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第一章 士官学校時代編
オスカー・フォン・フリードリヒ 後編
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この日皇帝ルーファス・フォン・フリードリヒは久しぶりに閣議に姿を見せた。
齢四十八歳になるがその威厳と権力は衰えを知らず臣下たちは緊張の面持ちでその登場を待った。
「皇帝陛下」
宰相ワルダー・フォン・シュトルフの声と共に皇帝が姿を見せると一同が起立し背筋を伸ばして右手を胸に当てるのがロマリア帝国式の敬礼である。
ロマリア帝国二代目皇帝ルーファス・フォン・フリードリヒは長年皇帝の座に君臨した風格と威厳を漂わせ、うやうやしく礼を取る臣下の前に無言で着席した。
皇帝ルーファスの子息である皇太子のパトリック、バスティアンの二人にオスカー、宰相、公爵を始めとする国の重臣が揃った閣議は毎月行われているが、皇帝が同席するのは近年では年に二、三回であった。
全員が揃い、ルーファスが着席するのを待つと開始の挨拶をする事もなく、時間になった時点で議長役の宰相ワルター・フォン・シュトルフが毎月の戦況報告や国内での建設、開発、事件・事故などを淡々と報告や説明し、不足の部分は宰相が指名したそれぞれの担当が補足説明するのである。
「タスタニアとの戦況ですが、現状変わりなく膠着状態のまま攻略法が見出せない状況でございます」
シュトルフが説明した通り現状帝国とタスタニア両国の戦闘は四年目に突入しているが膠着状態で、この状況を打破出来る手段を模索している状況であった。
しかし皇帝ルーファスはそのような報告に興味無さげに聞いていた。
「戦況は膠着状態という報告など必要ない。予が求めているのはブラウゼン要塞を攻略してタスタニアを占領したという報告だけだ」
ロマリア帝国もこの四年間で五度ブラウゼン要塞都市を攻撃していたが、いずれも失敗に終わっていた。
結局のところ、タスタニアの要塞都市ブラウゼンを守るレオニード少将も統率力は低いのだが、ルンベルク要塞の指揮官ライマー・ドレッセル少将もそれほど統率力や戦術眼が高いという訳ではなく、どちらも「同レベルの争い」を繰り返して膠着しているという有様であったのだ。
両陣営とも兵力の増員はそれほど見込めないので、突破口となるような「きっかけ」でもない限りは延々と攻めて守っての繰り返しであった。
「この国が建国してから五十年になろうとしているのにその間育った将兵はブラウゼン要塞都市も攻略出来ないような小粒揃いという事らしいな」
ルーファスは皮肉を言ったつもりであったが、宰相シュトルフはそれに気がつかずに「大将軍であったミュラー大将とローゼンハイン大将もすでに第一線を退き、後継者がなかなか育成出来ない状況でございます」と真面目に答え、ルーファスはそれには返事も返さず今後の展開についてを尋ねた。
「今後の展開はどう見ておる?」
「ドレッセル少将にはブラウゼン要塞都市の再攻撃への計画を練らせます。次は失敗した時にはその責任を問いこのハーフェンへ強制送還と厳しく罰するという背水の陣を敷きますゆえにドレッセルも必死で戦うと存じます」
そうシュトルフが説明しているところにルーファスの次男バスティアンが挙手した。
「皇帝陛下に申し上げます。この私をルンベルク要塞都市に行かせて指揮をとらせていただければ、タスタニア軍を蹴散らして敵のブラウゼン要塞を我が帝国の手中に納めてみせます。どうか私にルンベルクへの派兵をご命令下さい」
ルーファスはちらりとバスティアンを見ると薄笑いを浮かべてバスティアンの進言を採択した。
「ほう、大そうな自身があるようだな。よかろう。バスティアン、ドレッセルと交代してルンベルクの将として行くがいい」
「ありがたき幸せ。必ずやタスタニア軍を蹴散らしてご覧にいれます」
「うむ、期待しているぞ」
ルーファスはそう言葉こそ発したが、その表情は期待を持って送り出すというものではなかった。
その程度の言葉はかけてやっても良いだろうという皇帝としての配慮からであった。
オスカーには後継者の座をチラつかせて、パトリックとバスティアンを意のままに操ろうとしているように見えた。
(はっきり言えばドレッセルとバスティアンは似た者同士。戦術も剣の実力もさほど差はない。交代したところでブラウゼンを攻略出来る実力があるとも思えないし、理由があるとすれば兵士たちのテコ入れとパトリックと互いに時期皇帝の座を争う対抗意識を持たせるぐらいだ。ルーファスにとってはこの交代は単なる余興だろう)
