96 / 118
南プロシアン王国編
南プロシアンvsタスタニア 後編
しおりを挟む
ポルタ湾近くの丘陵地帯では剣と剣、槍と槍がぶつかる激しい金属音が至る所から聞こえていた。
南プロシアン左翼の騎馬部隊も左側に川があるために狭い範囲を馬が密集する形となってしまい、思うように動けないところをタスタニアの歩兵部隊に槍の突進を受けて次々と倒されていった。
ティファはレイラが相手右翼を突破するまでの時間稼ぎのために後退していたが、レイラが右翼を突破したのを確認すると一斉に命令を下し反撃に転じた。
「マリア!」
「承知した」
中央部隊の後方にいた騎兵部隊がマリアを先頭に反撃を開始した。
「アリオン、行こう」
アリオンとはマリアの愛馬の名前である。
タスタニアは遊牧民族ではないので、馬は農耕用が主であったが、軍事用に生産された馬も少しづつ増産体制にあった。
アリオンはその中でも駿馬で、ミュラー将軍に連れられて馬を見に行った時にマリアが一目見て気に入り、自身の愛馬として貰い受ける事となったのだ。
ちなみにアリオンはギリシャ神話に登場する翼のある馬の名前から取ったものである。
マリアもこれが初陣であったが、唸りをあげるような大刀サラマンダーの斬撃の凄まじい破壊力にそれまで前進していた南プロシアン軍の足は止まった。
こうなると中央を分厚くしていた南プロシアン軍は前方の兵士が止まったために、後方の兵士たちも止まって密集してしまい、身動きが取れない状態になってしまった。
そこへ右翼を突破したレイラの部隊が南プロシアン軍の背後から襲いかかっていった。
前後から挟撃され、密集で動けない南プロシアンの兵士たちは次々と倒れていった。
この時、ティファはあえてレイラに後方に一箇所逃げ道を作っておくように伝えていた。
囲師必闕(いしひっけつ)といい、完全包囲した相手は死に物狂いの反撃に転じるため、味方の被害が甚大になる。
あえて一箇所逃げ道を作っておく事により、相手はそこから逃走していき、崩壊していくからである。
南プロシアンの兵士たちはその隙間から穴の開いた水風船の如く次々と逃げていき、エンリコもそこから撤退していった。
南プロシアン軍は崩壊し、タスタニアの圧勝でポルタ湾の戦いは決着がついたのである。
エンリコはこの戦いで兵士の半数三千人を失う大敗を喫してしまった。
「よもやこんな戦術に引っかかるとは。矢が尽きかけて、相手にフロリアーナ王女がいるのもあって、兵士たちの士気の問題と焦燥感からあり得ない稚拙攻撃を行ってしまった。。」
エンリコはこれ以上味方に被害が及ぶ前に撤退を決意した。
この完勝劇にフロリアーナは信じられないような物を見た驚きの目でティファを見つめていた。
そして、マリアやパトリシアたちがティファを「私たちのリーダー的存在」と言った事が改めて納得出来た。
レイラとマリアだけでなく、ティファ自身も初めての実戦の指揮であったが、予想を超える完勝にほっと胸を撫で下ろした。
「南プロシアンの兵士たちがナサレノのために命をかけて戦う必要は一切ないし、その上こちらにはフロリアーナ王女がいる。兵士の士気は上がらないわけだよ」
ティファの言う通り、南プロシアンの兵士たちは視線の先にフロリアーナ王女の姿が見えると士気が著しく低下していた。
「フロリアーナ様はこれも計算に入れておられたのですか?」
「まさか。私が一緒に付いて何か役に立てればと思ってはいたがな。しかし途中から南プロシアン軍の矢の攻撃が止まったのは矢が尽きたのか」
フロリアーナは当然、南プロシアン軍の戦術が矢の攻撃から戦闘に入るという事は周知している。
その矢の攻撃が止んだという事は矢が尽きた以外に考えられなかったのだ。
「エンリコは矢の補給無しに戦いに臨んだのか。。いや、彼は常に父上の側で戦って補給の重要性はよく知っているはず。もしかしたらナサレノの仕業かも知れぬな」
「ナサレノが補給を送って来なかったという事ですか?前線に兵士たちを送っておいて補給を断つなんて味方を殺すようなものです。私には信じられません」
「あの男は自分が一番大事だからな。補給の重要性も、補給なしで戦う事がどういう事かも理解しておらぬだろう。自分は安全な場所に居て命令を下すだけで、人の苦労がわからないのだ」
その言葉を聞いてティファはふとレオニードを思い出した。
無能な上官の下に仕える兵士たちの不遇は、どこの国でも同じなんだとつくづく思うのであった。
