おかえりなさいませ、リルド様。お帰りを心からお待ちしておりました」
「あぁ、出迎えありがとうクレア。君も元気にしていたかい?」

私たちの前に姿を現したリルド様は普段と変わらない雰囲気で、非常に穏やかな口調を示しながらそう言葉を発した。

「いやぁ、なかなか仕事が長引いてしまってね。騎士ともなるといろんな相手と関係を築かなければならないから、思いのほか大変なんだ。それゆえに一週間以上も屋敷を空けることになってしまったよ」
「そうですか…。ご苦労様でした」

口でこそそう言葉を発するリルド様。
けれど、その雰囲気はどこから見てもあまり疲れているようには見えず、むしろどこか楽しい場所に行って愉快な思いをしてきたように見て取れた。

「クレア、僕のいない時間は寂しかったかい?僕が帰って来てうれしいかい?」
「それはもちろんです」

その質問の意図が、私にはよくわからなかった。
けれど、私の奥からリルド様のことを見つめるローズさんには、うっすらとその質問の意図が理解できた様子…。

「なら良かった。僕がここに帰って来てうれしいというのなら、少しくらい僕が魔が差した行動をとったとしても許してくれるよね?君は優しい僕の婚約者で、僕の事をすべて受け入れてくれるんだものね?」
「…??」
「…クレア様、これはやっぱり…」

私の後ろからそっと耳打ちをするローズさん。
その直後、リルド様はその隣に一人の女性を手招きし、自身の手をその女性の肩にそっとのせ、こう言葉を発した。

「エレーナ、挨拶しな。僕の一人目の婚約者だ。君が二人目の婚約者だから、先輩ということになるかな?」

…それは、私が今まで生きてきた中で最も衝撃的な言葉だった…。
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