「ルンベルクはバスティアンに任せるとしよう。ドレッセルは早々にハーフェンに帰還させるがよい」
皇帝はそれだけいうと席から立ち上がり閣議室から足早に退室していった。
議会の終了も「終会」や「これで閉会と致します」と言った締めの言葉は一切なく、たとえ議会の途中であろうと皇帝が席を立てばそれで終了であった。
宰相シュトルフはいきなりの命令に驚いたが皇帝の命令は絶対である、シュトルフはドレッセルに首都ハーフェンへの帰還を命じる伝令を早馬で飛ばした。
皇帝ルーファスには二人の子息がおり、次期皇帝の座を争っていた。
この内長兄パトリックは正室であるエレンの子供であったが、次兄バスティアンは側室の子供であった。
長兄はパトリック二十八歳。正室エレンの子供という事もあり、父親譲りの威厳ある顔立ちと堂々とした振る舞いで幼少の頃より後継に最も有力だと臣下から言われていた。
性格的には父親の振る舞いの「悪い部分」を見て育ったせいもあり、臣下をどことなく見下す傾向にあり、まさにルーファスを小型化したような人物であった。
タスタニアとの戦争が始まった四年前からは皇帝ルーファスの任務の一部を任されるようになっており、その高圧的な態度でも親子の血は争えないと臣下たちに陰口を叩かれるほどルーファスに似ていた。
次兄バスティアン二十六歳。側室の子でありオスカーを含めた皇太子三人の中で最も体格に恵まれていて身長は一九〇センチを超え体重も百キロ近い巨体で性格に至ってはルーファスの勇猛な部分だけを切り取ったような人物であった。よく言っても気性が激しい、悪く言えば気が短く「この人物が皇帝になったら今より更に酷くなる」と臣下からも恐れられる人物である。
オスカーは現在二十三歳。彼だけはルーファスの子供ではなく、ルーファスの実弟アンドリアスの一人息子である。
身長や体つきも中肉中背で見た目もあまり印象に残らない取り立てて秀でた能力もなく、ルーファスや義兄二人からはフリードリヒ家の「恥さらし」「面汚し」とまで皮肉られた人物であった。
唯一の「取り柄」は臣下たちに分け隔てなく接して礼を尽くすので上の義兄二人に比べ圧倒的に臣下からの人望があったという事のみで、「惜しむらくはオスカー様にもう少したくましさがあれば」と臣下たちもため息をつくのであった。
同じようにフリードリヒ家の「面汚し」とルーファスから罵られている皇女モニカと仲がよかったが、仲良くなるきっかけはモニカの母親であるアイリーンとの出会いからである。
齢四十八歳になるがその威厳と権力は衰えを知らず臣下たちは緊張の面持ちでその登場を待った。
「皇帝陛下」
宰相ワルダー・フォン・シュトルフの声と共に皇帝が姿を見せると一同が起立し背筋を伸ばして右手を胸に当てるのがロマリア帝国式の敬礼である。
ロマリア帝国二代目皇帝ルーファス・フォン・フリードリヒは長年皇帝の座に君臨した風格と威厳を漂わせ、うやうやしく礼を取る臣下の前に無言で着席した。
皇帝ルーファスの子息である皇太子のパトリック、バスティアンの二人にオスカー、宰相、公爵を始めとする国の重臣が揃った閣議は毎月行われているが、皇帝が同席するのは近年では年に二、三回であった。
全員が揃い、ルーファスが着席するのを待つと開始の挨拶をする事もなく、時間になった時点で議長役の宰相ワルター・フォン・シュトルフが毎月の戦況報告や国内での建設、開発、事件・事故などを淡々と報告や説明し、不足の部分は宰相が指名したそれぞれの担当が補足説明するのである。
「タスタニアとの戦況ですが、現状変わりなく膠着状態のまま攻略法が見出せない状況でございます」
シュトルフが説明した通り現状帝国とタスタニア両国の戦闘は四年目に突入しているが膠着状態で、この状況を打破出来る手段を模索している状況であった。
しかし皇帝ルーファスはそのような報告に興味無さげに聞いていた。
「戦況は膠着状態という報告など必要ない。予が求めているのはブラウゼン要塞を攻略してタスタニアを占領したという報告だけだ」
ロマリア帝国もこの四年間で五度ブラウゼン要塞都市を攻撃していたが、いずれも失敗に終わっていた。
結局のところ、タスタニアの要塞都市ブラウゼンを守るレオニード少将も統率力は低いのだが、ルンベルク要塞の指揮官ライマー・ドレッセル少将もそれほど統率力や戦術眼が高いという訳ではなく、どちらも「同レベルの争い」を繰り返して膠着しているという有様であったのだ。
両陣営とも兵力の増員はそれほど見込めないので、突破口となるような「きっかけ」でもない限りは延々と攻めて守っての繰り返しであった。
「この国が建国してから五十年になろうとしているのにその間育った将兵はブラウゼン要塞都市も攻略出来ないような小粒揃いという事らしいな」