「ティファ、お主は普段は羽を休めている天使のようだが、戦場では戦いの女神アテナの如きだな。私も王女という身分でなかったらお主のようになりなかったぞ」
「私はアテナでも天使でもない。普通の女子ですよ」
「その普通の女子というのが私には経験がないのでな。一度でいいからなってみたいものだ」
フロリアーナの言った言葉にティファはハッとさせられた。
彼女は生まれた時から王女であり、ティファが想像も出来ないような過酷な日々を送って来たのであろう。
「私の失言でした。お許し下さい」
「何も謝るような事を言われた覚えはないぞ。ティファ、私は今の自分の立場に何の不満もない。お主が普通の女子と言うように、私もただ王家に生まれて育った。それだけだ」
フロリアーナはそう言ってにこりと笑った。
アレッシオが自身の責任を持って補給船の準備をさせていたが、時すでに遅く補給船の準備が完了した時には勝敗が決してしまっていた。
「おのれナサレノ。この敗戦の責任はあいつにある。ただでは済まさぬぞ」
エンリコは大敗の屈辱と怒りに震えながら南プロシアンへ退却していった。
⭐︎⭐︎⭐︎
このポルタ湾の戦いを小高い丘の木の上から見ていた一人の少女がいた。
「凄いや。倍以上の敵に完勝するなんて。ミリアの樹海から出てきた甲斐があった。私が仕えるべき主人がこんなに早く見つかるなんて」
黒の装束を着たその少女は、そう言うといつの間にかその場から消えていた。
南プロシアン左翼の騎馬部隊も左側に川があるために狭い範囲を馬が密集する形となってしまい、思うように動けないところをタスタニアの歩兵部隊に槍の突進を受けて次々と倒されていった。
ティファはレイラが相手右翼を突破するまでの時間稼ぎのために後退していたが、レイラが右翼を突破したのを確認すると一斉に命令を下し反撃に転じた。
「マリア!」
「承知した」
中央部隊の後方にいた騎兵部隊がマリアを先頭に反撃を開始した。
「アリオン、行こう」
アリオンとはマリアの愛馬の名前である。
タスタニアは遊牧民族ではないので、馬は農耕用が主であったが、軍事用に生産された馬も少しづつ増産体制にあった。
アリオンはその中でも駿馬で、ミュラー将軍に連れられて馬を見に行った時にマリアが一目見て気に入り、自身の愛馬として貰い受ける事となったのだ。
ちなみにアリオンはギリシャ神話に登場する翼のある馬の名前から取ったものである。
マリアもこれが初陣であったが、唸りをあげるような大刀サラマンダーの斬撃の凄まじい破壊力にそれまで前進していた南プロシアン軍の足は止まった。
こうなると中央を分厚くしていた南プロシアン軍は前方の兵士が止まったために、後方の兵士たちも止まって密集してしまい、身動きが取れない状態になってしまった。
そこへ右翼を突破したレイラの部隊が南プロシアン軍の背後から襲いかかっていった。
前後から挟撃され、密集で動けない南プロシアンの兵士たちは次々と倒れていった。
この時、ティファはあえてレイラに後方に一箇所逃げ道を作っておくように伝えていた。
囲師必闕(いしひっけつ)といい、完全包囲した相手は死に物狂いの反撃に転じるため、味方の被害が甚大になる。
あえて一箇所逃げ道を作っておく事により、相手はそこから逃走していき、崩壊していくからである。
南プロシアンの兵士たちはその隙間から穴の開いた水風船の如く次々と逃げていき、エンリコもそこから撤退していった。
南プロシアン軍は崩壊し、タスタニアの圧勝でポルタ湾の戦いは決着がついたのである。
エンリコはこの戦いで兵士の半数三千人を失う大敗を喫してしまった。
「よもやこんな戦術に引っかかるとは。矢が尽きかけて、相手にフロリアーナ王女がいるのもあって、兵士たちの士気の問題と焦燥感からあり得ない稚拙攻撃を行ってしまった。。」
エンリコはこれ以上味方に被害が及ぶ前に撤退を決意した。
この完勝劇にフロリアーナは信じられないような物を見た驚きの目でティファを見つめていた。
そして、マリアやパトリシアたちがティファを「私たちのリーダー的存在」と言った事が改めて納得出来た。
レイラとマリアだけでなく、ティファ自身も初めての実戦の指揮であったが、予想を超える完勝にほっと胸を撫で下ろした。
「南プロシアンの兵士たちがナサレノのために命をかけて戦う必要は一切ないし、その上こちらにはフロリアーナ王女がいる。兵士の士気は上がらないわけだよ」
