ギガンティア大陸戦記

葉月麗雄

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両雄激突編

無謀 後編

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ブラウゼン要塞ではレオニード少将の命令で出撃準備が慌ただしく進められていた。
この話しが出てきた裏にはこの四年間の膠着状態が理由の一つにあった。
レオニードは先任であるネリウスから引き継いだ後釜である。

レネ・フォン・ネリウス中将。
タスタニア随一の名将で、開戦から二年はネリウス中将の元で兵士たちの善戦があり、四度に渡る帝国軍のブラウゼン進出を食い止めた。
しかしネリウス中将は四度目の戦いで受けた矢傷が原因で病にかかり亡くなってしまう。

その後、五回目の進出を愚将レオニードが何とか食い止めたが、それは相手のドレッセルも決め手を欠いたからである。
以降レオニードは一回ルンベルク要塞進撃を試みたが失敗に終わっていた。
このあたりでもう一度やらなければお役御免になりかねないと進撃を言い出したのである。

それともう一つは従来の守勢から攻撃防御へと変換する事によりルンベルク要塞を陥落させられると考えていたのだ。
ただしオルジュもただ手放しに許可したわけではなく、全軍出撃は許可せず留守部隊二千人を残して三千人での出撃。それで最善の努力をせよと条件を出していた。

普通ならそれでは無理だと出撃を見合わせるであろう。
オルジュもそのつもりでの条件提示であった。
しかしレオニードは「それで大丈夫でございます」と返答して来たである。

そして本来であれば極秘に進めなければならない攻撃を統制令を敷く事もしなかったため、兵士たちの口から出た噂はすでにあちこちに広まっていた。
一般兵士にも情報が筒抜けで相手が待ち構えているのは容易に想像出来た。

「あの根拠のない自信は何処からくるのか?」

と宰相カール・フォン・シュルツはシュミット国王にそうため息混じりに漏らしていた。

「身の程知らずという事だな」

シュミット国王も呆れていたが、万一という事もある。戦う前から負けると決めつける訳にもいかなった。
勇敢と無謀を履き違えている人間にとって、勝利の美酒の甘美な香りは、考える思考と人の諫言を聞く耳を奪ってしまう物であった。

「パトリシア、お前には無断で申し訳ないが、ベンタインにいるティファニー殿に応援部隊としてブラウゼンへの出撃を命じておいた」

それを聞いたパトリシアは寝耳に水で驚きの声を上げた。

「何故でございます?ティファはまだ士官学校を卒業して三ヶ月たらず。本来の規定では三年間は軍に従属しないどなっているはずでございます」

「本来の規定であればな。しかしティファニー殿はわずか三ヶ月で山賊退治やベンタインの業績で著しい成果を上げた。階級も中尉へ昇進している。能力のあるものを特例で軍に配属させるのは戦時中なら至極当然の事であろう」

「しかしいくら山賊を退治したからといって実戦の戦場はレベルが違います。せめて今回は出撃をお取り消し下さい」

「ならぬ。これはもう決定事項なのだ。お前のひと言で取り消しには出来ぬ」

パトリシアは宰相から予想通りの返事が来たので唇を噛み締めた。
宰相の言う通り今は帝国との交戦中で通常の規則から外れた特例が当然出てこよう。しかしティファにいくら才能があるからと言ってもあまりに急過ぎる。もし戦場で命を落とすような事があったらなどとパトリシアは想像したくもなかった。

だが今の自分に宰相に逆らえる力はなく、パトリシアは不満をあらわにしたが何も言えずにしばらく沈黙が続いた。

「不服そうだが、これには別の理由もある。レオニードが失敗した時にティファニー殿がしんがりとして退却する兵士たちを助けられるためにだ。全軍を持ってしても成功するかわからないルンベルク要塞攻略をほぼ半数の兵力で出来ますなどと根拠のない事を言う奴だ。

今回の件も我々が反対すればあいつの事だ、反乱を起こしてブラウゼンを武力制圧する可能性もある。そうなったらたとえティファニー殿と言えども奪い返すのは容易ではあるまい。この一件はそう言った裏事情も絡んでおるのだ」

そう言われてパトリシアは確かにレオニードであれば反対すれば反乱を起こす可能性は十分にあると思い直した。
ブラウゼンを制圧されてしまったらティファと言えども取り返すのは容易ではない。そこを帝国軍に攻め込まれたらひとたまりもないのは目に見えていた。

ティファはレオニードが失敗した時のための砦なのだ。
パトリシアは悔しいがこういう事情があるとわかった以上認めざるを得なかった。
自分に出来る事はティファの無事を祈る事だけだった。

「パトリシア、理解したようだな」

「はい、事情が事情なのでやむを得ません。犠牲が最小限に留まるよう祈るのみです」

そうは言っても何もせずに手をこまねいている訳にもいかず、パトリシアはザラメスから帰還したばかりのシャローラを呼んだ。

「レジーナはまだ学生。戦場に送るわけには行かない。そうなると私に出来る事はシャローラをティファの応援として行かせる事くらいしかないという訳で、申し訳ないけどシャローラもティファの応援に行ってもらいたいんだ」

「了解だよ。でもティファも大変だけど、駆り出されるブラウゼンの兵士たちはもっと大変だな。どれだけ犠牲が出るかわからない無謀な攻撃に参加させられるんだから。また立場の弱い者、無能な上官の下で働かされる者の悲劇が繰り返させる事になるんだな。。」

パトリシアは言葉なくうなだれて、シャローラは唇を噛み締めた。
ティファがこんな戦い早く終わらせたいと思うのは当然の事だなと思いながらシャローラはブラウゼンへと馬を走らせた。

この状況を見ていたフローリカ王妃がパトリシアに声を掛けてきた。

「パトリシアはティファニーにレオニード少将の暴走の歯止めは出来ると考えてる?」

「おそらく忠告くらいはするでしょうが、階級が上のレオニード少将が中尉であるティファの言う事を聞くとも思えません。なので敗走となった際に被害を最小限に抑えるための動きに徹すると思います」

「忠告するには軍の階級に違いがありすぎてティファニーには荷が重いかな。せめて少しでも相手を倒すか味方の被害を抑えれれば良いのだけど」

軍隊における上下関係は絶対で、本来なら下の者が上の者に意見するなど求められた時以外はあり得ないが、タスタニアは国王であるシュミットが広く意見を求めるためにこの規則を緩めていたため、多少の意見を言う事は許されていた。

無論それを採用するかしないかは立場が上の者に選択の権利があり、進言する下の者は無視されても文句など言えない。
採択されたらラッキーくらいに思って進言するのが定石となっていた。

「フローリカ様、ご心配をおかけして申し訳ございません」

「あなたが謝る事ないのよ。それにしてもレオニード少将は何故こんな時期に無謀な進行を提案してきたのかしら?まあ、それがわかれば誰も苦労しないでしょうけど」

「おっしゃる通りでございます」

フローリカの疑問は至極当然であったが、パトリシアにもまだこの出撃に関する詳細は掴めておらず、すべては憶測に過ぎないため、フローリカへ同意する事しか出来なかった。
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