ギガンティア大陸戦記

葉月麗雄

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第二章 巣立ち編

嵐の前の静けさ

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セリアたちがフェルデンに着任してからの主な仕事は交通網の整備と食糧の補給であった。
いわゆる役所仕事のような後方支援業務でティファと同じような仕事に従事している。
セリアもソレーヌも食糧の在庫管理やルンベルク要塞への補給に関してよく対応していた。

このフェルデンは「クーロン・アイ(九龍眼)」と呼ばれる帝国各都市とザラメス自由都市を結ぶ主要道路の始発点であり、各都市への道路使用料の収入が街の大事な財源となっており、セリアはその関所を通るのに必要な手形を発行する担当でもあったので毎日各都市を行き来する商人や軍の人間、旅行者などの手形の発行だけでも多忙日々であった。

クーロンアイはこのフェルデンを始点とする帝国各都市を結ぶ主要道路の名称である。
九つの道を龍の頭に例えられて古来よりその名前が付けられた。
フェルデンにある始点は実際には六つで、順に第一龍路はザラメス、第二龍路はルンベルク、第三龍路はハルバッハ、第四龍路はエスファン、第五龍路がドナウゼン、第六龍路はリスホルンへと繋がる道としてあり、そこからさらに枝分かれする道も含めて九つあるためにそう呼ばれる。

言葉からすると東洋の単語のようだが、はるか昔に東からの旅人が名付けたという逸話が残っている。

「しばらくはこんな感じの役所仕事が続くだろうな」

セリアとソレーヌにとっては本業の戦術・戦闘とは程遠い不慣れな業務ではあったが二人は黙々とこなしていた。
また新たに仲間に加わったナディアは明るくテキパキと業務をこなし、役所内で評判も評価も高く、セリアもソレーヌもナディアをすっかり気に入り妹のように可愛がり、ナディアも他のメンバーとすっかり打ち解けていた。

一方エミリア、ジュディの二人は街の治安維持として警察隊の役目を行っていたが、やる事と言えば迷子の世話や道案内、たまに強盗の捕獲という業務が主で、こういったことに慣れていないせいもあり気疲れによる疲労感が加算されていく日々であった。

「慣れないことばかりで参るなこりゃ。。」

「そう言わない。戦闘以外の事もこなせて一人前の騎士だからさ」

ジュディの弱音にエミリアが元気付けたが、そう言うエミリアも慣れない仕事に戸惑う事はがりで正直弱音を吐きたい気分だった。
そんな中、意外な能力を発揮したのがユリアだった、彼女は教会が主催している学校の授業で子供たちに人気があったのだ。
フェルデンにも教会はいくつか点在していて、各教会では子どもたちの教育が行われていた。

ユリアは武芸だけでなく文学面も教養が高かったので、教会付属の教育機関の依頼で無料で子供たちに読み書きを教えていたが、これがなかなかわかりやすいと人気で、彼女が教壇に立つ日は教室は常に満席だった。

「へえ、ユリアにあんな特技があるとはねぇ」

「普段の言葉使いの丁寧さとか物腰の柔らかさで言ったら不思議じゃないけどね」

ジュディとエミリアもユリアの違う一面に感心していた。

「みんな、なかなか苦労しているようだな」

夜になってセリアの号令で居酒屋にみんなで集まってミーティングという名の愚痴のこぼし合いが開催された。
フェルデンは各都市の交通網という土地柄、関所で通行使用料として酒類を渡す事も認可されていた。
使用料として集められた葡萄酒や麦酒を街で許可された業者が買い取り、居酒屋を経営していたので街の中心部には数十軒の居酒屋があった。

国内のいい葡萄酒が入荷される土地柄であったので、どこの居酒屋も夜になれば満杯の客で賑わいを見せていた。
娯楽が少ない中で人々にとってはストレスを唯一吐き出せる場所でもあったからだ。

「セリアとソレーヌはよくやってるなあ」

「まあ、本業ではないけどこれも次へのステップだからな」

「ナディアがここの事を色々教えてくれるから助かってるし」

「私はこのフェルデンの生まれですし、街の事なら何でも聞いて下さいね」

「ナディアは剣術は出来るのか?」

「多少の護身程度は出来ますけど、エミリアさん達とは比較になりませんよ。私は騎士ではなく普通の女子として礼儀作法やら裁縫や料理を習ってって感じだったので」

「そうか、お嬢様だな」

ジュディがそう言うとナディアは手を振って意を唱えた。

「お嬢様だなんて大それた者じゃなく、ちょっとばかり習い事をしただけの女子ですよ」

「そんな普通の女の子に憧れるな。ボクは貧しい貴族の出身だったしろくに教育も受けないまま槍術だけでここまで来たからさ」

ジュディがそういうとエミリアも相槌をうつ。

「私は一応親が伯爵だったし中流貴族だったからそれなりの教育は受けてきたけど、なんだかこのまま騎士になって戦場に行くっていうのがつまらなく思えてね。それで賞金稼ぎの大会に腕試しで出てみたんだ。そこからジュディたちに出会って、刺激的で楽しくて毎日充実してたよ。私は賞金なんかよりジュディたちと居るのが楽しかったんだ。そんな事しているうちに親とはほぼ疎遠状態になったけどね」

「ユリアはうちらの中では一番階級が上の貴族だったんだな」

「そんなの関係ないよ、だって同じ人間じゃない。私は貴族階級なんて馬鹿げてると思ってるし自分が上だの下だの考えたことないよ、みんな平等だよ」

ユリアは他のメンバーから見ればお嬢様であったが、決してお高く止まる事もなく私だってみんなと同じだよと言う。
彼女は幼少の頃から平民の子供たちとよく遊んでいたので、貴族の風潮に収まる事なく寛容な性格に育った。
ジュディやエミリアが仲間に加えたいと思うだけの実力だけでなく性格面でも「良く出来た人」であった。

「色んな生い立ちや経歴を持つ者がこうして縁あって仲間になったんだ。私とて貧しい貴族の出身だし、騎士学校に通えたのも皇女モニカの助成制度があってだ。だからと言ってモニカに対して有り難く思うような事はないけどね。助成は単なるきっかけに過ぎない。要はそれをどう活かしてこれからどう生きるかだ」

セリアの言葉にソレーヌもモニカの印象を口にした。

「皇女モニカか。宮廷内での支持は高いようだが私に言わせればただの苦労知らずのお姫様だよ。せいぜい現皇帝よりはマシだと言うだけだ。奴にもおぞましいフリードリヒ一族の血が流れている事に違いはない」

「現皇帝には三人の後継者と言える皇太子が居るしな、もし皇帝がなくなる様な事があれば今はタスタニアとの戦争に集中しているが、後継者争いで国内にも内乱が起こるだろうよ」

「内と外の敵、両方いっぺんに攻めてこない事を祈るだけだな」

エミリアが首を傾げておどけた表情で言ったがその可能性がある事も否定出来ない状況であった

「エミリアが言うように内と外、我々は両方に敵を抱えてると言っていい。いずれタスタニアとも皇帝の後継者争いでも戦うときが来るだろう。今は嵐の前の静けさなのかも知れないな。。さて、だいぶ遅くなった。明日も仕事がある事だし今夜はこの辺でお開きとしようか」

セリアの締めの言葉でメンバーはそれぞれ帰路についた。帰路といっても全員同じ宿舎だが。

「ジュディはこの先この国はどうなっていくと思う?」

「なんだよ、唐突に。エミリアらしくもない」

「私たちが内と外の両方に敵を抱えてるとして、後継者争いは誰がふさわしいとかわからないけど、外の敵であるタスタニアと私たちどっちが正義で何が正しいのか時々わからなくなる時があってね。帝国が正しいのか、タスタニアが正しいのか」

「正義という言葉を使うならお互い自分が正義と言うだろうよ。どちらも間違ってはいないんだから。どちらかが間違っているなら戦争なんか起こらないさ、どっちも正しいから戦争になってるんだよ」

「それはそうなんだけど。。仮に帝国がタスタニアに負けて国が滅んだとしたらそれはタスタニアが正しかった事になるのか?だとしたら私たちは何のために戦うのかな」

「正しい者が勝つなんて考えは危険だな。このロマリア帝国はフリードリヒ一族によって統一されたけど、それはフリードリヒ一族が正しくて正しい者は勝つから他の貴族を抑えることが出来たのか?そんな事はないと思うけどな。何か正しいとかじゃなくボクは自分が信じる仲間たちを守るために戦う。それでいいんじゃないか」

「そうか。。そうだよね。私も自分が信じる物のために戦う。」

「仮に帝国がタスタニアに敗れるとしたら、それはこの国が国としての役目を終えたというだけの事。ボクたちがその時生き残っていたらまた違う世界が見られるかもしれないな」

ジュディはそう言ったものの、何のために見知らぬ相手と戦いあい殺しあわなければならないのかを考えたところで答えなど出ないだろうなと苦笑した。
そして死者の列に自分が加わらないという保証などどこにもないのだ。

「ジュディ、今日は少し酔ったのかつまらない事を言ってしまったみたい。。ごめんね、忘れてちょうだい」

「謝る事はないさ、ボクも今日は酔っている。一晩眠って明日の朝になれば忘れているよ」

キルス暦一〇九五年の秋。情勢はセリアが言うようにまだ嵐の前の静けさだった。
セリアたちはこの後、国内での事件で戦いに赴く事となる。
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