ルーファスは皮肉を言ったつもりであったが、宰相シュトルフはそれに気がつかずに「大将軍であったミュラー大将とローゼンハイン大将もすでに第一線を退き、後継者がなかなか育成出来ない状況でございます」と真面目に答え、ルーファスはそれには返事も返さず今後の展開についてを尋ねた。
「今後の展開はどう見ておる?」
「ドレッセル少将にはブラウゼン要塞都市の再攻撃への計画を練らせます。次は失敗した時にはその責任を問いこのハーフェンへ強制送還と厳しく罰するという背水の陣を敷きますゆえにドレッセルも必死で戦うと存じます」
そうシュトルフが説明しているところにルーファスの次男バスティアンが挙手した。
「皇帝陛下に申し上げます。この私をルンベルク要塞都市に行かせて指揮をとらせていただければ、タスタニア軍を蹴散らして敵のブラウゼン要塞を我が帝国の手中に納めてみせます。どうか私にルンベルクへの派兵をご命令下さい」
ルーファスはちらりとバスティアンを見ると薄笑いを浮かべてバスティアンの進言を採択した。
「ほう、大そうな自身があるようだな。よかろう。バスティアン、ドレッセルと交代してルンベルクの将として行くがいい」
「ありがたき幸せ。必ずやタスタニア軍を蹴散らしてご覧にいれます」
「うむ、期待しているぞ」
ルーファスはそう言葉こそ発したが、その表情は期待を持って送り出すというものではなかった。
その程度の言葉はかけてやっても良いだろうという皇帝としての配慮からであった。
オスカーには後継者の座をチラつかせて、パトリックとバスティアンを意のままに操ろうとしているように見えた。
(はっきり言えばドレッセルとバスティアンは似た者同士。戦術も剣の実力もさほど差はない。交代したところでブラウゼンを攻略出来る実力があるとも思えないし、理由があるとすれば兵士たちのテコ入れとパトリックと互いに時期皇帝の座を争う対抗意識を持たせるぐらいだ。ルーファスにとってはこの交代は単なる余興だろう)
「ルンベルクはバスティアンに任せるとしよう。ドレッセルは早々にハーフェンに帰還させるがよい」
皇帝はそれだけいうと席から立ち上がり閣議室から足早に退室していった。
議会の終了も「終会」や「これで閉会と致します」と言った締めの言葉は一切なく、たとえ議会の途中であろうと皇帝が席を立てばそれで終了であった。
宰相シュトルフはいきなりの命令に驚いたが皇帝の命令は絶対である、シュトルフはドレッセルに首都ハーフェンへの帰還を命じる伝令を早馬で飛ばした。
皇帝ルーファスには二人の子息がおり、次期皇帝の座を争っていた。
この内長兄パトリックは正室であるエレンの子供であったが、次兄バスティアンは側室の子供であった。
長兄はパトリック二十八歳。正室エレンの子供という事もあり、父親譲りの威厳ある顔立ちと堂々とした振る舞いで幼少の頃より後継に最も有力だと臣下から言われていた。
性格的には父親の振る舞いの「悪い部分」を見て育ったせいもあり、臣下をどことなく見下す傾向にあり、まさにルーファスを小型化したような人物であった。
タスタニアとの戦争が始まった四年前からは皇帝ルーファスの任務の一部を任されるようになっており、その高圧的な態度でも親子の血は争えないと臣下たちに陰口を叩かれるほどルーファスに似ていた。
次兄バスティアン二十六歳。側室の子でありオスカーを含めた皇太子三人の中で最も体格に恵まれていて身長は一九〇センチを超え体重も百キロ近い巨体で性格に至ってはルーファスの勇猛な部分だけを切り取ったような人物であった。よく言っても気性が激しい、悪く言えば気が短く「この人物が皇帝になったら今より更に酷くなる」と臣下からも恐れられる人物である。
オスカーは現在二十三歳。彼だけはルーファスの子供ではなく、ルーファスの実弟アンドリアスの一人息子である。
身長や体つきも中肉中背で見た目もあまり印象に残らない取り立てて秀でた能力もなく、ルーファスや義兄二人からはフリードリヒ家の「恥さらし」「面汚し」とまで皮肉られた人物であった。
唯一の「取り柄」は臣下たちに分け隔てなく接して礼を尽くすので上の義兄二人に比べ圧倒的に臣下からの人望があったという事のみで、「惜しむらくはオスカー様にもう少したくましさがあれば」と臣下たちもため息をつくのであった。
同じようにフリードリヒ家の「面汚し」とルーファスから罵られている皇女モニカと仲がよかったが、仲良くなるきっかけはモニカの母親であるアイリーンとの出会いからである。
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