ギガンティア大陸戦記

葉月麗雄

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南プロシアン王国編

南プロシアンvsタスタニア 後編

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ポルタ湾近くの丘陵地帯では剣と剣、槍と槍がぶつかる激しい金属音が至る所から聞こえていた。
南プロシアン左翼の騎馬部隊も左側に川があるために狭い範囲を馬が密集する形となってしまい、思うように動けないところをタスタニアの歩兵部隊に槍の突進を受けて次々と倒されていった。

ティファはレイラが相手右翼を突破するまでの時間稼ぎのために後退していたが、レイラが右翼を突破したのを確認すると一斉に命令を下し反撃に転じた。

「マリア!」

「承知した」

中央部隊の後方にいた騎兵部隊がマリアを先頭に反撃を開始した。

「アリオン、行こう」

アリオンとはマリアの愛馬の名前である。
タスタニアは遊牧民族ではないので、馬は農耕用が主であったが、軍事用に生産された馬も少しづつ増産体制にあった。

アリオンはその中でも駿馬で、ミュラー将軍に連れられて馬を見に行った時にマリアが一目見て気に入り、自身の愛馬として貰い受ける事となったのだ。
ちなみにアリオンはギリシャ神話に登場する翼のある馬の名前から取ったものである。

マリアもこれが初陣であったが、唸りをあげるような大刀サラマンダーの斬撃の凄まじい破壊力にそれまで前進していた南プロシアン軍の足は止まった。

こうなると中央を分厚くしていた南プロシアン軍は前方の兵士が止まったために、後方の兵士たちも止まって密集してしまい、身動きが取れない状態になってしまった。

そこへ右翼を突破したレイラの部隊が南プロシアン軍の背後から襲いかかっていった。
前後から挟撃され、密集で動けない南プロシアンの兵士たちは次々と倒れていった。
この時、ティファはあえてレイラに後方に一箇所逃げ道を作っておくように伝えていた。

囲師必闕(いしひっけつ)といい、完全包囲した相手は死に物狂いの反撃に転じるため、味方の被害が甚大になる。
あえて一箇所逃げ道を作っておく事により、相手はそこから逃走していき、崩壊していくからである。

南プロシアンの兵士たちはその隙間から穴の開いた水風船の如く次々と逃げていき、エンリコもそこから撤退していった。
南プロシアン軍は崩壊し、タスタニアの圧勝でポルタ湾の戦いは決着がついたのである。
エンリコはこの戦いで兵士の半数三千人を失う大敗を喫してしまった。

「よもやこんな戦術に引っかかるとは。矢が尽きかけて、相手にフロリアーナ王女がいるのもあって、兵士たちの士気の問題と焦燥感からあり得ない稚拙攻撃を行ってしまった。。」

エンリコはこれ以上味方に被害が及ぶ前に撤退を決意した。
この完勝劇にフロリアーナは信じられないような物を見た驚きの目でティファを見つめていた。
そして、マリアやパトリシアたちがティファを「私たちのリーダー的存在」と言った事が改めて納得出来た。

レイラとマリアだけでなく、ティファ自身も初めての実戦の指揮であったが、予想を超える完勝にほっと胸を撫で下ろした。

「南プロシアンの兵士たちがナサレノのために命をかけて戦う必要は一切ないし、その上こちらにはフロリアーナ王女がいる。兵士の士気は上がらないわけだよ」

ティファの言う通り、南プロシアンの兵士たちは視線の先にフロリアーナ王女の姿が見えると士気が著しく低下していた。

「フロリアーナ様はこれも計算に入れておられたのですか?」

「まさか。私が一緒に付いて何か役に立てればと思ってはいたがな。しかし途中から南プロシアン軍の矢の攻撃が止まったのは矢が尽きたのか」

フロリアーナは当然、南プロシアン軍の戦術が矢の攻撃から戦闘に入るという事は周知している。
その矢の攻撃が止んだという事は矢が尽きた以外に考えられなかったのだ。

「エンリコは矢の補給無しに戦いに臨んだのか。。いや、彼は常に父上の側で戦って補給の重要性はよく知っているはず。もしかしたらナサレノの仕業かも知れぬな」

「ナサレノが補給を送って来なかったという事ですか?前線に兵士たちを送っておいて補給を断つなんて味方を殺すようなものです。私には信じられません」

「あの男は自分が一番大事だからな。補給の重要性も、補給なしで戦う事がどういう事かも理解しておらぬだろう。自分は安全な場所に居て命令を下すだけで、人の苦労がわからないのだ」

その言葉を聞いてティファはふとレオニードを思い出した。
無能な上官の下に仕える兵士たちの不遇は、どこの国でも同じなんだとつくづく思うのであった。

「ティファ、お主は普段は羽を休めている天使のようだが、戦場では戦いの女神アテナの如きだな。私も王女という身分でなかったらお主のようになりなかったぞ」

「私はアテナでも天使でもない。普通の女子ですよ」

「その普通の女子というのが私には経験がないのでな。一度でいいからなってみたいものだ」

フロリアーナの言った言葉にティファはハッとさせられた。
彼女は生まれた時から王女であり、ティファが想像も出来ないような過酷な日々を送って来たのであろう。

「私の失言でした。お許し下さい」

「何も謝るような事を言われた覚えはないぞ。ティファ、私は今の自分の立場に何の不満もない。お主が普通の女子と言うように、私もただ王家に生まれて育った。それだけだ」

フロリアーナはそう言ってにこりと笑った。

アレッシオが自身の責任を持って補給船の準備をさせていたが、時すでに遅く補給船の準備が完了した時には勝敗が決してしまっていた。

「おのれナサレノ。この敗戦の責任はあいつにある。ただでは済まさぬぞ」

エンリコは大敗の屈辱と怒りに震えながら南プロシアンへ退却していった。

⭐︎⭐︎⭐︎

このポルタ湾の戦いを小高い丘の木の上から見ていた一人の少女がいた。

「凄いや。倍以上の敵に完勝するなんて。ミリアの樹海から出てきた甲斐があった。私が仕えるべき主人がこんなに早く見つかるなんて」

黒の装束を着たその少女は、そう言うといつの間にかその場から消えていた。
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