ティファの言う通り、南プロシアンの兵士たちは視線の先にフロリアーナ王女の姿が見えると士気が著しく低下していた。
「フロリアーナ様はこれも計算に入れておられたのですか?」
「まさか。私が一緒に付いて何か役に立てればと思ってはいたがな。しかし途中から南プロシアン軍の矢の攻撃が止まったのは矢が尽きたのか」
フロリアーナは当然、南プロシアン軍の戦術が矢の攻撃から戦闘に入るという事は周知している。
その矢の攻撃が止んだという事は矢が尽きた以外に考えられなかったのだ。
「エンリコは矢の補給無しに戦いに臨んだのか。。いや、彼は常に父上の側で戦って補給の重要性はよく知っているはず。もしかしたらナサレノの仕業かも知れぬな」
「ナサレノが補給を送って来なかったという事ですか?前線に兵士たちを送っておいて補給を断つなんて味方を殺すようなものです。私には信じられません」
「あの男は自分が一番大事だからな。補給の重要性も、補給なしで戦う事がどういう事かも理解しておらぬだろう。自分は安全な場所に居て命令を下すだけで、人の苦労がわからないのだ」
その言葉を聞いてティファはふとレオニードを思い出した。
無能な上官の下に仕える兵士たちの不遇は、どこの国でも同じなんだとつくづく思うのであった。
「ティファ、お主は普段は羽を休めている天使のようだが、戦場では戦いの女神アテナの如きだな。私も王女という身分でなかったらお主のようになりなかったぞ」
「私はアテナでも天使でもない。普通の女子ですよ」
「その普通の女子というのが私には経験がないのでな。一度でいいからなってみたいものだ」
フロリアーナの言った言葉にティファはハッとさせられた。
彼女は生まれた時から王女であり、ティファが想像も出来ないような過酷な日々を送って来たのであろう。
「私の失言でした。お許し下さい」
「何も謝るような事を言われた覚えはないぞ。ティファ、私は今の自分の立場に何の不満もない。お主が普通の女子と言うように、私もただ王家に生まれて育った。それだけだ」
フロリアーナはそう言ってにこりと笑った。
アレッシオが自身の責任を持って補給船の準備をさせていたが、時すでに遅く補給船の準備が完了した時には勝敗が決してしまっていた。
「おのれナサレノ。この敗戦の責任はあいつにある。ただでは済まさぬぞ」
エンリコは大敗の屈辱と怒りに震えながら南プロシアンへ退却していった。
⭐︎⭐︎⭐︎
このポルタ湾の戦いを小高い丘の木の上から見ていた一人の少女がいた。
「凄いや。倍以上の敵に完勝するなんて。ミリアの樹海から出てきた甲斐があった。私が仕えるべき主人がこんなに早く見つかるなんて」
黒の装束を着たその少女は、そう言うといつの間にかその場から消えていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた
中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■
無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。
これは、別次元から来た女神のせいだった。
その次元では日本が勝利していたのだった。
女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。
なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。
軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか?
日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。
ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。
この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。
参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。
使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。
表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる