ギガンティア大陸戦記

葉月麗雄

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第一章 士官学校時代編

ナディア・フォン・クライナート 前編

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キルス歴一〇九五年九月

残暑の厳しい日差しが容赦なく照りつける中、フェルデンから首都ハーフェンに向かう一向があった。
フェルデンの有力な貴族の一人であるクライナート伯爵はクーロンアイ(九龍眼)と呼ばれるようになったフェルデンと帝国各都市を結ぶ道路整備や街の繁栄に大きく貢献し、その功績が認められて大臣に任命され、新天地である首都ハーフェンに向かっていた。

「お父様、ハーフェンはどのような街なのですか?」

「フェルデンもクーロンアイがあるからいろんな人たちが行き来する大きな街ではあるが、ハーフェンはそれ以上の人が暮らす巨大な都市といったところだな。ナディアは初めて行く新しい土地は不安か?」

「いいえ、とても楽しみにしています」

一人娘のナディアは十五歳で、やや赤みかかった茶色のセミロングヘアにエメラルド色の瞳が印象的な可愛らしい女の子であった。
ナディアは幼い頃に母を亡くし、今は父親と二人暮らしであった。
彼女は生まれてから一度もフェルデンの外に出た事がなかったので、新しい街と生活を楽しみにしていた。
だが、その幸せは一瞬にして崩れ去った。

「旦那様、山賊が現れました」

「なんだと!」

馬車を引いていた行者の緊張した声にクライナート伯爵は危機を直感した

「しまった、都市間の境目で護衛兵が交代する場所を狙われたか。逃げ切れるか?」

「積荷が多いので、逃げたところですぐに追いつかれてしまうでしょう」

クライナート伯爵は少し考えると決断を下した。

「奴らの狙いは金品であろう。命には代えられん。金目の物を馬車から捨てて逃げよ」

フェルデンとドナウゼンを結ぶクーロンアイ第五龍路は都市間の境目にある森林地帯に山賊が出回る場所として有名であったが、都市間の境目という場所が災いして、両都市の兵士が互いの管轄ではないと主張を繰り返し、派兵を渋っていたために治安が悪化していたのだ。

皇帝ルーファスの悪法により山賊に身を落とした者たちは、タスタニアで山賊をやっていたロビーやソフィアとは比較にならない凶悪さで、手当たり次第旅人を襲い、金品を強奪し女子供は奴隷として売り飛ばした。
しかし首都ハーフェンに行くにはこの第五龍路を通るのが最短であり、他の道からは大幅な迂回となるため、多少の危険はあってもここを通る旅人たちは金で腕の立つ者を雇い、通り抜けるのが通例であった。

クライナート伯爵一行は身分の高い貴族であったため、この境目まではフェルデンの護衛兵が付いていたが、管轄区域を超えての護衛が出来ないためにこの手前で護衛兵と別れ、越境したところでドナウゼンの護衛兵が付く予定であったが、その隙間を狙われたのである。

クライナート伯爵は馬車を軽くするためと山賊から逃げるために金品や宝石類を馬車から投げ捨てた。
それを見た十人組の山賊たちは二手に分かれ、五人は捨てられた宝石の回収に向かい、残る五人はクライナート伯爵の馬車を追った。
捨てられた宝石類からかなりの身分の人物とみたからである。

「あれだけの宝石を持っている奴だ。まだ高価な物を持っているに違いねえ。身包み剥がしてやれ」

クライナート伯爵の試みは逆効果を生んでしまった。

「旦那様、追いつかれます」

従者が悲鳴にも近い叫び声をあげた。
人や荷物を乗せた馬車では目一杯走ったところで山賊たちの馬には追いつかれてしまう。

「ナディア、馬車の中に隠れていなさい」

「お父様。。」

クライナート伯爵も多少の剣の腕はあったので用心棒も兼ねている従者と共に山賊と話しを付けるために馬車を降りた。

「旦那様、私の後ろに」

従者がクライナート伯爵を庇うように前に立ち、山賊たちと交渉をおこなった。

「お主たち、宝石が目当てならさっき投げてたのが全てだ。これ以上お主たちが望むようなものは我々は持ち合わせていない」

クライナート伯爵はそう言って山賊を追い返そうとしたが、山賊たちは聞き入れなかった。

「そうはいかねえな。お前は相当身分が高い貴族のようだからな。まだ金目の物が残っていよう」

山賊のリーダーがそう言うと部下たちがナディアの隠れている馬車を散策しようと近づいて行った。

「その馬車に近寄るな」

クライナート伯爵の声と同時に従者と伯爵は馬車に近寄って行った山賊に斬りかかった。
用心棒の従者もそれなりの剣術は身に付けていたが、山賊たちもかなりの手練であり多勢に無勢であった。
二、三合打ち合ったが、従者もクライナート伯爵も斬り殺されてしまった。

「お父様、お父様あ。。」

馬車から飛び出したナディアは父親に駆け寄って叫んだが、クライナート伯爵はすでに息絶えていた。

「ああ。。」

父親を斬り殺されて茫然自失となり、地面に力なく座り込んだナディアを山賊たちが取り囲んだ。

「おい、見ろよ。こいつなかなかの上玉だぜ」

部下たちの言葉にリーダーが前に出てきた。

「ほう、なかなかの容姿だな。こいつは奴隷として売り飛ばすより、首都ハーフェンの宮殿に連れて行って侍女として売れば相当な金になる。お前たち、こいつは大金になる大事な商品だ。丁重に扱え」

このリーダーのひと言でナディアは上質な売り物として保護された。
ハーフェンの宮殿では容姿の整った女子は侍女としてかなりの高額で取引きされ、その中でも皇帝ルーファスの目に止まった者は将来的に側室として出世する道もあった。
しかしナディアは当然、そんな道など考えた事もなかったし、望んでいなかった。

「どうしてこんな事に。。」

ナディアは自分の運命を恨んだ。
しかし、またも運命は以外な方向へと転換する事となる。
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